第16話 もしも自分の罪を知られたら
結局ルギナはあれから一睡もすることはできなかった。
悪夢にうなされ、心臓が常にバクバクして緊張状態でとても眠れるどころではなかった。
ルギナにとっては自分の犯した罪が今は受け止められるほどの力がないのである。
「おはよう優一。今日は早いのね」
眠れぬ身体をひきずって台所へ行くと、台所ではすでに母親が起きていて朝食を作っていた。
キッチンには味噌汁の香りが漂い、ここが安心できる場所なのだと再確認する。
「どうしたの?顔が青ざめてるわよ。眠れなかった?」
息子の様子を心配して母親がそう言った。
この母親は何も知らない。
この身体の中にいるのは優一本人ではなく別人であることも、今の優一の中にいる人物が大きな罪を犯したことも。
もしもこの母親がそのことを知ったらどうなるのか?
本物の優一を返してと嘆くかもしれない。見知らぬ他人が息子の身体を使って好き勝手生きていることに怒りくるうかもしれない。
ましてやその中身の人間が人を殺すようなやつだと知ったらどうなるのか?
もちろんこの幸福な生活は終わりを迎えるだろう。
優一はキッチンの椅子に座り、なんとなくのつもりで母親に質問を投げかけた。
「母さん。もしも僕が人を殺したりするようなやつだったらどうする?」
それを聞いた母は一瞬驚いた表情を見せた。
「なあに? いきなりそんなこと言って。バカなこと言わないの。そんなこと冗談でも言うものじゃないわよ」
突然の息子の物騒な発言に、母は叱責した。
「優一にそんなことできるわけないじゃない。あなたは誰よりも優しい子だわ。優一という名前は「世界で一番優しい子になってほしい」という意味から優一という名前を付けたのよ」
どこまでもこの母親は自分の息子と信じて疑わない。
「優一を生むのだって大変だったんだから。それでここまで育ててきて、あの事故に遭ったと聞いた時、お母さんは本当にもう心臓が飛び出るかと思った。大切に大切に育てた子だからどうか神様私が死んでもいいのでこの子を助けてくださいって思った。そのくらい大切な子よ」
この母親の息子に対する愛情は本物だ。そのくらいに息子を愛している。
ルギナはその母の発言に心が痛んだ。
優一の母が息子を深く愛してるようにあの屋敷に住んでいたヴィルキア夫人も我が子を大切にしていただろう。
だからこそ我が子を失った時はもはや立ってもいられないほど悲しんでいた。
ルギナの頭には夢で見た葬儀の光景が浮かぶ。
ヴィルキア夫人が大切にしている子を殺してしまったなんてなんてとんでもないことをしてしまったのだろうとルギナは罪の意識に悩まされていた。
あの夫人だってこの母親のように息子であるロッシュを大切にしていたはずだ。
「あなたは今頑張ってるじゃない。学校でも勉強の成績が凄いってご近所でも噂されてお母さん鼻が高いわ。あなたは自慢の息子よ。こういう理想的な家族を作りたかったんだっていうお母さんの昔からの夢を叶えたような子よ」
優一の母は息子のことを信じて疑わなかった。
この国の親の多くは子を愛してる。同じようにあのラフィディアでもみんな親は自分の子を愛していたのだ。
それなのにそんな大切な子を殺めてしまいヴィルキア夫人の家族を奪ったことに苦しんだ。
勝手に一方的な恨みをぶつけて人の命を奪ってしまっていいという理由はない。
ルギナは気を逸らすように台所のテレビをつけた。
朝のニュースが放送されていた。
数か月前に起きた女児誘拐殺人事件の犯人が逮捕されたというニュースがやっていた。
犯人逮捕を受け、理不尽な殺人で我が子を亡くした母親がインタビューを受けている姿が映し出されていた。
「犯人が逮捕されようと、私の子は帰ってきません。裁判で一番重い判決が出るようになることを希望しています。犯人には罪を償ってもらはなくてはいけません」
画面の母親は涙を流しながら嗚咽をこもらせながらマイクに向かって話していた。
「あら、あの事件の犯人、逮捕されたのね。親としては浮かばれないでしょうねえ」
テレビを見ながら、優一の母親は言った。
アナウンサーによると、犯人は幼い少女を好み、親元から攫いだし、強姦未遂をして抵抗されたので子供を殺したという動機だった。
そして証拠隠滅の為に少女の遺体を河原へ捨てたという残忍な犯行だった。
「自分勝手な理由で娘を奪われ、本当に心苦しいです。娘が最期にどれだけ恐ろしい想いをしていたかを想像すると、もう悲しいなんてものじゃありません。私が傍にいてあげられなかったことも辛いです。できれば裁判では死刑判決にしてほしいです」
と、被害者の遺族はそうインタビューに答えていた。
それまで保護者に守られて、大切に育てられていた少女は突然親元から攫われた恐怖と不安の中、犯人には強姦され、どれだけ恐ろしかっただろうか。それを抵抗したからという理由で命を奪われたのである。
優一もといルギナにとってはそれは自分の犯した罪を見せられているようだった。
それにこのニュースを第三者として傍観しているこの優一の母親も本人は気づいていないが人事ではない。
ルギナはまたもや心臓が激しく鼓動をうち、汗をかいていた。
「優一? どうしたの顔が真っ青よ」
母に言われて、ルギナは今自分がとても青ざめた表情になっていることに気づかされる。
目の前にいる息子が本物の息子ではないことを知らない。
優一が生きるはずだった肉体をルギナがのっとってしまったために実の息子を奪われ別人に息子の肉体を使用されているのだ。
あまりにも自分の罪の重さに気づき、それでも今の生活を大事にしなければならないと思うものの、ルギナは気分が落ち着かないまま重い腰を上げて今日も学校へ行く。
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