第15話 自分の犯した罪
日比田優一も中学二年生として学校へ行き、中学校生活も折り返しを迎える時期だ。
学校から進路希望表が配られてきた。三年生になったら受験なので進路を決めなければならないのだ。
とはいえこの世界に来てまだそんなに経っていないルギナにとっては進路とはどう決めたらいいのかわからなかった。
「優一は当然将来は大学行くんだよな? そんだけ勉強できるし、家も金持ちなんだからそうなると高校はレベルの高い名門進学校だって選択肢に入れられるんじゃねえの?」
進路調査表について博は今後のことをどうするのか、とそう聞いて来た。
「まだ……わかんないな将来のことは」
ルギナにはこのまま優一として別人の身体を利用したままで将来を歩んでいいのか、そんな不安があった。
元の優一がどういう進路を考えていたのかはわからないが、ルギナはあくまでもこの世界で生まれたわけでもない別世界の人間なのである。
そうなると今後もこの社会で生きていくのかということに先のことは全く考えられなかった。
「そういう博は?」
「うちは貧乏だから大学進学とかそういう金のかかる進路は諦めてっていわれてるんだ。まだ弟も幼いし、高校卒業したら俺が働いて家族を支えてやりたい。だから俺は高校を卒業したらすぐ就職かな。家計を支える為にバイトOKの高校に行くよ。まあでも俺勉強好きじゃねえし、それでいいと思う」
博は自分の家の事情から十分自分の置かれた状況を理解していてそれに合う進路を選んでいた。
自分のおかれた状況が貧乏だろうとそれでも理不尽でも自分の置かれた状況を理解し、受け入れる。
博は家庭の事情や自分に行けるべき道をきちんと理解して将来を考えているのだ。
ルギナはあちらの世界にいた時はそんな考えはなかった。
いつでも裕福な家庭に生まれ、将来が約束されている同世代の子供をうらやむような眼で見ていたし、自分のおかれた状況を仕方ない、とまだ諦められるほどの精神にもなっていなかったのである。
家に帰り、自室で進路調査表を見ながら将来のことで悩む。
「このままずっと優一として生きていてもいいのかなあ……」
ルギナにとっては今の生活は幸福ではあるが、元の優一がどんな人間だったかも知らず。その他人の人生として生きていいのか迷いがあったのだ。
ルギナは一日を終え、考えても仕方ないとベッドに入り眠りについた。
石造りの道に中世風の建物が並ぶ街並み、それはかつてルギナがいたラフィディアだ。
その町の外れの墓地に一連の黒い服を来た者達が並んでいた。
その中でも前にいる女性はは悲しみに暮れてずっと泣いていた。
墓地には新しい墓石と穴が掘られ、棺が二つ。
「なんだここは……」
ルギナはどこからかそんな光景を見つめていた意識はあるものの身体を動かすことはできずその光景を見つめるだけだ。
まるで映画のスクリーンのように一方的に映像が映し出されるだけだった。
まだ新しい墓石には「ヴィルキア」と「ロッシュ」という名前が彫られていた。
ルギナはその名前に驚愕した。
彼らはルギナが恨みに恨んでいた親子の名前である。火をつけた屋敷の住民だ。
「そ、そんな……あの二人は死んでしまったのか!?」
ルギナはこの瞬間、ここがどこなのかを察した。
ラフィディアの特徴的な衣服である喪服、葬儀も地球のものとは違う形式。
ルギナが元いた世界の光景ラフィディアそのものであり、この葬儀が行われているのはあの町であの放火の後の話だ。
今やこうしてラフィディアでは葬儀が行われ、二人は埋葬されるところなのだ。
葬儀に参列した者達の声が聞こえてくる。
「旦那様とご子息が亡くなったんです」
「突然の火事で逃げ遅れて……奥様だけがその日どうしても大切な実家の方の用事で家を空けていたから助かったそうです」
「火の勢いが激しくて脱出できなかったそうです。なんともむごいことを」
式の参列者はあの日起こった事件についての話をしていた。
彼らはルギナが放った火にまかれそのまま焼死してしまったという事実を知る。
「そ、そんな……本当に殺すつもりなんてなかったのに……てっきり逃げ出したと思っていたのに」
