第8話 熱砂と寒冷と……

 時計をみる限り、砂嵐が始まって約十二時間過ぎましたが、収まる気配はありませんでした。

「いつまで続くのでしょうか……」

 無線ですぐ隣りの宿にいる皆さんに連絡したところ、特になにもなく無事だと応答がありました。

 しかし、これでは旅はできないでしょう」

 砂嵐が収まってからでないと、危なくて移動出来ません。

 先に進みたかったのですが、急ぐ旅ではないので、これはこれでいいでしょう。

「肉をとっておいてよかったです。退屈ですからね」

 私は苦笑して、差し入れの肉を食べました。

「さて、今のうちに車の整備をしておきましょうか。教わった通りに、オイル交換とフィルター交換程度ですけれど」

 私は少し身を上げて、教わった通りにエンジンオイルを交換し、スポンジ状の防塵フィルターを交換しました。

「まだまだ元気に走ってもらわないといけません。これでいいでしょう」

 私は笑みを浮かべました。


 結局、砂嵐は三日も続き、無線からもう大丈夫という声が聞こえ、私は頑丈な鍵を開けて外にでました。

 砂っぽい風が吹く中、砂に埋もれそうになっている建物を掘り返す作業が進んでいました。

「なにか、手伝える事は……」

 私は作業の手伝いが出来そうな場所を探しましたが、皆さん手慣れた様子でスコップで作業していました。

 下手に手伝うとかえって邪魔になりそうなので、私は特に難航している様子の場所に移動して、両腕でで穴を掘る要領で砂を退かしました。

「あっ、やってるやってる!!」

 遅れてスコップを持ってやってきた六人組のうち、スコーンがました。。

「師匠、砂でお城を作っている場合ではありません」

 砂に水を掛けて固め、お城の基礎工事をやっていたスコーンを殴り飛ばし、ビスコッティが基礎を踏んで壊しました。

「イテテ……。なにすんの、砂といえば城だよ。作っちゃいけないの?」

 スコーンがむくれ、私はあるアイディアを思いつき、呪文を唱えました。

「……メイク。ゴーレム!!」

 オアシス全体の砂で次々とゴーレムが生まれ、私はそのまま砂漠に解き放ち、『ひたすら前に進めと命令しました。

 ゴーレムというのは、その素材に寄って名称が変わりますが、いわゆる魔力で動く人造の人形のようなものです。

 今回はサンド・ゴーレムといったところでしょうが、材質が材質なので、すぐに崩れて消えてしまうでしょう。もっと早く、気が付くべきでした。

「あれ、ゴーレム作れるの!?」

 スコーンが目を見開いた。

 ゴーレム作りは高い魔力とセンスが要求される難しいもので、私の師匠も出来ませんでした。

 私は人間の魔法書を参考に、オリジナルの方法を考えたので、これを教えても使えないかもしれません。

「はい、教わったわけではなく、そういう魔法書があったので、試しに『感じて』みたのです。それが基礎ですよ」

 私は頷いた。

 魔法書の究極の読み方は。ページを繰って覚える事。しかし、これでは憶えただけで、まだ中途半端なのです。

 何度も読み込んだあと、閉じた魔法書を読んで力を感じれば、自ずとその魔法は自分の物になって完璧に使える。そう習いました。

 それはともかく、オアシス全体の砂が取り払われ、私は馬屋に戻って車のエンジンをかけました。

「待って、宿代払ってくる!!」

 スコーンが宿に飛び込み、他の五人も歩いて部屋にある荷物を取りに行きました。

「気が付けば、結構砂だらけですね」

 私の全身にある鱗の隙間には砂が入りこみ、ちょっと不快ではありましたが、問題というほどの事のほどではありません。

 しばらくすると、六人組が宿から出てきました。

「砂嵐でロクにこの町を探索出来なかったので、ちょっとみてきますね」

 ビスコッティが笑みを浮かべ、六人組が町に散っていきました。

 私は体が大きいので、さほど広くない町を歩くのは憚られたので、車で待つ事にしました。

 程なくみんな戻ってきて、スコーンがオレンジ色の分厚い表紙がついた、一冊の魔法書を持ってきて笑顔になりました。

「レアな魔法書見つけた!!」

「それはなによりです。ここにも魔法屋さんがあったのですね」

 私は笑みを浮かべました。

「うん、あった。ゴーレムの作り方だって!!」

 車の荷台に乗るや否や、スコーンが魔法書を読み始めました。

