第7話 試験合格

 目まぐるしく回転していた視界が漸く落ち着いた。


 目を開けると、そこはさきほどと変わらない神社の地下空間。

 違っているのは試験官と見えなくなったはずの四人の受験生がいたことだけだ。

 残り三人の受験生の姿は見当たらない。

 おそらくすでに合格して退出したのだろう。


「ようこそ。幽世へ」


 現世で途中にいなくなった試験官の姿がそこにあった。


「ど、どうも、宜しくお願いします」


「もう無理かと思ったけど、ギリ滑り込みセーフだったね。今月は全員一段階突破か。かなり優秀だよ」


「俺、入れましたか。良かった。いまだに何が何だか。とにかく良かったです」


 もう一度やれと言われても正直できるかどうか分からない。でも本番で成功したから、とりあえず良しとしよう。


 迦具夜も田沼さんも教えてくれればいいのに。

 って、人のせいにしてはいけないか。ここまで導いてもらえた二人には感謝しないと。


「『陰陽反転』初成功かな? ひとまず、おめでとう。ただ、次も結構大変だよ〜」


 自分のことが精一杯で気付いていなかったが、先に入った残りの受験生四人は息を切らし点々とへたり込んでいる。


「少しは落ち着いたかい。じゃあ、手短に最終試験の説明をするね。

まず簡単に言うと最終試験は鬼ごっこです。こちらが用意したあれから五分間逃げ切れば合格。分かりやすい試験でしょ?」


 男性は親指をクイッと自分の後ろに向けながらそう言う。


「え、あ、はい」


「じゃあ始めようか」


「や、ちょっと待ってください。僕、試験受けるのは初めてなので、もう少し詳しく教えてもらえませんか?」


「あー、そうか。そこの四人も休憩中だし、息抜きに説明しようか」


 第一段階をクリアした勢いでそのまま行っちゃうかと思ったけど、まだ心の準備ができていない。


 というよりも、さっきから試験官の後ろのほうで微動だにしないあれが不気味で、もっと理解しておきたいのが本音でもある。


「あれは『模擬厄体もぎやくたい』っていうんだ。その名の通り人工的に作り出した厄体のことだよ」


 模擬厄体?

 よく見るとショッピングモールなんかにあるマネキンにそっくりだ。厄体って作れるものなのか。浄化すべき対象を作り出すって何か変な感じ。


 試験官の話によると、『模擬厄体』とは厄体を霊力でコントロールしているものらしい。


 霊力とは死者の力であり、陰陽師は常世に存在する死者から霊気を借りることによって幽世の中で活動している。


 幽世とは現世の形を保ちつつ霊気に支配された世界のため、幽世内での行動は体力ではなく霊力を消費するそうだ。


 最終試験は陰陽師としてその最低限の霊力が備わっているかを見極める試験なのだという。


「ちなみに今回の模擬厄体は我々の所有する最低レベルだから安心して。彼らは現世でいう成人男性の平均的な能力です。特殊能力もないし。違うのは疲れることがないくらい」


 ふむふむ。能力は人並みだが、しつこく追い続けてくるロボットみたいな感じね。


「だから、君達が現世と同じ程度の動きを幽世内でもできるかどうか試すことがこの試験の趣旨だね。じゃあ時間も押してるし、そろそろ行こうか。用意した模擬厄体は五体。全員同時にいくよ〜」


 いつの間にか集まっていた模擬厄体五体。

 それぞれが自分の担当受験生を探すようにゆっくり動き出す。


「始め!」


 こちらの都合お構いなしに試験が開始された。試験官の合図とともに五体が加速する。

 

 とはいえ、成人男性の平均年齢が四〜五十代だとすると俺にとっては親父と鬼ごっこしているに等しい。


 試験会場の地下空間は四百畳ほどだが、部屋の外の庭まで入れれば倍以上の広さがある。


 それでも十人で鬼ごっこするにはやや手狭だが、俺は外も利用し、二体の動きを先回りして躱す。こういう狭い場所でも俊敏な動きができるのかを確かめているのだろう。


 それと少し相手して分かったが、この厄体あまり頭は良くない。所詮は作り出された存在。決められた行動パターンがあるようだ。


 実際の厄体はもっと複雑な動きをするのだろうが、試験としては動けるかどうかの確認ができればいいというわけか。


 幽世内では試験官の言っていた通りどんなに動いても体力の消耗は感じられず、俺は常にトップスピードで動き続けることができる。


 しかし、そんな俺とは裏腹に残りの四人は開始一分も経たないうちからぜーぜーと呼吸を荒らげながら次々に捕まっていった。


 残るは俺だけの一人舞台だ。

 

 脱落者により広くなった会場内は更に逃げやすくなり、もはや躱すまでもない状態。あっという間に既定の五分が過ぎていった。


「はい。それまで!耐久性試験合格者は十九番!」


「有難うございました」


 俺は息一つ切れることなく最終試験を突破した。残りの受験生四人は驚きの表情でこちらを見ている。

 彼らと何が違ったんだろう? 霊力量が多いのか、減りにくいのか、回復が早いのか。


「移動試験では手こずってたけど、耐久性試験は余裕だったね。こっちを苦手にする人が圧倒的に多いんだけどな。おめでとう!」


 自分でも何故かは分からないが、どんなに動いても疲れる感じはなかった。現世だったらさすがに親父との鬼ごっこでも息があがるはずである。


「今回の試験はここまでとします。不合格となった人もあともう少し。次回は合格できるようにまた頑張りましょう」


 こうして俺の長い一日が終わった。


 地上へ戻ると辺りはすっかり暗くなり寒さが一段と厳しくなっている。

 社務所で合格証と所属支部申請用紙を受け取り帰路についた。


 田沼さんは今日の勤務時間が終了したようでもうすでにいなかった。


 合格証に陰陽師という文言は一切なく、あくまで神社の神主採用試験という位置付け。

 所属は東京支部で決定だと思っているが、迦具夜にも相談してみようかな。


 あれ?そういえば

 迦具夜に会うにはどうすればいいんだろ?

 

 この間は一方的な展開でなんだかんだここまで来たけど。


 俺は紙切れに何か書いてないかゴソゴソとポケットに手を突っ込むが、迦具夜のメモが見つからない。


 おかしいなぁ。まさか落とした?!


 しかし、紙切れの代わりにポケットに入っていたのは、中央に穴の空いた笛のような小さな石だった。

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