第7話 砂嵐に遭遇

 大雨をしのぐため、途中で見つけた洞窟で夜明かし、私は砂漠方面に向かって走りはじめました。

 夜が明ける頃になって、眼前には一面広がる砂の大地が見えてきました。

「いよいよ砂漠ですね。噂には聞いていましたが、日が昇る前は寒いです」

 私はブルっと身震いすると、対向した砂漠を走るバスを見送り、砂上にある砂が固まった道を走っていきました。

 しばらくすると、背中にコンという小さな音と衝撃があり、背後を振り返ると例の六人組の車から発射されたワイヤーが私の体に撃ち込まれたようで、私は笑って車の速度を上げました。

「懲りないですね。いいでしょう、このままいきましょうか」

 私を引っ張ろうとしているようでしたが、こちらの方が圧倒的に重いです。

 逆に引っ張られている様子で、思い切りアクセルを踏み込むと、向こうの車がバラバラになって吹き飛んでしまいました。

「全く、色々な手を使いますね」

 私は笑みを浮かべ、地図を見ました。。

 実線ではなく点線で書かれた道は蛇行しながら伸び、それほど間もなくオアシスと書かれていました。

「オアシスとはなんでしょうね。いってみましょう」

 私は方位磁石を頼りに砂道を進んでいくと、気配を感じて車を止めて、ヘルツさんの町で作ってもらった、黒い虹が書かれた剣を手にしました。

 数秒後にドバッと砂を巻き上げ、巨大なミミズのようなものが現れました。

「ワーム系の魔物ですね。だったら……」

どう考えても話が出来る相手ではありません。

 私は剣を構え、出現した場所を輪切りにしていきました。

 その途中で消化液をしこたま浴びましたが、少しヒリヒリする程度で問題ありませんでした。

 私の鱗を溶かすとは……と、ちょっと感心しましたが、そんな暢気な事をいっている場合ではありませんでした。

 ワーム系の魔物は再生すると聞いていたので、後々のために完全に始末しておこうと、私は砂を掘り返して、ウネウネしてる尻尾の先まで斬り、小さく息を吐くと剣を車の荷台に戻しました。

