第8話 裏遍路巡り
「これって笛だよな?」
陰陽師試験の翌日
俺はポケットに入っていた石をマジマジと見つめていた。昨夜は疲れていつの間にか眠っていたようだ。
ポケットに入れていたはずの紙切れが無くなり替わりに穴の空いた笛らしき石。
せっかく歴史的にも貴重な勅使状だと絶賛されていたのに早速無くしてしまった。
とにかくこれが笛ということであれば使い道は限られてくる。
俺は早速その穴に息を吹きかけてみた。
しかし、音は鳴らない。
口をつけるのは抵抗があるけど仕方ない。
穴に口をあて強弱をつけたり、角度を変えてみたりと試してみるも、
やはり、音は鳴らない。
どうなってるんだ?笛じゃないのか?
覗いてみると大きな穴が空いていて、向こう側がよく見える。
こんな形で鳴るわけないか。
勝手に笛だと思っていたが、使い方が違うのかもしれない。それとも本当にただの石なのかも?
今後について迦具夜に相談したかったけど、これ以上時間をかけても結果は変わらなそうなので、とりあえず一人で考えることにした。
*
小田川さんや田沼さんという業界関係者の知り合いもできたし、勅使状のことも知られているので、登録はやはり東京支部しか考えられない。
ということで俺は早速、東京支部のある試験会場だった神社へ再び足を運んだ。
田沼さんは今日も休みだったので、また合格の報告をすることはできなかった。
改めて境内を見渡すと、よくあるいたって平穏な風景。今までずっとこの地下で陰陽師試験が行われていたなんて。
社務所で所属登録を済ませ今日こそはヒーリングスポット秋葉原へいざ参る、と意気込んで歩き出した矢先、冬の晴れ渡る空が見覚えのある茜色に包まれていく。
「呼んだ?」
目の前には発光する少女の姿。
迦具夜だ。
「……うん。呼んだけれども。
あれはやっぱり迦具夜を呼び出すための笛だったんだね。吹いても鳴らないし、くれたメモはなくなるし焦っちゃったよ」
「笛ってよく分かったね。タイミング見てまた来ようと思ってたんだけど。メモは君が幽世に入ったら連絡が取れるように細工しておいたんだ。でも、あんまりピーピー鳴らさないでね。うるさいから」
あの笛はピーピーと鳴るのか。
「あ、俺、陰陽師試験受かったよ! 登録も済ませたし今日から陰陽師の仲間入り」
俺は気を取り直し、陰陽師試験に合格したことを報告する。
「あら、そう」
あら、そうって。随分興味なさそうなリアクションだこと。結構頑張ったのに。
「それでどうする? 陰陽師になったとしても、後継者になるかは自由だけど。実はやる気なさそうだったから次の候補者物色中なんだ」
「いやいや、やりますよ! ちょっと止めてよ! せっかく苦労して陰陽師になれたのに」
陰陽師になったきっかけはまさしくそれなのだから。もちろんやるに決まっている。
「了解! そうと決まれば協力するわ! 分からないことがあったら何でも聞いてくれていいわよ。その笛を吹いてくれれば私が都合のいい時に顔出すから」
「りょ、了解。それでお願いします」
「じゃあ、早速本題に入ろうか。継承の件。覚えてる?」
「もちろん覚えてますとも」
まだ陰陽生の立場ではあるが、陰陽師になったことで俺は正式に第三百五十二代安倍晴明に襲名した。
といってもこのことは一応トップシークレット。話していいと言われてもするつもりは毛頭ないが。
「で、具体的には何をすればいいの?」
迦具夜は腕を組み何やら考えている様子だ。
「やっぱりまずは理由から説明しないとかな」
「うんうん」俺は小刻みに頷く。
「もう今から千年以上前になるけど、晴明は後継者問題にとても力を入れていたの。陰陽師全盛の当時でも彼の能力を全て継承できる人はいなかったのよ。
そこで、彼は後世でも能力の継承ができるように全国各地に自分の全ての能力を分散して封印した。ちょうどあの頃流行っていたお遍路巡りに因んで幽世の全国各地八十八箇所に『裏遍路巡り』だなんて言ってね」
「八十八? そんなにあるの? じゃあそれを一つ一つ回れってこと?」
「そういうこと。今まで私が見込んだ陰陽師達は各時代で一番霊力の強い人ばかりだったけど、これのお蔭で歴史に名を残すほど有名になった人物がたくさんいるのよ。こう見えても潜在的な素質を見抜く力には自信あるんだから!
でも、結局最後まで到達できた人は誰もいなかったから未だに探してるってわけ」
お遍路巡りって空海が始めたという四国八十八箇所の霊場巡礼のことだよな。
安倍晴明って意外とお茶目な人だったのね。
「迦具夜は初代安倍晴明の友人だっけ?」
「そう。生前はね。言っとくけど私は幽霊でも妖怪でもないからね! なぜか私だけここに取り残されちゃった。今は幽世の住人ってとこね」
「なるほど。俺も幽世の住人に一歩踏み込んだわけか。だけど、、」
何とか試験には合格できたが、二次試験は半分まぐれみたいなものだし、まずは陰陽反転ってやつを安定してできるようにならないといけない。
「なに? 自信ないの?」
「うん。まあ、その通り。試験の時もなんかまぐれで上手くいったというか」
「迦具夜様、助けて〜とか思っちゃったんでしょ」
うぐっ!
だいたい当たっているだけに言い返せないのが辛い。
「大丈夫。私が勧誘した人はみんな同じこと言ってたから。声かけた時点で陰陽師やってた人なんてあまりいないのよ」
「そうなんだ。良かった」
「でも幽世に入ることもままならないようじゃ、裏遍路の攻略なんて到底できないよ。まず君は協会で陰陽師としての基礎を習得する必要があるわね」
確かに陰陽反転はまともにできないし、幽世に入ってもマネキンから逃げ回ってただけだからな。
「ちなみに、その裏遍路っていうのは失敗したらどうなるの?」
「別にどうもならないわよ。また鍛えてチャレンジすればいいだけ。死ななければね。
潜在霊力っていうのは生まれつきほぼ決まっていて、限界まで上がったらもうそれ以上は増えないのよ。裏遍路の攻略には潜在霊力、すなわち霊格が大きく関係するってわけ」
今さらっとすごいことを言ってたような。
でもそれは覚悟の上だ。
各時代で選りすぐられた三百五十一人でも成し得なかった『裏遍路巡り』か。初代はどれだけの高みにいたんだろう。
本当に俺に初代の後継者が務まるのだろうか?
「俺はどこまで行けるかな?」
「さあ〜。あまり期待できないかな」
言葉とは裏腹に、彼女の顔は少し喜んでいるように見えた。
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