ルギナはほんの出来心でやったことがもはや冗談ではすまないことになってしまったということにショックを受けた。
あれくらいの火ならどうせすぐに逃げ出せば助かることだと思っていた。
ほんの少し楽しいパーティを台無しにしてやろう、そのくらいのつもりだった。
「違う! ただ僕は腹が立って困らせてやりたかっただけなんだ! 本当に命まで奪うつもりなんてなかったんだ!」
もはや言い逃れのできない言い分であったがルギナはこの時、初めて自分がやらかしたことの罪の重さに気づいた。
ルギナが屋敷に投げ込んだ炎により、屋敷は燃え、大規模な火事になり親子二人の命を奪った。
ルギナのやったことは人の命を奪うというとても大きな行為で、子供のいたずらでは許されない規模のことをしでかしてしまったのである。
「違う……! 違うんだ……! 本当に殺すつもりなんてなかった……!」
ルギナはまるで自分の犯した罪から目を背けるように否定した。
葬儀の先頭にいた女性はうなだれるように泣いていた。おそらくこの亡くなった人物の家族であることが推測できる。
ということはあの屋敷の夫人だろう。ヴィルキアの妻でありながらロッシュの母親にあたる女性だ。
葬儀の先頭に立った夫人は立つこともできず、付き添いに抱え込まれるように涙を流していた。
「どうしてあなた方が先に死ななければなかったのです……。よりにもよって私よりも先にあの子までもが逝ってしまうなんて……。」
息子の誕生日という大切な日にどうしても家をあけなければならない夫人は息子の誕生日を祝えないことの残念さもあり、そんな大切な日にどうしても傍にいられなかったのならばその分、家に帰ったら息子を存分に甘やかしてやろうと思いながら外に出ていた。
皮肉にもそれは家にいなかったことにより、火事に遭わずに済む幸運でもあった。
しかし家にいた旦那と息子は亡くなったのである。
「私が家にいなかったばかりに……一緒にいれなくてごめんなさい……ごめんなさい……」
夫人は悲しみのあまりに立つこともできず、亡くなった夫と息子に謝罪していた。
夫人は出かけ先で火事のことを知り、急いで家に帰ったがすでに家は全焼しており、変わり果てた息子と夫と対面することになったのだ。
遺体の損傷も激しく、最後に顔を見ることもできないまま遺体は棺に入れられ、墓地の穴に埋葬されていく。
夫人は主人と子供を亡くし、ルギナと同じく家族を亡くして一人になり深い悲しみに包まれていた。
映像が葬儀会場から別の場所へと切り替わる。
石造りの部屋でラフィディア軍の制服を来た兵士が数人で紙に図のようなものを描きながら何やら調査をしている映像だ。
あの町の兵団の会議室らしき場所が映し出される。
兵士たちはヴィルキア家の屋敷の火災についての調査をしていたのだ。
「死者は七名。この屋敷の主人ヴィルキアと息子のロッシュ。ロッシュの友人であるビキルト、屋敷の使用人ベルトナ。パーティに招待されていたヴィルキア様の知人の大人が数名」
ルギナはその時、死者の数を知って驚愕した。
「そ、そんな……!? 僕は七人も殺してしまったのか!? 」
ルギナはこの時、さらに罪の重さに気が付いた。
まさかあの魔法によりヴィルキア親子だけでなくさらに他のもの命を奪ってしまうことになるとは思わなかった。
ほんの出来心で起こした行為は結果的に憎んでいた父親とその息子の命を奪うだけにあきたらず、さらに屋敷の住民以外の自分とは何も関係ない人物の命まで奪ってしまったのである。
あの日はあまりの大規模な火災で消火が遅れたので鎮圧までに時間がかかった。
その時間は屋敷にいた者の命を奪うには十分すぎる時間だったのだ。
屋敷に居た者のうちの七名、それらの命があの火災によって奪われたのである。
「誰がこんなむごいことを……犯人は絶対許せません!」
「一刻も早く放火犯を捕まえねば。また次のことが起きるかわからない恐怖で町民は戸惑っている。なんとしても犯人は捕らえる」
兵士が強い口調で言った。
ルギナはそれは自分のことを言われてる、と心を突かれてゾクリと寒気が走った。
兵士達は事件当時の状況についての解説をしていた。
