第22話 同じことなんてさせない

ルギナと友梨は交際を始めて、学校で共に過ごす時間も多くなり、下校の際に一緒に帰るようになった。

周囲には「あの二人付き合ってるんだって」と噂されることもあったが学年一の秀才と学校一の美少女の組み合わせは納得できるものなのかそこまで口を出す者もいなかった。

ルギナは残り一カ月しかない人生とわかっていたのでなるべく彼女と少しでも多くの時間を共にできるよう、下校の際はいつも一緒だった。

何事もなく平穏な日常、こうした日々がずっと続けばいいのに、とルギナは思っていた。

下校中はたわいもない会話をしながら帰った。


そして今日は友梨がこう言いだした。

「私、今度の休み家族とショッピングするんだけど、よかったら優一くんも来ない? うちのお父さん、優一くんに会いたがってるみたいだから一緒に食事でもって話なんだけど」

 友梨はもう家族にまで交際して間もない優一のことを話しているらしく、中学生の交際を認めるとはなんとも懐が広い親だ、と思った。

「いやあ、まだご家族に会うには心の準備が……」

 しかしルギナにそこまでする気は起きなかった。

 もしも自分のことを家族に紹介したとしてもどうせルギナは残り短い命なのである。

親密に家族と仲良くなったとしてもその少し先の未来には必ず別れが訪れるのだ。

ルギナは優一として最初からこの付き合いは短期間だとわかっていて交際を了承した。

悲しい結末がわかっているのならば二人で楽しむ分にはいいが最初から家族とまで親密になるのはやはりよくないと思ったからだ。

「そう。残念。じゃあまたね、優一くん」

 下校の分かれ道に来たので別れを告げる友梨に手を振った。

 友梨は手を振って別れ、帰路へついた。その後ろ姿も可憐なものだった。



 休みの日、ルギナは家に一人でいた。

 この日は勉強熱心な家庭教師も珍しくお休みで家族もそれぞれの用事があり出かけてしまった

久しぶりな一人の時間を堪能していた。

 残り時間がわずかと知りながらの一人の時間はますます孤独になった。

「もうすぐこの生活ともお別れか」

それならばこの世界で生きた記憶をよく焼き付けておこうと家の中を一つ一つ見て回った。

この世界でルギナが生きていた証、幸福だったこの生活をいつまでも忘れないようにと。

思えばこの家に来てからもいろんなことがあった。

初めてここに来た時には他人と家族としてやっていけるか不安だったが、美味しい食事にありつけ、なおかつ勉強までさせてもらった。

 短い間で仮生活としてもルギナにはこの家での思い出は忘れられないものだった。


そうやって感傷に浸っているとスマートフォンに着信音が入った。

 ルギナは優一として学校に通うようになってしばらくしてからスマートフォンを与えられたのだ。

 もしも再び事故に遭ったりしたら大変なのでいざという時に何かあったら連絡できるようにという親心だった。

 ルギナはこの世界にはこんな発達した端末があるのだと驚いた。

いつでも離れた相手と話すこともできればインターネットに繋いで即わからないことを調べられる。

 しかしそんな便利な端末も元は別世界のルギナにとっては使い方がよくわからず、せいぜいアドレス交換をした相手とメールのやりとりをするだけにとどまっていた。

「誰だ……」

うまく扱いきれないスマートフォンの画面を開いた。

優一のスマホにメールが入っていたのである。

相手は友梨だった。

「怖い。大変なことになった」

そう質素な文面で描かれていた。

友梨はいつもメールには絵文字を入れたり、口調も女子中学生らしい文面のはずだがこの日はこの一文だけである。

しかも単組なこれだけの文章にはどういう意味が込められているのか。

怖い、大変なこと、という文面に友梨の身に何かが起きているのかもしれない。

まるで緊急事態で文章を書く余裕もないようなメールにも見えた。

「まさか、友梨の身に何が!?」

嫌な予感がしてすぐさまルギナは友梨に慣れないフリック入力で「どうしたの?」と返信をするがそれ以降返事がくることはなかった。

メールの戻ってこない友梨に電話を掛けるが電話をかけなおしても繋がらず、どうやらスマホの電源も入れられていないようだ。これでは何があったのかがわからない。

