第9話 霊力測定
一月も残すところ数日となった。
大学のテスト期間が終わり、明日から二ヶ月ほどの春休み。
一緒に初詣に行った友人二人は傷心旅行に行くとのことで俺も誘われたのだが、陰陽師の修行に専念したいので丁重にお断りした。何があったのかは聞くまい。
これからは大学生兼陰陽生の二足のわらじ生活が始まる。
合格者が陰陽師としての活動を開始するのは翌月からとのこと。ちょうど期末テスト期間だったので助かった。
一月は主に陰陽反転の安定化に取り組んだ。テスト勉強の合間にちょくちょくチャレンジし、今ではもう失敗することはない。
ベストタイムは一分三十二秒。
概ね五分以内には幽世へ移動できるようになっている。霊気を感じ取るところがコツだったみたい。
現世に霊気は存在しないというものの、微弱な霊気は少しずつ幽世から滲み出ている。それらをキッカケに扉をこじ開け、中へと入る技術が『陰陽反転』だ。
入った後、現世に戻る時も同様で霊気が外部へ滲み出ている部分を探し、退出すればいい。どれだけ早くその
二次試験の課題だった幽世への移動はクリアできた。耐久性については自主的にできることはないとして、
これで陰陽生としてのスタートラインには立てたかな。
今日は一月合格者の入学式。
陰陽業界は慢性的な人手不足なので普通の学校のように四月にまとめて入学というスタイルではなく、少しでも早く即戦力へと育てるために毎月入学式を行っている。
一月の合格者は四名。
しかし、一人はすでに陰陽師としての実績があり、何らかの理由で資格を失効して再取得に来た三十路男性。
だから、東京支部からの参加は三人だ。
これはかなり異例なことらしい。
だいたい毎月一人、多くて二人なのだそう。
その他にも全国で十二名が合格し、一月の入学生は計十五名。入学式はこの東京支部で行われる。
技術だけではなく、歴史や心得、ルールなどについて教わるのが陰陽生。協会に所属する以上避けては通れない。
入学式の場所は二次試験と同様に本殿地下だった。
俺は空腹に耐えきれず駅前で魚介豚骨ラーメンを堪能するため家を早く出たら、三十分も前に本殿へ到着してしまった。
場内には椅子だけが用意され、好きなところに座るよう促されたので、安定の一番後ろ左端を選択。
前列を選べるほどの勇気は持ち合わせていないので。
しばらくすると続々と参加者が集まり始めた。まだあどけなさの残る人が多く、俺と同じや年上っぽい人の姿はほとんどない。
例の正座美女は他の席が空いているにも関わらず迷うことなく最前列中央に着席した。
できる女性は行動からして俺とは違うのね。
全員揃ったところで宮司の小田川さんが挨拶を始める。
もう八十五歳だと言っていたのに、背筋がピンと伸び小柄ながらも威厳のある佇まいだ。
その後、担当講師の紹介に移ったのだが、講師はなんと田沼さんだった。
俺を見つけるなりウィンクしてきたが、そういうのは別にいいです。参加者の何人かがチラチラとこちらを見ている。恥ずかしい。
協会側の話が終わると今度は恒例の生徒自己紹介に移る。前列の端から順番に名前を言っていく、あれだ。
正座美女の名前は『
「それでは皆さん。次は幽世に行きましょう!」
最後に俺の簡素な自己紹介が終わり解散かと思いきや、いきなり田沼さんからそんな言葉が発せられた。
「試験には合格していますが、現在の霊力には個人差があると思っています。講義を始める前に把握しておくことで一人一人にあったきめ細かい対応ができる訳ですね」
いつでもすぐ幽世に入れるのは大前提か。自主的に練習しておいて良かった。してなかったら、出足からいきなり躓くところだったよ。
入学生達は周りの様子を伺いつつ立ち上がる。
そして、一人目がいなくなると、その後を追うようにみんな次々に姿を消していく。
さすがに手慣れた作業だ。
