第18話 取り返しのつかない罪の重さ


それから数日が経過してまたもや眠りについた時、再びあの世界の夢を見た。

 新しい墓石の前に棺、それを囲む黒い喪服の人々。

 今度はヴィルキア家の火災で亡くなった他の人々の葬儀だ。

「ああ、ベルトナ、なんで君が死ななければならなかったんだ。もうすぐ結婚だったというのに」

 ベルトナとはヴィルキア家に仕えていた使用人の名前らしい。

 葬儀の棺の前で泣いていたのはヴィルキア家の使用人であるベルトナの婚約者だった。

「せめて後一カ月早く結婚が決まればこの火事に巻き込まれずに済んだというのに。可哀そうなものですね」

 葬儀に来ていた人はそう話していた。

 話をまとめるとヴィルキア家専属メイドであったベルトナは昔からその家に仕えていたが婚姻が決まっていて屋敷の召使をやめる予定だった。

結婚は一カ月後なのでその時に仕事を退職する予定でありそのまま家庭に入る予定だったとのことだ。

 婚約者の両親が召使という身分の娘との婚姻をなかなか許してくれなかったために結婚が決まるのが遅くなってしまった。

 皮肉にもそれがよりによって一カ月後だったために彼女はあの日、ルギナが起こした屋敷の火災に巻き込まれたのである。

「僕のせいで、こうやって悲しんでしまう人がいるのか」

 ルギナはヴィルキア親子だけではなく自分とは関係ない他人の命を奪ったことに心を痛めた。


 さらに同じ日には別の家庭の葬儀も行われていた。

「よりによって楽しみにしていた友達の誕生会で亡くなるなんて……」

 亡くなったのはヴィルキア家に遊びに来ていたロッシュの友人の少年ビキルトだった。

 彼は友人であるロッシュの誕生日会にお呼ばれしており、そこへ運悪く火災に巻き込まれたというのだ。

火災に巻き込まれたビキルトの親はわが子を亡くした悲しみでいてもたってもいられず、棺の前で涙を流していた。

 ビキルト少年の両親は最愛の息子を失った悲劇に涙を流す。

「あの子は数日前からロッシュくんの誕生日を楽しみにしていました。プレゼントは何を持っていこう、お祝いのメッセージは何にしよう、など友達想いの子でした。それがよりによってその友達の誕生会で火事に巻き込まれるなんて」

 ビキルトの母は葬儀に参列していた人にそう説明しながら泣いていた。

 

ルギナは自分が憎んでいたヴィルキア親子だけでなく、自分とは関係のない他人を巻き込んだことにさらに罪の重さを感じるのであった。

「僕は……なんてことを……」

 自分のやったことは憎むべきヴィルキアとその息子の命を奪っただけでなく、こうしてその周囲の自分とはなんの関係もない罪のない人間までもを巻き込んでしまったのだと。

 魔法を使うことが禁忌の世界で魔法を悪用し、憎んでいた父親のヴィルキアと異母弟のロッシュの命を奪っただけでも大ごとなのに、自分とは何も関係ない赤の他人までもを巻き込んでしまった。何も恨みを持たない人間の命までもを奪ってしまったのだ。

