第3話 旅は続く

 翌朝、早めに起きた私はたき火の火を消して、一回全身を伸ばしてから車のエンジンをかけ、無線機にあった『緊急』のボタンを押してから前進を開始しました。

「さて、進みましょうか。いい天気ですね」

 私は空を仰ぎ、笑みを浮かべました。

 しばらく進んでいくと無線機が音を立て、人間の声が聞こえてきました。

『こちら長距離バス203号。車両故障、応援求む!!』

 これはいけません。私は無線のマイクのボタンを押しました。

「分かりました。場所を教えて下さい」

『西方街道の……』

 相手から聞こえてきた場所に心当たりがありませんが、西方街道といえばこの道のはずです。進んでいけば、出会う事でしょう。

「急いでいきます。あの、大きい車両なので、驚かないで下さい」

『問題ない。こんな事は当たり前にある。伊達に長距離バスを転がしていない』

 無線の向こうで相手が笑い、まだ気持ちに余裕があると分かり、私は安堵の息を吐きました。

「さて、急ぎましょう」

 私はアクセルを思い切り踏み込み、全速で駆け抜けていきました。

 しばらく進んでいくと、大型のバスが道から草原に待避している様子が見えてきて、私は車の速度を落として近づいていきました。

 恐らくバスの乗客でしょうか。草原に降りて一夜を明かした様子の皆さんが、私の姿をみてポカンとしました。

「よう、またスゲぇのがきたな!!」

 制服を着ている事から、一目で運転手と分かる人が笑いながら近寄ってきました。

「はい、申し訳ありません……」

「なんで謝るんだよ。そりゃこっちだ」

 運転手が笑みを浮かべ、バスの後部で開けぱなしのボンネットを指さしました。

「エンジンがイカれちまってな。これだから、うちの会社はイケてねぇんだ。まあ、いい。お前さん……直せねぇよな」

 運転手が笑いました。

「そうですね。簡単な故障なら直しかたは教わっていますが、ちょっとみてみましょうか」

 そっと車を下りて、開けぱなしのバスのボンネットに近寄りました。

 私からすれば小型のエンジンを覗き込むと、焦げ臭いが漂っていました。

 取り出すわけにもいかず、私の知識では分からなかったので、私は首を横に振りました。「この場で修理は難しいと思います。焦げ臭いので、ピストンが焼き付いてしまったかもしれません。ごめんなさい」

 私は小さく息を吐きました。

「お前さんが気にすることじゃないさ。それじゃ、パワーがありそうなその車で牽引してくれ。あと三時間くらいで終点だったんだ。そこには、うちの会社の営業所もある。頼めるか?」

