第4話 途中で色々……

 翌朝、尻尾の先に僅かな痛みが走って、そっと目を覚ましました。

 薄く目を開けると、なにやら三人組が集まって、いい匂いを漂わせる鍋を囲んでいました。

「……今、動かなかった?」

「……微妙に目が開いてない?」

 そのうち二人が恐る恐るという感じで、そっと呟きました。

「保存が利かないのです。竜鱗が薄い尻尾の先なら、チェーンソーでなんとか切れます。こんなところで寝ているドラゴンが悪いのです!!」

 一人が必死の形相で鍋を炊き、なにやら料理をしていました。

「……ドラゴンのテールスープですか。聞いた事があります。もう少し、寝ているふりをしますか」

 私は小さく呟き、静かに目を閉じました。

 やがて料理が完成したようで、三人で慌てて食べる様子が耳で分かりました。

「よし、食った。速攻で逃げるよ!!」

 うち一人が叫んだとき、私は身を起こし、三人をそっと抱き上げました。

「……」

「……」

「……」

 三人組全員が固まってガタガタ震え、目に涙を浮かべました。

「どうでしたか、私の味は?」

 私は笑いました。

「……あ、あの、ほんの出来心で」

 携帯コンロといったでしょうか。

 そういう調理器具がある事を知っていましたが、それを腰にぶら下げた女の子が泣き出してしまいました。

「あら、驚かすつもりも怒ってもいなかったのですが、私はエレーナと名乗っています。本来、名前なんてないですからね。降ろしましょうか」

 私は三人を地面に下ろし、車に乗りました。

「あなた方の名前は分かっています。気になって、心を読みました。なかなかの冒険心ですね。尻尾の先は大丈夫です。すぐに再生しますから」

 私はエンジンを掛け、カンテラを荷台に積むと、ゆっくり車を走らせて道に戻りました。「……リナ、ナーガ、トロキですか。面白い人間もいたものですね」

 私は笑みを浮かべ、海沿いの道を走り走っていきました。


 いい忘れていましたが、私は人間が使う魔法を憶え、剣技も多少自信があります。

 どこでどうやって憶えたかは秘密にしろといわれているので、心苦しいのですが教えられませんが、おかげで旅がだいぶ楽になりました。

「さて……」

 呟いた時、こちら方面にも走っているらしく、長距離大型バスが私の車を追い越していきました。

「鉄道よりは遅いようですが、こちらも速いですね。せわしないものです」

 私は笑みを浮かべました。

 そのままいくと、どこかでみたホウキの女の子が、フラフラと私の上を通過していきました。

「これは危ないですね。飛び方を教えてあげるべきでしょうか」

 思わず呟きましたが、よく考えれば翼で飛ぶ私たちと魔法で飛ぶ人間の飛び方は違うなと思い、私は小さく息を吐きました。

 道は海岸沿いを快走し、いくつかあった村を迂回して進んでいきました。

 その途中で美味しそうな匂いを感じ、私は迂回しようとした村に入る事にしました。

「さて、迎え入れて下さるでしょうか……」

 私は旗竿を振り、クラクションを鳴らしました。

 村の柵の裏で白旗を揚げてくれましたが、みんなポカンとこちらをみるだけでした。

 ちなみに、白旗は『敵意なし。好きにしてくれ』という、どこか投げやりの意味を示していました。

「大丈夫そうですね。いきましょうか」

 私はぶつかりそうな村の柵をなんとか避け、そっと車で村に入りました。

 みんなポカンとしていましたが、その中から一人少し歳が上という感じの人が近寄ってきました。

「わ、私はこの村の村長です。な、なんのご用でしょうか?」

 どこか腰が引けた感じで、村長さんが問いかけてきました。

「はい、私はエレーナと名乗っている旅の者です。美味しそうな香りがしたので、なにかと思って立ち寄りました。食べさせて頂きますか?」

 私は小さく頷きました。

「あ、ああ、ハマグリの塩焼きですね。欲しければ、好きなだけ食べていいです」

 村長はまだ固い表情でしたが、口調が少し柔らかくなって頷いた。

「いえ、ほんの少しだけわけて頂ければ……」

 私がお辞儀すると、みんな驚いた顔をした。

「ま、まあ、ほんの少しの量が分からないのでが、屋台から全て集めましょう。すぐに追加は出来るので問題はありません」

 村長が手で合図すると、村中の屋台から全てのハマグリの塩焼きとやらが集められてきて、私は焦ってしまいました。

「い、いえ、こんなに……」

「そういわず食べて下さい。この村の名物なので」

 やっと笑みを浮かべてくれた村長が笑いました。

「は、はい……」

 私はハマグリの塩焼きとやらを一掴みして、殻ごとバリバリ囓りはじめました。

 滋味溢れる味が心地よく、私は結局全て食べてしまいました。

「あっ、うっかり全部……」

「構いません。お代はいりませんよ」

 村長が笑いました。

「そうはいきません。これを……」

 私は自分の鱗を一枚むしって地面に置きました。

「こ、こんな大層なものを。もったいないです」

 村長が慌ててしまいました。

「受け入れて頂いたお礼です。ついでといってはなんですが、なにか困りごとがあればお手伝いしますよ」

 私は笑みを浮かべました。

「困りごと……。そうですね、あそこに見えている解体工事をしていた古城があるのですが、そこに魔王を名乗る変なバカが居着いてしまいました。なまじ魔力が高く、変な魔法や得体の知れない力を使うので近寄れません。排除出来ますか?」

