第25話 もう、逃げない


自然の中の川のせせらぎに鳥のさえずりが響く。

「う……ん。ここは……」

ルギナは目を覚ました。

水音が聞こえ、砂利が地面を覆うそこは川の岸だった。

ぎすぎすと痛む身体を抑え、起き上がろうとした

起き上がろうとすると非常に身体がだるく、まるで長い間眠っていたように筋肉が衰えてた。だるい体を引きずるも、今の状況を確かねばならぬと周囲を見渡した。

まず視線を自分の身体の下半身に映すとボロボロの衣服が目に入った。

優一として生きていた時に来ていた綺麗な洋服ではない、かつてラフィディアにいた時のボロ布のような服装だ。足は裸足で、手の大きさから足の長さも全体的に身体も小さくなっている。

まさかと思い、川の水面に映る自分の姿を見た。

赤毛の髪はぼさぼさで、黒髪の日本人の優一の顔ではない、自分がよく知ったルギナ本来の顔だ。

「な、なんで……この姿に」

ルギナは今は優一ではなく、ラフィディアで育ったルギナ本来の身体に戻っているのだと気づいた。 

今までもはや自分の姿として受け入れようとしていた優一の姿ではなく、間違いなく自分自身の本当の姿だ。

「じゃあここは……戻ってきたのか!?」

周囲を見渡すと、そこには日本とは違う光景が広がっていた。

足元には砂利の地面が広がり、日本の補正された川とは違う自然の川。

川の先には木々が茂る森が広がり、地面がむき出しの舗装されてない道から文明レベルが低いことがうかがえる。これは地球よりも文明レベルの低い場所だ。

優一として住んでいた日本の町にはここまで自然がむき出しの場所はなかった。

どこへ行ってもコンクリートで整備されていて道路や高い建物がある日本ではない。

頭上を見上げればあの日自分が落ちたであろう崖の角が見えた。

懐かしい匂いがする。これはかつて自分が生まれ育ったラフィディアの匂いだ。

あれからどれだけの時間が経ったかはわからないがまぎれもなくここはラフィディアだった。

「今までのことは……夢だったのか?」

 ルギナは目をこすった。もしかして見直せばまたあの日本に戻っているかもしれないという希望を僅かながら持った。

しかしいくら目をこすれど、目の前に広がる景色はやはりラフィディアのものだった。

 いくら何をしてももうこれが現実なのである。

「やっぱり……ここはあの世界だ」

 これまであの日本という世界で過ごした時間は全てここで眠っている間の夢だったのだろうか、と信じられなかった。

 別の世界で赤の他人になりかわって生活をしていたのは夢の中。

あれだけ幸せな空間が今は現実に引き戻されて再び罪を犯した世界に戻る。

 あの時掴みかけた幸福も、努力も全ては夢の中だったのだ。

あと一カ月で優一の身体とおさらばだとそのつもりで余生を楽しんでいたのに、実際はそれよりも早い期間にあの忌々しい世界に戻るという現実にである。

「でも……この世界に戻れたのならこれこそが僕に本来ふさわしい罰だな」

ルギナには以前ここへ逃げていた時とは違う感情が今はあった。

以前はただ現場から逃げて、逃げて、これからどうやって生きていこうか悩んでいてもう二度とあの町には戻れないと思った。

自分は悪いことをしたのだからあの町に戻ればきっと捕まる、そしたらどんな目に遭わされるかわからないと。


しかし今は違った。

罪から逃げ出して、別世界で目覚めたことにより地球で優一として過ごしているうちに、様々な経験を得て、己の犯した罪に向き合った。

 人の命を奪い、そこから逃げ出す、それはいけないことだと今は自覚していた。

罪からは逃げるのではなく、向き合って裁きを受けて罰をその身で味わうからこそ意味があるのだ。

 あの火事による遺族にとっては犯人が一日も早く捕まることを祈っている。

遺族の憎しみも怒りも、受けなくては遺族に申し訳ない。

あの放火によりどこかに放火犯がいると恐れている街の住民も犯人が捕まり、事件が解決されることを待っているはずだ。

 本当に大きな罪を犯したのならば逃げていいものではない、きちんと認めて罰を受ける、それこそが世の中のルールだからだ。

「僕はちゃんと自首しなきゃな……そして罰を受けるんだ。ちゃんと遺族にも謝罪しなきゃ。もちろん許されるはずはないけど」

 ルギナは己自身の罪を認め、今は罰を受ける覚悟でいる。

どんな目に遭わされるかはわからないがそれでも自分が逃げていい理由にはならないのだ。

「町へ戻ろう」

あの日、落ちた崖を見上げてなんとかここから脱出せねば、と思った。

しかし長き眠りにより体力の低下している今のルギナにはもう転移魔法を使う力も残っていなかった。

 自力で崖を登るしかなく、弱った体に鞭打つように崖を少しずつ登ることにした。

ごつごつとした岩は掴む部分もなく、非常に登りづらい。

 崖から身を出している岩を少しずつ掴み、そこに体重をかけて足を上げて崖を登る。

ただでさえ体力が落ちているルギナには崖上りは苦戦したが、こんな辛さくらい遺族の苦しみを考えれば軽いものだ。

 

