第36話 ハク
田沼さんが教えてくれたのは都内某所。オフィスビルが立ち並び、周囲にはオシャレな飲食店やコンビニが軒を連ねている。
この周辺は霊脈が近いこともあり、厄体の発生頻度が非常に多く、頻繁な浄化作業が行われているそうだ。
とはいえ、脅威度は高くても3程度。危険性も低く、一人前の陰陽師には物足りないレベルのため、放置されがちなエリアでもあった。
幽世に入るとチラホラ陰陽師らしき人物が見受けられるが、全く混み合っている様子はない。
「実は先日の譲術講義の後、御堂家でも式神契約の許しが出たんです」
「そっか!良かったね」
そういえば未春も涼香も式神契約は正式な陰陽師になってからと父親から釘を刺されていたんだっけ。
でも、御堂家は早めに許可してくれたんだな。
「御堂家には代々伝わる式神がいまして」
「うんうん」
御堂家専用の式神か。強そうだ。
「無事に昨日、式神契約を完了しました」
「おぉ。どんな式神?」
「少々お待ち下さいね!」
というと未春は嬉しそうに何やらムニャムニャ呪文を唱え始めた。
右手には御札、左手には数珠をかけ指を複雑に曲げ簡易九字を切っていく。
「いでよ。三眼白雲!」
そう言うと、未春は御札を右手から下に飛ばす。
飛ばされた御札は煙となり、その煙は動物の形へと変化していった。掛け声もシンプルでいい。
煙がひくと御札が落ちた辺りから三つ目の白い馬が姿を現した。額の眼は閉じられている。
「御堂家に代々伝わる『三眼白雲』です。特徴は足が早くて目が良いところ。見たまんまですけど。
あと、この子!背中にも乗せてくれるんです!だから、今回の『卒業生選抜試験』との相性はバッチリなんですよ」
こんなに嬉しそうな未春は初めて見た。
目をキラキラさせて。愛おしそうに白馬の毛並みを優しく撫でている。
脚の筋肉が発達していて普通の馬よりも一回り大きく、三メートルくらいはありそうだ。
「これは頼もしいね。あとは思い通りに動かせれば完璧だ」
「それが、私、譲術以外は子供の頃から練習してきたんですけど、譲術は教わったのが最近なのでまだまだ下手で」
「うん。そうだよね」
「呼び出すにも霊符と呪文が必要ですし跨がることもまだできないんです」
「それで手伝ってほしいってわけか」
「はい。すみません」
「いやいや、それは本当に気にしないで。まずは乗りこなせるようになることが先決だね」
乗れるようになるのも、まだまだこれからといった感じか。習得しないといけないことがいくつもありそうだ。
とはいうものの、俺に何かできるかな?
「あの、私、自分で目標立ててみたんですけど、見てもらっていいですか?」
「うん、どれどれ?」
『ハクとのすることリスト』
STEP1 呼び出せるようになる
(目標一秒以内)
STEP2 指示通りに動かす
(目標99%以上)
STEP3 背中に乗れるようになる
(目標10分)
STEP4 乗った状態で片手離し行動
(目標10分)
STEP5 乗った状態で両手離し行動
(目標10分)
たまに掴まるのはOK。
「どうでしょうか??」
未春はちょっと恥ずかしそうにソワソワしている。
ふむふむ、まず名前は『ハク』と。
最初の内容としては問題ないんじゃないかな。
「いいじゃん!あとは、一つ一つSTEPをクリアしていくというより同時に進めていってもいいかもしれないね。目標が書いてあるから、今はどのくらいなのか記録を残していこうよ」
「なるほど!そうですね」
俺も一応大学生。受験勉強中は同じように目標を決めて毎日のノルマを少しずつ進めていたもんだ。
「指示の方はどう?結構言うこと聞いてくれてる?」
「はい。たまに通じてない時はありますけど、だいたい九割くらいは」
「そうか。じゃあSTEP1と2は引き続き練習を続けるとして、あとはSTEP3だね。乗ったことはあるの?」
「ないんです」
「じゃあ、まず、跨がってみようよ」
「はい」
と言ったまま未春は動かない。
「うん?どうしたの?」
「あの、ちょっと、手を貸していただいてもいいですか?」
「え!あ、そうだよね!落ちたら危ないしね」
俺は未春に近付き手をつなぐ。
なんか少しドキドキするな。
「脚を曲げるように指示してみて」
「はい」
「そうそう。まずはおぶさるような感じでゆっくり。立ち上がらせてみて。押さえてるから」
未春が落ちないように注意しながら『ハク』を立ち上がらせる。そしてバランスが整ったのを確認してから俺は手を離した。
「乗れましたぁ。ありがとうございます!」
どちらかと言うと、しがみついている感じだが、未春ならすぐにバランス感覚も養われて乗りこなせるようになるだろう。
「涼香は呪具製作に燃えてるみたいだし、乗りやすくなるアイテムを作ってくれないか聞いてみよう」
エリアが広範囲であれば式神と別行動したほうが効率はいいが、卒業生選抜試験はタイムトライアルとのことなので、スタートとゴールが決まっている。
全員同じ道を通り、道を塞ぐ厄体を浄化しながらゴールを目指すのであれば、移動スピードがなにより重要だ。
「はい。今度、涼ちゃんにお願いしてみます!」
今は七月。陰陽生として半分が経過した。
俺もそろそろ次のステージにチャレンジする時だ。
胸の内に熱いものを感じながら、ハクの上で必死にバランスを取ろうと頑張っている未春を見つめていた。
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