 その間に……タープといったでしょうか。パステルが巻き取り式の屋根を荷台に掛け、簡易的な屋根を作りました。

「あの、どうしても運転席は……」

 パステルが困った様子で呟きました。

「私は平気です。元々熱に強いですから……」

 私は笑みを浮かべ、車を馬屋からゆっくり出しました。

 そのままオアシスを発とうとして、いきなり困った事が起きました。

「道がありませんね。砂嵐で埋もれてしまったのでしょうか……」

 私は取りあえず地図を開きましたが、点線通りの道などありませんでした。

「困りましたね……」

 私が途方に暮れていると、パステルが一枚の大きな地図を開きました。

「はい、任せて下さい。私がいうとおり進んでください」

 パステルが笑いました。

「分かりました。お願いします」

 こうして、私たちは灼熱の砂漠を走りはじめました。


 私は平気でしたが、タープの陰にいる六人組は暑そうで、時々水を飲んでは額の汗を拭いていました。

「この先少し右です。はい、そのくらいで!!」

 汗をかきながら、パステルがニコニコしながら道案内してくれました。

 ちょうどいいと思ったのか、私たちの後方には数台の車両が続き、さながら先導車のようになってしまいました。

「これは、ミスは許されませんね」

 私は苦笑しました。

「順調に進んでいます。あと八十キロほど走れば、次のオアシスまで行ける見込みです」

 パステルが楽しそうに地図を見ました。

「そうですか。ありがとうございます。地上をいくのは初めてで……」

 私は笑みを浮かべました。

「大丈夫です。任せて下さい。そろそろ左ですね。角度でいえば四十五度くらいです」

「はい、分かりました」

 私は車を操り、パステルの指示に従って、可能な限り先を急ぎました。

 砂漠の砂はサラサラで、車が埋もれそうになるのをなんとか防ぎつつ、砂の大地を延々と進んでいくと、危険な気配を感じて反射的に後続車も覆うように、強力な結界魔法を使いました。

 一瞬遅れて、激しい雷撃のブレスが襲い掛かってきました。

 目の前にサッと飛び下りてきたのは、私たちの間でも絶滅してしまったのではないかと囁かれていた、サンドドラゴンという砂漠を好む変わり者でした。

「これは、対話しましょう」

 私は車を降りて、結界壁に穴を空けて外に出ると、少し興奮気味のサンドドラゴンさんに頭を下げました。

「な、なに、最上位のレッドドラゴンが私に頭を下げるだと!?」

 いきなりワタワタしはじめたサンドドラゴンさんに、私はトドメとばかりに足を付いて最敬礼をしました。ちょっとした、イタズラです。

「わ、分かったから、もうやめて欲しい。卵を産んだばかりで気が立っていただけだ。いきなりブレスは、さすがに失礼だと慌てていたのだ。反撃覚悟だったのだ!!」

 サンドドラゴンさんはワタワタしながら、砂の中に半ば埋もれている卵を腕で示した。

「これは失礼しました。誰しも気が立ちますね。私も同様です。もっとも、最後の卵を産んで、子育ては終わっていますが……」

 私は立ち上がり、小さく笑みを浮かべた。

「し、しまった、エンシェントドラゴンに無礼を……」

 サンドドラゴンさんは慌てて、敬礼をした。

 ドラゴン族共通で、千五百年前後で子育てが終わると、エンシェントドラゴンと呼ばれ、いわゆる長老と呼ばれるようになります。

 ここまでくると、数がだいぶ少ないので、変に目立って困っていました。

「そんな恐縮しないで下さい。危うく、せっかくの卵を踏み潰してしまったかもしれません。当然の行為です」

 私が笑みを浮かべると、サンドドラゴンさんは小さく息を吐きました。

「許して下さるのですね。ありがとうございます」

「そんなに恐縮しないで下さい。では、子育て頑張って下さいね」

 私は笑みを浮かべると車に戻り、サンドドラゴンさんの住処を荒らさないように車を動かし、結界を解いてゆっくり走りはじめました。

「今のドラゴンはなんですか?」

 地図を広げながら、パステルが私に問いかけてきました。

「はい、サンドドラゴンといって、砂漠などの砂地をテリトリーにする、変わったドラゴンです。もう絶滅してしまったと聞いていたのですが、ちゃんと子育てしていて安心しました」

