第6話 逃走の末に


 ルギナは走った、ゼエゼエと息を切らしながらもその足を止めることもなく走った。

 人目のつかない裏路地へと逃げ込み、建物の影となり城壁が行く手を拒む行き止まりへとたどり着いた。


 ルギナは移動呪文を使って城壁の外、つまり町の外へ出ることを試みた。

 町は城壁に囲まれていて通常は門の入り口で検問を受けなければ外にでることはできない。

 しかし魔法が使えるルギナにとっては移動魔法を使えば城壁はあってないようなものである。

 今まで使ったことのない移動魔法が成功すればの話だが。

 ルギナは母に教えてもらった緊急時に使う移動魔法というとっておきの手段があった。

 しかしそれはあくまでも自分の身を守るための魔法であり、緊急時に避難をするためで悪事を働いた時の逃走用ではないはずだが。

 ルギナにとっては城壁の外に出るなど考えたこともなかった。

 このラフィディアは城壁により町が守られ、その外は獣が徘徊していてただ森や平地に崖など自然が広がっているだけの危険な場所だからだ。

 そんな場所に旅の重装備もなしで身一つで出るなど危険すぎる。

 しかし今のルギナは逃げなければならない、この町にはもう居場所もなく、大罪を犯してしまったからだ。

 移動魔法には欠点がある。非常に高度な魔法なために詠唱に時間がかかってしまうのだ。

 これは逃走の際には人目のつかない場所に隠れておこなう必要がある。

 この裏路地で城壁の隅ならばしばし人は来ないだろう。

 今、町はヴィルキア家の出火で大騒ぎになっている、やがてルギナを放火犯として見つけるのも時間の問題だ。

 ルギナには時間がなく、今は一刻を争う。

ルギナは詠唱にかかった。

 外に獣が出ようが旅の装備がなかろうが、今はルギナには唯一の力、魔法が全ての頼りだった。


 しばらくしてルギナの身体を淡い光が包む。移動魔法が成功したのだ。

光はルギナの全身を包むとその場からルギナごと消滅した。


 次にルギナが目を開けると、目の前には荒野が広がっていた。

背後には今まではその中にいたであろう町を囲む城壁の一部がそびえたっていた。

どうやら町の外への脱出に成功したようだ。


 赤茶色の石でできている城壁は今もなお、その中の人々を守るように高く誇らしく経っていた。

 今まではこんな城壁に囲まれた狭い世界だけで生きていたのか、と思った。

 きっと城壁の中は今もヴィルキア家の火事で大騒ぎをしているだろう。

 そんな中に火をつけた犯人である自分が戻れば真っ先に疑われるに決まっている。

 初めて出た城門の外、そこに広がる荒野にルギナはさてどこへ行こうかと迷った。

 この世界は魔法を使うことは禁じられているはずなのに、今日は魔法を使って悪事をしてしまった。

 ルギナはこれからは逃げなければならない、長い逃走生活が始まるのだ。

 どうしようか考えていると城門から兵士が馬に乗って出てくるのが見えた。

 もしや放火犯を探している追手がもう外まで出てきたのか、とルギナは思い込み焦って荒野を反対側に走る

 とにかく少しでも遠いところへ逃げたくて、どこに逃げるなんて考えもなく走った。

しかし走っていると行き先を拒むように崖があった。だが今は別の道を選んでいる暇はない。

 この崖の向こうへと移動魔法を使えればいいが追手が来ている今は魔法を詠唱する時間もないのだ。

「くそっ」

 ルギナは勢いよく走って助走をつけて崖を飛び越えようとした。

 しかし強風が吹きつけ、ルギナの軽い体はまるで藁のようにバランスを崩した。

 そのまま崖を飛び越えることもできず、ルギナは深い谷底へと落ちていった。


「ああ……せっかく逃げたのにこんなところで死ぬのか」

最後にそうつぶやいてルギナは意識を失った

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