第9話 第二のオアシス

 再び灼熱の大地となった砂漠を進むうちに、なにかの一団が見えて車を止めました。

「オークです!!」

 双眼鏡で周囲を見ていたパステルが声を上ました。

 私とバス以外の全員が降り、あっという間に戦闘態勢が整いました。

 オークという種族は、私も知っています。

 鬼ともいわれる種族で人間より大きく、略奪を繰り返す厄介な魔物と聞いていますが、三十体ほど集まったオークたちが、しばらくすると白旗を揚げました。

「こ、降参!?」

 ナーガが声を上げました。

「あら。では、ちょっと話してきまましょうか」

 私は笑みを浮かべ、旗竿を抜いて白旗と国王様から頂いた旗を掲げながら、少し飛んでオークたちに向かっていきました。

 集団の近くに下りると、オークたちがざわめきました。

「私たちに攻撃の意図は全くありません。念のために、戦闘態勢を取っているだけです。リーダーはいますか?」

 私は笑みを浮かべました。

「あ、ああ、俺だが……。襲うつもりで接近したら、レッドドラゴンがいたんだ。普通は襲撃はしない。いくら命知らずでも、さすがに怖いからな」

 リーダーは冷や汗を拭いながら、呟くようにいいました。

「私に恐れてしまったのですね。それは悲しい事ですが、無理もない事です。お互いに襲撃の意図がないなら、話は簡単ですね」

「ああ、俺たちは引き上げる。無理するなよ」

 オークたちが去り、私は手を挙げて皆さんに合図しました。

 隊列を組んで攻撃魔法の準備をしていた皆さんが、構えを解いてそれぞれの車に戻っていきました。

 私が車に戻ると、小さく笑いました。

「私にびっくりして、襲撃出来なかったそうです。いきましょうか」

 私は笑って、車を出しました。

 しばらく進むと、砂の大地に人が四人か倒れているのが見えました。

「いけない。大丈夫でしょうか……」

 私が声を上げると同時に、シルフィとビスコッティが車から飛び下り、二台後方の頑丈そうな装甲車に乗った、カレンさんとセリカさんも飛び下りました。

 しばらく様子を見ていた四人のうち、シルフィが首を横に振りました。

「……そうですか。ものは試しで、やってみましょう」

 私は車から降りてサモンサークルを描き、四人に向かって声を上げました。

「危険です。車に戻って下さい!!」

 私が叫ぶと、四人は素早く車に戻った。

「では……これ、痛いのですが信じましょう」

 私は一回目を閉じ、目を開いて呪文を唱えた。


 深遠なる闇の底。人の生なるものを統べし者。汝、ここにに我の魂を捧げ、死なる者生なるものを示せ。今ここに顕現し、汝の力をもって裁け……。


「召喚、リッチ!!」

 サモンサークルが光り、魂が究極に固まった怨霊のような巨大なモヤが出現し、倒れている四人に向かって流れていきました。

 一般的に悪霊とされるリッチですが、実は魂の本質を見極めて、それが壊れてしまった……死んでしまった者の魂を修復する能力があります。

 モヤが四人を包み、しばらくしてこちらに戻ってきて、サモンサークルに消えていくと、激しい痛みが全身を襲いましたが、虚しい事に誰も生き返りませんでした。

「……ダメでした。悲しいです」

 私は激痛などどうでもいいと、小さく息を吐きました。

「エレーナのせいではありませんよ」

 クランペットが声を掛けてくれました。

「はい、ありがとうございます」

 私は小さくため息を吐いてしまいました。

「砂漠での行き倒れだね。珍しくはないよ」

 自分の車から降りてきたカレンさんとセリカさんが、四人の死体を改めはじめた。

「……名前は分かったけど、モグリの冒険者だね。一応、仮免許は持ってるけど、我慢出来なかったか。これ、自業自得だから気にしない方がいいよ。鎮魂の儀式をしておかないと、魔物になっちゃうかも……」

