第11話 新しい生活


 ルギナは優一の家で過ごし始めて、快適な生活を送っていた。

 食事の時間になれば母親が食事を作ってくれる。入院していた時の質素な病院食よりも豪勢な食事だ。

 ラフィディアにいた頃は自分が食べるものは自分で調達してこなくてはならなかった上に基本的にはお金がなくて食べ物も買えず廃棄物から残飯をあさる生活だった。

この家で食べられる食事は廃棄物から探し出した残飯のような粗末な食べ物ではなく、ラフィディアの平民の質素な食事よりも豪華な食事だ。

 最初はその食事に食いつくように食べていた。

 母親には「いつものうちのご飯なのにまるで今までろくなものを食べてこなかったような食べっぷりね。病院食には飽き飽きしてたのかしら?」と言われたが実質ルギナとしてはこういった温かい食事は生きていた限りでは食べたことがなかった。

 肉も出れば野菜もたくさん出され、一度の食事では何品もの料理が食卓に並ぶ。

 主食がパンではないことに最初はとまどったが米という主食にも次第に慣れてきた。


優一の家族は優一のことを心から愛している。これはルギナにとってはなかったものだ。

母には疎まれ、父親には存在を否定された自分にとっては優一の家族の優しさはまるで天と地ほどの差がある。

この愛情こそがまさに家族愛に飢えていたルギナの求めていたものだ。

他人の家族とはいえルギナはこの場所に居心地の良さを感じていた。



 優一の家に来て数日が経ち、家族そろっての食事の最中に言った。

「優一、そろそろ学校へ行ってみたらどうだ?」

父親が話しかけた。

「学校!?」

学校、という単語にルギナは反応した。

日本では義務教育といって小学校から中学校までの九年間を必ず学校という教育施設に通わねばならない、そうリハビリの際にこの日本の仕組みとして聞いたからだ。

 そして学校には同じ年の生徒達が教室で共に学ぶのだ。

ルギナのいたラフィディアはそういった教育施設は裕福な家庭の者のみが行くことを許されていた。

 優一は十四歳で現在は中学二年生だと聞いていた。

「あなた、まだいいじゃないですか。優一は一時期本当に危なかったほどなんですよ。助かっただけでも奇跡なんですから。まだ退院したばかりだししばらくは安静にしていた方が」

 退院したばかりの優一に今学校へ行かせることは酷だ、とばかりに母親がかばう。

一時期は命の危険が迫っていた優一を再び外に出すのが不安だという心配もあったからだ。

「あんな事故があった後だし、身体はもちろん大事だ。しかしいつまでも学校を休んでいると勉強に遅れが生じるだろう。」

 教育における学校という場所は常に毎日授業をしていて新しい勉強を積み重ねていく場所だ。

 これが高等教育など義務教育以降の学校ならば長く休んでいると出席日数が足りなくなり、卒業および進級に必要な単位が揃わなくなるのだ。

「実はな、優一が入院している間、お前の学校の友達が時々病院に来てたんだ。だけど優一は記憶が混乱していたからお医者様に今お友達と面会させるのはまずいと止められていたから会わせることができなくてな。みんなお前に会いたがっていたぞ」

友達という言葉に優一は反応した。

今までまともな生活をしてこなかったルギナにとっては「友人」「友達」とは憧れの存在だった。

 年が近くて親しくしてくれる「友達」という存在にルギナはずっと小さい時から憧れていた。

生まれも悪く、魔法が使える危険人物ということであの街では年の近い子供は誰一人ルギナに近寄ろうとしなかったからだ。

ましてや同じ年の者達が一斉に同じ場所にいるという環境は、あの町では同世代の子供達に忌み嫌われていた生活をしていたルギナにとっては憧れの場所だ・

ルギナはずっと独りぼっちだった。

 しかしこの優一という少年にはその「友人」という存在がいるというのだ。

さらに学校という場所もまた魅力的な場所だった。

あの世界では義務教育といった教育制度はなく、学校という教育機関は育ちのいい家の者だけが行ける場所だった。

義務教育という制度もない上に学校に通えるのは学費の払える裕福な家庭の者のみで大半の子供は早くから働くのが当たり前な世界だったからだ。

ルギナはラフィディアでの生活の仕方などは全て母親に教わっていたのである。

ルギナは今まで一度も集団で学べる場所というものにいったことがない。だからこそルギナにとっては学校という場所がたまらなく憧れだった。

「行くよ、明日からでも学校に行きたい!」

 ルギナは勢いよく返事をした。

 ここの家は悪くはないがずっと閉じこもりの生活に飽きていたこともあり、外に出られるのは嬉しかった。

「おお、すっかりやる気が出たのだな」

 父親は学校の話題を出すのはまだ辛いことかも、と本当はあまり言いたくなかった話題だったようだが会話に出したことにより優一が前向きな反応を示したことに安心したようでビールをぐいっと飲みほした。

家族は優一の以前の記憶がないことで人間関係が大丈夫なのかを心配していた。

家族は記憶がないならこれから思い出を作ればいいと言ったが人間関係は他人同士なのでそうはいかない。

 学校は家族と違って多数の人間と毎日顔を合わせることになる。

 そこは不安だった。

 自分は優一のことを知らなければ当然優一の友人のことも知らない。

以前の記憶がないのに学校へ行って優一の友達ははたして別人になり変わったルギナとは仲良くしてくれるだろうか?

「優一、無理だけはしないでね」

 心配していた母親も息子のやる気な態度にそれ以上は何も言わなかった。

優しい家族と美味しいご飯、それだけでなく学校にまで行ける。

 これらの未知体験な生活はどれもルギナにとって刺激的であった。



「学校かあ、どんな場所なんだろう?」

 明日から起こることに期待を寄せ、学校へ行く準備をしようとした。

 しかし学校とはいったいどんな服装で何を持っていけばいいのか?まずはその初歩的な部分でつまずく。

 ルギナは寝室にいる両親に「学校はどうやって行けばいいの? 何を持っていくの?」と尋ねた。

 これから学校に通おうとしているというのにまずは学校への行き方もわからないとなると先は思いやられるものだ、と思った。




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