「はい、喜んで。でも、牽引の仕方が分かりません。どうすればいいでしょうか?」

 私は頷きました。

「準備は俺がやる。バスの操作もこっちでやる。ワイヤーを掛けるから、お前さんは車で待機していてくれ!!」

 バスの運転手が笑い、私は頷いて車の運転席に座った。

 かなり時間が掛かったようですが、バスがクラクションを鳴らしたのを身をよじって見ると、笑顔で行けと手でサインを出した。

 私はバスのお客さんが全員乗った事を確認して、アクセルをゆっくり踏み込みました。

「大丈夫でしょうか?」

 ゴトゴト進む車の背後を時々確認しながら、私はバスを牽引して走っていきました。

 途中にあった大きな街の門が閉ざされていたので、私はブレーキを踏み元々遅かった車の速度を落としました。

 町の向こうで白旗が上がり、私も旗立てから白い旗と国王様から頂いた旗を振りました。

 やはり、怖かったのでしょうか。私は少し悲しく思いました。

 ドラゴンといえば、戦って倒す相手と、相場が決まっている事は承知しましていました。

『緊急チャンネルで失礼する。こちらは町の警備隊だ。何用か伺いたい』

 無線から緊張していると分かる、堅苦しい男性の声が聞こえてきました。

「はい、通過するだけです。ご迷惑をおかけしますが、長距離バスを牽引しているので、なるべく早く進みたいのです。許可をお願いします」

『なんだと、それは大変だな……。分かった、目抜き通りならなんとか通れるだろう。屋台などを退ける時間が欲しい』

「分かりました。お手数おかけします」

 私は見えているかどうか分かりませんが、小さく頭を下げた。

『一つ尋ねるが、食事はどうだ?』

 無線の声が柔らかくなった相手に、私は考えました。

 私は食事なしでも構わないのですが、バスの方はそうもいかないでしょう。

「私は構いませんが、バスの方々はきっと空腹でしょう」

『分かった、食事を用意しよう。急ぎで準備するので、しばらく待って欲しい』

 それきり無線は途絶え、町の中で大騒ぎになっている音と声が聞こえてきました。

 しばらく経つと町の門が開き、旗で『進め』を意味する旗が上がりました。

「あっ、進んでいいようですね。行きましょうか」

 私はゆっくりアクセルを踏み込み、車を動かしはじめました。

 町を一直線に貫く道の先に、黒い制服を着た警備隊の人でしょうか。一人立って赤い棒を水平に構えてお辞儀をした。

 お礼をいうのはこちらなのですが、それに応えて頷いて車を止めると、どこで調理していたのか、炊き出しの食事がバスに運ばれはじめました。

「あの、これで足りるか分かりませんが……」

 十人くらいで町の人が運んできた大型鍋には美味しそうな料理が盛られ、私は深くお辞儀をした。

「かえって申し訳ありません。頂きます」

 私は車から下りて熱々の鍋を両手で抱え、一口では申し訳ないので何回かに分けて食事を食べました。

 食べなくても平気とはいえ、やはり食事は美味しいものです。

「ご馳走様でした。あの、この鍋はどこに置けば……」

「ありがとうございます。そこに置いて下さい。こちらで運びます」

 大変だろうに、町の人たちが大鍋を運んでいきました。

「なんだか温かい町ですね。これは、意外でした」

 私は笑みを浮かべ、空を仰ぎました。


 町の人たちに見送られ、私はバスを牽引して再び道を走りはじめました。

『こちら長距離バス225号。西方街道オランザ地点でゴブリンの群れと交戦中。応援を求む』

 再び無線から声が聞こえ、私は思わず目を細めました。

 ゴブリンとは小鬼ともいい、徒党で押し寄せてなんでもかんでも破壊したり盗んだりする迷惑者で、私もたびたび卵を割られて怒り心頭になった経験があります。

 とても、許せる相手ではありませんでした。

『おい、この先だぜ。急げるか?』

 牽引しているバスの運転手の声が、無線から聞こえてきました。

「はい、むしろ私が急ぎたいです。大丈夫ですか?」

『ああ、問題ねぇ。そういうワイヤーのかけ方をしているぜ。なるべく急いでくれ!!』

 私はアクセルペダルを踏み、なるべく急いで車を走らせました。

 程なく、対向する車線にいたバスに群がるゴブリンたちを発見し、車から飛び下りると車体後部の四連装機関銃に取り付きました。

「……この恨み」

 私は目を細め、重機関銃のレバーを引きました。

 引き金を落とすと、四機の機関銃が火を噴き、並みいるゴブリンたちをなぎ倒していきました。

 バスの運転手さんも下りて、攻撃魔法を炸裂させながら、襲われているバスに向かっていきました。

 私はそれを援護するように機関銃の弾丸を浴びせかけ、百体はいたであろうゴブリンたちは徐々に数を減らしていきました。

 その頃になって、襲われていたバスからも運転手が飛び下り、ド派手な攻撃魔法を放ちはじめました。

 私は熱で歪んだ銃身を手早く交換し、弾丸のベルトリンクを繋いでは再び撃つという動作を繰り返して、着実にゴブリンたちを倒していきましたが、いかんせん数が多すぎました。

