終話 新たなる冒険

 この世界が壊滅状態になってから、一年も経ってしまいました。

 いまや、無事なのはこのフィッシャーズマーク周辺だけかもしれません。

 これだけ経つと、避難民の皆さんにも助け合いの心が生まれるようで、特に争いらしい争いもなく、避難所は正常に機能していました。

「……もう、頃合いかもしれませんね」

 まだ飛べるほどではありませんが、私の翼はだいぶ回復して若竜程度のサイズになっていました。

 ここまで回復できれば、魔力供給に問題はありません。

 まだ、完全ではないですが、あと一年待つなどという選択肢は、私の頭からとうに消え失せていました。

「破壊ですか……。そろそろ、タイミングでしょう」

 私はパステルをみつけ、準備するようにお願いしました。

「分かりました。ビスコッティを探してきます」

 パステルは避難所の方に向かっていきました。

 私はテントに戻り、魔法書を読んでいたスコーンに声を掛けました。

「あっ、待って!!」

 スコーンは魔法書を読んだまま、ノートになにかひたすら書いていました。

「……一人でやります。最初から、その予定でしたから」

 私はテントから出て、ビスコッティを探していたパステルと鉢合わせしました。

「ビスコッティがいません。どこにいったのか……」

「無駄でしょう。あまりに時間が経ちすぎて、二人ともうやる気はないようです。普通、一年も緊張感を維持しろという方が難しいですからね。『再生』の方は大丈夫ですか?」

「はい、ずっと練習していましたから。それで、決行はいつですか?」

 パステルが頷いた。

「それは、アルテミスに聞いてからです。月の引力が大きく関わります」

 私は笑みを浮かべました。

 すると、さすがというかアルテミスが歩いてきました。

「大体聞きたいことは分かってるよ。あと一週間後の深夜なら平気だよ。これがズレると、大惨事だからね」

 アルテミスが小さく笑った。

「さすがです。なにもいわなくても、なにが起きるか分かっているのですね」

「当たり前。神をナメるな!!」

 私の額をコツンと叩き、アルテミスが笑いました。

「では、そこで決行しましょう。あとは、待つだけです。

 私は笑みを浮かべました。


 一週間後の深夜まで、私にとっては長い時間でした。

 みんなが寝静まった深夜、私とパステル、そしてアルテミスは岸壁から暗い海を眺めていました。

「エレーナは分かってるよね。それを使うと、なにが起こるか。やり直しはできないよ」

 アルテミスが笑いました。

「分かっています。パステル、ピッタリ一秒後ですよ」

「はい、分かっています。厳密に一秒とはいえないかもしれませんが……」

 パステルが苦笑しました。

「それじゃ、やろうか。エレーナ、一発かましてやって!!」

 アルテミスが笑いました。

「では、お二人とも、しばらくのお別れです。また会いましょう」

 私は笑みを浮かべ、私は呪文を唱えました。

「アラドシカ!!」

 古代語で『馬鹿野郎』を意味するこの言葉を唱えた瞬間、私の意識は純白の光りと共に消えました。


**パステルSide**


 純白の光りと共に全てが消え失せ、私は漆黒の闇の中に立っていた。

 足下には真っ赤な渦を巻く炎のような球体が見えていた。

「あっ、しまった。『再生』!!」

 一瞬なにが起きたか分からず戸惑っている間に、事前に指示されていた一秒などとっくに過ぎていました。

「ああ、どうしよう……」

 漆黒の闇の中、私はその場に崩れ落ちた。

「大丈夫、私が時間を止めたから」

 不意にアルテミスの声が聞こえ、私は我に返った。

「神の仕事って知ってるわけないよね。ひたすら星の管理だよ。そのために、必要なら時間を止める。これ、やたらとやると他に影響が出るから乱発は禁忌なんだけど、今回は全神が協力してくれてる。同時にそれぞれの担当を全て止めてるから、少しはゆっくりできるよ。二秒で何億年も進んじゃう世界なんて、普通の人間じゃ耐えられないから、エレーナにひっそりパステルのフォローを頼まれていたんだよ。ここが、いわゆる宇宙だよ。結界が張ってあるから、呼吸もできるし寒くもないだろうけど、これ普通にやったら即死に近いよ。だから、なんとか頑張れる一秒なんて無茶なオーダーを出したんだよ。私のフォローを前提にね」

