第4話 宮司

 一次試験の発表が終わり、合格の八名は二次試験に進む。


 二次は午後四時三十分からなので始まるまでまだ時間がある。試験対策といっても何をするのか分からないし。

 迦具夜からは試験ということすら聞いてなかったので、今更対策のしようもないのだ。


 というわけで、せっかく都内に来たんだから、秋葉原の電気街にでも行ってみようかと思う。


 秋葉原といえば推しのアイドルグループ発祥の地。独特なカルチャーが色濃く残る神社仏閣とは一味違ったパワースポットなのだ。


 俺が秋葉原までの道のりを調べるため、スマートフォンを取り出そうとした時、さきほど案内してくれた初老の男性がまた近寄ってきた。


「試験お疲れ様。どうだった? 合格でしょ?」


 男性はすでに顔馴染のような気さくさで爽やかに声をかけてきた。


「はい。おかげ様で合格できました。有難うございました」


「そうだよね。勅使状使を持ってる人が落ちるはずないと思ったよ」


「ちょくしじょう?何ですかそれは?」


「朝案内した時に見せてくれたじゃない。神社名が書いてある紙」


 勅使状と急に言われてもピンとこないけど、勅使ってのは確か偉い人の使い?


 落書きメモにしか見えなかったあれが勅使状だったのか。


 となるとこの人もそれを知っている時点で迦具夜の存在を認識している? この業界では有名人なのか?


「あれは勅使状というんですね。他の受験生が持ってるような紹介状じゃないから、試験を受けられるか心配だったんですよ」


「紹介状なんかよりもっと凄いものだよ。あと持っていることはなるべく人に言わない方がいいよ」


 それは迦具夜も言っていたので覚えている。嫌なことを思い出してしまった。


 陰陽師自体が危険な職業なのに、後継者になるともっと危険ってことじゃないか。


「で、ちょっとその件でうちの宮司が直接話したいって言ってるんだけど、少し時間大丈夫?」


「え、あ、はい。特に問題ないですけど」


 宮司というと、この神社で一番偉い人だったか? そんな人が直接なんだろ?


 一瞬、頭の中をメイド服の女性が横切ったものの、今はそれよりもこっちのほうが優先だ。


「まだ試験中なのに悪いね。うちの宮司も久しぶりのことだから気になってるみたいでさ」


 一次試験会場だった本殿脇の縁側を通り奥に抜けると、暇所いとましょと呼ばれる和室があった。


 本殿以上に一般参拝客の立ち入りが制限されている暇所は戦国時代の茶室のような佇まい。鹿威ししおどしまである。


「お連れしました」


 男性が襖の手前で部屋の中に声をかける。


「おぉ、来たか来たか。まーまー、どうぞお入りなさい」


「はい。失礼いたします」


 俺も男性の後に続いて中に入る。

 部屋にいたのは年の頃八十といった雰囲気の老人宮司だった。


 宮司は言葉を発さず笑顔で目の前の座布団へ座るようジェスチャーで促す。

 俺もそれに従い用意されていた座布団に座った。


 案内のおじさんは出て行ったのかと思ったが、襖に映る影はおそらくあの男性のものだろう。


「小田川です。朝早くからご苦労様でしたね。今日は試験を受けに来られたんだったかな? どうでした? 受かっとったかな?」


「はい。受かりました。午後の二次試験も受けるつもりです」


 宮司は微笑みながら何度も頷く。


「それは良かった。なぜ答えが書かれているのか不思議に感じたのではないか?」


「あ、はい。初めは分かりませんでしたけど、途中で試験の意味を何となく理解しましたので、時間内には間に合いました」


「そうかそうか。あれは霊書と呼ばれる技法でな。霊脈に長時間さらされた水は神墨しんぼくという霊気を帯びた水に変化するのだ。

これを用いて書くと一定以上の霊力を持つものしか見えない文書ができあがる。少なくとも三十年物の神墨しんぼくで書かれた霊書が見えないようでは幽世かくりよに入るための霊力を満たせないからの」


 なるほど。

 普通の人からすればただの古い水でも霊気を帯びているものがあると。

 だから水に濡れても平気なように厚手の紙が使われていたのね。


「最近は毎年子供が少なくなっておるだろ。陰陽師試験を受ける者も年々減っておってな。私の頃は東京だけでも毎年数千人の受験生がいたもんだ。もちろんインターネットなんてない時代だったから事前準備もろくにできない。一次試験については昔から今のやり方とあまり変わらないから合格者は似たりよったりだったが、、」


 その後、この昔話は三十分ほど続いた。


 しかも、半分以上が同じ話の繰り返しなので最初は偉い人の有難いお言葉とばかりに耳を傾けていたものの、次第に相槌を打つのも面倒くさくなってしまった。


 襖の方に目を向けると何やら俯いて長方形の角張ったものを見つめるシルエットがうっすら。


 きっと案内の男性がスマホでもいじっているのだろう。


 見張り役を買って出てくれたのかと思ったが、もしかしたらこうなることを見越して外に出たのかもしれない。


 足が痺れてそろそろ限界を迎えそうな頃合いで、俺は話の流れを変えることにした。


「あの〜、足を崩してもよろしいでしょうか?」


「あぁ、すまんかった。ついつい長話になってしまったな」


「いえ。とても勉強になりました。有難うございます。ところで、私がここに呼ばれたのはどういった理由なのでしょうか?」


「そうそう。私が貴方を呼んだのだったな。申し訳ないが、特に理由はないのだよ。しいていえば会って話をしてみたかったからかの」


 目的はそれだけかい!

 などと言えるわけもなく俺は作り笑顔でやり過ごす。


 もしかしたら何か入学に役立つ裏情報がもらえるのではと期待した俺が甘かった。


「迦具夜様の勅使状を見るのも久しぶりだったからのう。実際、手に取ったのは八十五年の人生で三回目か」


「そうなんですか」


 迦具夜ってやっぱりそんなに凄い人だったのね。


 確かに先週初めて会った時のことを思い出すとまだ夢のようだし。あれが現実にあったとは今でも半信半疑だもんな。


「鑑定結果も直筆で間違いないとの報告を受けている。しかも推薦文まで書かれているのは未だかつて例がないのだよ」


「推薦文?紙切れには神社の名称しかなかったような。え?まさか、あの『よしなに かぐや』ですか?」


 宮司は黙って頷く。


「過去の文献を見ても神社名以外の文字が書かれていた事例はなくてな。

ゆえに筆跡鑑定が必要になるのだが、今回はより分かりやすかった。歴史的にも貴重な勅使状であったのだよ」


 推薦文ってそれのこと?

 達筆過ぎて解読するのにかなり時間がかかったあの文字のことか。


「ちなみに迦具夜様の勅使状も神墨が使われておる。試験で使っている三十年物どころではない千年物のな。もし一次試験でそれが使われていれば全員合格であったろう」

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