第27話 裁きの時
裁判は町の中心部にある広場で行われる。
見物人と証人などになる被害者側の遺族など大勢の観衆が集まるために裁判所には入りきらない規模になるからだ。
通常こういった裁判は容疑者が捕らえられてからも証言を集めたり、証人を決めたりすることに時間がかかりすぐに裁判が行われることなど稀だ。
しかし今回は目撃者や証言など証拠が揃いすぎている。
この町で数えるほどしかいない「魔法が使える子供」というのが決定的だからだ。
なので容疑者確保から裁判までの流れがすぐなのである。
裁判官と弁護人の立つ台と被告人が立たされる台が中央に配置され、その後ろには事件の被害者側の遺族が並んだ。
そしてその様子を見る為に取り囲むように周囲には裁判を見に来た観衆であふれていた。
本来裁判において子供の被告人が裁判にかけられることは滅多にない。子供は責任能力のとれる年齢でないと親が代わりに罰せられる場合もある。
しかし今回は特例だった。
ルギナの犯した放火事件にはラフィディアでは禁忌とされている「魔法」が絡むからだ。
「魔法」を悪用して罪を犯した場合は子供とはいえ大人と同じ罰がくだされることが決まっている。
なので今回ルギナは幼い身でありながら大人の罪人同様の扱いを受けるのだ。
裁判の広場には被告人であるルギナを見て様々な感想を述べる聴衆の意見が飛び回った。
あれだけの大きな事件を起こした犯人が魔法が使えるとはいえまだ年端のいかない少年であることと、こんな子供が裁判にかけられるという今までにない特例からだ。
「えー、静粛に!」
ざわつく民衆を進める為に裁判官はカツン、と台の上の木づちを叩いた。
裁判が始まる合図である。
それまで口を開いていた民衆もみな黙り込み、周囲がシン……と静まりかえる。
「これより、ヴィルキア家放火殺人事件についての裁判を行う」
これまでも裁判で多くの罪人を裁いてきた裁判長には貫禄があった。
「罪人ルギナ、前へ出よ」
裁判長がそう言い放ち、逃走防止に兵士に囲まれていたルギナは被告人として台に上がらされる。
今は捕縛時のような縄ではなく、その両手には重い金属製の枷がつけられていた。
服装もルギナが普段来ていたボロ布の衣服ではなく囚人が着せられる囚人服だ。
しかし今までに子供の罪人はあまりいなかったので無理やり着せられたそれは裾と足が余っていて袖をまくり、ズボンをはいた足元は引きずるように歩かされていた。
「はい」
ルギナは抵抗することもなく素直に従った。
厳格な雰囲気はルギナにとってもこれからどんな罰が下されるか若干恐怖があった。
しかしそれと同時にルギナは全てを受け入れるつもりで、もはや覚悟はできていた。
「そなたはヴィルキア家の子息ロッシュの生誕の祝いの場に魔法により火を放ちその子息と家主であるヴィルキアを含めた七名の命を奪った。そのことで間違いないかね?」
裁判長は紙に書かれた罪状を読み上げる。
「間違いありません」
ルギナは素直に自分の犯した罪を認めた。
紛れもなくあの日、自分が犯した行為なのである。
それはすでに何度も優一として過ごしていた時に夢で見せつけられていた。
「被告人ルギナ。お前は生まれながらにして魔法の力を持っていた。しかしこの世界では魔法を使うことは禁忌とされている。それをわかっていながら魔法を使い凶行に走った。これはすでに死罪に当たる程の重い罪だ。子供とはいえその罪の重さは許すことができぬ」
「はい、理解しております」
「理解をしていながらもその力を悪用した、それがどんなことかわかるか?」
「はい」
ルギナは与えられる質問に淡々と答えた。
通常、裁判は容疑者に弁護するものがいればその意見を取り入れ、猶予を与えたりする。
弁護人の言うことが通れば罪が若干軽くなる場合もある。
しかしルギナは元より身よりのない子供でなおかつ魔法を使うことからすでにルギナへと弁護をする味方はおらず、もとより魔法を使えることで誰もルギナをかばうものもいなかった。
子を守るべき肉親もすでに亡くなっており、ルギナの味方をする者もかばうものもいない。
ここではただ無力な子供で、誰も弁護するものもおらず、周囲の観衆も厳しい目を向けるばかりだ。
「ではここで事件の被害者である遺族の証言を!」
裁判官が言い放ち、そこで証言台に上がったのは夢で見たヴィルキアの妻であるマリテ婦人だ。
