第23話 自分ならできること

ルギナが事件現場となっているショッピングセンターの近くへ来ると、そこは騒然としていた。

 ショッピングモールの周辺は消防車の音やパトカーのサイレンが鳴り響いていて、多くのパトカーや怪我人を救護するための救急車が止められていた。

立ち入り禁止と仕切られたテープの前には事件を見に来た野次馬であふれていた。

「現在事件が発生中です、近寄らないで!」

「下がって下がって!」

 警察官は警察官のけたたましい怒声がメガホンで鳴り響きメガホンで野次馬に言い放っていた。

 建物の周辺は警察官と野次馬がいっぱいでとても近寄れそうになかった。

まさに事件が発生中の現場なのである。


 ルギナは元ラフィディアの人物とはいえこの世界では階級も権限もない中学生であり、つまり一般人なのである。

 もしここでルギナが自分を現場に入れてほしいといってもただの学生を入れてくれるわけがないだろう。

 あの人質の中には友人がいるんです、と言ったところで民間人であるルギナを危険なあの施設の中へ入れてくれるわけがない。


 そう、ただの一般人ならば。

 ルギナにはただの一般人にはないとある手段があった。

「転移魔法ならあの中に入れるかも……」

 それはラフィディアでも事件を起こした後の逃亡の際に使用した移動魔法である。

あの時のように行きたい箇所へと瞬間移動する転移魔法を使えばショッピングモールの中へ入りこむくらい可能だろう。

 もちろん、魔法を使っている瞬間をこの世界の人間に見られてはいけない。

この現代日本であればいくらでも隠れる場所はある。公園のトイレなど人から見られない場所に行けば隠れてこの魔法を使うことが可能だ、

 詠唱には約十分がかかるので非常に時間はかかる。

 人質の命のかかった一刻も争う今に使うには時間のかかる方法だがルギナにはこの魔法を使ってあのショッピングモールの建物内に瞬間移動するほかの手段はないのだ。

 ルギナは魔法が使える自分ならば犯人グループを投降させることが可能かもしれない、と思っていた。

犯人グループは火薬や危険物といったものを所持しているためにお得意の火の魔法は仕えないが炎以外にも水や光といった他の力の魔法はある。

「僕が……犯人達を観念させよう」

 ルギナはこの世界で一般人でありながら自分が犯人達を倒すと決意しているのだ。

優一として生きていくためには普通の人間としてふるまわねばならない為にずっとこの世界では魔法は使わないようにしていた。

この世界で魔法を使えば、普通の人間だったはずの優一の中身が違う人間と怪しまれてしまう、それは今の生活を失うことだ。

しかし今のルギナはもうこの世にいれる時間があまりないのだ。

のちのちに消える運命なのならば最後に魔法を使ったとしてもその能力の持ち主が死亡することでなんの力だったのかも不明のまま終わるだろう。

無茶をすればここで優一としても命を落とすことになるかもしれない。

残りわずかな命なのであればそれが早いか遅いかの違いでしかない。

それならば最後くらいはこの力を有意義に使ってもいいだろう。どうせ自分の死後に待ち受けているのはこんなことをしなくても永遠の地獄だけなのだから。

瞬間移動できる範囲は限られており、ここからだとショッピングモールの中に入れたとしても建物の端がいいところだろう。

 この際は事件により封鎖されているショッピングモールの中にさえ入れればよかった。

 そこから人質を解放できるように犯人グループを撃沈させることのできる場所へと走っていけばいい。

 優一の装備は何もなく、武器は魔法のみである。

 銃器や凶器から身を守る鎧や盾、この世界で言う防弾チョッキやシールドといったものは何もないのだ。それらのものを用意する時間もない。

 人質を解放できればここで命を落としてもかまない。

この世界で自分に優しくしてくれた家族や友人が救えるのならばこんな命投げ出してもいい、その覚悟だった。

 ショッピングモールの近くの公園でのトイレに入り、誰も来ないことを確認し、個室に鍵をかけてその中で魔法の詠唱を始めた。

 とにかくルギナはこれだけは成功せねばならないと必死で魔法に集中した。

 頭の中で移動したい場所のイメージを固め、詠唱をする。

しばらく続けたところで空中に譜面を書き出し、詠唱は完全に終わる。

 ルギナの身体は光に包まれ、転送移動が始まった。

 ルギナは光の中で静かに目を閉じた。


 光に包まれ、移動呪文の発動に成功したことを感じ、ルギナは目を開いた。

目の前はトイレの個室の狭い空間ではなく明らかに今までと違う風景が広がった

そこは屋内のライトがフロアを照らすショッピングモールの一角だった。

「よし、転移魔法は成功だ」

広々としたフロアに入っているテナントの数々は服屋や雑貨屋などの商品が展示されているが本来それを見るはずの来店客は一人もおらず、広々としたフロアに静寂が漂っていた。

