第30話 もう二度と、あそこには

身体の調子がよくなるのにはそこまで時間はかからなかった。

 犯人が刃物で刺した箇所は幸いにも骨や臓器といった重要部位からは外れており、ほんの数センチほどの深さ程度に終わっていた。

 しかし命の危険だったことには変わりはない。

 奇跡的に助かったのである。

 それではなぜあの時意識を失った際にラフィディアに戻れたのか、わからないことだらけだった。


「まったく。まさかお前が再びこの世界に来ることになるとはな」

 聞き覚えがある声が突然響く。


ルギナ以外誰もいない病室に突然モルティノが現れた。

あの日、突然現れたようにまるで魔法か超能力のようにモルティノは瞬間移動を使う。

「モルティノ……」

 ルギナとしてラフィディアに帰った時は処刑されることで頭がいっぱいで考える余裕もなかったが元より優一の身体でいれる時間のことはモルティノと約束をしていたことをもちろん忘れたわけではない。

「僕を迎えにきたのか」

 せっかくルギナとして処刑され、この世界に戻ってきたというのに再びモルティノが現れたということはやはり約束通り予定の一カ月として自分を冥界へ連れて行くために迎えに来たのだと思ったからだ。

「お前を連れて行くはずだったが予定が変わった。今日はそれを伝えにきた」

今は黒いローブのフードと仮面を外し、その妖艶のような美しい顔と青く長い髪をなびかせていた。

 モルティノの年齢は不明だが、顔をよく見ると化粧をしており、唇は赤い口紅で彩られてまたその妖艶さを演出している。まるで夜に輝く月のような明るさだ、

「なんで僕は再び日本に戻ってきたんだ? 僕は冥界に連れて行かれるんじゃなかったのか?」

 なぜ自分の意識がラフィディアに帰ったりそしてまた再び日本へ戻ってきたのか。

 この世界ではラフィディアを知る存在が自分一人しかいない以上、これについて説明ができるのは冥界の使い魔という名の元に自分の前に現れたモルティノだけだと思ったのでそう質問する。

モルティノは少々あきれたような表情でふーっと息をつくと説明を始めた。

「予測不可能な異常事態だったんだよ」

「異常事態って?」

「約束の一カ月の期間が近づいていたからお前のその優一の肉体から魂を引きはがす手続きをしていたらお前があの事件に突っ込んだせいで優一の身体からお前の魂が予定より早くはがされてしまった。だから意識が元の身体のあるラフィディアに引き戻されてしまったんだよ」

「じゃあ、ラフィディアに戻ったのは僕が優一の身体から離れたからってことか」

「そうなるな。異常事態に私もどうなるか焦ったよ。だが、どうせあと数日でもう迎えに行くことが確定したから私にはそれ以上のことをすることはできなかった。私はお前を迎えに行くという自分に与えられた任務以外のことはできない」

 約束の期日までに残り日数があったためにルギナの魂はその間、ラフィディアの自分の身体へと戻っていた。

その日数の残り時間が結果があちらの世界では正式に裁きを受け、処刑をその身で経験することになったのだが。

 あの処刑の苦しみと人生を終える最期の絶望する時間なんてわざわざ味わいたい人はいないだろう。しかしルギナはそれを受け入れていたのだ。

「もちろんお前の魂はあちらの世界で処刑された後、すぐに私が回収してそのまま冥界へ連れて行かれるはずだった。しかしそうはできない事態になったんだ」

「何があったの?」

「お前がラフィディアで裁きを受けている間、地球の日本じゃお前のことで世間が大騒ぎだったんだよ。ショッピングモール立てこもり事件を解決に導いた英雄だってな。お前も知ってる通り、お前が眠っている間はそうなっていた。」

 新聞に記載されていただけではなく世間ではテレビのニュースなどでもルギナの起こした事件解決のことは報道されていたようである。

 その結果、日比田優一の勇士は全国へと知れ渡った。

「そこで日比田優一の家族や親戚知人が大勢でこの肉体が死を迎えることを拒むエネルギーが冥界にまで響いた。それは優一本人ではなくルギナ、お前の魂を冥界ではなく日本に戻せというエネルギーになっていたんだ。それでサティリナ様はそれを沈める為にてんやわんやだ」

