第10話 新しい住処


退院の日、荷物をまとめて病院を出る際に今まで何度もリハビリやカウンセリングでこの世界についてを教えてくれた主治医が別れ際に挨拶をしてきた。

「君は一度死にかけた。記憶がないのならばある意味生まれ変わったことになる。これからはその命を大切にしなさい」

 そう言って家への車まで見送りしてくれたのだ。

「さあ、優一。久しぶりに家に帰れるんだぞ。お前の部屋もそのままにしてあるからな」

 家へと向かう車の中で父親はようやく息子が退院したというめでたいことに浮かれながらそう言った。

 これからは実の息子ではない、違う別人と暮らすことになるなんて思わずに。


 車に乗せられ、病院から優一の自宅へと向かう。

 優一の自宅はルギナの住んでいた場所とは大きく違う場所だ。

 一戸建て住宅でも二階建ての家は庭もついていて、部屋の数も多く、広いリビングがあり、日本の一軒家としてもかなり大きな方だ。

 日本でいえば上流階級の家である。優一という少年の自宅が経済的に裕福であることをうかがわせる。

 橋の下で浮浪者同然な生活をしていたルギナにとっては雨風がしのげる家というものがあるだけでも違う。

それだけでも今までとは全然違う生活形式だというのに日本でも裕福な家庭と来た。

別人の身体ではあるがルギナはこんな家に住めるのならもはや一生優一として生きていくのも悪くないと思った。

「さあ、優一は疲れてるだろうからしばらく部屋で休みなさい。ご飯になったら降りておいで」

母親にそういわれ、優一の部屋でルギナは過ごすことになった。

八畳ほどの広い部屋に学習机とベッドに家具があり、この部屋の大きさだけでもルギナが母親と住んでいた橋の下の小屋より広い。

 ルギナはこんな生活がこれからも続くのならば悪くない、とますます味をしめた。

「そういえば魔法はどうなんだろう?」

 ルギナはこの身体になってから魔法というものを使っていなかった。

 病院では火気厳禁なのでとても魔法を使ってみればすぐに危険扱いされるということで使うことはできなかった。

 優一という少年の肉体として生まれ変わり、なおかつ魔法そのものが歴史的に存在しなかったこの世界で魔法が使えるのだろうか?

 誰にも見られていない一人きりでそこそこ広さのある部屋ならば魔法が使えるか試してみよう、そう思いルギナは試しに集中して手の上に光を発現させる魔法を唱えてみた。

 念じれば手の上はじわじわと熱くなり、懐中電灯ほどの光が出現した。

 空気が違う為なのかあちらの世界ほどの威力の魔法を発動させることはできないようだが一応この世界でも基本的な魔法ならば発動できるようだ。

 だけど元の世界でもすでに魔法は禁忌とされていた。

 ましてやこちらの世界では魔法自体が最初から存在しないのだ。

そんな世界ではもし魔法を使えることが周囲にばれたらそれこそ問題になるかもしれない。

あちらの世界では魔法が禁忌とされていたのならば、こちらでは魔法が使えること自体が異端そのものである。

 もし魔法が使えることが家族にでもばれたらあっちにいた時と同じようにまたもや非難や差別的な目で見られるだけなのではないか。

 この世界で当分生きていくのであればせっかく手に入れた環境を失うわけにはいかない。

魔法が使えることは周囲に隠し通そうと思った。

ルギナはこれからは日比田優一として生きていく決心をしたのである。

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