 アルテミスが笑った。

「そういう事は、先に……」

「いったらどうなる。必死に練習した?」

 アルテミスが笑みを浮かべた。

「そ、そういう事ですか」

 私はようやく息を吐いた。

「足下にあるのは、あなたたちが今までいた星だよ。原生まで戻しちゃうのが『破壊』。それを、何十億年も進めて一瞬で戻すのが『再生』。最悪の手段だけど、これしかなかったね」

「ということは、これは私がいた時代ではない?」

「もちろん、なんの生物もいない高温のガス塊だよ。何十億年前だったか。これこそ、究極の冒険だと思うけどな」

 アルテミスが笑った。

「さて、時間はまだあるよ。私の家でもいこうか。月なんかすぐそこだから」

 アルテミスは私の手を掴むと、凄まじい速度で目の前に見えていた月に向かっていった。

 明るい地面に着地すると、私はようやく一息吐きました。

 虚空に浮いているというのは、いくら私が冒険好きでも怖いものでした。

「月面に空気はないよ。その結界は頑丈だから問題ないけど、明るい面は二百度近い温度なんだよ。私の仕事はこの月をちゃんと回すこと。月ってあの真っ赤な星になりかけているガス塊からは、この明るい面しか見えないって知ってた?」

 アルテミスが笑った。

「知ってるもなにも、あまりに究極の冒険過ぎで……」

 私は苦笑した。

「それじゃ、私の家にいこうか。万一、星から見つかったら困るから、月の陰……裏面にあるんだよ。お菓子はあるよ。マイナス二百度だけど」

 アルテミスが笑った。

「家もあるんですね。意外です」

「そりゃあるよ。シャワーとかどうするの。根性でお湯は出るようにしたけど」

 アルテミスが笑った。

 私はアルテミスに手を引かれ、真っ暗な月の裏側にいくと、明かりが点いた小さな家があった。

「あれだよ。小屋みたいなものだけど、ないよりマシかな。一応、私だって暑さ寒さは感じるからね」

 アルテミスは笑って、家の分厚い扉を開けた。

 中はシンプルなもので、ベッドとテーブルくらいしかなかった。

「神の力って神力っていうんだけど、その力で家の中は明かりが点くようにしたんだよ。この方が安心でしょ」

 アルテミスが笑った。

「そうですね。外は寒々しいので、安心します」

 私は笑みを浮かべた。

「その『再生』の魔法は、ここからでも使えるから平気だよ。まさか、こうなるとは思っていなかったでしょ?」

「はい、何事かと……」

 私は笑った。

「エレーナを悪く思わないでね。ここまでとは思っていなかっただろうから。始原魔法は神の魔法を記した石碑の文字を消し忘れたんだよ。やったのは私じゃないけど、しまったと思った時は、すでに人間がうまれていて魔法を使い始めていた。さっきもいったけど、二秒で何億年も進んじゃうんだよ。うっかりじゃ済まないんだけど、いってもしょうがないからこの件は終わりにして、なんならここに住んじゃう?」