「さて、いきましょうか。砂漠には砂漠の魔物がいるものですね」

 私は呟き……さすがにちょっと心配になったので、私は車をバックさせて、いつもの六人を救助しに戻りました。

 装備は持っていたようで、砂の道を歩いてこちらに向かって歩いていた六人は、なにもいわずに荷台に飛び乗りました。

「今し方、ワーム系の魔物を倒してきました。ここは危険な場所です。オアシスとやらまで一緒です」

 私は笑みを浮かべ、轟音を立てるエンジン音を立てる車を走らせていきました。


 地図にオアシスと書かれた地点までは、あと一時間ほど。

 どうにも悔しいのか、乗せている六人は終始無言のままだでした。

 私も無理強いせず、ただひたすら運転していると、こんなところにも住んでいるようで、私がどうしても許せないゴブリンたちがこちらに向かっているのが見えました。

「……数は三十程度でしょうか。容赦はできませんね」

 私は極限まで目を細め、危ないし邪魔になってしまうので、荷台に乗ってもらっている女の子たちを下ろし、重機関銃に取り付きました。

 双眼鏡で確認すると、数は三十二体距離は二千メートル弱と分かりました。

「みなさん、ちょっとうるさいですが、我慢して下さいね」

 私は一瞬笑みを浮かべ、機関銃を発射しました。

 遠距離からの攻撃に、ゴブリンたちは次々と倒れましたが、またどこかにリーダー格がいるようで、隊列に乱れはありませんでした。

「こうなると……」

 私が小さく息を吐いた時、六人が一斉に隊列を作り、攻撃魔法の呪文を唱えはじめました。

「退いて!!」

 女の子の一人が私に変わって、四連装重機関銃を撃ち始めました。

 私は銃身交換と給弾ベルトの連結だけに専念し、その手慣れた様子に驚きました。

 他の子たちから様々な攻撃魔法が放たれはじめ、私は念のために魔法を反射するリフレクトの結界を張りました。

「この四連装いいですね。どこかに売っていないものでしょうか。あっ、不要なら高値で買い取りますよ」

 そっと心を読んで名前だけ確認すると、ビスコッティという名である事が分かりました。

「買い取り屋さんの営業ですか。まだ使いそうなので、売れませんよ」

 私は笑った。

「それは残念です。対空用にちょうどいいのですが、フラれちゃいましたね」

 ビスコッティが笑った。

 こうして、私はお休みでクソ……失礼、ゴブリンたちの退治が終わったのでした。


 ゴブリンたちと一線交えたあとは、みんなお喋りに夢中になり、私はそれを聞きながら快調に車を走らせていていました。

 しばらく経つと、砂の真ん中に木々が生えている不思議な場所が見えてきて、地図を参照をすると、そこが目指していたオアシスである事が分かりました。

 砂のニオイに混ざって香ばしい香りが漂ってきて、そこがある意味町のようになっているようでした。

 私はゆっくりそのオアシスに車で入り、みんながギョッとした表情を浮かべました。

「……ごめんなさい。大きくて」

 私が一礼すると、どこかの一団が近寄ってきました。

「車で旅をしているレッドドラゴンの話は聞いていたが、本当だったんだな。面白い趣向だな」

 一団のリーダー格の男の人が、笑いを堪えている様子で話しかけてきました。

「はい、おかしいでしょ?」

 私は笑いました。

「いや、いいんだが、まさか出会うとはな。この先の休憩所までは、百キロ近くある。無事を祈るぞ」

 一団が去っていき、万一に備えてか、そっと拳銃に手を掛けていた全員が、小さく息を吐きました。

「さて、休みましょう。さすがに私が入れるような宿はないでしょうが、皆さんはそこで休憩して下さいね」

 このオアシスには宿が三件あるようで、そのうち一件は使っていない馬屋があるといいうので、私はここで休むとして、六人組は宿の中の借りた部屋に入っていきました。

「さて……」

 私は馬屋に入ってリラックスすると、こっそり痺れがある左腕をみました。

 そこは鱗が剥がれたまま黒くなり、徐々に広がっていました。

 よくは分かりませんが、これは千五百年を越えた頃になって出現するもので、一種の病気です。

 仲間内では寿命はあと何年間かねぇと話すような、笑いし話にしかならないほど致死率100%の病でした。

「まあ、あと千年はもつでしょう。せいぜい、楽しみましょうか」

 私が車で旅したいと思い立ったのは、これが理由の一つでした。

 そうでなければ、こんな無茶はしません。

「お食事を持ってきたのですが、独り言を聞いてしまいました。病気ですか」

 黒毛長髪の女の子が、大量の肉が盛られた皿を持って、ニコッと笑みを浮かべた。

「ありがとうございます。まあ、持病のようなものです。気になさらないで下さい」

 私はお皿を受け取り、小さく笑みを浮かべました。

「そうはいきません。神官として、神のご加護を願います。見捨てられません」

 女の子は私の左腕にある黒い場所に手を当て、なにか呪文のようなものを唱え始めた。

 彼女の右腕が光り、優しい力が私を包み混むのが分かりました。

「……かなり進行していますね。簡単にはいきません」

 女の子の額に汗が光りました。

「い、いいですよ。これも、私の運命です。八割のドラゴンがこれに掛かるといわれているありふれたものですから」

 私は慌てて止めようとしました。

「これでは話になりませんね。分かりました、最高神に祈りを捧げます。魔力を考えると命がけですが、なんとかなるでしょう」

 女の子はさらに呪文のようなものを唱え、強烈な光りが私を包みこみました。

「む、無理はしないで……」

「ま、まだ大丈夫です。仕上げに入ります」

 女の子は大声を上げ、私の体が強烈な光りに私は思わず目を見開いてしまいました。

 光りが収まると、私の左腕にあった黒い部分が消え、鱗も生えていました。

「……凄いですね」

「はい、お安いご用です。このために、私は何年も修行しましたので」

 女の子は額の汗も拭かず、フラフラと宿に入っていきました。

「……あっ、名前を読み忘れてしまいました。突然だったので」

 私は小さく息を吐いて、笑みを浮かべました。


 馬屋はかなり広く、ピッタリ扉を閉めても十分休めるほど広い空間でした。

「これならゆっくり休めますね」

 私は差し入れの肉を囓りながら、笑みを浮かべました。

 車から外して持ち込んだ地図と時計を床に置き、地図をみながら今後の予定を考えていると、私が閉じた扉が少し開いて、今度は忘れず名前を読むと、スコーンだと分かった女の子が隙間から入ってきました。

