第31話 これからはどう生きる




立てこもり事件を解決した中学生が意識を取り戻したというニュースはマスコミにも伝わり、日比田優一の行動は勇気ある少年により解決したと大きく世間に報道された。

連日病院にはマスコミが押しかけることもあったようだ。

 優一が使った魔法についてはしつこく追及されるかと思ったが移動魔法についてはすでに事件発生前からショッピングモールの館内にいた優一が犯人の包囲で隠れていて発見されなかった為、ということになっており犯人グループとの対峙の際に使用した数々の魔法についてもあれは犯人一味が持ち込んだ銃器や危険物のよる事故と判断された。

 突然吹いた風は天井から吹いた風、電撃は危険物の事故、水は天井に溜まっていた雨漏りの水が犯人に降り注いだ等、あくまでも魔法という力ではなく自然現象と考察された。

 この世界には魔法という概念自体存在しないのだから事故としか思われないようだ。

 優一が戦った様子もショッピングモールの監視カメラには一部始終収められていたが魔法については犯人組織が様々な器具を持ち込んでいたので丸腰であった優一がそんなものを持ってるはずもなく誰も優一が使ったとは思わなかったのである。

 もしもあれが魔法だと気づかれたとしても今の優一にはもう魔法の力は宿っていない。証明することも無理なのである。


犯人グループは全員身寄りがなく育った青年達で構成され、親に一方的に捨てられ、経済的な事情により夢も叶わなかったことへこの社会の恨みを連ねて今回の行動に出たとのことだ。

 ショッピングモールを狙ったのは幸せそうな親子連れ等家族に恵まれている客が多いのでその客たちにも世間の理不尽さを合わせるために巻き込むにしたとのこと。なんとも一方的な逆恨みで自分勝手な者達の行動である。

