第28話 初報酬

 ミカリバアサン。


 神奈川県横浜市と川崎市の一部の多摩川流域に見られる妖怪。


 正月を挟む十二月八日の事始めと二月八日の事納めの両日を『事八日』という。

 この事八日にいたずらをするため現世に現れる疫病神だ。


 百二十センチほどの身長で顔の真ん中に大きな目が一つだけある。見た目は子供なのだが、老婆だという説もあり謎の多い妖怪だ。


 数はちょうど三体。

 目は赤く腫れ、眉間(おでこ?)に皺を寄せている。

 見た目が凶暴になるのは厄化の特徴なのだそうだ。それでも結構かわいいが。


「ちょうど一体ずつやっつけちゃおうよ」


 涼香が上唇をペロッとしながら言う。


「そうだね。とりあえずその作戦でいくか」


「はい。あっ、そういえば」


 と、未春が言う前に涼香の鞭がミカリバアサンへと放たれる。


 しかし攻撃虚しく、その鞭は空を切った。


「あれ? なんで? 完全に捉えたと思ったのに」


 涼香は口を開け呆気にとられている。


「ミカリバアサンは凄く目がいいんだって。体も小さいから動きもすばしっこいって昔読んだ本に書いてあった」


 そんな本があるのか。

 今度貸してほし〜。


「そうか。脅威度2といっても悪霊より厄介なんだな」


「そうなんです。厄体だけの悪霊よりも妖怪の力が上乗せされた『厄化』のほうが強くなるんですよね。脅威度が変わることもあるみたいですよ。だから2といっても、悪霊の3くらいの強さはあるのかもしれません」


「こんな感じで良く狙って剣速を早く保つと倒しやすいです」


 未春が飛び込み様に鬼切丸を振り抜くと、ミカリバアサンは霞となって消えていった。

 一切無駄のない動き。

 

「あっさりとまぁ」


「全然当たんないし」


 俺と涼香が避けられ続ける中、未春は一瞬で葬る。カッコ良すぎでしょう。


 結局、残りの二体を倒すのに十分もかかってしまった。

 地下一階は改札通路になっていて、誰かがすでに浄化済だった。

 一階、二階はミカリバアサンと悪霊が二体ずつ出たものの、未春が瞬殺。


 三階では脅威度3相当の悪霊を連携技で浄化し三千円をゲット!

 よく考えると一人当たり千円。

 割に合っているのかちょっと分からなくなってきたな。


 エレベーターとエスカレーターは動かないので、俺達が四階へと続く階段へ向かうと三階と四階の間に動く影があった。


 遠くからそーっと覗いてみると、十数匹の猫が何やら話しながら踊っている。


「あれは踊り猫ですね」


 未春が小声で解説する。


「かわいぃー!」


 踊り猫とは横浜市戸塚区の妖怪。


 昔、戸塚宿の醤油屋にあった手拭いが毎夜失くなるという怪事件が起きる。


 醤油屋の主人が様子を伺っていると飼い猫とその仲間達が頭に手拭いを被り、空地で踊っているところを目撃。


 その後もこの地では同じように猫の踊る光景が見られたことから「踊場」と名付けられ現在は駅名として定着しているそうだ。


「あれも浄化するのかな」


 ここにいる妖怪ということはやはり浄化対象なのだろうか。他の厄化妖怪と違って危険な雰囲気は感じないのだが。


「厄体の反応を感じませんね」


「そうだね。横を通り抜けようか」


 未春も同じことを思っていたみたいだ。

 ここは刺激せずにササッと通り抜けて…


「きゃっ!」


 未春が急に声を上げ、恥ずかしそうに顔を背ける。


「えっ!なに? 何かあった?」


「賢吾、未春、エスカレーターから行こう」


 涼香が中央にある止まったエスカレーターを登るルートを提案する。


「どうしたの?」


 俺が質問すると、涼香は踊り猫と頭を交互に指差す。


 俺が踊り猫のほうをよく見ると、猫達は手拭いの替わりに三階のショップにあるマフラーや女性もの下着を頭から被って踊っていて、周りにもそれらが散乱している。


 なるほど。そういうことか。

 これはちょっと通りづらいな。

 俺一人だったらむしろグッジョブだったのだが。


 俺達は階段を諦めエスカレーターへと向かった。


 四階から九階はほとんどが悪霊だったが、クダギツネという妖怪が二体出た。


 その名の通り管に入るほど細長い狐で憑依を得意としているが、俺に憑依は効かないので、ただの細長い狐だった。

 脅威度は低かったので、二人が取り憑かれる前にさっさと浄化。

 式神にすると未来を言い当てるなどの占術にも長けているらしい。


 結果的に俺達は地下二階から地上九階までの間に、三十三体を浄化することができた。


 時刻は午前一時。


 人の少ない場所を見計らって現世に戻ったものの、横浜駅構内にほとんど人影はない。


「田沼さん終わりました。どうすればいいですか?」


 とりあえずまずは田沼さんに報告、指示を仰ぐ。

 

「もう終わったの?!ごめん。こっちはもう少しかかりそう。解散してもらって構わないんだけど、今日はホテルにでも泊まるかい?」


「あ、いえ、大丈夫です」


とは言ったものの、やっぱり御堂家の車に乗せてもらうのは気まずい。


 送ってもらいたかったけど、未春のお父様とずっと一緒なんて緊張して無理だ。


 タクシーなんて使ったら今日の儲けがなくなってしまうので、結局俺は漫画喫茶で一夜を過ごすことにした。



 翌日、修練場で田沼さんから早速報酬を受け取った。

 

 結果的には脅威度2が二十二体、3が五体、そしてなんと4の悪霊も一体いたようだ。


 確か九階にいたボス風なやつか。


 4くらいになるとかなり実体化されていて足のないガイコツが黒いローブを着て鎌で攻撃してきた。

 今思えばもっと警戒するべき相手だったと思うが、最後だからみんなバトルハイになっていて勢いそのままに一気に畳みかけてしまったようだ。


 その4についての報酬は一体六千円とのこと!


 結果、報酬合計額は締めて四万三千円になった。

 一人当たりだと一万五千円弱。

端数は一番活躍した未春がもらうということで話がまとまった。


 今回はレアケースだったが、今後も任せられそうな厄消業務は積極的に取り組んでほしいそうだ。


 小遣い稼ぎの手段が一つ増え、懐が潤った俺は、久しぶりに行き付けの業務用スーパーの国産ステーキ肉で初業務達成を祝った。

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