第29話 あれから、何が
ゆっくりと意識が浮上する感覚がする。
ルギナとして正式に処刑されたのであればもう自分は生きていないはずだ、とそう思いながらルギナはではなぜまだ自分に考える意識があるのか? と疑問に思った。
「ここは……あの世ってやつなのか……ここがあいつの言っていた地獄なのか」
そう思いながらも暗闇を見つめた、非常に身体がだるい、これが死というものなのか。
まだ目が開けられる、とそう感じた。
しかしどうせ自分にあるのは冥界に落ちる運命なのだ、それならばこの暗闇のままでいたかった。
恐る恐ると目を開けるそこは無機質な天井が広がっていた。
冥界にしてはずいぶんと明るい、と目の端を見ると点滴が繋がれていた。
優一として目が覚めた時のような日本の病院にある病室だったのだ。
目が覚めるとそこは病院のベッドだった。
「優一……優一!」
ルギナではなくその名前を呼ぶということはここはラフィディアではないことを表す。
そこにいたのは紛れもなく前に日本で見た優一の家族であり、家族は泣きながら優一の名前を叫んだ。
(どういうことだ? ここは日本なのか?戻ってきたのか?あれは夢じゃなかったのか?)
脳が状況に追いつかない、自分はルギナとして処刑されたはずなのになぜ今優一と呼ばれるのか。
「なんで……ここは……?」
ルギナがそう呟くと、家族は優一の姿を見て泣き出した。
「また記憶喪失なのか? 優一? 私達がわからない?」
母親がそう泣き出しそうな顔で言うのでルギナは答えた。
「いや……わかるよ。父さん、母さん」
以前とは違う、今度は優一の家族もしっかり認識できる。
どうやらまぎれもなく地球の日本である。
あの日本での出来事は全て、逃走中に見ていた夢の中だったのではないのか。
それとも自分は処刑されて永久の眠りについたのでまたもや長い夢を見ていることなのだろうか?
しかし今の自分の身体には優一としての刺された時の痛みを感じた、どうやらあれらの出来事もまた夢ではないようだ。
今はこうして日本でのあの出来事の続きが目の前で起こっている。
病室を見渡すと優一が目覚めるのを待っていた優一の家族と共に大量のお見舞い品に囲まれるようにベッドの周りには折り鶴やメッセージカード、造花の花束があった。
まるで大スターのような扱いの大量の見舞い品に戸惑いを隠せなかった。
「なに、この花束……」
ルギナはいまいち自分の置かれた状況が理解できず唖然をする。
「よかった……優一が再び戻ってきてくれて。今度こそ優一が本当に死ぬんじゃないかとすごく心配したんだぞ」
優一の家族は泣きながらそう叫んだ
「優一! 頼むから二度と危険なことはしないでくれ! お前はあくまでも一般人の学生なんだぞ!」
父親は目を覚ました息子にそう怒鳴りつけた。
息子を心配するがあまりの命を投げ出そうとした行為への叱責だ。
「あなた、目覚めたばかりでまだそんなに怒鳴らなくてもいいじゃないですか」
母がそれを制止する。
「まるで正義のヒーローにでもなったつもりだったのかもしれないがお前のやったことは危険すぎる。子供みたいなヒーローに憧れている真似事はよしなさい」
「は? ヒーローって何が?」
目の前にある大量のメッセージカードに花束などルギナにはいまいち自分の状況がわからない。
「どういうこと? 何があったの?」
きょとんとした表情で今の自分の立場がわからないルギナはそう質問した。
「そうか、お前は眠っていたのだから知らないのだな。ほら、これを見なさい」
そう言って家族は優一に新聞紙を渡し、その一面を見せた。
そこには驚くべきことが書かれていた。
「お手柄男子中学生! 立てこもり事件人質を救出して犯人逮捕に貢献する」
という見出しが大きく描かれていた。
「な、なにこれ!?」
事件の日付はルギナが優一としてショッピングモールに乗り込んだあの日のことだ。
ルギナは新聞の文章を読み上げた。
「ショッピングモール施設で人質となっていた来場客の中から現れた男子中学生は犯人グループへの人質解放への説得を試みた。犯人グループの鎮圧により機動隊の突入に成功となり犯人は全員逮捕された。人質は全員解放となり無事救助され、人質の中には怪我人もいなかった。しかし説得を試みた男子中学生は犯人によって刃物を刺され負傷。事件解決に貢献した男子中学生は現在病院で治療を受けている」
そこには自分の名前こそは乗っていないが事件の日付と場所からして紛れもなくこの男子中学生とは紛れもなく優一をさしていることがわかった。
「お前はあの日、犯人の説得の為にあそこへ乗り込んだんだろう。もしも私達はお前がそんな危険なことをしようとしてると知ったら意地でも阻止したのだがお前は行ってしまった。こんな危険なことになんで踏み込んだんだ」
「そうよ。せっかく事故にあっても助かった命なのになんでまた命を投げ出すようなことしたの。いくら友達がそこにいたからといってもこんな危険なことしないでほしかったわ」
優一の両親は息子の身を案じて叱った。
「ごめんなさい……」
息子を叱る両親に対してルギナはとりあえず優一のつもりで反省して謝罪した。
友達、と言われてふと思い出す。
「そうだ!友梨はどうなったんだ!?」
このショッピングモールの人質とされていた友梨を助ける為に呈した行動なのならば友梨がどうなったのかがわからなくては意味がない。
こちらの世界で最後に意識を失う瞬間に見た友梨のことが気がかりだった。
「友梨ちゃんね。あの子は無事よ。あなたが現場で緊急搬送される時に一緒に救急車に乗って付き添ってくれたのよ。私の大切な人だって」
友梨は無事、という言葉にルギナはホッとした。
友梨を救いに行ったつもりが結果的には何百人もの人質の救出と犯人グループの逮捕に貢献した。
「いつのまにか恋人なんて作っちゃって、あなたは大人になっていたのね」
ルギナは家族に友梨との交際の件は話していなかったので病院で友梨を知ったらしい。
ルギナは残り短い間だけの付き合いだと思い、家族に友梨のことを話していなかったのだ。
再びこの世界に戻ってこれるとは思わなかった。
ちょうどそのタイミングで病室のドアが開き、来客が入ってきた。
友梨だ。
「優一くん、目が覚めたのね!」
ベッドで意識のあるルギナの姿を見ると友梨は駆けるように近づいた。
「おかえり、優一くん!」
友梨は優一の帰りを待ちわびていたように抱き着かんばかりの態度で引っ付いた。
「あらあら、最近の若い子は」
両親は大胆なガールフレンドの姿をほのぼのと見ていた。
「優一くん、あの時はありがとう。でも私があんなメール送ったばかりに優一くんを危険な目に遭わせちゃったね。でもあんな無茶なことして意識なくした優一くんがそのままいなくなるんじゃないかと思ってすごく怖かった。」
ここにはこうしてルギナの帰りを待っていてくれた人々がいる。
あちらの世界では忌まわしい存在として処刑されても、ここへ戻ってこれたならばこれでよかったのかもしれない。
期限の一カ月も迫っていたしどっちにしろもう日本に優一としていれる時間は少ない、だからこそ最後にできることとして禁断の魔法を使った。
それが今、なぜか再びこの世界に戻ってきてその事件の後の日にその時ことを家族に聞いているのか。
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