「これは、群れのリーダーを探すべきですね。大体、目立つところの最奥部にいるのですが……」

 私は機関銃を撃つのをやめ、ゴブリンたちの動きを観察しました。

 しばらくして、群れの中央でなにもしないで声だけ上げている一体を見つけました。

「……あれですね」

 私は取っておきの二百三十ミリ対物ライフルを構え、ほとんど動かないリーダー格と思しき一体の頭を狙って、スコープを覗いて引き金を引きました。

 凄まじい轟音と共に、その一体は頭どころか全身をメチャクチャにしながら吹き飛び、文字通り消滅してしまいました。

 その途端統率が乱れたようで、残ったゴブリンたちが慌てた様子でウロウロしはじめました。

「……これなら、簡単に始末できますね」

 私は荷台に積んでおいたドラゴンスレイヤーではなく、普通のロングソードを抜いて構え、並みいる残党をバサバサ斬っていきました。

 やがて派手な戦闘が終わると、私はロングソードを鞘に戻し、一息吐いてからそれを車の荷台に積み込みました。

「おう、助かったぜ!!」

「災難だったな!!」

 二人の運転手が言葉を交わすのを笑みを浮かべて見てから、私は道を塞いでいるゴブリンたちの死体を燃やして片付けはじめました。

 それが終わると車に戻り、反対方向に向かうバスの運転手が車内を回っている姿をみて、これは乗客の安否確認だと分かりました。

 車体は傷だらけでしたが、どこかに穴が開いているわけでもなく、タイヤもパンクした様子はありませんでした。

 どうやら無事だったようで、反対側に向かうバスがクラクションを一回鳴らして走っていきました。

「おう、俺たちもいこうぜ!!」

 戻ってきたこちらの運転手が笑顔で私に声をかけ、後方の故障したバスに戻りました。

「さて、いきますか」

 私は車のアクセルを踏み込み、バスを牽引して走りはじめました。


 しばらく進んでいくと、ホウキを跨いで空を飛んできた魔法使いの女の子が、休憩なのかバスの屋上に降りて荒い息を吐き始めました。

「あら、お疲れですか?」

 私は後ろを振り返り、小さく笑みを浮かべました。

「は、はい、疲れてしまって……少し休ませて下さい」

 どこを目指しているのか、額の汗を拭う女の子にクラクションで応え、私は車の運転に集中しました。

 普通なら迂回するような小さな村をなんとか破壊しないように通り抜け、町を通過するついでに乗客を拾い、バスを牽引しながら進むうちに大きな街が見えてきました。

「あっ、ちょっとあの街に行ってみます。お世話になりました」

 女の子がまた飛び立ち、街に向かっていきました。

「無事を祈ります。目的地はあの街でしょうか?」

 私は無線のマイクを取った。

「あの街ですか?」

『ああ、あの街だ。ケルンっていうんだがな!!』

 バスの運転手から返事がありました。

「では、あの街に向かいます」

 海が近いのか、私の鼻を独特のニオイがくすぐるようになりました。

『ちょっと待ってくれ。あの街はゴミゴミしてるからな。お前さんの特大車が通れるように整備してもらう。無線で連絡を入れるから、街の門の前で止まってくれ』

「分かりました」

 私はゆっくり車を進め、赤い旗が上がった門に向かって白旗を掲げました。

 勉強済みですが、これは『止まれ。止まらないと、迎撃する』という、憶えておかないと大変な事になる印でした。

 旗が青に変わると私は少し車の速度を上げて進み、門の前で止まりました。

 この青い旗は『いらっしゃい』という、歓迎に近い合図でした。

『おう、準備が出来たようだぜ。変なレッドドラゴンを一目見たいって、街中騒ぎになってるってよ!!』

 運転手が笑い、私は少し恥ずかしくなりました。

 程なく門が開き、私はゆっくり車を進めました。

 道の両脇には人だかりができ、なぜか歓声や拍手に迎えられ、私はびっくりして車を人垣に突っ込みそうになりました。

『そのまま真っ直ぐ進み、一つ目の角を右に曲がってくれ!!』

「はい、分かりました」

 私は運転手に言われた通り、目の前にあった角を右に曲がると、まるで道を塞ぐように、二台の戦車が止まっていました。

『気にするな。ここには陸軍の駐屯地があってな、面白そうだって聞かねぇから出てきちまった馬鹿野郎どもだ。そのまま進め!!』

 運転手が笑い、私は頭を掻いてから戦車に先導されて、さらに後方に音楽まで奏でたビシッとした制服を着込み、勇壮な音楽までかなでた兵隊の皆さんの行進が続きました。

「こ、これは強烈で熱烈な歓迎ですね。喜ぶべきでしょうか……」

 私は恥ずかしくなり、どこかに逃げたくなりましたが、そうもいかないので頑張って車を進めました。

 しばらくして、前方の戦車二台が脇道に逸れて道を空けると、その先に立派なバス停が見えてきました。

『よし、そのバス停で止めてくれ。ワイヤーを解いて、会社のレッカーを呼ぶ!!』

「はい、分かりました」

 私はいわれた通りにバス停の前で車を止め、バスの運転手がワイヤーを解く作業を見守りました。

「おう、終わったぜ。助かった!!」

 牽引してきたバスの運転手が笑顔で手を振り、私も小さく笑いました。

 これで一安心でしたが勇壮な音楽は続き、再び前方に戦車が回り込んで、催促するようにエンジンを空ぶかししました。

「な、なんでしょう。ついてこいという事でしょうか……」

 よく分かりませんでしたが、私は戦車の動きに合わせて進み、気が付けば街の反対側にある門が見えてきました。

「なるほど、先導をしてくれたのでしょうね。また、大袈裟な」

 私は苦笑して、戦車が開けてくれた道を抜け、街を後にしました。

「さて、今日はどこまで進みましょうか。潮風が気持ちいいです」

 潮の香りを味わいながら車を流していくうちに、道は海に沿って走りはじめました。

 太陽を見上げるともう夕刻が迫っていて、そろそろ休む場所を探す時間でした。

 砂浜に車を入れると重さで動けなくなるのは明白だったので、道の脇にあった広い空き地に車を入れて駐め、焚き木がなかったのでこんな事もあろうかと積んでおいた、ドラゴンサイズの大きなカンテラを取り出し、魔法で点火してから地面に置いてこれもいいなと思いながら、海の向こうに沈みゆく太陽を見つめたのでした。

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