普段いるはずの店員も客もおらず、店内にはいつもなら流れているBGMもアナウンスかかっておらず、人の声も聞こえず、ただシン……と静まり返っていた。

エレベターやエスカレーターがあるがこのフロアには人気がない。

 ニュースで屋内の店員や客は人質として一か所に集めたと言っていたからおそらく一階の犯人グループのいる場所に数百人という人質が集められているのだろう。 

「犯人グループは一階に客と店員を集めてるってニュースで言ってたな。きっと友梨もそこにいるはずだ」

 エレベーターやエスカレーターといった移動装置は電源が止められており、自分の足で人質と犯人グループのいる場所まで行かねばならない。

ニュースで人質は屋内の一階に全員集められていると言っていたから一階の人質の近くに犯人グループもいるはずだとにらんだので館内のフロアマップを見てそこを目指す。

入口は西と東に二つあり、テレビで報道されていた人質がいるであろう場所は東側だとわかっていた。

ルギナはひっそりと静まり返ったフロアを走った。


ルギナが東入口の近くまで走ると入口の方角、学校の体育館ほどの広さのホールに数百人もの来場客の気配を感じた。

ルギナはテナントの影に隠れて現場の状況を確認した。

人質とされる数百人の来客はまるで学校で体育館で朝礼をする時のように密接していてみなしゃがみこんだり、座っていてすすり泣く声が聞こえてきて人質がこれからどうなるのかわからない恐怖に置かされていることを感じる。

「おかあさーん!こわいよー」

「よしよし、大丈夫だからね」

幼さゆえに状況が理解できず、泣きわめく子供とあやす母親の声だ。

ただでさえ興奮している犯人達を子供の泣き声で怒らせてしまなわいかで怯えているためか母親は申し訳なさそうだった。

「私、ここで死ぬのかな……」

「お母さん、怖いよ……」

これから先の自分の運命を予感して悲観になっている子供達のすすり泣きの声が聞こえる。

「一体いつになったら救助は来るんだ」

「警察は何をしているんだ……こんなに人質がいるんだぞ」

不安に押しつぶされてそうな極限状態の中、解放されないことや救助が来ないことへのいら立ちに感情が抑えられないが余計な陰口は犯人に聞こえると犯人を怒らせて刺激することになるので小さな声でひそひそと話していた。

優一はその人込みにこっそり近づくように進んだ。

あくまでも自分は来客の中の一人として人質に紛れ込んで近づく作戦だ。

主犯格の犯人グループがいる現場に一般人である中学生が近づく方法はこれしかない。

しかしこれ以上近づけば皆座りこんでいる人質の中で動いている者がいる、と犯人に知られてしまう。

こうなったら一気に犯人グループに走って近づき、魔法でケリをつけるしかない。

すぐにこの人質の中から友梨を探し出したかったが人数が多すぎで探すのに時間がかかると判断したのでやめた。

それならば犯人グループをこらしめて人質を解放した方がいい。

犯人グループを魔法でぶちのめして投降させて人質を全員解放する。

この世界ではありえない力である「魔法」ルギナにはそれだけのことができる魔法という能力があるのだ。


「武器を持っているのは五人か……」

周囲を確認すると黒い服に身を包み防弾チョッキらしきものを装備した青年が数人入口を固めていた。

犯人グループだと人目で見分けられる人質の客との最大の違いは「犯人の一味は何らかの武器を装備していること」だった。

銃器を持っているのはニュースで言われた通り五人だった。

 報道の通りに若い青年で構成されたグループである。

 暴力団関係から手に入れた銃器にホームセンター等で入手したであろう斧やナタなどをそれぞれ各手に持っていてそれが人質にとってはいつ自分がその凶器の餌食になるかわからない恐怖感で支配しているのだ。

 もしここから下手に動いて武器を使わせてしまったらいつそれで身を刺されるかはわからない。

鋭利な刃物といった危険物を犯人達は持っており、もしも下手に動けば犯人がその武器を人質に向けることで客が巻き込まれる可能性がある。

 ここで外にいた警察官や機動隊といった身を守る装備も武器も持ってない丸腰な人間が立ち向かっていても手が立つはずはないがルギナには一般人には持っていない魔法の力がある。

まずは犯人達を人質から遠ざけなければならない。

もしも犯人が持っている刃物や銃といった武器が人質に向けられたら危険だからだ。



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