第2話 本格的な旅を開始

 王都近くの草地で一夜を明かした私は、車に乗って道を進んでいました。

 この辺りは穀倉地帯というのでしょうか。草地が延々と続く長い道ですが、私には物珍しく感じられ、なかなか楽しいものでした。

「これは、空からでは味わえませんね。さて、どこに行きましょうか」

 一応、大判の地図は持っているのですが、この道は西方街道とだけ書かれていて、細かい情報がありません。

「まあ、行けば分かるでしょう」

 私は笑みを浮かべ、穀倉地帯を進んで行きました。

 しばらく進むと小さな村が見えてきましたが、なにかトラブルのようで、村を取り囲む柵とその外からやってきた人たちが激しく撃ち合っているようでした。

「これはいけません。どちらを助ければいいでしょうか……」

 まあ、普通に考えれば分かる事なのですが、私は一瞬悩んでしまいました。

「事情は分かりませんが、村を守りましょう」

 私は車を動かし、柵の外から村を攻撃している集団に向かっていきました。

「おい、なんか変なのがきたぞ!!」

「かまうもんか。もう少しだ!!」

 集団の臭い男性たちが声を上げ、それでも村に攻撃をやめず、私の方まで攻撃を開始しました。

 私はもちろん車にも何発も銃弾が命中しましたが、さすが頑丈というか全くへこたれる事はありませんでした。

 ずっと白旗を揚げて敵意がない事を示しているのですが、どうもそういう相手ではない事が続いて困ります。

「いきなり攻撃するのはいけませんね」

 私は呪文を唱え、目の前に迫ってきた集団の頭の上を擦るように、これでもかという気合いと共に、炎の矢を二千七百発放って渾身の威嚇を試みました。

「おい、あのドラゴンの野郎。なんか魔法なんか使ったぞ!?」

 集団の動きが止まり、村の人たちも攻撃の手を休めてポカンとした表情を浮かべ、そのまま固まってしまいました。

「あの、通りすがりの者ですが、無駄な暴力はいけません。皆さん落ち着いて下さい」

 私は笑みを浮かべました。

「……な、なんだお前」

 村の外の集団にいた一人が、恐る恐るという感じで言葉を漏らしました。

「はい、ただのドラゴンです。エレーナと名乗っています」

 私は頭を下げました。

「し、白けちまったな。野郎ども、引き上げだ!!」

 集団の一人が叫び、みんなが村から離れはじめました。

「よかった。話が通じました」

 私はホッと胸をなで下ろしましたが、今度は村の中の人が声を上げました。

「頼む、礼は出す。アイツらには、ほとほと手を焼いているんだ。何度も襲撃してきて、死者も多数出ている。アジトを粉砕してくれ!!」

 私は困ってしまいましたが、その必死の表情を見て、小さく頷きました。

「では、追いかけてみます。本当に、アジトとやらを壊していいのですか?」

「ああ、頼む!!」

 私は車の方向を変え、逃げていく小型車の群れを追いかけはじめました。

 車の音で聞こえませんが、車の人たちが大騒ぎしている様子がみえました。

「やはり、あまり気が進みませんが、村を守るためには必要な事なんでしょうね。どちらを取るか悩みましたが、お願いを受け取った以上はちゃんとやりましょう」

 私の車より小型車の方が足が速く、やがて見えてきたボロボロの建物に吸い込むように逃げ帰った事を確認し、私はその建物の脇に車を駐め、草地に下りました。

「あの……皆さん聞いて下さい。私は戦いを好みません。村の人に頼まれて、この建物を壊す事にしました。そのお詫びとして、これを差し上げますので、どうか逃げて下さい」

 私は頭を下げ、鱗を十枚剥がして地面に置きました。

「……おい、レッドドラゴンの竜鱗十枚だぞ。捨て値で捌いても、俺たちが一生暮らせる価格になるぜ」

「……こんなぼろ屋なんてどうでもいい。本当は、こんな稼業なんざやりたくねぇんだ。後始末してくれるなんざ、かえって好都合じゃねぇか」

 そんな小声が建物から聞こえ、程なく大勢の人たちが建物から出てきて、私の鱗をトラックに積み込み、そのまま去っていきました。

「さて、壊しましょうか」

 私は両前足を建物に食い込ませ、そのまま引きちぎるようにして建物を崩していきました。