 セリカさんの声に頷いて、シルフィが車から飛び下りました。

「急いでやります!!」

 シルフィが杖を片手に呪文を唱えはじめ、一瞬辺りに光りが満ちました。

「終わりました。埋葬しましょう」

 私は頷き砂を深く掘って四人の遺体を埋め、魔法で炎を作ると点火した。

 しばらく待って、四人の遺体を焼き終わると、私は砂をかけて元に戻した。

「これでいいでしょう。先に進みましょう」

 気を取り直し、私は自分の車に乗り込むと、クラクションを一回鳴らしてから走らせていきました。


 パステルによれば、次のオアシスまでは四時間少々ということでした。

 旅は順調に進んでいて、スコーンが変な色のシャボン玉を生み出しては小爆発をさせて遊んでいました。

「スコーンさん、裏ルーンで遊んではダメですよ。危険ですから」

 私は苦笑した。

「うげ、バレた!!」

 スコーンが笑いました。

 魔法を作る文字がルーン文字で、こちらは魔法使いなら知っているものです。

 裏ルーンとは、魔法を研究した先人が遺したもので、こちらを使うと信じられないような魔法も作れる反面、扱いに注意が必要な高度な魔法言語という違いがありました。

「それにしても、体が痛いです。リッチは高等召喚魔法になるのですが、とりわけ反動がキツくて困ります。そこの大きな布袋に痛み止めが入っていますので、どなたか取って頂けますか。瓶に『痛み止め』と書かれた薬があるので」

運転しながら頼むと、クランペットとナーガが協力して、人間の背丈から考えるとちょっと大きな薬瓶を持ってきてくれました。

「ありがとうございます。これで、治るでしょう」

 私は薬瓶を受け取って一気に飲み干すと、空き瓶を荷台においた。

 痛みはすぐに緩和され、ついでに空中サモンサークルを描いてシルフを呼び出し、回復魔法でゆっくり痛みをとっていきました。

「さて、今日中に着けるか微妙なところですね。時刻は十六時半ですか……」

 途中で遭難者の遺体を埋葬した事もあって、予定より遅くなってしまい、夜が早い砂漠では、早めに到着出来ないと判断して、急いでテントを張らないと命取りになりかねません。

