第23話 のどかの終焉
古傷も癒え綺麗な体になったみんながお風呂に入る前に、私は温泉成分の入った入浴剤を溶かし、柵の外で温度計の針を見ながら湯温調整をしていました。
準備ができた頃、賑やかな声が聞こえてみんながお風呂に入ってきて、楽しそうに入浴を楽しんでいる様子が分かりました。
しばらくして、街道を走ってきた大型トラックが脇に止まり、どこかで会った顔の女性が降りてきました。
「おう、この前あったな。ロータスだ。仕事帰りに通りかかったら、なぜか露天風呂があったんで止まったんだ。入浴料は払うから入れてくれ。泥だらけだが、ちゃんと洗うぜ!!」
大型トラックから次々に作業員が降りてきて、泥だらけの靴を脱ぎはじめた。
「はい、私は構いませんよ。代金はいりません。湯船は広いので、全員で入っても余裕があると思います」
私は笑みを浮かべ、柵越しに湯船をみました。
「お客さんです。入浴したいそうなので、入れてあげてください」
柵の向こうではーいと聞こえ、ロータスさんが率いる一団が脱衣所に入っていきました。
「ぎゃあ、ロータス!?」
「なんだ、アルテミスの出来損ない」
そんな声が聞こえ、私は思わず笑ってしまいました。
「どうしたんですか、知り合いですか?」
「ああ、知り合いなんてもんじゃねぇよ。アルテミスとはマブダチだからな!!」
私の問いにロータスさんの声が聞こえ、笑い声が聞こえてきた。
「ま、またぬか漬けにするつもりですか?」
アルテミスの声が聞こえ、私は小首を傾げました。
「……ぬか漬け?」
「するかよ、そんな暇はねぇ。しかし、いい風呂だな。仕事後には染みるぜ!!」
ロータスさんの声が聞こえました。
ちなみに、ロータスさんも神なのは、とっくに気が付いていました。
こうして時間が過ぎ、先に上がったロータスさんの一団はテントの周りにコンロを置いて鍋を作りはじめました。
「ほんの礼だ。美味いぞ!!」
ロータスさんが笑いました。
「まだ寒いですからね。みんなも喜ぶでしょう」
私は笑みを浮かべました。
遅れてお風呂から上がったみんなは、テントの周囲でロータスさんの一団が鍋を作っているのを、不思議そうにみました。
「みなさん、今夜はご馳走のようです。鍋をご馳走してくれるようです」
私は笑いました。
「いけね、魚を忘れちまった。おい、魚あるか?」
「はい、ありますよ」
パステルが空間ポケットから魚を取り出した。
「おう、悪いが使わせてもらうぜ。ちょうど白身魚だ!!」
こうして、鍋ができあがり、ロータスさんの勧めでみんなが鍋を食べはじめました。
「美味しいですね。今までの鍋とは違います」
パステルが目を丸くしました。
「まあ、ちょっとしたコツがあってな。ロータス土建といえば、まずは鍋だからな!!」
ロータスさんが笑いました。
結局、あっという間に全ての鍋が綺麗に片付き、白米がなかったので代わりにロータスさんたちが持っていたうどんを入れて〆ました。
「よし、鍋は持ち帰って自分たちで洗う。迷惑は掛けねぇ。じゃあ、またな!!」
ロータスさんたちはあっという間にトラックに乗り込み、そのまま嵐のように去っていきました。
「面白い方もいますね。では、テントで休みましょう」
私は笑みを浮かべ、テントの中に入りました。
食事は済ませたので、一応作った調理場では、ララとアルテミスがホットココアを作っていました。
私とパステルは寄り添って、今後の目的地について検討を重ねていました。
「ここで元の街道に戻ります。あとは南下してこの港町で終点ですが、正直ここまでいかなくてもいいと思います。手前の……」
パステルの意見に、私は唸りました。
「せっかくです。港町に寄ってはいかがですか。美味しいお魚が食べられると思いますが……」
「それはそうなんですが、この分岐に戻るまでの時間を考えると……」
「元々ゆっくりした旅です。効率を優先しなくてもいいと思いますよ。いかがでしょうか?」
私は笑みを浮かべました。
「そうですね、急ぐ旅ではありませんし寄りますか。分かりました、最適なルートを調べます。行き止まりの林道が多いので、曲がる場所を間違えると大変です」
パステルが笑みを浮かべ、地図に赤い線を引きはじめました。
「たまには新鮮なお魚が食べたいです。最後に食べたのは何年前だったか……」
最近食べた気もしましたが、忘れてしまったのであまり印象に残る味ではなかったのでしょう。
「そうですか、それならこの街道を使った方が早いですね。小さな町や村を迂回するバイパス道路なんです。これで飛ばせば、二日で到着します。但し、有料道路ですが」