マリテ婦人は裁判の場にふさわしい正装でおもむき、しかし涙を流していたために常に顔をハンカチで抑えていた。
マリテ婦人は子と夫を亡くした悲しみでルギナを憎んでいたことをすでにルギナは夢で見てよく知っている。
その人物が今、すぐ傍にいて直に怒りの声を上げるのだ。
「いくらその者が謝罪したとしても主人と息子は帰ってきません。あの家で残された私がどれだけ苦しんでいたかわかります? 愛する夫と長年大切に育てた子供を一瞬にして奪われたのです」
マリテ婦人はその声に悲しみがこめられていて涙ぐんだ声で怒り露わにしていた。
「私は主人と子供達の顔を見ることもできませんでした。火の中で苦しんだ夫と子は無残な姿となり顔を見れる状態ではないと判断され、最後に顔を見ることもできないまま棺に納め葬儀を行ったのです。その悲しみは耐えられたものではありません。どうかこの子供に厳重な罰を与えてください!」
ルギナはそれに反論をすることもなく黙ってその怒りを受け止めた。
それだけこの婦人の悲しみは夢で見て痛いほど伝わっていたし、自分はそれだけのことをしていたと自負していたからだ。
優一として日本で過ごした時、ルギナは初めて子を愛する親の気持ちを知った。
このマリテ婦人にもその愛情を夫と息子に注ぎ大切にしていた。その大切にしていたものを自分の気持ちで奪ってしまったのだから。
夢でも見た、屋敷の使用人として働いていたベルトナの婚約者だ。
「私は大切な婚約者を失いました。本当なら一カ月後には彼女は屋敷の使用人を退職して結婚式が行われていたはずなのです。私達が作ろうとしていた将来も、私と彼女の間に生まれてくるはずだった子供も全てその者のせいで奪われたのです。彼女の身にはすでに新しい命も宿っていたのです。私は妻になるはずだった女性と自分の子を奪われたのです。」
ルギナの起こした事件により婚約者が犠牲になっていた男性は怒りと悲しみの声をあらわにした。
「……」
ルギナはその証言を黙って聞いていた。反論をすることもなかった
これから作られて行くはずだった未来をルギナの手で台無しにされてしまったのだ。
なんの罪もない婚約者を自分勝手な理由で奪われ、将来だけでなく、人生そのものを破綻させられる、これほどの悔しさはあるのだろうか
子供の友人達も訪れていたので子供も亡くなった。
この町に連行されてきたルギナに一番最初に石を投げた男は妻と共に裁判の場へ来ていた。
ロッシュの友人だった息子ビキルトの両親である。
「あの子は数日前からロッシュくんの誕生日を楽しみにしていました。プレゼントは何を持っていこう、お祝いのメッセージは何にしよう、など友達想いの子でした。それがよりによってその友達の誕生会で火災に巻き込まれるなんて」
今は怒りに震えているのか、それとも悲しみを抑えることで精一杯なのかその証言を語る手のひらは震えていた。
「うちの子はロッシュくんへとお祝いはどんな歌を唄おうとかその日が来るのを楽しみにしていたのです。ですが皮肉にもその日は我が子の命日となったのです。火の中でどれだけ苦しかったことか、大切な友人を祝う為に屋敷を訪れなぜ犠牲にならなければならなかったのか。」
我が子を失った母親である被害者遺族である女性は怒りながらも涙を流していた。
さらには屋敷に招かれていたヴィルキアの友人の家族も証言台に立った。
七名の死者のうちの一人の遺族である。
裕福な家の子供の誕生会ということである程度の権力を持つ大人もヴィルキアに呼ばれていたのだ。そして命を落とした。
「俺の親父はこいつのせいで死んだんだ! おかげで大黒柱を失った家は今後どうなるかわからねえ。俺たち一家の運命はこいつのせいで狂わされたんだ!」
ルギナはその罵声を聞いて何も反論しなかった。
「なんとか言ったらどうなんだ!? ええ!? 自分が悪いことしたくせにこういう時はだんまりかよ! ガキとはいえ許せねえぞ! お前のやったことは多数の人生を無茶苦茶にしたってことなんだからなあ!」
この場合は何かを言うことも無駄であるとすでにルギナはわかっていた。
何かを言い返せばどんなに反省した言い方をしたとしても「謝って済む問題ではない」等それに対してますます怒りを買うだけでどちらにしろ相手にますます火に油を注ぐ行為だ。
