第11話 模擬厄体
今日は講義がないので日暮れとともに地下修練場へとやってきた。
幽世への移動が日没から夜明けまでと制限があるので、陰陽生は基本的に昼夜逆転の生活になりがちだ。
修練場は午後五時から明朝五時まで開放している。俺は午後五時を少し回ったタイミングで修練場に到着。
中に入ると、すでに数人の陰陽生が練習に励んでいた。
「まだ十分くらいしか経っていないのに皆早いなぁ」
俺も負けじと模擬厄体を借りに昨日聞いた収納場所へと向かった。
模擬厄体はとても高価な代物らしく一体一体セキュリティBOXに格納されている。入学の時に登録した顔認証システムで利用者を識別し解錠施錠することができるらしい。
「ちゃんと開くかなぁ」
端末に顔を近づけるとフォン!っという音とともに、下から上にゆっくりと分厚い扉が開いていく。
強さは1相当から3相当までの三段階あり、本物の厄体と同じ『脅威度』という基準を用いている。実際には各段階でも強さに幅があるため相当という表現にしているそうだ。
ちなみに目安としてはこんな感じ。
1相当︰各能力が成人男性の平均値
(通称)オヤジ
2相当︰各能力がトップアスリート並
(通称)メダリスト
3相当︰各能力が生物界最強
(通称)ジンガイ
通称とはいつの間にか誰かが付けた模擬厄体達の名前のこと。今では大抵の人がこの通称で呼ぶらしい。
しばらく俺にはオヤジしか選択肢がなさそうだ。
「あの。すみません。私にもそれの使い方を教えてもらえませんか?」
俺が練習を始めようと手を伸ばした時、後ろから聞き覚えのある女性の声が。
振り返るとそこには御堂未春が立っていた。
「あ、どうも、おはようございます。いいですよ。え~と、確か御堂さんですよね」
御堂さんであることなど分かりきっているのだが、初トークなので少し格好つける俺。
その美貌と強さで先生からも生徒からも一目置かれる彼女。空気のように扱われるだけと思っていたのに。早起きしてみるもんだ。
「御堂です。宜しくお願いします。敬語じゃなくていいですよ。私まだ十五歳なので。東京支部の加納さんですよね。前に先生と大学の話しているところを拝見しました」
先生というのは田沼さんのことか。まだ十五歳であの強さとは末恐ろしい。
礼儀正しいし、最前列に座るなんて性格合わなそうとか思ってた俺はアホだ。
決してクラスの中心にいるような目立つタイプではないが、透き通った肌に性格が顔に溢れ出たような真面目で柔和な雰囲気。整った綺麗な顔立ちの中にもまだ若干のあどけなさが残る。巫女装束がとても良く似合っていた。
陰陽生の制服は男性が白衣と袴、女性が白小袖に緋袴。定番の装束スタイルなのだ。
「あ、そう?じゃあ、遠慮なく。それにしても御堂さんの霊力高かったよね。あれは本当に驚いた」
「いえ、そんなことないです。うちは代々陰陽師の家系なので。昔から鍛えられてたから。それだけです」
俺のちょうど三十七倍だったよなんて自虐ネタで笑いを取ろうと思ったが、高確率でスベる可能性があるので止めとこ。
「そうだったんだね。俺は陰陽家系じゃないし、霊力も正直あんなだから、うまく説明できるかな」
陰陽師はいまだに家柄や実力を気にする人が多いと聞く。
霊力最低を叩き出し同期の中でも早速浮いた存在の俺より、もっと仲良くすべき人物がいるのではと余計な心配をしてしまう。
「模擬厄体の使い方を熱心に聞かれていたので、気になって。お邪魔じゃないですか? すみません」
「いやいや、全然邪魔じゃない。俺も使うの初めてだから一緒にやってみようよ」
「はい。宜しくお願いします」
田沼さんや他の講師は都合が良いと指導してくれる場合もあるが、どちらかというといないほうが多い。
模擬厄体といえども使い方によってはリスクを伴うので、なるべく複数人で利用するように言われていた。
幽世への出入りは修練場と決まっているが、練習は神社の敷地内のどこへ行ってもよいことになっている。
俺と御堂さんは模擬厄体を引き連れ、境内へ移動することにした。
胸の操作パネルを開け、移動モードを選択すると認証したそれぞれの後をついてくるようになるのだ。
境内の中央についたところでモード切替。
戦闘モードは1から3の設定があり、
1=50%、2=75%、3=100%で強さを選択できるようになっている。
俺はとりあえずオヤジ1、御堂さんはメダリスト2を選んだ。
試験の時に動きは見ているので、もう一度おさらいということで。
御堂さんの方は全ての能力が金メダリスト級。2だから75%とはいっても百メートルを十秒で走り、パンチ力はヘビー級ボクサー並ということになる。
もちろんグローブなんて付けないので、現世であれば当たったら即死だ。
模擬厄体はスイッチを押してから五秒後に起動する良心的仕様になっている。
俺はその間に距離を取る。
「こい!」
時間が経過し、オヤジ1が俺めがけて突進してきた。この動きは前にも確認済だ。
前回同様タックルを躱し、今回はこちらからもパンチやキックを繰り出しながら応戦する。
さすがに一般男性平均の50%相手に苦戦することはないかな。おそらく試験の時は3だったのだろう。あの時に比べても格段に遅い。
戦闘時間は五分に設定してあるので、次は2にするか3にするか迷いどころだ。
残りの時間を消化するため、俺は引き続きパンチやキックを躱し、バランスを崩したところで攻撃を入れる。
前回よりも更に遅いのでモーションに入った時点でも簡単に避けれてしまう。
ちょっとこれだと練習にならないかも。
ついでに十字受けも練習しておこうかな。
これは少林寺拳法をかじっていた時に教わった防御法。
両手を交差し全ての力を防御に集中することで相手の攻撃をいなし、その流れで反撃の蹴りをお見舞いする技だ。
十字受けから中段回し蹴りへ繋げる定番コンビネーション。
オヤジが俺のボディめがけてキックを繰り出してきた。
「これを受けて、中段回し蹴り!」
「ぶっふぁぁ!!」
しかし次の瞬間、俺の体は宙に浮いていた。
オヤジ1のキックで俺の体はまるで◯巻旋風脚のごとくふっ飛ばされる。
成人男性平均なのにこんな力ないでしょうにぃ〜
「大丈夫ですか!」
そこをすかさず助けてくれたのは我らがエース御堂さん。
俺は痛みに耐えながら彼女の後ろ姿を見上げることしかできなかった。
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