第8話 ここは日本という場所

 記憶喪失のふりをする、一人でその結論に達すると、コンコンと部屋をノックする音がした。

 引き戸が開くと、落ち着いたルギナの様子を見る為に白衣の医師が病室に入ってきた。

「どうやら落ち着いたみたいだね」

 医師はルギナの様子を見てそうつぶやく。

「先ほどの混乱を見ると、今は私が一人で話をした方がいいかなと思ってね。大丈夫、すぐにご家族とも会うことができる」

 落ち着いた状態でなければ家族に会わせられないと判断した医師が一対一で話しをしようということだ。

 しかし今のルギナにとってはその方が好都合だった。

 下手に今多くの人数と対面すればまた不審がられると思ったからだ。

「ではこれから君にいくつか質問するよ」

そう言い、医師はこほんと咳をつくとまずはルギナ自身が今何者なのかを話した

「君は日比田優一くん。日本N県N市在住。東N中学校二年三組在学。両親は日比田啓二と日比田久美子の息子であり、日比田家の一人息子。これが君のプロフィールだ」

「僕は……日比田優一」

 ルギナは今、どうやら優一という全く知らない別人に生まれ変わっているのだと理解した。

 ここの今の自分はルギナという名間ではなく、違う世界のどこかの赤の他人である優一という別人として生まれ変わったのだ。

「日比田優一くん。身体の状態はどうかね?」と医師は聞いて来た。

「少し、混乱しています」

「ふうん。やはり状況が理解できないかな」

「はい」

 とってつくろうようにルギナはそう答えた。

 あくまでも記憶喪失のふりを通してこの世界で生まれ変わって一から始めるためだ。

「今から君にいくつもの質問をするよ。答えられるところだけ答えればいい」

医師はカルテを読みながら優一への質問を開始した。

「先ほどの状況を見ると、君は自分自身が誰でここがどこかもわからなかった。そうなるかね?」

 ルギナはとりあえずここで怪しまれないようにするには話を合わせる為に記憶喪失を演じることにした。

「はい。自分の顔も、名前もわからなくて。ここがどこかもわからないし、今までの記憶もない」

 医師はカルテにルギナの答えを書き込むと続けてルギナにいくつかの質問をした

「君は自分の誕生日は覚えているかね?」

「覚えていません」

「子供の頃の記憶から現在にいたるまでの記憶もないと」

「はい」

「ご家族のこともわからないのか?」

「わかりません」

「君にはご両親がいるのだよ。」

 ルギナがここで目が覚めた時に傍に居合わせた泣いていた人々は優一の家族であると理解した。

 三十代後半ほどの女性は優一の母親でスーツ姿なのは優一の父親になる。

 彼らは優一が危篤な状態であると聞いてかけつけ、助かる奇跡にかけながらも死にゆく息子を見守り、まさに優一の最期をみとった時だったのだ。

 そこへ、ルギナが優一の身体として目覚めたために生き返ったと驚愕していたのだ。


「では君はここがどういう施設なのかわかるのかな?」

「わかりません」

「この国……日本がどういう国なのかは知ってるかな?」

「知りません」

ここは、「日本」という国なのだ、と思った

「生まれ育った祖国である日本のこともわからないのか……」

そういった質問が複数投げかけられ、医師はその度にカルテに書き込んでいった。

「では、君はどこからどこまでのことを覚えている? 家族のことも記憶にないのかい?」

「全く覚えてません」

そうしているうちに、医師との会話でルギナは次第にこの世界のことを理解していった。

ここは地球の日本という国で西暦という暦の上での二〇二〇年代であることである。

この地球という世界はルギナの生まれ育ったラフィディアとはまるで文明も時代も何もかが違う完全に別世界なのだと。

 過去に魔法による戦争が行われていた歴史も、魔法が禁じられているという法律もこの世界には存在しない。

歴史も文明も技術もラフィディアとは全く異なる世界なのだ。

突然こんな世界にいきなり一人で放り出されたのならばルギナはこれからは誰かに頼って生きる必要がある。

 その為には家族が必要だ。しばらくの間、優一の家族に優一のふりをして世話になるのがいいとルギナは思った。

 そしてこの世界で生き抜くための知識も必要となるだろう。

「では君はこの世界のことを全て一から学ぶ必要があるということだね。これはリハビリが必要だ。そしてこれから生きる為にしばらくは勉強を頑張らなければいけないよ」

 医師はそう告げると、「これからすべきことについてご家族とお話をする」と言って部屋を出て行った。


一人になった時間はルギナの精神を落ち着かせるとともに、次第に状況を理解していった。

 ルギナはもともと一人で魔法を習得するほどの知能が高いきれものなので子供とはいえ自分の置かれている状況をすぐに理解できた。

 どうやら今、自分は生まれた身体とは違う別人の身体に生まれ変わってしまい、それが日比田優一という十四歳の少年であること。

ここは生まれ育った世界であるラフィディアとは違う世界の地球という場所でここは日本という国であること。

 なぜこうなったのかはわからないが自分は見知らぬ世界で優一という名前の少年として目が覚めてしまったのだと。

それならばなぜラフィディアで死にかけた自分が優一になってしまったのか?この身体の持主である優一本人は一体どうなってしまったのか?

そもそもラフィディアでの自分は一体どうなってしまったのだろうか等考えることは山積みだった。


 しかしルギナは考え直した。

 元々貧しい生まれで常に逆境で生きていたルギナは臨機応変に生きる発想もこれからは必要だと思ったからだ。

もしもここがルギナの生きていた場所とは違う世界、あそこよりも遠い場所なのならばルギナの悪行を知る者がおらず、誰もルギナの罪については知らない。

この世界にはあの町も、ヴィルキアのことを知っている者もいないのだ。

なおかつこうして別人として目が覚めたのならばその優一として生まれ変わった人生をやり直せるチャンスではないのか?

ルギナはそう考えなおし、話を合わせることにした

これからはこの世界でやっていくならばこの肉体の優一としてふるまわねばならぬと。


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