かといって黙っていても自分の行いを沈黙で抜けようとしているだけととられる、つまりこういう場にどちらの行動も当てはまらない。
家族を殺された遺族というものは犯人に対して憤怒や怨念、多数の感情を持つがそれはどんなに犯人が謝ったとしても死んだ者の命が帰ってくることはないのである。
自分の犯した罪には怒鳴られても仕方ないと今は思っていたからだ
この裁判の場にいる誰もがルギナには非難の目をむけるばかりでルギナをかばう者は誰一人いなかった。
親も家族も親類もいないということはこういうことである。たった一人、何かをすれば庇う者も弁護する者もいない。
ルギナにとってはただ一人、大勢の罵倒を浴びせられるだけだ。
これが罪を犯した者の正しい末路なのだ。
裁判は佳境に入り、いよいよ大詰めなところまで進んだ。
「ではルギナ。お前は罪を認めるか?」
「認めます。ぼくは逃げも隠れもしません。ぼくのやったことはそれだけ重い罪であり、亡くなった人々には申し訳ないと思っています。死罪であれば受け入れます」
ルギナはそう答えた。その瞳にはどこかこれが正しいという意思が通っていた。
「子供とはいえ今回は魔法を使ったという禁忌を犯したことも重い。魔法を悪用した場合は死罪と決まっている。もちろん子供とはいえその罪の重さは大人と同じだ。つまりルギナは大人同様の裁きを受けなければならない。何か意義のある者!?」
裁判官はこのままの流れに異議を唱えるものがいないかを募った。
しかし周囲の者は誰一人として異議を唱える者はいなかった。それだけ魔法を使った罪は重い、なおかつ今回は大勢の命が奪われている。
これは誰もが死罪を望む結論だ。
ルギナに親や家族がいれば意義を唱えるものがいて子供を殺さないでと懇願する者もいたかもしれない。
しかし天涯孤独でなおかつ民衆から忌み嫌われているルギナをかばうものはいなかった。
「意義はなしか、では判決を言い渡す」
裁判長はカツン! と木づちを鳴らすと周囲は静まり返った。
判決を読み上げる際は周囲の沈黙と共に告知される、これが裁判の決まりだ。
「罪人ルギナ。そなたに絞首の刑を言い渡す。執行日は三日後の昼だ」
それは裁判の中でも最も重い判決である死罪だった。
一生を牢獄で過ごすことになるよりも命を奪われるという最高の刑なのだ。
ルギナは自分に下された判決に覚悟の上とばかりに黙って聞き留めた。
普通は裁判はもっと時間をかけて、なおかつ死罪判決が出た際には執行日に猶予期間を設けるものだ。
事件の場合裁判を得て容疑者に刑を執行した場合、その後に真犯人が現れて冤罪の者を処刑したとなれば大問題だからだ。
しかし今回は証拠が揃っていてルギナ自身も罪を認めたためにそれらの期間が早くなった。
本来は放火の罪となればその業火で苦しんで死んだ者達と同じ苦しみを味合わせるために街の中央の広場でで民衆の前で火あぶり、というのがこの世界の決まりだった。
大勢の前で公開処刑を行うことで罪人を裁いたことを証明する意味と罪人を目立つ方法で処刑することでこうなるまいと見せしめにすることで犯罪を防ぐという目的からだった。
しかしルギナはまだ年齢が幼く時間をかけて苦しみながらの処刑は可哀そうだ、ということでまだ一瞬の苦しみですむ絞首となったのである。
火あぶりも絞首も残忍な刑ではあったのだがもはやルギナをかばう者もおらず、ルギナ自身が罪を認めたのでその判決になった
「これにて閉会とする!」
ルギナの処刑が決まり、裁判が終わると沈黙した空気は破られ、周囲の者達は一斉に歓声を上げた。
「とっとと死んじまえ!」
「こうなって当然だ! ザマーみろ!」
兵士に連れて行かれるルギナを見て大人達は誰もがルギナを嘲笑した。
魔法を使える存在は生まれながらにして忌み嫌われる者であり、そういったものが処刑されるということは子供とはいえ民衆には一種の娯楽のようなものだった。
子供が処刑されるという残忍な事実なのを誰も反対する者はいない。
元々この世界では裁判で決められたことは絶対なので意義を唱えればそれだけで罪となる。
なので判決が決まれば後は裁きが下されることには誰も文句は言わない。
それがこの世界での昔からのルールだった。
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