「友梨は今日家族とショッピングに行くって言ってたよな……?」

家族といるのならば危険な目に遭うはずなんてないだろう、と思っていたのに何があったというのか。


 リビングでつけておいたニュースが速報に切り替わった。

 固めの表情をしたニュースキャスターが速報の第一報を読み上げる。

「先ほど、午後二時頃、N市Y地区のショッピングモール施設「ジャニデール」にて謎の集団が突然屋内の店員と客を人質に取り、立てこもっているとのことです」

 N市はまさに優一としてのルギナの住んでいる住所でありこの町だ。

そしてそのショッピングモールは以前家族と退院祝いで食事をしにいったので知っている場所である。

「まさか……!」

 ルギナは鼓動が高まり、緊迫した表情でテレビ画面を見入る。

 映像が切り替わり、ショッピングモールの外観が映し出された。

三階建てのショッピングモールの外観には立ち入り禁止のカラーコーンで仕切られ、大量の警察官と機動隊員と思われる集団が外で待機していた画面をニュースが生中継で映していた。

そしてアナウンサーが現場を実況する。

「現場から中継です。犯人グループと思われる集団は、銃器を装備しており、先ほどから人質を取ってこの建物に立てこもっており、来場客数百人を人質にとって立てこもっているようです。現在警察が詳しく調べています」

 深刻な表情でアナウンサーは現場の様子を刻々と語っていた。

ショッピングモールを狙った一般人の人質をとった立てこもり、まさにそのショッピングモールは優一の恋人である友梨の一家が来館していて運悪く事件に居合わせたのではないのかと察した。

「そんな……友梨は今、そこにいるのか!?」

 思わず声を上げてルギナはテレビを見て続報を真剣に視聴した。

「犯人グループと思われる集団は、年齢が十七歳から二十二歳ほどの少年から成人で構成されており『この理不尽な社会を変える為に今回の行動を起こした。身代金を用意しろ。要求を飲まねば人質の命はない』と主張しているようです。警察が説得に応じています。情報では火薬のような危険物も持ち込まれているとのことで慎重に対応しております」

犯人グループは「この理不尽な社会に報復を!」という名目で要求を飲まなければ人質を全員殺すというのだ。

「この世界でも僕と同じようなことを考えてるやつがいるのか」

 ルギナは自身があの世界で犯した罪を振り返った。

 孤児になり、居場所も失ったルギナは幸せそうにしている自分の父とその家族である息子を恨んだ。

父であるヴィルキアが母を助けてくれなかったこと、同じ父を持ちながら自分とは反対に幸せそうに暮らしているヴィルキアの子、自分の異母兄弟を恨み、火を放った。

しかしこの世界に来て、あれらは非常に愚かな行為だったと身をもって知った。

人を恨んで、力で解決しようとしてはいけない、ましてや自分勝手な理由で人の命を奪っていいことにはならない。

この犯人達は自分勝手な理屈で支配して、その要求を飲まねば人質を殺すといっているのだ。

またもや自分があちらの世界で起きた参事と同じようなことが起きている。

せっかくこの世界でできた自分にとって大切な人を自分と同じような勝手な一味の犯行で失いたくなかった。

「この世界で僕の大切な人を奪うというのか……!」

こちらの世界で出会い、恋仲となった友梨まで巻き込もうとしているのだ。

「大切な人をあんなやつらなんかに殺されてたまるか!」

 ようやくこちらの世界で目覚めて手に入れた幸福。そして大切な人、それが自分と同じような考えを持った連中のせいで奪われようとしている、それだけは許せなかった

「もう二度と同じことをしてはいけないんだ」

 ルギナは思い立って、自分がこの現場に行かなくては、と家を飛び出した。

せめて少しでも身の恐怖に包まれている友梨の近くにいたいルギナはすぐさま家を飛び出し、ショッピングモールへと向かった。


どうせこの命は本来あちらの世界で処刑されるかそれとも野垂れ死ぬかで失うはずだった。

それならばこちらの世界では役に立ちたい。あちらの世界で自分が行った罪の償いとして何かできることはないか、そんな想いでルギナは現場へと走った。

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