「屋敷の生存者の証言によりますと、突然屋敷に大きな火の塊が投げ込まれたとのことです」
「おそらく、自然発火や事故などによるものではなく、屋敷を狙っていたことから故意だと思われます」
「ではこの火事は放火によるものか、犯人がいるということだな」
「この火のつけかたからするに、この出火原因は魔法によるものと思われます」
この世界では魔法を使うことはすでに禁忌とされている。その魔法を使って悪事を起こすなどもってのほかである。
ましてやその力を人の命を奪うことに使ったとなれば事は重大だ。もしも犯人が見つかればそれは死罪を言い渡されるほどの重い罪なのだ。
「犯人はおそらくこの世界では数少ない魔法が使える人物でしょう」
「ではこの町での魔法が使える者を一人一人調べていけば」
もはや魔法が禁忌とされてから魔法が使える者は血とともに子孫繁栄で能力が薄れていった。
そうなればあの町で魔法が使える人物、という条件ならばそれは数十人ほどである。
もはやルギナのことが特定されるもの時間の問題だ。
「あの世界ではこんなことになっているのか?」
なぜこんな映像が自分に見えているのかはわからないがルギナは自分が犯した罪の重さを感じるともはや
「もしも僕が見つかったら…どうなるんだ?」
ルギナは身が震えた。ただでさえ禁じられている魔法を使い、それが結果的に多数の命を奪った。もしもルギナが捕まればそれは子供といえどただでは済まないとは想像ついた。
ルギナは身体の震えが止まらなかった
そこで映像は途切れ、ルギナは気が付くと布団の中から優一の部屋の天井を見上げていた。
今の映像は全て眠りの中で見た夢だったのである
「はぁー……はぁー……」
ルギナは呼吸がすでに荒れていた。額にはびっしょりと汗をかいていた。
視界が安定すると、自分が再び日本の優一の部屋にいることに気づく。
生まれ育ったラフィディアではなく今は日本という国で優一という少年になっている現実に引き戻される。
「夢か……よかった……」
ルギナは身体から大量の汗をかいていた。寝ている時に悪夢にうなされていたのである。
「なんだったんだ今の夢は……」
まだ夢の中の興奮から心臓がバクバクして緊張が走っている。
あれだけのことをしておきながら自分は別世界で他人へとなり変わり、幸福な生活を謳歌している。
それはルギナ本人にとっては幸運なことだったのかもしれないが、あの火災による被害者の家族にとっては許されない怒りを買う出来事だ。
あの遺族や町の兵士達は犯人を憎んでいる、そして犯人をなんとしても見つけ出そうとしている。
しかし当のルギナ本人は逃走の末、なぜか今は違う世界に別人として目覚めてしまい、別人として生活している。
つまりあの罪から逃げているのだ。今のあの町では犯人であるルギナの行方を捜しているのである。
「僕はこのままこの生活を続けていいのか……?」
ルギナは己の罪の重さに気づいて深く悩んだ。
自分が犯した罪からは逃れ、別世界で別人として生きている。
この身体も優一という元の持ち主がいたはずの身体を乗っ取ってしまい、優一になり変わって生きているということは優一の人生を奪ってしまったということだ。
ただでさえ人の命を奪い、重い罪を犯しておきながら自分はのうのうと別人として生きている。こんな生活がはたして許されるのだろうか?
窓の外では空が明るくなり始めていた、今は明け方だ。
起床時間までもう一度眠りにつこうか、と布団の中に潜る。
「もう違う世界に来てしまったんだ。あれはもう関係ない。昔の事なんだ」
ルギナは強く言い聞かせるように言った。
もしもあの世界に戻って罪を償うにしてもあの世界へどうやったら戻れるのかなんてわからない。
もしその手段があったとしてもあの場所に再び戻ればどんな目に遭わされるかはわからないのだ。
「もうどうにもできないものは仕方ない、僕は優一として生きていくんだ」
ルギナはどうすることのできない現実から目を背けようとしていた。
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