 まさにあの犯人達もルギナと同じような思考で事件を起こしていたのだ。

 今のルギナにとってはあの犯人達がきちんと裁きを受けて罪を償ってくれることを祈っている。


 入院生活は続き、傷の具合もよくなって退院の日が来た。

退院の日にルギナが病院から出る際には入口に大勢のマスコミがカメラを抱えて待機していた。

カメラは優一の姿を見ると一斉にフラッシュをたいて瞬く間に光が降り注ぐ。

「あの事件の解決に貢献した少年が今日退院しました」

 事件を解決に導いた少年がようやく顔を出す、それは世間的には大きなニュースであっという間に優一は囲まれる。

まるでスターか何かのようにマスコミはルギナへとインタビューした。

「退院おめでとうございます!何か一言を……」

カメラに囲まれ、優一にはマイクが向けられた。

あまり目立つことが好きではないルギナは控えめに答えた。

「家族の元へ戻ってこれてよかったなと思います」

病院にはマスコミが押しかけ対応に追われていた。

 マスコミの取材が来ると優一は話せる限りのことを話した。

「犯人に突っ込んでいくのが、怖くなかったですか?」

「いえ。人質の中には僕の大切な友人がいたので、なんとしても犯人を警察に突き出して人質を解放することでいっぱいでしたね」

 ルギナはカメラやインタビューにそう答えた。

 自分の余生が残り少ないから突発的な行動に出た、などそういったことは答えない。

 あくまでも友人を救う為、事件を解決する為の行動だと答える。

 もちろん世間的にはそのルギナの行動を「中学生なんて子供が危険なことをするなんて」等批判する声もあった。

 しかし結果的にはあの事件では死者も出ておらず、犯人も逮捕されて解決したのでそこまで批判を直接くらうことはなかった。



「すみません、通してください」

マスコミの中に紛れてあのショッピングモールで人質となっていた客のうちの一人の子供が花束を持ってルギナに近寄る。

日比田優一によって犯人逮捕の解決で救われたことにより優一を英雄と思っていて退院を心待ちにしていたのだ。

「あの時、助けてくれてありがとうございます」

そう言って子供は花束をルギナに手渡した。

ルギナとしてはあくまでも友梨を助ける為にした行動が結果的に大勢の命を救ったことになり、これも悪くないと思った。

 退院をお祝いする群衆に見守られながら、優一は迎えにきた家族の車に乗り込んだ。

「優一、すっかりこの町のヒーローだな」

 運転席で父親はようやく退院した息子を出迎えホッとした様子だった。

「でももう二度とあんなことしないでね。あなたの大切な命は一つしかないんだから」

「はい、父さん、母さん」


 そして日比田優一の自宅に帰ると、ルギナは優一の部屋でくつろぐと自分が再びここに戻ってこれたのだと実感した。

 ラフィディアで処刑された時にはあそこで人生が終わると覚悟していただけにこれ以上ない幸福だ。



 ルギナは優一として再び学校にも行くことができた。

 病院でもマスコミに囲まれたりと大変だったが学校でもだった。

ルギナが学校に来るとそれもまたルギナが歩く度に周囲は歓声が包んだ。

「おい、あれがショッピングモールの事件解決したっていう」

「臆しもせずに犯人につっこんだって勇気あるー」

「なんか顔もイケメンじゃない? かっこいいよねー」

 ルギナが登校してきて廊下を歩くだけでそういった噂話が聞こえる。

 あの立てこもり事件は地元では現場中継のニュースからこの地域には大きなニュースとして報道されていた。

 それだけ注目度が高い事件だったことに加えて日比田優一は凶器を持っていた犯人グループと対峙したのである。

 中学生という年齢の子供が並大抵できることではない行動に話題となり、ましてやその中学生がこの学校の生徒となればその学校で注目されるのは当然である。



教室に入ればクラスメイト達が一斉にルギナに目を向けた。

あの事件で負傷して怪我をしていたことはすでに知らされていたのでその復帰ということでルギナが再び学校へ来たことは大きなニュースだ。

「おっ、ヒーローのお出ましだ」

「お帰り、日比田くん! 怪我はもういいの?」

 ただでさえ以前から学年トップになるほどの優秀さを見せて日比田優一という人物は皆に人目置かれている存在だというのに、地元の大きな事件を解決したといことがさらに拍車をかけたのだ。

 以前は友梨以外のクラスメイトの女子と話すことはなかったルギナだがあのニュース以降はクラスの女子もルギナへとまた評価が変わっていた。

「聞いたよー、すっごいことしたんだねー」

「でも怪我して入院してたんでしょ? 治ってよかったね!」

「犯人たたきのめした、ってそんなに強かったんだね」

 この町で事件を解決したヒーローとばかりにクラスメイトは優一に根掘り葉掘りと質問を投げつける。

「日比田くんって勉強だけじゃなくて武術も強かったなんて! もうオールマーティーだね」

「そうそう、凶器持ってる犯人に立ち向かうなんて普通できないよね」

こんな風にみんなが自分のことを見てくれる。そして褒めたたえる。これはあちらの世界ではありえないことだった。

あそこでは魔法が使えるというだけで誰もがルギナを蔑んだ目で見ていた、近づけば否定され、実の父親には存在すらも否定される。

 しかしこちらの世界では違う。今や優一は英雄だ。


 優一を見てクラスメイトの女子の一人が言った。

「私、日比田くんの彼女立候補しちゃおうかなー。日比田くんみたいな人が彼氏だったらたくましいし、頼りになるし」

「あ、こいつすでに彼女持ちだから」

 ルギナと友梨の関係を知っている博がそう答えた。

「なーんだー残念―」


 そうしていると友梨が教室に入ってきた。

「友梨!」

 ルギナは友梨に駆け寄った。

「優一くん、もう学校に来れたんだ。すっかりみんなのヒーローだね」

 友梨は学校でも笑顔で出迎えてくれた。

病院で友梨に再会してから、ますますルギナには友梨に好意を抱く気持ちが深まっていた。

「よっ、ご両人!」

「朝からやけますなぁー」

 クラスメイトの男子が数名、そんな友梨と優一の姿を見てそそのかした。

 友梨とルギナはそんな周囲の発言にお互い照れて顔が赤くなる。

「ここじゃみんないるし、場所変えよっか、来て」

 友梨に手を引かれるように二人は教室から出て行った

「おー、愛の逃走かー」

 またそんな二人をクラスメイトがからかうように言った。



 友梨とルギナは中庭に来た。

 朝の授業が始まる前は生徒はみんな教室に入っているのでここは人が少ない。

 木々が植えられていて、校舎に囲まれている中庭はこうして落ち着いて話せる場所だ。

 友梨は優一の姿のルギナの顔を見て話した。

「優一君があそこに来てくれた時、ピンチに駆けつけてくれる本物のヒーローに見えた。けどまさか来てくれるだけじゃなくて人質を解放するように犯人と交渉するなんて危ないことまでしたからびっくりしちゃったな。優一くんが刺された時、私がメールなんて送ったばかりに危険なことへ巻き込んじゃったってずっと後悔してた」