 私はパステルに答え、笑みを浮かべました。


 パステルの正確な案内により、私たちは砂漠を進んでいました。

 砂地である事と万一の魔物対策によって車の進行速度は遅く、空には夜の帳が見えてきました。

「夜の砂漠は恐ろしいほど寒くなります。そろそろ。テントを張りましょう」

 パステルの言葉に私は車を止め、私は荷台に積んである特製巨大テントを広げました。 張るのも畳むのも面倒なので、雨くらいでは使わなかったのですが、こういう場合に備えて私も入れるくらいの巨大なテントを積んでいました。

 こんな特大サイズのテントなど、皆さんには扱えるはずはない……と思っていたのですが、六人一丸となって作業に取りかかり、苦労している点を手伝いするだけで、あっという間に完成してしまいました。

 こうして見ると本気で巨大で、まるで移動可能な家のようでしたが、私たちを追ってきた後続車もテントを張りはじめ、さながらテント村のようになりました。

 急激に寒くなってきたので、私はテントの中に避難しましたが、外では厚着した六人が楽しそうに夕食を作っていました。

「それにしても寒いですね。私はまだ寒さに強い方なのですが……」

 私は苦笑して、テント内にほのかに明かりと熱をもたらす光球をいくつか打ち上げました。

 私の体熱でそこそこ温かいはずですが、夜間はマイナス四十度にもなるという、砂漠の気候に備えての対策でした。

 しばらくして、外が本格的に寒くなってきたせいか、夕食を終えた六人組がテント内に入ってきた。

「これは、いいテントですね」

 パステルがテントの壁を押して笑みを浮かべた。

「はい、特別に作ってもらったもので、防水はもちろん断熱材も重ねられたものです。暑い時は中で氷の魔法を使います。説明を受けただけで使うのは初めてですが、かさばりますが、いいものですね」

 私は笑みを浮かべた。

 テントの居心地は上々で、後続車からもらったという晩酌をする六人組を見ながら、私はそっと目を閉じました。


 夜半過ぎになって酒盛りも終わり、眠たくなった順にテントの床に転がりはじめました。

 これは予想外だったので、寝袋は用意していませんでしたが、特に文句もなくみんなよく寝ていました。

「私はこの子たちを守らなくてはなりません。子育て以来です」

 私は笑みを浮かべました。

 テント内に設置した室内外温度計を見ると、外気温マイナス四十二度に対し、室内は二十度。少し肌寒いかもしれません。

 私は明かりと熱を出す光球をもう一つ打ち上げ、室内温度を二十五度に設定しました。

「これでいいでしょう。床に敷いた銀マットも問題ないですし、少しは快適でしょう」

 私は満足して、テントにある小さな窓を開けました。

 寒いですが、換気は重要でした。

「換気扇でもあれば良かったのですが、これで我慢しましょう。これだけ人が集まると、どうしても換気しないと息が詰まってしまいます」

 きっと、テントの外はバリバリに凍っていることでしょう。

 こうなると、簡易的とはいえ屋根や壁があるのは、とても幸せでした。

 ちなみに、このテントは私だけが入り、荷物置き場としてかなり広いスペースが取られていたので、こういった事も可能でした。

「これもなにかの縁でしょうか。まあ、また『遊び』にくるのでしょうが」

 私は笑いました。

 その時、閉じてあったテントの出入り口を、外からノックする音が聞こえました。

「あら、こんな時間になんでしょう」

 私はそっと閉ざされた出入り口のジッパーを引いて、相手の顔を確認した。

「夜分申し訳ない。私はカレンでこっちはセリカという、一介の冒険者だ。ライセンスはある」

 名乗ったカレンさんと隣にいたセリカさんが、それぞれカードのようなものを提示しました。

「えっと、カレントセリカといえば、有名な手練れの冒険者ですよ!!」

 まだ起きてお酒を飲んでいた、パステルが声を上げた。

「まあ、手練れかどうかはしらないが、一つ問題があってな。持ってきたテントが限界で壊れてしまったのだ。これは私たちのミスだが、いくらエンジンを止めていないとはいえ、車内が狭くて安眠は難しい。余裕があるなら、一晩場所を貸して欲しいのだが……」