 モルティノは事情を説明した。

 モルティノの疲れ切った顔を見る限り、それは大変なことだったのだということがうかがえる。

 「どうやら地球で優一の家族や友人がお前を必要としていて、優一の肉体が正式に抜け殻となって死亡すればそれ以上に悲しみの負のエネルギーが冥界で暴走するとの予言が出たのだ。その為にお前の魂を再び優一の体に戻さなくてはならなくなった。それでお前の魂はこちらの世界に呼び寄せられたので再び優一の身体に吸収されたのだ」

冥界とはそうやって死を望む者へを連れて行くがかわりにまだ死んでほしくないという者がいる時には寿命ではないかぎり連れて行けないのだと。

「お前は人の命を救った。それにより日本の多くの人々が瀕死になったお前を必要としていた。そのエネルギーはルギナの魂を地獄に墜とせと願っていたあの世界の遺族よりもずっとずっと大きかった。そして犯行から救ったその功績がサティリナ様に贖罪と認められたのだ」

 ルギナのやったことはラフィディアにとっては憎まれるべきことであったがそれを上回るほどに地球ではルギナを待っていた者が多いということだ。

「本来ならば地獄逝きのはずなのだがお前はみなの憎しみを受け、処刑された。その行為がすでに裁きを受けて相応の罰を受けたのだ。そのこととお前が日本でした行為の功績によって再びチャンスが与えられた。それこそがお前が日本でこれからも一生日比田優一として生きることがお前の罪の償いだと判断された。お前がこれからはルギナではなく日比田優一として生きることこそがお前の罪の償いだと」

 ルギナはその言葉に少し嬉しくなった。

「じゃあこれからもこの世界で僕は優一として生きていていいってことなのか?」

 もうこの世界には戻れないと思っていたが今は再びここで生きるチャンスを与えられたということだ。

「お前はラフィディアでは処刑されてすでに死亡した。なのでもう二度とあちらの世界に行くことはできない。お前は永久に生まれた世界である故郷に帰ることはできないのだ」

 生まれた故郷に二度と帰れない、それは通常ならば残酷なことのはずだがルギナにとってはむしろ光栄なことだ。

散々自分を忌み嫌い、処刑までした故郷になんて呼ばれても二度と戻りたいとは思わなかった。

再び優一として日本で生活できるのならそれはルギナにとって思ってもいない望みだった。

「もうあっちの世界に未練なんてない。ここで生きていいのなら喜んでそれを受け入れる」

 ルギナ自身もあの世界に二度と関わらなくていいのであるのなら嬉しいことだ。

 故郷には悲しさと憎しみ等いい思い出がなかったのである。

「それと、お前の魔法の力はサティリナ様の判断で罰として奪われることになる。本来なら前に私がお前の元に来た時点でそうしておくべきだったんだがな。お前はもう二度と魔法を使えない。お前はこれからは普通の人間として生きていくのだ」

 これまで自分と共にあった魔法。

しかしその魔法があったせいでラフィディアではルギナは差別対象になり忌み嫌われてきた。あんな忌々しい力がなくなるというのならそれは喜ばしいことだ。

 しかし立てこもり事件の解決に多いに貢献したその力も今後はもう二度と使えないということにもなる。

 つまり、もうこれからのルギナには特殊な能力も持てないのだ。

「普通の人間として生きるんだからあんなもの、もう必要ないさ」

ルギナはそう言い切った。

「私がお前の元に来るのもこれで最後だ。これからはお前は普通の人間として生きていくのだからもう我々とは干渉できない。私も要件を伝え終わったらもうすぐお前には見えなくなるはずだ」

 そう言い渡すモルティノの身体は端から次第に光が包み込み、透明になり始めていた。

 ここでもうすぐルギナに見えなくなるということはモルティノはルギナの前にはもう現れることはないというわけだ。

「わざわざ伝えてくれてありがとう。僕はラフィディアで犯した罪のことは一生忘れないし背負っていくよ。もう二度とあんなことしちゃいけないんだ」

 そう言ったルギナの瞳には光が宿っていた。




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