 村長が頭を掻きました。

「分かりました。至急屋台を畳んで避難して下さい。大きな銃を使うので……」

 私は車から降りて、荷台の二百三十ミリ対物ライフルを手に取りました。

 双眼鏡を覗いて距離を測ると、約三千メートル。固定目標なら余裕でした。

「さて……」

 みんなが慌てて避難した事を確認してから、私はもはや大砲というベきそれに弾を込めました。

 スコープの倍率を調整し、城に照準を合わせると、私は大きなレバーを引いて引き金を引いた。

 ドコーンともの凄い音と衝撃が走り、爆風で屋台が何軒か吹き飛んでしまいましたが、それはあとで謝るとして、私が放った砲弾は城を直撃して一部を吹き飛ばしました。

「……ついでに、解体工事をしてしまいますか」

 私は一発ずつ丁寧に砲撃を加え、城が見えなくなるまで破壊しました。

「よし、これで第一段階は終わりですね」

 私は頷きました。

「必要な事とはいえ、村に被害が出てしまいました。申し訳ありません。これから、古城の様子を確認してきます」

 私は車に乗り、古城に向かって草原を走っていきました。


 古城跡に向かっていくと、いつもの六人組が立ちすくんでいたので、私はその脇に車を止めました。

 この際なので、名前だけでも知りたいと心を読んでみましたが、どうやったのか六人とも心が読めませんでした。

「……しゅごい」

 一番年下であろうあの買い取り屋が……なんでここにいるのか分かりませんが、とにかく目を丸くして呟きました。

「……嬢ちゃんたちは引っ込んでな」

 私は貴重品ボックスから札束を二つ取って地面に投げ、そのまま車を走らせはじめた。 ……我ながら、調子こきました。ごめんなさい。

 再び車を走らせはじめ、六人組を置き去りにして進んでいくと、変な髪型をした人間のような姿をした誰かが、体についた埃を叩き落としながら、こちらを驚きの目で見ていました。

「な、なんだ、この変なの!?」

 恐らく、これが噂の魔王でしょう。

「あなたにいわれたくありません」

 私は車を突進させ、魔王とやらをプチッと踏み潰し、超新地旋回でグルグル回ってトドメをさし、そのまま車を動かしてズタボロになった魔王を荷台に放り込むと、やっとこちらに向かっていた六人組の脇をゆっくり駆け抜けました。

「あっ、依頼だったのに……」

 誰かが呟き、私は小さく笑みを浮かべると、村に向かって走っていきました。


 程なく村に着くと、私は荷台から推定魔王だったものを地面に放り出しました。

「これですか。迷惑者は?」

「あ、ああ、間違いないな。こいつのおかげで、依頼料がいくらかかったか……」

 村長さんが頭を掻いた。

「あとの処理はお願い出来ますか。まだ変な力を感じるので、なんでしたら結界を張っておきますが」

「そうして下さい。埋めてしまいましょう」

 村長さんの言葉に頷き、私は村からやや離れた場所に深い穴をを掘って、ズタボロの魔王を放り込み、せっせと埋めて仕上げに強力な結界を張りました。

「これでいいでしょう。さて、村に戻りましょうか」

 私は頷いてその場を離れ、屋台を建て直しはじめた村に戻った。

「村を壊してしまいました。ごめんなさい。言い訳ですが、この距離を攻撃出来る武器といえばこれだけだったので。攻撃魔法では届きませんし、なにもしないで接近するのは危険と判断したので……」

