第2話 魔法の力を受け継ぐ母子
「よし、こんなもんか」
食料を得ると、ルギナは家に帰ることにした。
ラフィディアの東に属するこの町は城壁に守られていてその中で独自の町を作り出していた。文明も栄え、道は石で補正され、木造の建築物が並ぶ町だ。
富裕層と貧困層の差はそんなにないものの、魔法が使えるといった一部の者達は貧しい暮らしをしていた。
魔法を使える者はそれだけで仕事に就くこともできず、家を持つことも許されないのである。
ルギナは町の中を走った。廃棄物をあさり、汚らわしい自分の姿をなるべく人に見られないようにするために急いだ。
町の中を走ると様々な食品を売っている屋台が目に入るがもちろんルギナにはその商品を買う金などはない。
木造りの建築物が密集しており、賑やかな住宅街だがルギナが帰るのはそれらのどの建物でもない。
ルギナは運河へ走るとその橋の下へと駆け込んでいった。
川の橋の下、ほったて小屋だったのか今はその目的として使用されていないボロ小屋。
ここがルギナの住処だった。
「ただいま。お母さん、今日の食糧持ってきたよ」
ほったて小屋の中は大人一人が背を伸ばして寝ることが精いっぱいの広さだった。
それも壁に穴が開いていて隙間風が吹く。冬などはここで一夜を過ごすだけでも命がけな環境だ。
その狭い室内に大人の女性があおむけになって寝ていた。
年は二十代前半ほどの女性でボロ布の衣服をまとい、ルギナと同じ赤毛をもつ。ルギナの母親であるミノラだ。
「ゴホッ……ルギナ、あたしは辛いからちょっと腰をもみな」
数年前から身体の調子が悪く、食事もまともな食料にありつけない為にルギナの母は瘦せ細って体力もなく、働くこともできず寝たきりの生活をしていた。
医者に見せたわけではないが体調からしてミノラは病気にもなっているだろう。
ルギナにとって父親という存在はいないものと認識しており、最初から母と二人っきりの生活だった。
ルギナの母も先祖代々この世界で希少な魔法を使える親により生を授かったために魔法が使えたゆえに昔から世間に煙たがられて生きていた。
魔法を使える一族も死亡していったことで徐々に数を減らし、この町ではもはや魔法を使えるものは数えるほどしかいなかった。
皮肉にもこの母親とルギナもその血筋を継いでしまったのか魔法が不要とされてる世の中で魔法と共に生まれてしまった。
二人とも魔法を持って生まれてしまったが為に親子ともどもどこへ行っても偏見の目で見られるだけである。
魔法は驚異的な存在としてその能力を持つ者は仕事には雇ってもらえず、まともな住処すら与えられず、誰からも保護もされない。
浮浪者のような生活を強いられている一方である
ルギナは横になるミノラの腰をもんだ。
「あんたなんて産まなきゃ私一人なら魔法を隠していい男つかまえてもっといい暮らしできたかもしれないのに」
母はそうつぶやく。ルギナはそれを黙って聞いていた。いつものことだ。それは何度も母から浴びせられた言葉だった。
魔法を持ってるが故に誰からも相手にされず、差別的な目を向けられ浮浪者のような暮らしをしている。
ミノラにはかつて家族がいたのかも不明だが一人でこの町にいたうちに身ごもり、出産した。
せめて子だけは魔法を持たずに産まれないでほしいと願っていたがその願いもむなしくルギナは魔法を持って生まれてしまった。
その為に親子共々このような生活をさせられ、この親子の間に愛情なんてものは存在しなかった。
ミノラはいつもルギナにはきつく当たった。
「お前さえいなければ」「お前を生んだせいで」とことごとく口にしてルギナを叩いたりぶったりもした。
それでもルギナにとってはこの世界での唯一の肉親はこの母だけなので何を言われてもが歯向かうこともなく我慢していた。
この母に拒絶されたらこの世界では自分を見てくれる人がいない、という恐怖感からだ。
その為に一般の親子には羨ましくて仕方なかった。
親に愛され、温かい家と食事が用意され子として勉学に励み、いずれは働きに出て異性と結ばれる。
ルギナの今の生活は病弱な母の面倒を見ながら日々食料探しで仕事に就くこともできず、誰からも相手にされず忌み嫌われ寒い家で過ごす、もはや神に見捨てられたかのような生活だ。
外を歩けば「あいつらは魔法が使えるおぞましい存在だ。決して近づいてはいけない」と二人の母子をそうさげすみ、この街には母子の居場所はなかった。
この世界は働ける力があれば子供でも仕事に就くことが可能だ。
年齢も十を過ぎれば親のいないみなしごなどはすでに働いて自立したりもしている。
多くの子供はこの世界の教育機関である学校に通っていて勉強にせいをだし、働いている子供の割合は少なかった。
ミノラはルギナを出産して以来病弱な身体で働くことができなかった。なので子供とはいえ自分が稼がねばならないとルギナはなんとか母の為にと働く場所を探した。