 崖を上がればそこは紛れもなくルギナが生まれ育った懐かしいラフィディアの光景だ。

 目の前いっぱいに草原が広がり、地平線にはルギナが出てきた城壁の町がある。

紛れもなくルギナはラフィディアに戻ってきたのである。

視界の遠く先には城壁に囲まれたあの町が見え、その周囲には青空と平野が広がっている。

罪を犯して逃げてしまったあの町に戻ることができるのだ。

「さて、帰ろうか」

 ルギナが歩き出して町へ戻ろうとするタイミングを見計らったかのように城壁の町の方角からは馬に乗った兵士がこちらに走ってきた。

馬はルギナの姿を見つけると、さっそうにこちらに向かって走ってくる。。

その姿からあの町の兵団のようだ。

その兵士達はここしばらくの間、外へ逃げたであろう放火犯を捕まえる為に度々この辺りを見回りしていたのである。

「僕が戻るまでもなかったな……」

ルギナはそう呟き、その場から動かず近づいてくる兵団を待った。

「いたぞー! 赤毛の子供だ!」

街の兵士がルギナの姿を見つけて声を上げた。

 今のルギナにはもはや疲れ果てて逃げる足も抵抗する魔法を使う力もなかった。

しかしそんなことがなくてもルギナはもうとっくに逃げるつもりなど最初からなかった。

あれだけのことをしたのだ、日本という場所に行って自分は裁かれねばならないと思ったからだ。 

それならばここで兵にわざと捕まり身を預けようと。

馬に乗った兵士たちはルギナを逃がすまいと馬でルギナの四方を囲むと、荒々しい声で言った。

「とうとう見つけたぞ。支配書の通り赤毛のその容姿、お前、魔法が使えるルギナという子供だな」

「はい」

 特徴を聞かれ、ルギナは正直に答える。

「お前にはヴィルキア家放火の容疑がかかっている。おとなしく我らと来るんだ」

「はい、行きます」

その声は落ち着いていて、逃げ出した犯罪者とは思えない素直に命じられたままのことを受け入れる態度だった、

ルギナはおとなしくその手に縄をかけられた。

 子供とはいえあれだけの大罪を犯した容疑者には兵も手を緩めない。

 ようやく探していた重罪人を見つけたことにより自分達の手柄になる、と兵士達はルギナへは決して柔軟な態度などとらなかった。

「さあ、馬に乗るんだ。」

 逃走防止に兵に囲まれて、ルギナは言われるがままに身体を動かした。

 馬に乗せられ、次第に町へと近づいてくる、ついに帰ってきたのだ。

 城門が見えてくると、ルギナにとっては逃げたあの日とは違う感覚だった。

あの時はここから逃げることで精いっぱいだったがあれからいろんなことがあった今は素直に罪を認めて連行される形で帰ってきたのだ。

ほんの短期間の間にここまで考え方が変わるものとは、とルギナは連行されながらも思った。





「ヴィルキア家放火の容疑者を捕らえた!城門を開けよ!」

兵士達は大声で言い放ち、門を開けた。


城門の中は兵の集団が戻ってきたざわめきで野次馬が集まってきた。

野次馬は門に入っていた兵士達を迎えるように真ん中の道を開けて左右に並んでいた。

あっという間に兵士達の周りには町の住民が集まってきてヴィルキア家放火の容疑者が捕らえられたというニュースはまたたくまに民衆の注目の的になっていた。

ルギナは兵に囲まれ、手には縄をかけられた状態でその民衆の間の道を歩かされた。

犯罪者が捕らえられた時にはこうして民衆の前で晒すように歩かされるのだ。

こうして民衆の前で罪人を見せつけることで、自分は悪事を起こさないようにしなければ、と戒めにする効果もあるからだ。

野次馬として集まっていた民衆はこの町では大きな事件だったヴィルキア家放火の犯人がまだ年端もいかない子供ということに衝撃を隠せなかった。

あれだけの命を奪う殺人なのならばもっと大人の仕業だと思う者もいたのだ

「まさかあんな子供が……」

「まだあどけなさが残る顔をしてなんてことを……」

「まだ大して年端もいかない子じゃないか。うちの子と同じ年くらいだ」

民衆はルギナの容姿を見てはそう呟いた。

ヴィルキア家放火事件は町でも騒ぎになり、ここまで残忍なことをするのはどんな者なのかと町民によって様々な容姿を想像されていたが目撃者の証言により赤毛の子供とはわかっていたものの、まさかそんなに年端もいかない子供が犯人だと今だ信じられずにいた。

「やっぱり忌々しい魔法が使えるだけあってろくなやつじゃなかったな」

「聞けばあの子供、橋の下で生活していたらしい。汚らわしい」

「ただでさえ禁じられている魔法をあんなことに使うなんて……」

 当然大勢の民衆の前で罪人を見せつけるということは好き放題陰口を浴びせられる。

これもまた罪を犯した者へと戒めになるのである。

その中でもやはり魔法に対しての非難もあった。

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