第5話 憎しみは炎を灯す


 朝になってルギナは行く場所もなく町を徘徊していた。

 青空の広がる空の下は商店が出て果物や野菜などが山積みになって売買され、買い物客でにぎわっていた。

 路地は人でにぎわい、婦人が井戸端会議をする、子供達は無邪気に遊んでいる。

 談笑や商談の声が響き、ルギナの感情などそっちのけで目に映る誰もが楽しそうに見えた。

 ここに一人今憎悪と孤独と悲しみでいっぱいのルギナがいてもそれとは関係ないように町はあいかわらずいつも通りだ。

 

 昨晩からヴィルキアへの怒りが収まらず、何をしようとしたのかその足は自然とヴィルキアの家へと向かっていた。


 やがてあの日、入ることもできなかったヴィルキア宅の門が見えてくる。

 今日はなぜか門の前に人が集まっていた。

 何があるのかとルギナはわざと通り過ぎるふりをして聞き耳を立てた。

「今日はヴィルキア様のご子息のロッシュ様の誕生会があるそうだ」

「さぞかし立派なパーティになるだろう。何でも友人をたくさん呼んでのパーティらしい」

 今日はあの時見たヴィルキアの息子であるロッシュが主役の誕生会があるとのことだ。

 ルギナが孤独と絶望に堕ちている反面、あちらは楽しそうなことにますますルギナの憎悪は激しくなった。

「何が誕生会だよ……こっちはそれどころじゃないんだ。あいつは同じく息子である僕のことは見捨てたくせにあいつはのうのうと楽しそうにしてやがる……!」

 ルギナはヴィルキア宅の裏側に回り、外壁の傍にある木に登って、ヴィルキア家の中の様子をうかがってみた。

 ヴィルキア宅の窓の内側には華やかな衣服を身にまとった子供や大人が集まっているのが見えた。

 華やかなドレスを来た少女、正装に身を包んだ自分と同じ年頃の少年などがいた。どうやらパーティの主役であるロッシュとその友人達のようだ。

 誕生会に呼ばれたヴィルキア家の知人友人などが皆、楽しそうにしていた。

 そしてパーティの指揮をとるヴィルキアの、あの憎たらしい父親の声が外にも聞こえてきた。

「皆さま今日は息子の為に集まってくださりありがとうございます。とびきりのごちそうを用意しています。今日は楽しい日にしましょう」

 その腰には子息であるロッシュの姿もあった。

「お父様、前置きはいいから早く歌を唄いましょう!」

 パーティの主役であるロッシュはいかにも楽しそうな笑顔だった。

 パーティに集まる少年少女達は実に幸福な時間を送っているように見えた。

その姿を見てルギナは自身でもわからないほどに怒りに震えていた。

「くそっ、僕は何も食べることもできないのに、あいつらはご馳走かよ!」

 母を亡くし、今は帰る家もないのにあの屋敷の中では暖かい屋根の下で美味しいご馳走を食べてたくさんの友人に囲まれてこれから楽しいひと時を過ごすのだ。

「こっちの気も知らないで……僕と母さんを見捨てたくせに……あの息子も幸せそうで憎い!」

 母を失った悲しみと居場所がない孤独、飢え、そして憎悪がますますルギナの心を支配していた。

 気づけばルギナは詠唱して手の中に魔法で一塊の火の玉を作り出した。

 その炎はまるでルギナの心の中の憎悪を映し出すようにゆらゆらと勢いよく燃え盛っていた。

 火の玉はルギナの怒りを表すかのようにメラメラとますます燃え盛っていきもはや両手いっぱいほどの大きさになっていた。

 もはや悲しみと孤独、憎悪は何がやっていいことか悪いかも判断がつかず、突発的に行為を犯してしまう。

 魔法を使うことは禁忌とされているはずなのに、今のルギナはそれをわかっていながらも幸せそうなヴィルキアを許すことができなかった。


「すべて燃えてしまえ」


 ルギナは屋敷の裏からその火の塊を投げ込んだ。

 憎悪によって感情が高ぶって生み出された魔法はとてつもなく暴走を引き起こすことがある。

 現在ルギナが作った炎の塊もそうだった。

 暴走したエネルギーが屋敷に投げ込まれ、その勢いはさらに暴走し、あっという間に屋敷を包むほどの炎になった。

 突然の出火に中にいる者達は何が起きたかわからずパニックになり、叫び声と泣きわめく声が外にまで響いた。

「ざまあみろ」

 ルギナの今の表情はまるで悪魔の顔といわんばかりに憎悪を込めた目つきになっていった。

 屋敷が炎に包まれるのを見るとすぐに木から降りてその場から走り去っていった。

 まるで今しでかしたことからも逃げるように。

 ルギナはとにかく走ってその場から離れるように逃げた。

「火だ、ヴィルキア様の家から出火しているぞー!」

「火事だ!」

「大変だ! 早く火を消すのだ」

 その背後ではヴィルキアの家から煙が上がり、中では楽しい誕生会が一変して大惨事となり逃げ惑う人々、必死で消火にあたる者など大騒ぎになっていたことをこの時のルギナはまだ知らない。

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