 アルテミスが笑った。

「そ、それは……」

「明るい面はダメだけど、こっちの陰なら好きにしちゃっていいよ。さっさと再生させちゃって、ここで遊ぼうよ。私も一人で寂しかったんだ。悪いようにはしないから!!」

 アルテミスが私の手を取った。

 最初は冗談だと思っていたが、どうもその目は真剣そのものだった。

「え、えっと、即答は……」

「じゃあ、決まり。ここでいいじゃん。あっちより楽しいかもよ。今は月も安定して回転してるから、遊んでいられるしよろしくね!!」

 どうやら強引な性格らしく、アルテミスは私の頭を撫でて笑った。

「よし、それじゃ神の仕事を見せてあげる。行ったり来たりだけど、また明るい方にいこう!!」

 アルテミスに手を引かれ、私は再び月の明るい面にきた。

「さて……」

 アルテミスが目を閉じるとその全身が光り、ただのガス塊だったものが球状になり、色々変化していき、気が付いたら綺麗な星になっていた。

「えっと、時間は二秒ずれ。直そう……」

 アルテミスは腕時計をみて、再び全身を光らせたが、なにが起きたか分からなかった。「これで、エレーナが『破壊』を使う寸前に戻った。あとは、くるのを待つだけだね」

 アルテミスが笑うことしばし。

 なにかに引っ張られるように、点が見えエレーナがワタワタしながら飛んできた。

「こ、こら、なにしてくれるの!!」

 エレーナが怒鳴った。

「いいじゃん。それより、ここに住め。パステルは確保した」

「えっ!?」

 エレーナが私をみた。

「まあ、本気出せばこのくらいはできたんだけど、地界に干渉するなって掟があるからできなかったんだよ。でも、エレーナがあの神の失態を使ったから、全面的な許可がでた。覚悟させて悪かったね」

 アルテミスが笑った。

「あ、あの、私の覚悟は一体……」

 エレーナは頭を抱えた。


**エレーナSide**


 温厚を自認している私でも、さすがにブチ切れそうになりました。

 苦労して解いた始原魔法でしたが、全くとはいわないまでも、ほぼ無駄に終わったということになります。

「あの、人は……」

「うん、ハデスがもう戻してるよ。でも、あの変な花はそのままだよ。エレーナとパステルだけだったじゃん。真面目にやってたの。避難民はハデスが保護してるから安心だけど、名前は伏せるけどあの二人は事情を知っていながらサボった。これは、神罰だよ。頑張って、あの花を処理する事だね。ちなみに、始原魔法はもうないよ。ついでに消して最初からない事にした。魔法はあるみたいだけど、比較にならないほど弱いね。あとは知らない。これが、神の仕事なんだ。時には冷徹なんだよ。基本的に可哀想だから……ってのは禁忌。触っちゃいけないから、自然に任せるんだよ。それで、滅びたらそれまでだよ」

 アルテミスが厳しい目でいったので、私はなにもいえませんでした。

「あ、あの、それでは私たちは……」

「隔離したと思ってね。気に入ったから。神は我が儘なんだよ。さて、もう一個大事なものがあったね。終わったら、ハデスが記憶を弄ってエレーナとパステルは最初からいない事になった状態で時間を止めた。あとは……」

 しばらくして、なにか月に近づいてくると、それは私の巨大な車でした。

「大事なものでしょ。魔力エンジンだから空気はいらないし、月面のどこでもいけるでしょ。私もよくいく場所しか知らないから、地図を作って!!」

 アルテミスが笑った。

「ど、どうしましょう。パステル、マッピングしますか?」

「は、はい、それしかなさそうなので……」

 パステルが、コクコク首を立てに振りました。

 こうして、私が想定していたものととんでもなく違ってしまいましたが、神であるアルテミスの前では、私の力など遠く及ばないものでした。

「あの、ルーン文字とか魔法文字は?」

 私が聞くと、アルテミスが笑いましたた。

「もう理に書かれてるよ。当然、使える。あの虹色ボールを私の家にばら撒いてよ。寒いんだか暑いんだか分からないし、あなたたちが呼吸できないのも嫌だから。出入り口は二重ドアにはしておいた」

 アルテミスが笑いました。

 ……こうして、私たちの旅は第二ラウンドに突入したのでした。



 後日談……。


「あーもう、またクレーターが増えてる。せっかくマッピングしたのに!!」

 車の荷台でパステルが頭を抱え、クリップボードを放り投げました。

 それが、凄まじい勢いで荷台の後ろでお酒を飲んでいたアルテミスの顔面にめり込み、二人が殴り合いの喧嘩を始めてしまいました

「全く、仲がいいですね」

 私は笑みを浮かべました。

 この前聞きましたが、あの毒素をまき散らす花の寿命は、五年くらいのそうです。

 そのあとの再生は神々が責任を持って行うということでしたが、どうなるのか見当も付きません。

 しかし、私とパステルは『事情を知る者』として、星に帰る事を許されず半ば月に幽閉されてしまったようなものでしたが、それなりに楽しい生活を続けていました。

 アルテミスの家は、私の虹色ボールで適切な大気が満ちた状態に保たれ、こうして結界を通して会話する事なく、普通にお喋りもできるようになりました。

「まあ、これでよしとしましょうか。ここでの旅も、悪いものではありません」

 私は小さく笑ったのでした。


『完結』                     

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