第20話 両面宿儺
結局、状況はさほど変わることなく丸ニ日が経過した。
今回は時間に余裕があるので、多少心にゆとりが持てていたものの、前回より時間がかかっていることに少し焦りも感じる。
とはいえ、捜索範囲を広げて登山ルート全域を調べ、立入禁止区域にも足を踏み入れて探してみたが、これといった進展はなし。
もう忘れて家に帰って寝てるなんていうんじゃないだろうな。子供だっただけにどうしても邪推したくなる。
やはり教練を受けるのが早すぎたのかもしれない。
ただ、この二日間に一度だけ子供達の存在を感じた瞬間があった。
習いたての放術で木の棒に霊力を流し、茂みを掻き分けていたあの時。俺は彼らが近くにいることをなぜか気づいた。
このチャンスを逃すまいと、二人を見つけるべく闇雲に棒を振り続けたのだが、結局感じとることができたのはその一瞬だけだった。
ただ、その一瞬は子供達の霊力を感じることができたのだ。今まで全く感じることのなかった彼らの気配。
いや、幽世に入れるようになってから五感以外で何かを認識できたのは初めてだ。
二日間いろいろと試してきて、あの時だけ起きたことは何だ?
俺はその場に座り丹田呼吸法と御堂家式呼吸法をランダムに繰り返す。
すると微かにではあるが、それほど遠くない位置に気配を感じた。
やはり今回の教練は凝術だ。
彼らは呼吸に反応している。
俺の呼吸がベストの時は彼らの場所を認識できるが、少しでもズレていると彼らは姿をあらわさない。
ワンパターンではなく、常に呼吸を変化させベストな状態を多く作り出せばいいわけだ。
思えば御堂家の呼吸法も丹田呼吸法のタイミングをご先祖達が試行錯誤して改良したものと言っていた。
呼吸の仕方を変えるたびに体内の霊力の微妙な増減を感じる。
彼らの霊力を最も強く感じる呼吸のパターンを探し、その状態をなるべく長くキープするんだ。
小一時間ほど呼吸法の検証を続けた後、再び捜索を開始すると彼らの動きがだいぶ分かるようになった。
子供達はずっと一箇所に留まるのではなく常に隠れながら移動している。
俺は一人に目標を定め、慎重に追跡した。
一定以上の霊質を保っていると距離が少し離れていても彼らの霊力を感じ取ることができた。
鏡岩を抜け、御魂岩の裏手を下ったところに彼らはいた。
「見つけた!」
ビクッと振り向く子供達。
歳は五、六歳だろうか。
顔も背格好もそっくりである。
髪を両脇でまとめて結び、裸足に半袖の白い浴衣のようなものを着ている。
どうやらずっと二人一緒に隠れていたようだ。
「みっかっちった」
「みっかっちった」
二人は嬉しそうにくるくると回る。
「ねえ、君たち?これで、教練はクリアなのかな?」
「「きゃはははは」」
なおも俺の言葉には耳を貸さない。
なんだよっ。
子供達はくるくると回りながら、徐々に天へと上がっていく。
「え、待って!修印!」
これでクリアじゃないのか?
これは凝術の教練。
通り一辺倒な通常の呼吸ではなく、呼吸法に変化を加え体内霊気を撹拌することで霊質を上げる。
そういったものだと思っていたんだけど。あとは何をすればいいんだ。
「すまんな。坊主」
わけが分からず天を見上げていると、後ろから重く低い声が聞こえた。
俺が驚いていて声がした方を振り向くと、身長三メートルはあろうかという大男が俺を見下ろしている。
これが、親玉?
筋骨隆々で鬼のような顔をした四本腕の男。今までにない圧倒的な霊力差のせいか、体が金縛りにあったように動かない。
これが伝説の『両面宿儺』?