 私が頭を下げると、村長さんは笑った。

「なに、あれを倒してくれただけでもありがたい。なんなら、もう少しハマグリの塩焼きを食べていくか。屋台の修理はすぐ終わる」

 村長さんが笑った。


 私は断ったのですが、半ば無理やりハマグリの塩焼きを食べさせられて、私は満足して村から出ました。

 しばらくすると、相変わらず『非常』に設定してある無線機から、いきなり声が聞こえてきました。

『こちらファンネル。レッドドラゴンの襲撃を受けている。応援を求む!!』

 悲鳴にも似た声に、私は目を細めた。

「……これだから、嫌われるんです」

 まあ、卵を産む場所を見つけたら、そこに縄張りを作るのが常ですが、そこにたまたま人間の住まう場所があったのでしょう。

 しかし、同族としてこれは許される事ではありません。

「急がないと……」

 地図を見ると、ファンネルという町はもうすぐ先でした。

 車を駐めて飛んでいこうかとも思いましたが、私の背後にはいつの間にか多数の戦車が続いて走っていました。

 避けようとも思いましたが、先頭の戦車が青と赤に塗り分けられた旗を掲げました。

「え、えっと、『隊長車に続け』ですか。いいでしょう、私が先陣を切って飛び込みましょうか」

『こちら203戦車大隊。隊長、指示を』

「私は戦車ですか。いいでしょう。まずは、このまま進んで町を囲んで下さい。後は個々の判断に任せます」

 私は苦笑して答えた。

 私たちは飛べますが、体が重いのでそれほど長くは飛べません。

 今頃は地上に降りて、暴れている事でしょう。

「さてと、手早く片付けないとまずいですね。急ぎましょう」

 私はアクセルを最大まで踏み込み、町に急ぎました。


 大きな町に到着すると、指示どおり戦車たちは町を取り囲むように動き、私はそこここで火災が発生している町の中に、門を突き破って飛び込みました。

 さすがに同族らしく居場所はすぐに分かったので、私は車を下りてその場に向かって走りはじめました。

「な、なんだおい、二頭目だと!?」

「と、とにかく撃て!!」

 町の警備をしている人たちでしょうか。

 制服を着た人たちが一斉に私を撃ちましたが、全て鱗が弾いてくれました。

「私を撃つなら、あちらを……全く」

 私は苦笑してしまいました。

 程なく暴れている同族の元にたどり着くと、私は前足の爪で敷き詰められた石の上にサモンサークルを描きはじめました。

 同族同士で戦っても最後はブレスの撃ち合いになり、町が壊滅してしまう事が明白だったので、私は始末を他者に譲る事にしたのです。

 サモンサークル……すなわち召喚魔法に必要な一時的な印を描き終えると、私は呪文の詠唱に入りました。


 ……遙かなる闇の元。その原始の力を我に授けよ。唐突なる呼びかけに謝意を捧げ、今ここに権限し悪を滅せよ。我が魂と共に、その道を開け


「召喚、バハムート!!」

 私が叫ぶと、サモンサークルが光り、空間を歪めて巨大な黒光りするドラゴンが現れました。

 これは、あまりに強力すぎて神とさえいわれる、人間の魔力では呼び出せないと定義もされた神竜でした。

 私が深く頭を下げると、その巨大なドラゴンが頷き、暴れている同族をプチッと踏み潰しました。

「うむ、造作もない。では、この町の再生に取りかかろう。破壊の後は再生だ」

 バハムートの体が光り、町の壊れた建物が次々再生され、この際というのか入り組んだ路地も丁寧に整備され、町全体が綺麗に整えられました。

「完了だ。但し、失われた命までは保証しない。それが、運命だ」

 バハムートは頷き、再び開いた空間の歪みに姿を消し、最後にサモンサークルが綺麗に消えました。

「無事に終わりましたね。さて、私は早々に退散した方がいいでしょう」

 私は小さく笑みを浮かべ、急いで車まで走って戻り、町の人たちが唖然としている間に、車を出して逃げるように町から飛び出ていきました。


 私は車を走らせながら、召喚ついでにフェアリーという小さな精霊を呼び出し、召喚魔法を使った事で襲ってきた反動の痛みを緩和していました。

「はぁ、大技ですからね。必要な事とはいえ、下手すると私の命などあっけなく散ってしまいます。この程度の痛みは覚悟していましたが、痛いものは痛いですね」

 私は苦笑した。

 車を進めるうちに道が途切れ、対岸に渡る様子の大型船が停泊しているのがみえてきました。

「困りましたね。乗れるでしょうか……」

 なにせ大型の車なので、私はため息を吐きました。

 まあ、進むしかないので、私は船に近づいていきました。

 程なく到着した船着き場で、唖然として出迎えてくれた係員に頭を下げました。

「あの、乗れますか?」

「あ、ああ、このサイズなら乗れるが、レッドドラゴンが……」

 係員がまだ驚き覚めやらぬ様子でしたが、車の全長を測って料金が書かれた紙を差し出しました。

 一応は教わりましたが、イマイチ価値が分からないお金の束を、貴重品ボックスから取一つ渡しました。

「そこから必要な額を抜いて下さい。イマイチ分からないので」

「わ、分かりました」

 係員はオドオドしながら束からお札を数枚抜くと、残りを私に返してくれました。

 まあ、飛べば早いのですが、それでは陸の旅に拘っている意味がありません。

「で、では、誘導に従って……」

「はい、分かりました」

 私は車を微速で動かして車を船内に進め、赤い棒で誘導している係員の指示に従って車を止めました。

 本来は乗船したら、上の甲板に移動するようですが、階段が細すぎて私はそれが出来ないので、エンジンを止めて待つ事にしました。

 他にも車やトラックが次々乗り込み、ワイヤーで固定する作業が終わって、乗り込んできた扉が閉まると、船は汽笛を一発鳴らして轟音と共にゆっくり進み始めました。

「さて、対岸ではなにが待っているでしょうか。今から楽しみです」

 私は笑みを浮かべ、そっと目を閉じたのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る