第30話 紫炎と百水
譲術の講義が終わり、田沼は暇所へと向かっていた。
「失礼します。宜しいでしょうか?」
襖の手前から中の小田川に声をかける。
「どうぞ」
襖を開け一礼し、田沼は座卓の前に座った。
「二月生の講義が一通り修了しましたので、ご報告に上がりました」
「ほうほう。どうだった?」
「こちらが昨日実施した二月生の実績結果です。三ヶ月経過し、講義スケジュールは予定通り完了しました」
田沼が小田川へ書類を差し出す。
「もうそんな時期か」
小田川は垂れた瞼を押し上げるように見開き、書類に目を通した。
第132期2月生 集術凝術実績一覧(3)
氏名 最大霊力 霊質ランク
御堂未春 集術255 凝術 D
小田切楓 集術 95 凝術 E
加納賢吾 集術 82 凝術 E
戸塚心平 集術 78 凝術 F
林美波 集術 71 凝術 F
田部井志郎 集術 66 凝術 F
野尻勇太 集術 63 凝術 F
神崎香菜 集術 63 凝術 F
高橋加伊羅 集術 61 凝術 F
井筒雅 集術 60 凝術 F
類家涼香 集術 59 凝術 E
杉田康介 集術 56 凝術 F
葛城寧々 集術 54 凝術 F
比留間学 集術 46 凝術 F
宮地明元 集術 41 凝術 F
「まあ、前回から一ヶ月ではこんなもんだろうの」
「御堂くんとはまだ差があるものの、やはり加納くんの上昇率には目を見張るものがありますね。
始式のほうはおそらくまだ初段止まりでしょうから、前回のような大幅アップはしておりませんが」
「うむ」
「類家涼香の操術は陰陽生としてかなり高いレベルにあります。伸び代も十分にありそうです」
「先月言うてた子か」
小田川は改めて書類に目を通す。
「あ、それとですね。さきほど行った譲術の講義ですが、、」
小田川の目が田沼へと向けられた。
「三人とも優秀なので、五分も経たずに百水を手懐けておりました。驚くべきは加納くんなのですが、紫炎と百水が同時に式神契約となりました」
「なんと。あの二匹がか」
「はい。しかも一切の迷いなく。犬猿の仲なので、どちらかでよいと最初に伝えていたのですが。驚くべき霊格ですね」
「今まで同時に式神化したという話は聞いたことがないのう」
人差し指で顎を掻きながら過去を振り返る小田川。
東京支部で紫炎と百水の相性の悪さは有名で、どちらかが召喚されているともう片方がいつの間にかいなくなるというのは常識であった。
「今年の東京支部は大当たりですよ」
*
「信太森の狐は神出鬼没だから、探そうと思ってもなかなか大変だよ」
迦具夜はふよふよと宙に浮きながらそう言った。
「現世でも幽世でも呼びかけてみたけど、全然返答がなかったんだよ」
陰陽生講習がひとまず落ち着いたので、後継者教練の方を進めたいと思ったのだが、信太森の狐に次の行き先を聞いていなかった。
信太森に行ってはみたものの会うことができなかったので、とりあえず迦具夜に現状報告を兼ねて相談している次第。
教練は基本こっちから聞かないと教えてくれないスタンスなのね。
「彼は昔からじっとしていない狐だからね。とりあえず、次の行き先が知りたいんでしょ? それなら分かるよ」
「え!どこどこ?」
現在俺が修了したのは三つ。
・始式集術 初段
・始式凝術 初段
・始式放術
・始式操術 初段
・始式譲術
次は放術か譲術だ。
「始式放術初段なら伊賀国の『赤目四十八滝』ね」
「いがのくに? あの忍者で有名なところだね。ありがとう。早速行ってみるよ」
「まぁ、行くのは明日でいいんじゃないかな」
「あ、そう?じゃあ、そうするか」
確かに今日はもう遅いもんな。
どうせ数日かかるならいつ行っても同じと思ったけど、しっかり寝て英気を養っておいたほうがいいか。
「ところで、陰陽協会のほうは落ち着いたの?」
「あぁ、とりあえず陰陽五作の講義は一通り終わったよ。自由に使いこなせるようになるにはまだまだ時間がかかりそうだけど」
「そう。順調なら良かったわ」
「譲術は東京支部の『紫炎』と『百水』を式神にできたよ。放術と操術はまだまだこれからってとこかな」
「二匹?『紫炎』と『百水』っていまだに仲悪いんじゃなかったっけ?」
「そういえば田沼さんもどっちかでいいと言ってたけど、そんな関係なの?」
「紫炎は真冬に亡くなった動物の霊で、百水は火事で亡くなった動物の霊。
それぞれが最後に欲していた火と水の地縛霊になっていたところを、当時の陰陽師が狛犬に宿らせたのよ。だから二匹同時というのはないわね。普通は」
「そうだったのか」
あんな愛らしい姿からは想像できない辛い過去があったんだな。
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