 友梨はそのことが申し訳ないように沈んだ目で話した。

「友梨は悪くないさ。僕が勝手にしたことなんだから。犯人に話を持ち掛けたのだって、今思うとあんな危険なことするんじゃなかったって思うし」

 あの時は魔法があったから自信があった、なんてことは言えるはずもない。

 それどころかあの後こちらで意識を失っている間に自分は元の世界で処刑されたというそんな事実も友梨に話してもどうにもならないと判断して言わなかった。

 

 ルギナはふとラフィディアであったことを思い出し、友梨に語った。

「なあ友梨……本当によかったのか。付き合うのが僕なんかで。前にちょっと言ったけど、僕は事故に遭ってから記憶をなくして以前の優一じゃない、別人みたいなものなんだ」

 それはルギナがずっと言わずにいた日比田優一とは別人の自分がこの世界で生きていいのかという疑問だった。

 モルティノはこれからは日比田優一として生きることがお前の贖罪になると言われたがそれでもこの世界の優一の家族や友人をだましていることには変わりない。

「もしかしてこの学校で同じクラスの男子として出会った頃の優一とはもう別人みたいなものなのかもしれないのに。もう初めて君と知り合ったクラスメイトの日比田優一じゃないんだぞ」

 ルギナはずっと隠そうとしていた今の自分は元の優一ではないということを言った。

 それを聞いた友梨は一瞬目を丸くしたが、その後「なんだそんなことか」と呟いて再びルギナの顔を見つめる。

「私が好きになった優一くんは前はどうだったとか関係ないよ。むしろ私が好きになったのはあの事故の後に学校に来てからの変わった優一くんだよ」

「それってどういう……」

「優一くんのこと、以前はあまり話す機会もなくて気にしてなかったの。だけどあの事故の後に退院して学校に来るようになった優一くんのことが後から次第に気になりだしたの。ほら、前に言ったでしょ? 私は小学生の時に一度こじれて学校行けなくなって以前のように復帰できなくなったけど、優一くんはそのことを臆しもせず、勉強も生活も頑張った。記憶がないってブランクもあるのに」

 以前友梨が保健室で話していたことだ。

「以前の優一くんならきっと同じ委員会になったとしても私と仲良くなれたかわからないの。だから、私は今の優一くんが好き」

それは友梨は元の日比田優一ではなく、ルギナに入れ替わってからの日比田優一のことが好きという意味だった。

「だから私が好きなのはあの時からの優一くんなんだよ。私が今の優一君と仲良くなって過ごした時間は今の優一くんだけのものなんだよ。それより前とか関係ない。あの事故の後から学校に来た優一くんと過ごした時間の分が私の優一くんへの想いだよ」

友梨が好きなのは以前の優一ではなく、この世界に日比田優一として生まれ変わったルギナそのものなのだ。

この世界にも自分のことを日比田優一そのものではなく、ルギナに変わってから見ていてくれるものもいたのだと、ルギナは実感した。

「僕のこと、そんな風に想ってくれていたのか」

 以前モルティノにお前の家族は優一を愛しているのであってルギナ自身を好き好んでいるわけではない、と言われた時には現実を押し付けられたようなショックがあった。

 しかし今、こうして優一に生まれ変わってルギナとしての人格の自分を好きでいてくれる者がいたことに、ルギナは心から喜びがこみあげてきた。

 ラフィディアではとんでもない過ちを犯してしまい、自分はもう救われるべき存在ではないのだと自負していた。 

 多くの人に恨まれ、憎しみを買い、ああやって処刑されるのが自分の人生なのだと。

 しかしあれはダメなことだったとルギナは本気で謝罪と反省の意思を出してきちんと裁きを受けた。

 これからはこの世界で日比田優一として生きていくのだ。

一度ラフィディアに戻って処刑されようとしていた時、もう二度と友梨には会えないと思っていた


これからはますますこの身体と人生を大切にしようと思った。

誰かを恨んだり、人を悲しませることはよくない。

まさに今は神様がくれた、人生をやり直す再チャンスなのだ。

「優一くん……! どうしたの?」

 気づけばルギナは涙を流していた。

 そのことに友梨は驚愕してハンカチをポケットから取り出し、涙を拭きとってくれた。

「ありがとう。友梨、僕はこれからは君を大切にするよ」

 これからの人生、再びこの世で生きていくために

                       了


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

咎の炎は燃ゆる 雪幡蒼 @yutomoru2

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