第21話 下見
「こちらが、昨日実施した二月生の集凝術実施結果です。前回からちょうど一ヶ月が経過しました」
田沼が小田川へ書類を差し出す。
「おぉ、例の彼か」
小田川はすぐさま老眼鏡の位置を人差し指で直し、書類に目を通した。
第132期2月生
集術凝術実績一覧(2)
氏名 最大霊力 霊質ランク
御堂未春 集術240 凝術 E
小田切楓 集術 90 凝術 F
戸塚心平 集術 75 凝術 F
林美波 集術 67 凝術 F
加納賢吾 集術 62 凝術 F
田部井志郎 集術 62 凝術 F
野尻勇太 集術 60 凝術 F
神崎香菜 集術 59 凝術 F
高橋加伊羅 集術 57 凝術 F
井筒雅 集術 55 凝術 F
杉田康介 集術 53 凝術 F
葛城寧々 集術 50 凝術 F
類家涼香 集術 43 凝術 F
比留間学 集術 40 凝術 F
宮地明元 集術 35 凝術 F
「加納くんがだいぶ伸びてきたのう」
「はい。始まったようですね」
一般的な陰陽師の霊力上昇率は年間で二倍ほど。月にならすと約六パーセントになる。
個人差や成熟度による差はあるにせよ陰陽生のうちは、ほぼこの数字が当てはまる。
霊力量が一ヶ月でこれほど上昇するのは過去に前例がないほど驚異的と言わざるを得なかった。
「いつもと比べて今回は開始が早いようだね。数字の伸びも相当なものだ」
「前後継者の時は確か五作の講義が終わってからでしたか。私は初めての担当なもので。公開測定は今回から中止しました」
「それでよい。公開測定は協会本部の意向によるもの。一度やっておけば十分であろう。相変わらず後継者探しに躍起だのう。この書類はすぐ破棄するように」
そういうと、小田川は口角を下げ実績結果の書類を田沼に戻した。
「承知しました。前回の加納くんは集術が8、凝術にいたってはランクすらありませんでしたが、順位も最下位から五位まで上がってきましたね」
「まだまだこれから。『始式の真髄は乗算にあり』と昔から言われておるでな。ほっほっ」
小田川はまるで子供のように嬉しそうな表情で笑う。
「楽しみですね」
笑顔が戻った小田川と、加納への期待から田沼にも自然と笑みがこぼれる。
「彼の底底が如何ほどか。楽しみだのぅ〜」
*
迦具夜に裏遍路三箇所目の場所を相談したところ、結果的にはしばらく様子見となった。
理由は虚無僧から指示がなかったのはまだその時期ではないからとのこと。彼は喋るらしい。
飛騨国では一度も声を聞いていないので、まだ早いという意味なのだそうだ。
ということで、後継者教練のことは一旦忘れて、まず仮免許試験と陰陽生講習に集中しようと思う。
今回の仮免許試験の場所は池袋。
協会本部では厄体の発生状況を常時監視していて、その情報は各支部にリアルタイムで共有される。
各支部は登録している陰陽師達に必要な情報を伝え、浄化作業を請け負ってくれる者を探す。
その脅威度や陰陽師達のランクによって報酬が支払われることになる。
陰陽生のうちは業務を請け負えないので、俺達がいくら厄体を浄化してもお金は貰えない。
その代わり、陰陽生は授業料などが一切かからない。修練場の利用も衣服の支給も全て無料なのである。
今日、俺は試験会場となる池袋の下見に来ていた。
ちなみに御堂さんと類家さんも一緒。発案者はもちろん類家さん。
「未春!せっかく池袋遊びに来たのになんで制服なんだよ」
御堂さんは卒業した中学の制服を着て現れた。類家さんは御堂さんを見るなりお腹を抱えて笑っている。
改札を出て少しのところにある動物のオブジェ前が今日の待ち合わせ場所だ。
俺は池袋にあまり来たことがないので遅れないよう早めに到着。
類家さんも先に買い物をしていたようで少し早く待ち合わせ場所に着き、二人で御堂さんが来るのを待っていた。
「え、私は授業の一環として会場見学に来たつもりだし、あの、その、そんなオシャレな私服なんて……」
最後の方は小声で聞き取れなかったが、あまり私服で街へ遊びに行くことはないらしい。
今日は見学ということでご両親にも許可を取ってきたとのこと。
いやぁ~、厳格なご家庭ですなぁ。
「じゃあ、まずは未春の服選びだね」
類家さんは池袋にも良く来るらしくテンションが高い。
「いやぁ、そんなにお金持ってないよ」
聞くと持ってきたお金は二千円とのこと。交通費とお昼代にしかならないじゃないか。
「大丈夫!今日はスポンサーがいるでしょ」
類家さんはチッチッチと顔の前で人差し指を振りそう言った。
他にも誰か来るのか?
三人だけじゃなかったっけ。
などと思っていると類家さんが俺のほうを見る。
こういう目をどこかで見たことがある。
獲物を狙う鷹の目、いや豹だ。
「おれ?」
類家さんは「へへへ〜」と満面の笑みで微笑んでいる。
俺だってそんなにお金持ってないっすよ。でもここは年上男性としての面目も保たねばならないし。
「あぁ、いいよ。二人はお金のことなんて気にすることないさ。バイトもしてるし。少しは持ってきてるからね」
声、震えてなかったかな。
俺だって一万円くらいしか財布に入ってないのだが。
でも、いざとなればクレジットカードという強い味方もある。成人年齢が十八歳に引き下げられてホントよかった。こんな俺でも十万円も借りれるらしい。
「未春〜、これかわいくな〜い?」
「うん。いいと思う」
楽しそうな二人と裏腹に、俺のこの不安感はなんだ。全然試験対策っぽいことしてないけど大丈夫かな。
周りには多くの人や車が行き交っている。
幽世はこれらの全てがいない世界。
そういえば、迦具夜と初めて会った時もそんな感じだったな。幽世にはどんな悪霊や妖怪がいるのだろう。
そして、俺はそんな奴らと本当に戦っていけるのだろうか。
気がつくと俺達は大通りを抜け人気のショッピングモールまで来ていた。
仮免許試験のゴールはそのショッピングモールの地下一階噴水広場だ。
東口出口からの道を浄化しながらここまで無理なく辿り着ければ試験合格なのである。
このルートは過去にも何千、何万という浄化作業が行われてきたが、脅威度4以上の厄体は出たことがない東京でも有数の安全ルート。
脅威度3は模擬厄体でいうジンガイと同等レベルである。
「加納さん!こっち見て!かわいいでしょ!」
そこには白のロングのフリルスカートにピンクのニットセーターを合わせた御堂さんが立っていた。
「かわいい」
あまりの可愛さについ言葉に出てしまった。御堂さんは恥ずかしそうに下を向いて肩をすぼめている。
「でしょ、でしょ!」
二人が元の服に着替えている間にこっそり値札を見ると全部でニ万円!
女の子の服ってこんなにするもんなの。
カード持ってきてたかなぁ?
類家さんの金銭感覚に恐怖を覚えながら、俺は使ったことのないクレジットカードを握りしめた。
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