 見た目通りあっという間に建物はボロボロ崩れさり、私はこれを埋める方法を考えました。

「……穴ぼこ」

 私は穴掘りの呪文を唱えましたが、なにも起きませんでした。

「あら、呪文はあっているはずですが……」

 私は困ってしまい、結局地道に穴を掘って埋める事にしました。

 せっせと穴を掘り建物の残骸を全て埋めると、私は車に乗って村を目指しました。


 草原を走り村に戻ってもう脅威はないと報告すると歓声が上がり、差し出されたお礼を固辞して、迷惑を掛けないように迂回して進み、再び道を走りはじめました。

「さて、この先は大きな森ですか。湖もあるようですし、行ってみましょう」

 私は地図を片手に車の速度を上げました。

 程なく見えてきた広大な森に向かって走っていくと、馬に乗ったどこかでみた六人組が私を挟んでバカスカ攻撃をはじめました。

「あ、あの、落ち着いて下さい……」

 防御魔法を使うほどではなく、全ての攻撃を弾き飛ばしながら、私と併走し続けた六人組は、なぜか分かりませんがいきなり呪文を唱え始め、ド派手な爆音を撒き散らしました。「あ、あの、私がなにか悪い事しましたか?」

 さすがに慌てると、六人組が全員親指を立て、一人の女の子が馬から私の車に飛び乗り、手早くなにやら機械を取り付け、小さく笑いました。

「これ無線機っていうんだけど、遠くの人と話しができるんだよ。使い方は簡単なんだけど……」

 一体いつ用意したのか、私でも操作できるほど大きなボタンやマイクという機械の説明をして、女の子は併走していた馬に跳んで戻りました。

「え、えっと……」

 私が困っていると、またド派手な攻撃魔法を私に向かって撃って、爆音の中去っていきました。

「な、なんでしょうか……」

 私は困惑しながら、いきなり渡された無線機のボタンを押したりマイクを握ったりしてから、『電源』と書かれたボタンを押してみました。

『周波数』と書かれたダイヤルを回してみると雑音が聞こえてきて、色々弄っていると誰かの声が聞こえてきました。

『ドラゴンさんドラゴンさん、名前は?』

 いきなり聞こえたどこかで聞いた声にびっくりしながら、私は恐る恐るマイクのボタンを押しました。

「えっと、エレーナと名乗っています」

『分かった。また遊ぼうね!!』

 これで、声の主がさっきの六人組の一人と分かりましたが、なかなかハードな遊び方に私は苦笑してしまいました。

 それから気を取り直し、私は森へと続く道を進んでいきました。


 森に近づいていくと、向こうからきた車の運転手がこちらをみてポカンとして、そのまま草原に突っ込んでしまいました。

「あっ……」

 私が車を止めると何事もなかったようで、その車は草原から脱出して道を走り去っていきました。

「良かった、無事でしたか。目立つのも考え物ですね」

 私は苦笑して再び車を動かし、森に向かっていきました。

 薄暗い森に入ると途中で道が遮断棒で塞がれ、三人の人が武器を手にしてこちらを見つめているのが分かりました。

 私は遮断棒に近づき車を止めました。

「これは珍しい旅行者ですね。私はコモンエルフのマルシルと申します」

 武器を持っていない一人の人間……ではなく、嗅いだことがないニオイがする女性は小さく笑みを浮かべました。

「はい、初めまして。私はエレーナと名乗っています」

 私は軽く一礼しました。

「私たちの村があるので、森中に警備の者を配置しているのですが、無線で変なのがきたと慌てふためいていましたよ。お近づきの印に里にご案内したいのですが、元々場所が極秘な上にこれほどの大きな車両は通れません。代わりに湖までご案内します」

 マルシルさんは待機していた白い馬に乗り、恐らく護衛の二人も遮断棒を倒して馬に乗りました。

 ゆっくり走り出したマルシルさんたちの後を走り、森の中にしては太い道を走っていくと、やがて大きな湖が見えてきました。

 その湖畔でマルシルさんが馬を止めると、私も車を止めて下りました。

「これだけ大きな湖ですが、まだ正式な名がついていないのです。これからは、エレーナ湖と呼びましょう。私たちコモンエルフは、人間社会にも影響を与えていますので、すぐに地図に名前が記されますよ」

