第9話 優しい仮の両親
数日経過して体調が良くなってきたルギナにはリハビリテーションと言われる課題がなされた。
元々のこの身体は優一という少年が死の危険になるほどの危篤な状態だったがそれは外傷的なものではなく精神的なショックだったので幸い外傷もなく、中には違う魂であるルギナが入ったためなのか身体の回復は驚くほど速かった。
家族や今までの記憶が全くなく、この世界のことを知らないということにして優一になったルギナにはこの世界の基本的な知識を一から全て教えられる。
絵や写真を見せられ本を読まされ日本という国を知った。
この世界はルギナの住んでいたラフィディアとは文明レベルも時代も、形式も全く違う世界観であり、魔法という力はもとより存在すらしなかったのだ。
完全に別世界に生まれ育ったルギナには知らないことばかりである。
リハビリを始めて一週間は日々の鍛錬と勉学により忙しかった。
リハビリで日本の文化にマナーや一通りの生活スタイルを勉強した。
トイレの使い方や入浴の仕方、食事のマナーに日本という国がどういう文化で社会のルールはどうなっているかなどだ。
生活スタイルも文化もまるっきり違う世界のラフィディアで育ったルギナにとってはこの地球という場所の文明は驚くものばかりだった。
空を飛ぶ乗り物に交通機関、トイレや入浴といったマナーもラフィディアの生活様式とは全く違っていた。
ルギナはすべてを記憶喪失のふりをして、実質この世界についてを一から学んだのである。
次第に優一の家族との面会も許されることになった。
ここで目覚めた時に傍にいた両親だ。
この日の優一の父親の姿は私服でラフな服装だった。
どうやらルギナが初めてここで目が覚めた時に正装だったのは仕事中に息子の緊急事態の連絡を聞き、急いで病院に駆け付けたために仕事を抜け出したままでのスーツ姿だったということだ。
「優一、気分はどう?」
母親は息子の姿を見ると元気そうな姿に安心していた。
「あなたがいつでも帰ってこれるようにまた優一の大好物、いっぱい作るからね。ほら、あなたロールキャベツ好きでしょう?」
その言葉を聞く度に心が痛んだ。
ここにいるのは優一ではなく、中身は違う人物なのであるとこの家族は知らない。
だというのにこの家族は中身が別人なことも知らず、まるでここにいるのが以前の優一のままだと思い込んでいるのだ。
これは騙しているようで分が悪い。
「母さん、僕、記憶がないんだよ。そんなこと覚えてないよ。以前の優一がどんなやつだったかなんて知らないんだから」
そんな苛立ちをあえて記憶がないということのせいにしてぼかす。
こうして家族の前では記憶がないことにして優一としての人生をやり直す為だ。
「あら、以前は一人称が「俺」だったのに「僕」に代わったのね」
しまった、とルギナは思った。
優一の一人称なんて知らないのだ。しかしルギナは生まれてからずっとこの一人称を使っていた。いきなり他人になったからといって変えられるはずもない。
母にきつく当たる息子の様子を見て父親が言った。
「いいじゃないか。記憶がなくなっても優一は優一だ。記憶がないならこれからまた思い出を作っていけばいいだけだ。お前が私達の息子であることは変わりないのだから。命が助かっただけでもよかった」
あくまでもここにいるのは自分達の息子である優一本人が今は記憶を失っているだけ、と信じて疑わない家族にも優一は罪悪感を覚えた。
「そうね。記憶がなくても優一は優一よ。命は失ったら取り戻せないけど記憶だったらこれからまた覚えればいいのだから」
母親はまるで小さい子をあやすように優一の身体であるルギナの身体を抱きしめた。
「ああ、神様、ありがとうございます。優一を私達の元へ返してくださって」
母親は愛する息子が今こうして再び目覚め、元気を取り戻していることに神へと感謝していた。
「きっと私達が優一を返してください、という気持ちが届いたのね。事故に遭ったと聞いた時はもう、心臓が止まるかと思ったわ。あなたが病院に運ばれてもう助からないと言われた時にはもうお母さん、本当にこの世の終わりだと思った」
優一の家族は優一が事故に遭ったと聞いた時、もはや気が動転していたという。
大切な息子がもはや命の危機ということに悲しみを通り越して絶望が襲い掛かったのだ。
そしてルギナが優一の身体で目覚めた時、優一の家族は喜んだ
「どうか神様、私の命を差し出してもいいから優一を助けてください。って祈ったほどよ。きっと願いは届いたのね、神様は優一を助けてくださったのよ」
しかしそれは優一が生き返ったから喜んだと思ったのであって中身が違う人物であることは誰も知らないのである。
つまり優一の体を使ってルギナが自分自身ではなく別人として生活していることには罪悪感ももちろんあった。
周囲の家族はみな優一だと思い込んで接しているが中身は違う人間なのだ。それは騙していることにもなる
「本当に、あなたが助かってよかったわ。だからそれに比べたら記憶がないくらい、また思い出を作ればいいのよ」
この両親は本当に心から息子を愛している。息子に愛情を注ぎ、大切に育て、こうして今も優しい。
ルギナはこの両親は自分の親とは大違いだな、と思った、
ルギナの母は息子であるルギナをまるで邪魔者かのようにけむがっていた。父親にいたってはルギナの存在そのものを否定したのだ。
両親に愛されなかったルギナは、優一の両親が自分とは大違いだと思った。
家族の愛情にふれながら優一の家族についてを知り、日々のリハビリでこの世界のことをを学び生活には困らなくなっていった。
テレビという映像を映し出す機械には困惑したし、この世界では文明がラフィディアと違って発展しているので日々新たなことを知るのが楽しくてたまらなかった。
入院生活も一カ月を過ぎ、身体の状態もよく、体調も徐々に元気を取り戻していったので退院の日が来た。
病院では治療の為に入院していたのであってそこからはルギナにとっては初めてのこの世界の外に出ることになる。
この身体の持主である日比田優一の家でこれからは過ごすことになるのだ。
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