「あ、それと今回は構わないけど、霊符や道具を使っている人はそれ無しでも出来るように練習しておいてね。現場ではいつ何時何が起こるか分からないから」
田沼さんから早速指導が入るものの、入学生達はすでに大半がいなくなっていた。
今回俺がかかった時間は三分ほど。十五人中十三番目だ。もっと精進せねば。
「はい。全員集まったので説明を始めます。皆さんが試験の時に鬼ごっこしたこれ。知ってる人もいるかもしれないけど、正式名称は模擬厄体と言います。あの時は全力で逃げてもらうことで幽世内で問題なく行動できるかを確認していました」
幽世に入るとすぐに説明が始まった。
田沼さんと目があったので俺は大きく相槌を打つ。
「模擬厄体は浄化せずに捕らえた厄体をマネキンに憑依させ霊力で操っています。
霊体と厄体は陰陽の関係があるので、皆さんの霊力と模擬厄体は反発します。その反発力を数値化することで皆さんの霊力を把握できるというわけです」
何だかよく分からないけど、要は模擬厄体に触れると自分の持ってる霊力が数字になるということらしい。
「参考までに言っておくと、霊力のない普通の人の数字は0です。厳密には0.001とかもっと低い数値ですが、小数点以下は表示されません。幽世に入れる最低基準が1と表示されるように設計されています」
幽世に入れる時点で1以上。
それでも普通の人の千倍以上の霊力があると。
なるほど、確かに数字になると分かりやすい。
「では順番にどんどん測っていきましょう」
幽世内でも結局みんなさきほどと同じ席に座っているので、俺の順番は最後だ。
田沼さんの掛け声とともに一人目の参加者が模擬厄体に近づく。
あの人は確か神奈川支部の人だったな。見た目はまだ小学生でも通用しそうなほど小柄な女性だが、おそらく十五歳くらいか。
幽世では体力や腕力など身体能力の影響がないので、女性の陰陽師も多い。今回も十五人中八人が女性である。
中学生が陰陽師として登録できるのは卒業後の四月からだが、陰陽生は予備校のような位置づけらしく登録前の入学も認められているらしい。
代々の陰陽一族であれば中学三年生の時に試験に合格しておき、卒業後なるべく早く陰陽師として活躍するのが一般的なのだそう。
彼女がマネキンに手を触れると、田沼さんは何やら手に持った機械のようなものを確認する。
「33ね。はい次の人」
33が高いのか低いのか分からないが、普通の人が0.001とすると、その数万倍と考えればやはり凄いことだ。あえて公開する必要があるのかは疑問だが。
「45」
「38」
測定はテンポ良く進んでいく。
次は正座美女こと御堂さんの番。
「お、すごい!御堂さん185」
会場内がどよめく。
あの人は合格者の中でも頭一つ抜けている印象がある。前の三人との比較でしかないが、合格者の中で五倍差というのはやはり相当なものなのだろう。
こうやって数字で出ると疑いようがない。霊力を把握するにはいい方法なのかもしれない。
その後も大体30から50ほどの数字が続き、御堂さんの次に高い数値は65であった。
そして、いよいよ俺の番。
ドキドキしながら以前必死に逃げていた模擬厄体へと歩を進める。
近くで見ると本当にどこにでもあるようなマネキン。これが人と同じように自然に走り回ってたかと思うと少々気持ち悪い。
俺は右手を模擬厄体の肩に置いた。
頭に手を乗せる人、マネキンの手を握る人などいろいろいたが、肩が一番高い数値を出していたような気がした。
田沼さんの表情は特に変化なし。
それは他の人の時もそうだった。
「はい。最後の加納くんの数値は〜、」
参加者の平均がだいたい50くらい。
合格後も地道に陰陽反転に取り組み、今では他の合格者とも変わらないくらいになっている自負がある。
ためてないで早く教えてよ田沼さん。
この一ヶ月の俺の努力の結晶を。
「5」
「…」
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