「そんな ボロッコイ時計じゃ砂にやられちゃうよ。これあげるから、そのでっかいカンテラちょうだい!!」

 スコーンは笑みを浮かべました。

 私が床に置いたカンテラは今回の旅用に作ってもらったもので、分かりやすくいえばドラゴンサイズ。高さは十メートル近くあり、燃料油もガバガバ消費するもので、おおよそ人間が扱えるものではありませんでた。

「予備があるので構いませんが、これ持てますか?」

「それは大丈夫。パステルが欲しがってるから、勝手に分解して運ぶから。荷台にあるのが予備でしょ?」

 スコーンの言葉に、私は頷いた。

「じゃあ、もらっていくね。ありがとう!!」

 スコーンが出て行って扉が閉められ、私は苦笑した。

 新たに手に入れた時計はいかにも頑丈そうで、これなら安心でした。

「えっと、今は十七時過ぎですね。そろそろ夕刻でしょうか」

 馬屋には窓がないので外の様子が分かりませんが、先ほど病気を治してもらった反動か、体を動かすのも怠く、私はただ体を丸めて目を閉じていました。


 時計の針が十八時を過ぎた頃、ようやく怠さが抜けた私は、扉を開けて外に出てみました。

 すでに暗くなったオアシスの町では、中央の旗立てに二つの赤い旗が掲げられ、外にいた人たちが厳重に戸締まりをしていました。

「なんでしょう……」

 私が不思議に思っていると、宿から出てきた全員が慌てた様子で近寄ってきました。

「砂嵐だって!!」

「こりゃ参ったね……」

 スコーンと……リナが苦笑して頭を掻きました。

「砂嵐とはなんでしょうか……」

 聞こうにもみんな慌てて避難しているようで、唯一宿から出てきた……クランペットが大急ぎでやってきました。

「急いで馬屋に避難してください。迫っている砂嵐は、かなり大規模なようです!!」

「あの、砂嵐とは?」

 私が聞くと、クランペットが頷いた。

「文字通り砂の粗しです。車も待避した方がいいでしょう。下手すると、壊れてしまうので」

「はい、分かりました」

 あの大きな車を避難させればならないとは驚きましたが、私は宿の脇に止めておいた車に乗って、馬屋にバックで進入して止めました。

 それでも十分余裕があったので、なんでこんなに広いのか疑問でしたが、私の鼻はかつてここにいた馬のニオイを捉えていました。

 恐らく数百頭はいたであろう馬は、今は全くいません。

 その行き先が気になりましたが、とにかく戸締まりをしないといけません。

 私は内側から掛かけられる頑丈な鍵を掛け、馬屋を防御結界で覆いました。

 これで大丈夫か不安でしたが、他に手段がありません。

『大丈夫?』

 車の無線に、スコーンの声が聞こえてきました。

「はい、やれることはやりました。防御結界も張ったので、大丈夫だと思います」

『こっちも同じ。じゃあ、またね!!』

 無線の声が途切れ、私は一人になりました。

 床に置いたカンテラのほのかな明かりの中、私は不安を感じつつそっと目を閉じました。


 ガタンというもの凄い音で、私は目を開けました。

 寝てはいないのでボケてはいませんが、時刻は深夜三時を過ぎていました。

「いよいよきましたか……」

 私はなにが起きても平気なように、いつでも動けるように全身の筋肉を動かしました。 つけっぱなしだった車の無線は雑音しかならず、深夜でしたが試しに通話を試みました。

 しかし、眠っているのか応答は全くなく、私は無線を非常に切り替え、万一に備えました。

『こ……ダメだ!!』

 無線になにか声が飛び込んできましたが、全く要領を得ずどうしていいか分かりませんでした。

「どうしました?」

 一応、応答してみましたが、雑音しか聞こえませんでした。

「恐らく、なにかの事故ですね。しかし、これでは動けませんし私も危ないです」

 私は小さく息を吐きました。

「そういえば、上空から砂漠で起きている大波のようなものを見た事がありますが、これが砂嵐でしょうか。地上にいると、それがいかに怖いかよく分かりました」

 私がまた小さな息を吐いた時、雨のような音が聞こえ、雷鳴が轟きました。

 まるで普通の嵐でしたが、扉の隙間から細かい砂が入ってきたので、これは砂の音だと分かりました。

「さて、大丈夫だと祈りましょう。なにに祈るか分かりませんが……」

 私は苦笑して、どんどん大きくなる砂の音に注意を払いながら、眠らないまでもそっと目を閉じたのでした。

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