 その使用人と少年にも未来はあったはずだ。

これからまた新しい人生を歩むはずだった人間の命を奪いその未来をつぶしてしまった。

「ここまでするつもりじゃなかった……ちょっとだけ困らせてやろうと思ったんだけなんだ……」

 ルギナはもはや言い訳にもならない子供じみた言い訳を繰り返す。

 もう取り返しのつかないことをしてしまったのだ、と大きくショックを受けた。


 葬儀会場の映像が切り替わり、再び兵士の調査の場面が映し出される。

「そういえばこの町のはずれには魔法が使える子供が住んでいた。よくゴミをあさっているところで魔法を使ったりする場面が目撃されていたそうです」

 ルギナはふと思い出す。

 廃棄物をあさって食料を探していた時に通りすがりの者に蔑まれると魔法を使って脅して追い払っていた時のことを。

どうやらあの時の子供達が目撃者として証言したらしい。

「あの日、この屋敷の影からボロボロの衣服を着た赤毛の子供が走り去っていくのが見えたという証言があります」

「まさかこの残虐な行為が子供の犯行だというのか……?信じがたいがここまで証言が揃っているとなると……」

それはルギナのことを容疑者として特定しているということだ。

もはやルギナのことを探し出すのも時間の問題かもしれない。


とはいえ今はルギナの精神はラフィディアとは違う別世界にいる。あの世界でルギナ自身の身体がどうなっているのかもわからない。

 もしも容疑者が特定したとしてもルギナを捕らえることができる手段はないのである。

「犯人はまだ見つからないのか?」

「懸命に探してますがまだ行方がつかめません。もう町の中にはおらず、おそらく町の外へ逃走したと思われます」

「犯人は絶対に捕らえて裁かねば。でないと遺族はいつまでも家族を殺した犯人が今もどこかでのうのうとしていると思うと許せない」

 町では今もなお逃走した容疑者であるルギナを追いかけているのだ。


 これだけ緊迫した様子からはもしも容疑者が確保されれば子供とはいえどんな罰を受けるかは想像を絶するものだった。



「……ハッ!」

 そこでルギナは目が覚めた。

 次第にぼやけていた優一の部屋が視界にはっきりと映る。

「また夢か……」

 夢でよかった、という安堵と共に罪の重さが心の中を襲う。

「なんで最近こういう夢を見るんだ?」

 以前と同じようにまたもや心臓の鼓動が激しく、全身は汗をかいていた。

 ルギナはこちらの世界に優一として目覚め、すっかり優一として生きていくために

過去は捨てて今を生きようとしていた。

 それはルギナにとってはすでにあの事件は過去のこととなり、現在の優一として過ごしている分には関係ないと思っていた。

しかしその考えは愚かであったと思い始めてきた。

 いくら事件の当事者であるルギナ本人にとっては過去のこととなっていてもラフィディアのあの町の中においては犯人が捕まっていないことで今も事件は続いており、なお解決にむけて逃走した犯人であるルギナを追っているところである。

 つまりまだあの町では終わった出来事ではないのだ。

 ルギナだけがあの事件のことをこの世界で知っていていくら過去にしようとしてもラフィディアではいまだ犯人が逃走中で事件が解決しておらず、命を落とした者の家族にまだ現在進行形で苦しみ続けている事柄なのである。

 ルギナは自身の行いに深く押しつぶされそうになりながら受け止めていた。

「母さんが死んだのはヴィルキアのせいなんかじゃないんだ……仕方ないことだったんだ」

 今となっては母を亡くしたのは人のせいではなくそれも運命と受け入れられなかったことを悔やむ。

「それを僕はあいつのせいにして、一方的に恨んですべてあいつの責任だと勝手に火を放って殺してしまった。逃げようとしていた。全部あいつが悪いってことにして憂さ晴らししてやろうって……僕はなんてことをしてしまったんだ……そんな自分勝手な理由で人を殺してしまうなんて」


 母が亡くなったのはそこまでが寿命で運命として受け入れられなければならない現実だっただけだ。

 しかしルギナはまだ子供だった故にその現実を受け入れることができずに人のせいにすることで自分は悪くないと逃げようとしていた。

大切なのはどうしようもない運命を事実として受け入れてそこからどう立ち向かうべきかだった。

「僕は逃げてしまった…母さんが死んだことをあいつのせいにして、一方的に勝手に恨んで、火をつけて…さらにそこからも逃げてしまった」

今こうして別世界で優一という別人になって生きていいはずがなかった。

 ヴィルキアはルギナに対して冷たかったが自分の正式な息子にはちゃんと愛情を注いでいた。この世界の優一の両親のように息子を大事にしていたからこそなのである。

それをルギナはヴィルキアがロッシュには優しかったことを僻んでいたのである。

「ヴィルキアだって父として夫として立派な役目を果たそうとしていただけじゃないか……息子には優しい父親で当たり前だ。ちゃんと自分の義務を果たして生きていただけなんだ……それを僕が勝手に恨んでしまった……」

 ルギナには今、とてつもなく全身に重みが来たように自分の行いを悔やんでいた。

 地球という世界に来て、優一という別人として生きて過ごす、これは自分のやったことから逃げている行為でしかない。

 本来はあの世界で囚われてきちんと裁きを受けるべきだったのをこうして生まれ変わってしまったがためにあの罪から逃げてしまったのだ。

この世界、日本では犯罪者は警察に捕まると裁判を得て刑務所に収監される。

そのシステムをリハビリの際にこの世界の常識だと聞いた。

悪いことをすればそれ相応の罰を受けねばならないと。

自分自身の罪に向き合って、その罰を受ける、それも大切なことだと。

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