 カレンさんは頭を掻いた。

 エンジンを止めると、低温でオイルが凍結してしまう恐れがあるので、砂漠で夜明かしするのという話はきいていて、私の車もそうしていました。

 まあ、それはともかく、この低温でテントが壊れてしまったら命に関わる問題です。

 私はジッパーを開けて中に招き入れました。

「恩にきる。温かいな」

 カレンさんとセリカさんがテントに入ると、ビスコッティがホットワインを作って提供しました。

「これは親切に、ありがとう。セリカ、ここが噂の車で旅するレッドドラゴンのテントだぞ。王国中話題になっていてな」

 カレンさんが笑いました。

「いきなり王都に行ったのが原因です。国王様が喜んで宣伝したので、もう知らない人はいないでしょう」

 セリカさんが大笑いしました。

「あら、そうですか。あまり目立つのは好みませんが……」

 私は頭を掻いた。

「あっ、これ記念です。よければ……」

 私は鱗を二枚むしって、二人に手渡しました。

「ありがとう、これはいいものを頂いたぞ。竜鱗……しかも、レッドラゴンのものなど、狙って取れるものではない。冒険の土産にしよう」

 カレンさんが笑いました。

「出来た!!」

 お酒もそこそこに、なにかやっていたスコーンが、いきなり声を上げました。

「えっと、なにが?」

「うん、『鱗ツヤツヤ』。これで磨くと、汚れた鱗が艶々になって光るよ!!」

 スコーンがお試しとばかりに、砂に汚れた尻尾の先に薬のようなものを塗り、布でゴシゴシ磨くと、ピカピカに光りました。

「ほら、出来た。砂漠を抜けたら、みんなで磨く!!」

「は、はい、ありがとうございます」

 笑顔のスコーンに、私は笑みを浮かべた。

「では、私たちは邪魔にならないように休もう。受け入れてくれて、ありがとう」

 カレンさんは笑みをうかべ、二人並んで寝袋に入って目を閉じた。

「色々な方がいますね。面白いです」

 私は笑みを浮かべ、より一層ワクワクしてきました。


 翌朝、まだ暗くて寒いうちから、私たちは出発準備をしていました。

 カレンさんとセリカさんは早々に自分の車に戻り、他の車もそれぞれ準備している様子が見られました。

 運転席に座り車の調子を見ていると、常に非常に設定してある無線に声が飛び込んできました。

『こちら砂漠縦断バス554号。トラベルドラゴンA1応答願う』

 一瞬何のことか分かりませんでしたが、トラベルドラゴン……すなわち、旅するドラゴンなど、私しかしないでしょう。

「砂漠縦断554号、こちらトラベルドラゴンA1。私たちの事ですか?」

『ああ、そうだ。今、そっちがつけてくれた轍を頼りに走っていたが、風のせいで途中で途切れちまった。水や食料も十分で専任のマッパーも連れているが、隊列に加えてもらった方が早い。問題ないか?』

「はい、問題ありません。現在地はどこですか?」

『分かった。地図はあるか?』

 私はパステルを呼んで、大判の一枚地図を開いてもらい、一緒に無線を聞いてもらった。

 パステルは私が差し出した無線のマイクに向かって、バスの運転手とやり取りして、一つ頷きました。

「あと二時間もあれば合流出来るでしょう。変なルートを走っていて、今戻っています。とんだ素人マッパーですね」

 パステルが笑いました。

「そうですか。では、私たちは準備をしましょう」

 テントを撤収して荷台に積み、車から外していたタープで車の荷台に屋根を張り、念のため武器の確認をして、魔力の空撃ちをしてコンディションを確認しました。

 とても生臭いため、あまりやりたくはなかったが、魔法を使える人たちは全員これをやるので、かなりキツいニオイが辺りに漂いました。

「……毎度ながら、これは堪えますね」

 私は思わず苦笑してしまいました。

 そのニオイも風でどこかに流れ、あとは出発するだけという段にになって、私たちはバス待ちになりました。

 こんな砂漠で迷子になってしまったら、命が危ないです。

 しばらく待つと、クラクションを鳴らして銀色の車体が近づいてきました。

『待たせたな。こっちはいつでもいいぜ』

「ではいきましょうか。ついてきて下さい」

 私は笑みを浮かべ、アクセルをゆっくり踏んで、車を進めはじめました。

 さて、この先はなにが待つか。

 怖くもあり、楽しみでもありました。

「さて、頑張りましょうか」

 日が昇って急速に気温が上がる中、私は小さく微笑んだのでした。

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