 私は無線のマイクを取った。

「今日はここまでにしましょう。無理をして命を落としては、どうにもなりません」

 私が車を止めると無線に反論はなく、私たちは再びテントの設置をはじめました。

 自慢の巨大テントを張り終わると、カレンさんとセリカさんがやってきました。

「壊れてしまったテントは捨ててきた。今夜も頼む」

 カレンさんが笑った。

「はい、いいですよ。賑やかな方がいいでしょう」

 私は笑みを浮かべた。

 今夜もテント。この砂漠は、思っていた以上に広いものだと、思わず笑みを浮かべてしまいました。


 予想より早く日が暮れて、砂漠の気温は急激に低下しました。

「なんとなくの予感でしたが、ここで留まるのは正解でしたね」

 私は遊び心で、テントの床一面にほのかに熱を放ちながら、定期的に色が変わるボール状のものを転がし、銀マットの上を埋め尽くしました。

 そこにいる人の動きでコロコロ転がってスペースを作るので、邪魔にはならないでしょう。

「……しゅごい」

 スコーンが目を丸くして、なにかを高速でメモしはじめた。

「えっと、基本構成が……」

 どうやら気に入ってもらえたようで、スコーンはなにやら呪文を考えはじめたようでした。

「これはいいな。面白い」

「はい、楽しいですね」

 テントに入ってきたカレンさんとセリカさんが笑って、床に座って寝袋を広げると、玉はコロコロ転がって場所を空けました。

「はい、ちょっと遊んでみました」

 私は笑いました。

「まあ、砂漠の夜は長い。酒でも飲もう」

 カレンさんは酒瓶を床に置き、寒さで破裂しちゃうと嫌だということで、六人組チームがテントに持ち込んだお酒と肴を合わせて、楽しそうに酒盛りをはじめました。

 みんなが楽しい事は、私の喜び。

 小さく笑みを浮かべて、私は換気用の小窓をジッパーを下げて開け、邪魔しないようにそっと床に寝そべりました。


 夜も過ぎた午前過ぎ。

 とうに酒盛りも終わってみんなが寝静まった頃になって、私はそっと出入り口を開けて外からすぐに閉め、あまりの気温差に身震いしてしまいました。

「かなり寒いですが、こんな時ぐらいしか練習できませんからね」

 私は呟き、翼を羽ばたかせてテントから離れた砂地に飛びました。

「ここならいいでしょう」

 砂の上に着地し、遠目にテントや車の明かりが見える場所で、私は呪文を唱えました。

「……メテオ・レイン」

 私の全身が強く光り、それが一条の光りとなって空に向かうと、しばらくして赤い尾を曳いた小惑星がドカドカ降り注ぎ、砂が巻き上がって誰かいたら砂に巻かれて大変な事になっていたでしょう。

「うーん、やはり実用的ではないですね。発動から効果の時間が長すぎて隙だらけです。実力を試したくて作ってみたのですが、やはりこれはお蔵入りですね」

 私は苦笑して再びテントに向かって飛び、こっそり中に入って温まりながら横になりました。

 出入り口を開けた分冷えてしまったテント内の室内温度を上げるため、また光球をコロコロ転がして追加し、私は笑みを浮かべました。

 しばらく経つと、恐る恐るという感じで出入り口の布がノックされた。

「こんな時間に、誰でしょうか……」

 私がジッパーを下げて出入り口を開くと、青い繋ぎを着たまだ若いと分かる女の子が困った表情を浮かべて立っていました。

「とにかく入って下さい。その格好では、寒いでしょう」

「はい、ありがとうございます」

 私が招くと、その女の子はテントに入って自分で出入り口のジッパーを閉めました。

「どうしました?」

「はい、後方の車両にいるジーナといいます。相棒のリナが車の保全をしてからくるので、一晩寝かせてもらえないかと思いまして。車の座席では腰が痛むので」

 私の問いにジーナさんが小さく息を吐きました。

「はい、構いませんよ。このテントは広いので問題ありません。この光りの玉は勝手に動くので邪魔にはなりませんよ」

 私は笑みを浮かべました。

「はい、分かりました。では、寝袋を……」

 ジーナさんは二人分の寝袋を床に広げ、コロコロと玉が転がりました。

 しばらくすると、もう一人の女の子が挨拶して入ってきて、それがリナさんであることが分かりました。

「ん、新人か?」

 これで起きたらしく、カレンさんとセリカさんが寝袋から出ました。

「念のためだ。ライセンスを確認させてくれ」

 セリカさんが笑みを浮かべると、ジーナさんとリナさんがカード状のなにかを取り出して提示しました。

「なるほど、そろそろ中堅という冒険者だな。エレーナ、憶えておいた方がいいぞ。中には冒険者崩れの悪人もいるからな。見慣れない顔が接触してきたら、ライセンスを確認しないと危ないぞ」

 セリカさんは自分のライセンスとやらを提示して、小さく笑みを浮かべました。

「分かりました。なにしろ目立つので、肝に銘じておきます」

 私は頷きました。

「それがいいぞ。さて、確かに車で寝るのは辛い。バスでさえ、夜は雑魚寝でも大型テントを張るからな。私たちもスペースを借りている身だ。よろしく頼む」

 カレンさんとセリカさんが笑みをうかべ、ジーナさんとリナさんも笑みを浮かべて寝袋に半身を入れました。

「では、休もう。寒さで寝付きが悪かったら、そこに酒瓶があるぞ」

 カレンさんは笑い、二人は再び寝袋に入って目を閉じた。

「では、少しお酒を頂きます。リナ、ちょっとだけ飲もう」

「そうだね」

 二人は半身入れていた寝袋から出て、コロコロ転がる光球に埋もれていた酒瓶を未使用のマグカップに注ぎ、軽く飲んで寝袋に入った。

「また顔見知りが出来ました。旅は楽しいですね」

 私は笑みを浮かべ、近くにあった光球をペチッと弾きました。


 太陽が顔を出すと、私たちはそれぞれ出発準備をはじめました。

 カレンさんとセリカさん、ジーナさんとリナさんは自分の車に戻り、私たちは総出でテントを片付け、どうしても虹色の不思議な光球を放さないスコーンに三つあげ……いやもう面倒なので、荷台に適当な数転がし、パステルがタープを張って出発準備が整いました。