しかしどこへ行っても魔法が使えるという理由で門前払いをくらうだけだった。
「お前の親はどこかわからん血筋なんだろう? 魔法が使える子供を雇ったりすればうちの商売あがったりだ」
「もしも魔法が使える子を雇えばうちの店の評判は落ちるだろう」
どこへ行っても言われることは同じだ。魔法があるから雇えない、その一点張りだった。
魔法を使える者を雇えばもしも問題が起きた時に雇った店の責任になる。
どこも問題を起こされるのは嫌ならば最初からそういった者を雇わない、という方向なのだ。
みなしごでも自力で働くことができればなんとかなる世界であるはずのラフィディアでも魔法を持って生まれればまるで人権そのものがないかのように世間からは見捨てられる。
母の調子はここ数か月、どんどん悪くなるばかりだ。
一度医者に診てもらおうと、ダメ元で医者を訪ねてみたこともあるが、まずはルギナの水ぼらしい容姿で建物の中へすらも入れてもらえなかった。
それでも引き下がれずになんとか母を見てもらえないかと頼み込んだが元から人権などないに等しい魔法が使える者の診察など受け持ってもらえない
「お前はお金が払えないだろう、残念だけどただで診てやれるほど裕福じゃないんだ」
「もしも魔法が使えるやつの子を見たらうちの医院の名前に泥を塗るようなものだ」
どこに行ってもそう言われた。
医師とは病気やケガを治す為に困った人を助ける存在なのではないかと思っていたがそれはあくまでも一般人の世界であり、なんらかの事情を持っている者へは救いの手を差し伸べてはくれないのだ。
母親も病に倒れ金を稼ぐ手段もなく食べ物も必ず毎日得られる状況ではないのでルギナは常に空腹状態で飢えていた。
自分が食べるよりは病弱な母に少しでも多くの食べ物を食べて栄養をつけてもらいので自分の分を母になるべく食べさせようとしていたのだ。
母に生きてもらうにはなんとしても食べて体力をつけてもらわねばならないと酒場や飲食店の裏にある残飯処理の場所からあまりものをくすねてまるで乞食のように捨てられていた残飯をあさってそれを持ち帰った。
もしくは農家から商品として出荷されないクズ野菜などを手に入れていた。
ただでさえ一度に手に入る食料は満足いく量ではないので元から少ない食料はさらにルギナの空腹に追い打ちをかけた。
こんな乞食のようなまねはしたくなかったがこれも生き延びる為なのだ。
まだ子供のルギナには人としてのプライドよりも生きることだけが目的なのでもはや乞食や浮浪者と思われていても仕方がない。
「お母さん、今日のご飯です」
そう言ってルギナは廃棄物から得た残飯のあまりとくず野菜で作ったスープを母に差し出した。
調理する為の鍋なども廃棄物から得たガラクタだった。そこへ魔法で火と水を出して、調理をする。
本当ならば病気の母にはもっと栄養のあるものを食べさせたいが子供であるルギナにはこれしか食料を得る手段はなかった。
日々日々衰弱して弱っていく母を見て、その姿はルギナにとっては痛ましいものだった。
母親だけがこの世で頼りだった。ルギナにはこの世でたった一人の大切な存在を失ってしまうのではないかという恐ろしさがあった。
もはや母がいなくなれば本当にこの世界で一人ぼっちになってしまう。
弱っていく母にスープを食べさせたりするがもはや母の胃は食料を受け付ける体力もないのかすぐに嘔吐してしまい、食べさせなければ体が弱ると思いつつしかし無理やり食べさせてもすぐに吐き出してしまう現状だった。
おそらく重度の栄養不足により今は胃が食べ物を受け付けないのだろう。
しかし子供のルギナには医療の知識などなく、ただ母のその姿を見守るしかできなかった。
嘔吐したものを見て、吐しゃ物をボロ布でふき取ると、苦しそうな母に食べさせようとした結果がますます母の体調を苦しめもっと衰弱させるにいたってしまった。
母は上半身を起こすことや話すことはできてももう歩くこともできず、排せつも自分でできない状態だった。
日々母の足の付け根から漏れる排泄物を片付けてはルギナはますます悲しい気持ちになった。
その為にこの小屋の中は常に排泄物の匂いで充満していた。この不衛生な環境がますます母を弱らせていくのではとわかっていたが母を医者の元へ連れて行くこともできず、ルギナにはどうすることもできなかった。
「あたしはもうダメかもね。こんな魔法なんて力がなければまともな暮らしだってできたかもしれないのに……」
母は自分の末路を察すると次第にそういった弱音を吐くようになっていた。
身体が不自由で何もできず、そのことがストレスになるのかルギナにはきつい言葉を投げつけたり、小言を口にするようになっていった。
今日もこんな一日が終わった。
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