第28話 これが、正しいこと




ルギナは牢獄で最後の時間を味わっていた。


普通、子供は絶対に入ることのないであろう特殊牢だ。

死罪を言い渡された囚人は絶対に逃走できないように普通の牢よりも頑固な特殊牢に入れられる。

 罪人がもし魔法が使えるとしてもその魔法の力でも破ることのできない対魔法無効化の施された特殊牢なのだ。

 この特殊牢を作るには膨大な手間と費用がかけられるので原則でこの牢屋はラフィディアの各国には一つしかない。

 もしも罪人が魔法が使えるものが多数いれば全員をここにすし詰めにする。

しかし今はルギナ一人なのでただでさえ広い牢はその空間をさみしく孤独にさせた。

ここに入れられれば最後、それは完全に人生の終末を言い渡されたも同然である。


ルギナはたった一人、この空間で裁判のことを思い出していた。

自分が殺めたヴィルキアとその息子であるマリテ婦人の言い分に自分はそれくらい憎まれることをしたのだとしかと受け止めた。

ヴィルキアとその息子だけではない、自分が殺した者達は事実巻き込まれる形となり直接恨みを持たれていたわけでもないのに命を落とすことになった。

きっとあの者達も生きていればこれから将来を作って未来を生きるはずだったのにそれを自分が奪ったのである。

ルギナは囚われる前に日本という国で過ごせたことがよかったと思った。

夢の中だとはいえあの日本という場所で幸福な少年に生まれ変わり、そのおかげで様々な人間がいるということや文化を学べた。

そのおかげで自分が犯した罪がどれほど残酷なことだったかに気が付け、一度幸福な経験をしたからこそ自分が自分のことを不幸だと思い込んで凶行に走り、やってはいけないことをしたのだと学べた。

「もしもあの生活がなかったらきっと僕は自分は悪くないと思って逃げるばかりだったんだろうなあ」

ルギナはそれまでは自分が悪いとは思っていなかった節がある。

ラフィディアにいた時までは悪いのはここまで身分の差を作り出した社会で幸福な者ばかりが幸せでそうでない者には苦しい生活をさせる世界だと思っていた。

しかしそれは間違いだったのだ。

自分が生まれついた環境を恨むのではなく、自分の身に丈に合った、どんなに差別されようとも自分らしさを貫いてその環境の中で生きる方法を探せばよかったのだ。

そう思うと実の父であるヴィルキアを恨み、その結果とんでもないことをしてしまい、多くの人間を悲しみの淵に落としてしまったことは自分が愚かだったと思った。

「これでいいんだ……僕のやったことはそれだけ悪いんだから……」

自身の罪の重さをしっかりとその身で受け止め、子供ながらにこれが正しいと素直に受け入れていたがルギナは涙も出てきた

 今更どう後悔しても終わったことは変えられない。これから起きることを運命として受け入れるべきなのだ。


夢の中の日本という世界で味わっていた日々を思い出し、最後に幸せな生活ができたことだけでも幸福と思うべきと言い聞かせていた。

ルギナは牢獄の中で一人、日本で優一として過ごしてきた時の家族や友人を思い出した。

 ラフィディアに戻ってきてからは誰一人としてルギナに優しく接してくれる者などいなかった。

 皆ルギナを子供ながらも魔法を悪用した凶悪犯という目で見た。

 この世界はいつだってそうだ。生まれながらにして魔法を持つ自分を昔から忌み嫌い、差別的な目で見ていた。

それが放火の犯人として多数の命を奪ったとなればその憎悪は深まるばかりだ。

それに比べると夢の中で日本で優一として過ごしていた時の家族や友人は優しい人ばかりだった。

あれは日比田優一の身体であるからそう接しただけで誰も中身のルギナのことなんて知らないはずだが、それでも仮暮らしとしての間の幸福は忘れられない。


せめて最後にもう一度だけあの家族に会いたかった、あの世界で出来た友人達や最後に守ろうとした友梨にも会いたかった。

あそこまで自分をよく扱ってくれた存在はいない。しかしあの生活も元は別人の人生を乗っ取っていた夢の中の出来事なのだ。

様々なことを思い出し、このルギナとしての人生も処刑の時間が近づくにつれまもなく終わろうとしていることに涙があふれた。


昼も夜もわからない牢獄の中でルギナは一人の時間を過ごした。

そしてとうとう処刑の日が来た。


「さあ、時間だ。出ろ」

 兵士の重い声がして牢獄の中にいたルギナは腕をつかみこまれるように連れて行かれる。 

この日は最後になるからと今までの人生を振り返るために前夜は眠ることができなかった。


 処刑が行われる広場は中央に絞首台が立てられ、周囲は兵士がガードを固め、奥には民衆が騒ぎ立っていた。中にはマリテ婦人やロッシュの友人の親の姿も見える。

 この公開処刑こそが罪を犯すとこうなるという見せしめと共に犯罪を抑圧する儀式でありながら娯楽の一種のようなものだった。


絞首台は木製で、首を吊る為の縄がかけられていた

 台の下は首を吊れるよう、身体を浮かせるように穴が開くしかけだ。

今からここでルギナの命が奪われるのである


絞首台に上がり、兵士が聞く。

「最後に言い残すことはないか?」

 最後に言い残す言葉など、何がいいのか、と考えルギナはこう言った。

「火を放ってごめんなさい。僕はとても悪いことをしました。二度とこのようなことが起きないことを祈ります」

 しかしもうそうは言っても遅い

「早く殺せ!」

「とっとと死んじまえ!」

「もう二度と生まれてくるな!」

「地獄に堕ちろ!!!」

 街の者達はルギナへ罵倒を浴びせた。

最後まで、ルギナのことを哀れと思う者は一人もいなかった


そして、いよいよその時が来た


ああ、ここで終わるんだな、と目の前の縄を見て思った

今からここへ首を吊られる

そして、次は地獄行きだ、と考える

首に縄をかけられる感覚がこれから起こる苦しみを想像させた。


ルギナの首に縄をかけ、執行人は言った。

「裁きを!」

 足元の板が外され、宙に浮く感覚。

その一瞬の出来事にルギナは意識を失った。





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