第35話 卒業生選抜試験

 沼島の教練をなんとか終えた俺は、新たに始祖の式神『影獅子』を迎え契約数は三体になった。

 

 彼はどんな影にでも身を隠せる能力を持つ。教練の時はあえて姿を現したが、影の中にいる間は基本的にダメージを受けないらしい。


 実体として見えていた二体は操術を用いて近くの石を狛獅子に似せて作り出していただけのようだ。

 幽世では夜がないので、いつでも影との出入りが可能だろう。ある意味、陰陽師と似ている。


 強さについてはもちろん現在の最高戦力だが、詳細は不明。


 これで始式陰陽五作の初段は全て完了した。彼は遅いと言っていたが、始式譲術攻略は過去最速の三十時間だった。

 まだまだ先は長い。一旦一段落ってとこかな。


 今日は珍しく、未春からお願いしたいことがあると連絡がきたので、東京支部へとやって来た。


 お願いしたいこととはなんだろう。

 未春がそんなことを言ってくるなんて珍しい。


「おまたせしてすみません」


「いや、俺も今来たとこ。どうしたの?いきなり相談したいだなんて」


 見た感じ深刻そうにも見えない。


 わざわざ会って話さなければならないというのは余程のことか。まさかデートの誘いだったりして?!


「加納さんは『卒業生選抜試験』というものをご存知ですか?」


 はい。違いました。分かってましたとも。


「卒業生選抜試験??卒業試験以外にも何かあるんだっけ?」


 聞き慣れないワードが飛び込んできて俺の妄想は掻き消された。

 卒業試験ならもちろん分かるが、卒業生選抜試験とは一体なんぞ。

 始式が一段落したいま、今の懸念は卒業試験しかなかった。


「『卒業生選抜試験』というのは卒業から一年以内、つまり今年の一月から十二月までの卒業生の上位十%が参加可能な実力評価試験なんです。

その結果次第では有名なクランから声がかかるみたいで」


「クラン、それは聞いたことあるな」


 現在の陰陽協会に統制力はなく、協会は仕事を斡旋するだけの存在。

 一年間の陰陽生講習を修了すると、陰陽生は新米陰陽師となり、いきなり自由な世界へと放り出される。


 そのため、陰陽師達は自ら大小様々な集団となり任務にあたっているのだが、それらは通称クランと呼ばれていた。


 百人規模の有名なクランから数人の即席クランまで幅広く、絶えず変化しているそうだ。


「でも、未春はまだ陰陽生だけど受けられるの?」


「そうなんです。試験は十二月末なので、本当は一月末に卒業予定の私は参加できないんですけど、小田川さんが特別に推薦してくれたみたいでして」


 確かに未春はすでに卒業レベルの実力があるから、十二月なら全く問題はないだろうな。


「へぇ~、そうなんだ。俺も小田川さんに頼んでみようかな」


「そうですね!是非!最大霊力200以上が参加条件らしいんですけど、加納さんなら十二月には絶対に超えてると思います!」


「200?!そっか。どうしようかな?とりあえず今回は様子見しとこうかな」


「そうですかぁ」


 残念そうな表情でうつ向く未春。

 だって、俺まだ70台だし。200なんていつになることやら。


 始式の次の段階がクリアできればワンチャンあるかもだけど、この先なんて全く想像できないから今はなんとも言えないな。


「ところで、お願いっていうのは?」


「あ、はい。そういうわけなので、試験はまだ先なんですけど、今のうちから訓練しておこうと思って、加納さんに手伝ってもらいたいんです」


 十二月ってことはまだ半年近くあるのに早速試験対策か。さすがに真面目だな。


「いいよ!涼香も暇そうだし誘ってみようか?」


「涼ちゃんには声かけてみたんですけど、操術の練習中に怪我をしてしまったらしく、田沼さんも試験に関わることには協力できないと、、」


 あ、もう確認済だったのね。

 涼香はともかく、田沼さんに先を越されるのはなんだか切ない。


「あ!決して後回しにしたわけじゃないですよ。加納さんにも連絡したんですけど繋がらなかったんです」


 そっか!幽世の中は圏外だった。普段連絡なんてほとんどこないしね。。


「ごめん。俺いつもスマホ放ったらかしで気付かなかった。じゃあ、久しぶりに田沼さんのところへ行って聞いてみようか。協力できないとは言っても何かしら情報はくれるだろうから」


「はい!宜しくお願いします」



「久しぶりだねぇ!元気にやってるかい!」


 予想通り田沼さんは修練場にいた。

 俺達の後輩にあたる生徒達に放術を教えていたもよう。入学生が毎月いるというのも大変そうだ。

 

「お久しぶりです。相変わらずお元気そうですね」


「おぉ、元気元気!君達の成長が僕に活力を与えてくれるのだよ。フフン」


 と言って胸を張る田沼さん。


「ありがとうございます。さらなる成長のためにご協力いただきたいんですけど、『卒業生選抜試験』について教えてください」


 田沼さんはキョトンとした表情をしている。やっぱりあまり口外できないものなのだろうか。


「あぁ、御堂くんのことか。そういえば小田川さんが言ってたな。試験の手伝いはできない決まりなんだけど、教えられることは答えるよ」


 放術講義が終わった後、俺達は改めて田沼さんから久しぶりの講義を受けた。


 陰陽生は卒業すると、まずは脅威度の低い定期浄化作業等をコツコツ行い、実力を付ける。


 しかし、卒業時点で即戦力になる素質があると見込まれた者は早い者勝ちで青田買いされるそうだ。


 その判断基準の一つとなるのが『卒業生選抜試験』

 毎年全国的に行われ、クリアタイムに応じて全てランキングが付けられる完全実力試験。


 各クランはそのタイムや年齢などから新米陰陽師達に直接声をかけ、場合によっては破格の報酬で契約が行われることもあるという。


ここまでは言っていい話。


 ここからは内緒だけどと前置きしながら、教えてくれたものだ。


 毎回試験はタイムアタックにより行われるのだが、厄消対象になるのは行動パターンが画一的な模擬厄体ではなく、本物が使われる。


 エリアは霊障案件が圧倒的に多い都心。

 同じ内容でなくてはならないが、常に安定して同じ場所に同じレベルの厄体が出る場所というのはそれほど多くない。


 具体的な試験会場は田沼さんも知らないし教えてくれなかったものの、過去にも会場として選ばれたことのある訓練に向いたエリアをいくつか教えてくれた。


「ありがとうございます!」


「このくらいならどこでも教えてると思うけど、あまり他の人には言わないでね。聞かれれば答えるけど、あまりこちらから言いふらすものでもないから」


「分かりました。いろいろ教えていただきありがとうございました」


 未春も深々と頭を下げる。

 これだけ聞ければ試験対策はバッチリだろう。

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