「ちなみに、その光球は暑くなると冷気を吹き出して、ちょっとした冷房になります。少しは楽になります」

 私は笑みを浮かべました。

 いざ出発という段になって、背後にいたトラックの運転手が駆け寄ってきて、頭を掻きました。

「やっぱりそうだったか。ヘルツさんの町からこの先にある町まで、黒虹の剣を運ぶように依頼されているんだが、この調子だと時間がかかるな。どうせ売り物だから、欲しければ買っていってくれ。店頭に並ぶと、値段が跳ね上がるからな。同道のよしみだ」

 トラックの運転手は、二台にある私の大きな黒い剣を叩いて笑いました。

「それはありがたい話です。みなさん、興味があればご厚意に甘えて下さい」

 私が笑みを浮かべると、六人組だけではなく他の車両の人たちもなんだと降りて、トラックに集まって買い物がはじまりました。

「これはいいタイミングですね。みなさん、きっと欲しがるでしょうから。私の鱗が役にたったようで嬉しいです」

 私は小さく息を吐き、荷台の虹色光球を増やし、運転席にもばら撒いた。

 そういう魔法なのですが、例え蹴り飛ばして車外に落ちてしまっても、勝手に元に戻る変な光球だったりします。

 全員の買い物が終わった頃には、すっかり太陽が上り再び熱砂の砂漠になっていた。

 光球から冷気が吐き出されはじめ、なんとなく涼しくなった車を走らせはじめ、隊列は一路次のオアシスを目指して走りはじめました。


 パステルの案内に従って砂の上を走り、私の車が引き連れている車列は、ようやくオアシスの潤った水で木々が生ええた場所に到着しました。

 少し手狭なオアシスでしたが、宿屋や食事処もあり、ちゃんとした町になっていました。

「ようやく着きましたね。皆さんお疲れさまでした」

 私は六人組に声をかけました。

「やっとだね。ここで、車を売ってないかな。いつまでもエレーナの車じゃダメだし、私たちが先導するくらいじゃないと……」

 スコーンが車から降りて、辺りを見回しました。

「はい、それがいいでしょう。いつまでもおんぶに抱っこでは、私たちは心苦しいです」

 ビスコッティが笑いました。

「そうですか。私は構わないのですが、皆さんがそういうなら……」

 私は笑みを浮かべた。

 そこに、ジーナさんとリナさんがやってきて一礼した。

「良ければ私たちの車を使って下さい。もし、ドラゴンさんが嫌でなければ、乗り換えようと思いまして。武装が色々あるので、見たときから扱える人がいるのでは……と思っていたのです」

 ジーナが笑みを浮かべた。

「はい、構いませんよ。よろしくお願いします」

 私は笑みを浮かべた。

「よし、気合い入ったぞ。リナ、頑張るからな!!」

「分かってるよ。私だって、面白いと思ってるから!!」

 ジーナさん……いえ、ジーナとリナが声をあげ、私は笑いました。

「それでは、この車は私が使います」

 まるで鋼鉄の塊のような角張った大型車の鍵を受け取り、ビスコッティが笑みを浮かべた。

「それじゃ、車屋さんを探しましょう!!」

 パステルが元気に声を上げ、町の中を歩いていきました。

 見た限り、その大きさに反して四人しか乗れないようで、六人組が乗り込むにはもう一台車が必要でした。

 しばらく待っていると、轟音を立てて同じ車を運転してきたパステルが、止まると同時に運転席から飛び下りてきました。

「故障車に備えて、小さな車屋さんがありました。今後は私が先導しますよ!!」

 パステルが笑った。

「はい、分かりました」

 私は笑みを浮かべました。

「では、宿を探しましょう。どこかにあるといいのですが……」

 宿は三件あり、休憩ということでバスの乗客約三十名が一件の宿を占領してしまったため、私たちはり二件のうち大きな馬屋がある一件を選択しました。

 八人組となったみんなが宿に入っていくと、パステルが馬屋の使用を許してくれたという報告をしてくれたので、私は馬屋にそっと入りました。

 使われなくなってから久しいらしく、閉じていた扉を開くと床には砂が積もっていましたが、私は例の虹色の光球を作り出して床一面にばら撒き、溜まった砂を綺麗に掃除しました。