 マルシルさんが笑いました。

「あ、あの、勝手にそんな事をして大丈夫なのですか?」

 私は慌ててマルシルさんに問いかけました。

「はい、問題ありません。これを、お近づきの印としましょう」

 マルシルさんが笑みを浮かべました。

「分かりました。ありがとうございます」

 私は自分の鱗を一枚むしって、マルシルさんに渡しました。

「お返しです。つまらないものですが……」

「いえいえ、竜鱗は貴重な魔法薬の材料になります。ありがとうございます」

 マルシルさんが笑みを浮かべました。

「では、少し散歩しましょうか」

「はい、分かりました」

 マルシルさんの誘いに乗って、私は念のために荷台に積んでおいた二百三十ミリ対物ライフルを手にしました。

 人間がよく使っている銃ではさすがに改造は出来なかったようで、私専用に作ってもらった一点物でした。

「また大きなものを……。頼もしいです」

 マルシルさんが笑い、私は小さく笑みを浮かべました。

 私たちは湖畔をゆっくり歩き、半分くらいきた頃でしょうか。

 いきなり湖の水面が波立ち、巨大な魚が飛び出しました。

「……出ましたね。この湖の主です。肉食性で陸を歩く者でさえ襲う怪魚です!!」

 マルシルさんの目付きが厳しくなり、早口でなにやら呪文を唱え始めました。

 私は手にしていた対物ライフルを構え、大きなスコープを覗き狙いを定めました。

 マルシルさんが凄まじい雷撃を放ち、巨大な魚がバタバタと暴れましたが、それが大波を生み、マルシルさんが押し流されてしまいました。

「……ごめんなさい」

 私は巨大な砲弾を銃に装填して、せめてひと思いにと頭を狙って引き金を引きました。 しかし、慌てて撃ったせいか、衝撃と共に放たれた砲弾は狙いを外れてしまいました。

「あ、あれ……」

 日頃、灌木相手に撃つ練習をしていましたが、動く目標は難しかったです。

「この!!」

 なんとか戻ってきたマルシルさんが、いわゆる完全にブチ切れてしまったようで、全身から派手に魔力光を放ち、呪文を唱えはじめました。

「だ、ダメです。湖が吹き飛んでしまいます!!」

 嫌な予感がした私は、指先で軽くペチッとマルシルさんを弾き飛ばし、大きな魚と対峙しました。

「それにしても、大きな魚ですね。私は魚とは話せないので、こうするしかありません」

 私は湖に飛び込み、そのまま歩いて大きな魚を捕まえ、空高く投げました。

「……この高さなら、森にも湖にも被害はありませんね」

 私は小さく呟き、空から落ちてくる魚の方をみて、大きく息を吸い込みました。

 それから、なるべく使わないと決めていた炎のブレスを吐き、魚を丸焼きにして塵も残さず無に帰しました。

「……はぁ、これは大事ですが、いざ使うと気分が落ち込みますね」

 私は小さくため息を吐いて陸に上がり、地面に倒れて目を回しているマルシルさんを回復魔法で手当しました。


 その後は特になにもなく湖畔を一周した私たちは、再び馬と車を駐めた場所に戻りました。

「さて、いい運動になりましたね。帰りましょうか」

 マルシルさんが笑みを浮かべ、馬に乗りました。

 私も車に乗り込み、止めておいたエンジンを掛けると、超新地旋回で車の向きを変え、ゴトゴトと道に戻りました。

 程なく道に出た私たちはお互いに手を挙げて挨拶して、再び車を前進させました。

 そのまま森を抜けると、私は地図を広げました。

「しばらく、なにもなさそうですね。ゆっくり楽しみましょうか」

 私はハンドルを握る手の指でリズムを取りながら、前方に見えてきた『猫の急送便』と書かれた大型トラックの後ろにつき、ノンビリ風を切って走っていきました。

 やがて、道と併走するかのように二本のレールが敷かれたものが見えてきて、これが話に聞いていた鉄道かと思い、私はワクワクしてきました。

 そのうち高速で走る列車がやってきて、聞いた通りスムーズな動きでこちらを追い抜いていきました。

「そんなに急いで、一体どこにいくのでしょうか。本当に人間は面白いものを作りますね」

 私は笑みを浮かべ、先行くトラックの後に続いて走っていきました。

 途中の門がない村や町を駆け抜け……ごめんなさい。時々、車に引っかけて建物を壊してしまいましたが、対向車が多くて迂回出来なかったのです。これ、いい訳。

「さて、この先になにがあるのでしょうね」

 私は笑みを浮かべました。

 向かう進路は西。

 まだなにを目指しているのか分かりませんが、私は車を前進させました。


 特になにもないまま進むうちに日が傾きはじめ、目の前のトラックも道を曲がってどこかに向っていき、私の車の後には三台ほどの車が続いていました。

「先に譲った方がいいですね」

 私は車を草地に下ろし、速度を落として後続の車が通過するのを待ち、再び車を道に戻しました。

「さて、そろそろ寝床を探す時間ですね……」

 まさか、これで人間の宿屋に入るわけにはいかないでしょう。

 私は適当なところで車を草地に入れ、エンジンを切って一息吐きました。

 五日くらいなら眠らなくてもいいのですが、特に急ぐ旅ではないので適当に休む事にしたのです。

「えっと……」

 ここは人間式にと転々と転がっている枯れ木を集め、たき火をする事にしました。

 教わった通りに枯れ木を積み上げて魔法で火をつけると、パチパチと音がするいい雰囲気の寝床が出来上がりました。

「火は私の味方ですが、これもいいですね」

 私はそっとお腹を地面につけ、夜を迎える準備を整えました。

 程なく日が暮れはじめ、私はそっと目を閉じました。

 明日はどんな風が吹くのでしょう。

 それが楽しみでした。

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