こんなのとじゃ勝負にならない。
幽世では自分の霊力を使って現世の肉体を保持している。
霊力を全て奪われると行動できなくなり助けてくれる仲間がいなければ、次第に肉体は消滅してしまう。
先代達もこうやって才能あふれる命を密かに散らしていったのだろうか。
「あいつらと遊んでくれて助かったぜ」
「へ?」
それだけ言うと、大男は天へと消えていった。
「はぁ、良かったぁ、、」
敵意があるわけではなかったのか。
教練中は結界に守られていると言っていたので安心しきっていたから、まさかあんな化物が現れるなんて夢にも思っていなかった。
金縛りから開放された俺は安堵のため息を漏らし、その場にへたり込んだ。
するとまた、
静寂の戻った森に足音が聞こえた。
「次は何だ」
奥の方から歩いてくる黒ずくめの人物。それは虚無僧だった。
ゆっくりと、真っ直ぐに、こちらへ向かってくる足音だけが辺りに響く。
虚無僧は俺の前までくると何かを渡し、また無言で元の道を戻っていった。
受け取ったのは修印帳。
中を確認すると、そこには始式凝術初段修印がしっかりと記されていた。
*
現世に戻ると二日と半日ほどが経過していた。
これで裏遍路二箇所目が終了。
あと残り八十六。気が遠くなるな。
そりゃあ、完全達成者ゼロなわけだよ。
今回、虚無僧からは次の場所の指定がなかった。あとで迦具夜に報告兼ねて聞いてみよう。
そろそろ日の出も近いので、俺は今のうちに笛を吹いておく。
この流れでいくと次は放術か。
ただ、あれは協会側の都合だし。
となると残りの二つになる可能性も十分ある。
「呼んだ?」
「うわぁ!どうしたの?」
「どうしたのって。あんたが呼んだんでしょ」
「そうだけど。いつもより早いから」
最近は半日待ちが当たり前だったので、あまりの登場の早さに驚いた。いつもこのくらいだと嬉しいのに、と俺は心の中でつぶやく。
「それで、今日は何の用?」
「いや、次はどこに行けばいいのか相談しようと思って。宿儺さんも虚無僧さんも教えてくれなかったんだよ」
「へぇ〜、宿儺にあったんだ。珍しい。次の行き先は言ってくれる場合もあるけど、基本は自分から聞かないと教えてくれないよ。宿儺は関係ないし」
「そっか。了解。今回はホントにもう駄目かと思ったよ。見た目もめちゃ怖いし」
機嫌が悪かったら殺されてたかもしれない。やっぱり幽世は何が起こるか分からないな。
「普段は『忌み
「あ、そうなんだ!いつもあそこで隠れんぼして遊んでるの?」
「そうね」
俺はまだ何かを言いたそうにしている迦具夜の表情が気になった。
「何かあったの?」
「まぁ、彼らにもいろいろあるのよ」
「どんなこと?よかったら教えてよ」
迦具夜は思い出すように少し斜め上を向き、静かに話し始めた。
時は今から千五百年ほど前。
当時、位山の周辺にはいくつかの集落があった。
その集落の一つには働き者の夫婦が住んでいて、妻は難産の末、夫との間に双子を授かり幸せに暮らしていた。
しかし、程なくして妻は出産の無理がたたり、亡くなってしまった。
夫は妻の分も一生懸命に働き、子供たちへの愛情も深く、武芸に秀でた集落一の人気者となった。
そんなある日、いつものように男が仕事をしていると、集落は近隣集落からの襲撃を受けた。
当時、双子は忌み子と言われ憎悪の対象だったことが原因だった。
集落の者達は必死に応戦するも武装した集団には歯が立たず、集落は壊滅し、その男の子供達も無惨な最期を迎えた。
その光景を目の当たりにした男は大いに激昂し復讐を誓い、毎年祭事で使用している鬼の
すると、彼は本物の鬼へと姿を変えてしまった。
鬼となったその男は双子の
「子供達は父との隠れんぼが大好きだったの。その頃から、あの地域では二つの顔と四本の手足を持つ鬼を見たという噂が絶えなくなってね」
「その鬼が両面宿儺ってこと?」
「そう。子供のために鬼になった、親と鬼の顔を持つ化物のね」
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