「この光球は便利ですからね。魔法が使える他の方にも教えましょうか。困った時に役に立つはずですが……」

 私は車に戻ると、人間のサイズだとかなり大きいかもしれない、綺麗に磨いて光りを反射する長方形の石を取り出しました。

 そこに呪文をびっしり彫り込み、人間でいうノートに相当するものに仕上げ、常日頃から研究して開発している魔法の全てが書かれていました。

 ちなみに、これ一つではありません。旅に出るにあたって、役に立ちそうなものを選び車に積み込んだもので、全部で十枚あります。

 他には空間ポケットという便利なものがあり、これは空間に歪みを作ってそこに色々入れておけるのですが、すぐに使わないものや使わないと決めたものの、命に関わる事態に遭遇した場合に使えそうなものなど、色々しまってあります。

 この石版は全部で二百枚近くありますが、教えてはいけないものや必要はないだろうと思うものがここに入れてあります。

「誰もきませんね。みんなお疲れなのでしょう。またの機会にしますか……」

 私が石版を車に戻そうとした時、スコーンがビスコッティを連れてやってきました。

「様子を見にきたよ!!」

 スコーンが笑いました。

「なんですか、その石版は?」

 ビスコッティが不思議そうに聞いた。

「はい、私が研究した魔法の一部を記してあります。この光球は憶えておいて損はないので、皆さんに教えようかと思いまして」

 私は笑みを浮かべました。

「えっ、教えてくれるの!?」

 スコーンが目を輝かせました。

「はい、この行です……」

 私は石版に記した文字を、赤く光らせた。

「この呪文ね。えっと……」

 スコーンの目が恐ろしく鋭くなり、呪文を読み始めた。

「……真裏ルーンを使っているね。少なくとも、人間で知ってるのは私だけって自分でいえるくらい、幻の魔法言語なんだけどな。始祖魔法に近いから、危険すぎて絶対禁忌の魔法言語だよ。誰に教わったの?」

「はい、千年くらい前でしょうか。私がまだ若かった頃、当時の魔法使いに教わったものをベースに、二十年くらいかけて作ったものです」

 私は笑みを浮かべた。

「……これ、ビスコッティでもだめ。私だけ憶えておく。こんなの使われて暴走したら、町の一つくらい簡単に消し飛んじゃうよ。千年も前ならまだ使い手がいたかもしれないから、知っていても不思議じゃないけど、いうまでもなくエレーナも気をつけてね」

 スコーンが真顔で呪文をノートに記しはじめました。

「他にもありますよ。この石版に記した呪文は、全て真裏ルーンで書かれています。その危険性を分かって下さったからには、無茶はしないと信じましょう。試したわけではありません。この呪文には安全装置のような物を組み込んであるので、呪文を間違えても勝手に取り消されて正しいものに変わります。そうでなければ、教えたりしません」

 私は笑みを浮かべました。

「それなら安全だね。他の魔法もいい?」

 スコーンが鋭い目のまま聞いてきました。

 これで、彼女が真摯に魔法を研究している、生粋の魔法使いであると確信しました。

「いいですよ。他にも石版はありますので、リクエストにはお応えします」

「ありがとう。これほど完成された真裏魔法なんて見たことないよ」

 スコーンがさらに目を細くして、石版の呪文をノートに書き込みはじめました。

 私はスコーンが指で触れた呪文を赤く光るようにして、スコーンの様子を見つめて笑みを浮かべました。

「私も昔はがむしゃらに研究したものです。今でもやっていますが、特技といえば召喚魔法ですね……」

 私は暗くなってきたオアシスの町全体に光球をばら撒き、一人笑いました。

「イタズラです。少し明るくて温かい。まあ、悪くないかと……」

 すっかり夢の世界のようになったオアシスの町をみて、私は小さく笑いました。

「ビスコッティ、ここ。これ重要だね。ノートが一杯になっちゃったから、新しいの!!」

「はい、師匠。ノートです」

 魔法研究に勤しむ二人を見て、私は笑みを浮かべたのでした。

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