パステルが小さく笑いました。
「分かりました。目的地が決まれば一直線です。急ぐ旅ではないのですが、そういう道路は初めてなので、これも経験ですね」
私は笑みを浮かべました。
テントで一泊した私たちは、パステルの誘導に従って街道を走っていました。
事前聞いた情報では、あと二時間ほどでバイパス道路とやらの入り口があり、そこに乗ってしまえばひたすら道なりだそうです。
これで終点までいけば港町の間近に出るので、楽に遠くに行けるそうです。
こういう旅はあまり好みませんが、お魚のイメージをしたら急に食べたくなったのです。「そこを右です。南部バイパスと書かれた看板が目印です」
パステルの指示に従って、街道の交差点を左に曲がり、大きな看板が出ている矢印の方に進みました。
しばらくして、急角度のカーブで続くループ状の道路を上がると、すぐに料金所のゲートがありました。
通常のレーンでは私の頭がつかえて通れないので、特大背高車両用のレーンに入り、アルテミスが貴重品ボックスから出してくれた現金で終点までの料金を支払ってから、私は一気にアクセルを踏み込みました。
有料のせいか空いている道路は、片道二車線の立派なものでした。
左右が壁とフェンスで覆われているため、景色がよく見えないのは残念でしたが、ここはただ急ぎで目的地へ向かうだけの道路だと分かり、少し残念でした。
空いた道とはいえ、車の総重量と履帯である事から、アクセルを床まで踏み込んでも速度はさほど出せません。
まあ、それならそれでいいと思いながら、私はひたすら車を走らせ続けました。
途中にある立派な休憩所で何度か休憩を取っても、夕方には終点の看板が見えてきました。
速度が乗っている事とまだ寒いことから、敵も出ないだろうと荷台を固い結界で覆ってはいましたが、背後をちらちら確認する事は忘れていません。
全員が座って適当にベルトで体を固定しているので、よほどの事がなければ振り落とされることはないでしょう。
私は安心して車を飛ばしながら、夜までにはこの道路を抜けようと思っていました。
やがて暗くなり、ヘッドライトをつけた頃になって、私たちは道路の終点を駆け抜けました。
「ここからは速度を落とさないといけませんね。それにしても、なんでしょうか。この異様な気配は……」
私の感覚はなんともいえない気配を捉え荷台の結界をさらに増して、ゆっくり進んでいきました。
途中で差し掛かった村は廃村になっていて、慌てて逃げ出したように荒れ果てていました。
「……特に魔物はいませんね。死体もないので、いられなくなって逃げたのでしょう。分かります。こんな気持ち悪い空気では、とても住めたものではないでしょう。
私は荷台に撒いてある虹色ボールの出力を上げ、空気清浄機能を高めました。
「……有毒ガス。この濃度だと人間やエルフは即死ですね。とんでもないところにきてしまいました」
私は無線のボタンを押して緊急にした。
「こちらエレーナ。カルザ地域フィッシャーズマークの均衡です。猛毒ガスが発生中。注意されたし」
『こちら街道パトロール275。了解した。未確認情報だが、世界各地の沿岸部で同一の事象が発生しているとのこと。早急に待避せよ』
私は無線のマイクを戻し、漁港に向かって進んでいった。
「……創成」
私は荷台に防護服と防毒マスクを作りだした。
「声が聞こえるうちにお願いします。毒素の濃度が目に見えて濃くなってきています。結界を最大級にしますので、しばらくお待ちください。場合によっては、皆さんと一緒でないと倒せない可能性があります。それを身につけて下さい。
無論、虹色ボールを大量に巻きながら進んでいますが、それだからこそこの濃度で済んでいるのでしょう。
荷台の結界を最大級にして遮断しましたが、完全に防げるわけではありません。
ちらっと後ろをみると、透明な結界越しにみんなが慌てて防毒装備をしている姿がみらて少し安心しました。
私はむき出しですが、ドラゴンの排毒能力は半端なものではありません。
あっという間に分解して尿に変えてしまうので、少し催してしまう難点はありますが、この程度なら問題ありません。
「……詳細探査」
一応、周辺探査の魔法を使いましたが、発生源まではまだ遠いようで、なにも反応はありませんでした。
廃村を抜けさらに街道を進んでいくと、今度は少し大きな町がありました。
門に立てられた旗は緊急事態を示すもので、トラックや車などがバリケードのように詰まっていましたが、詳細探査で生存者なしを確認すると、履帯でそれを踏み潰して乗り越え、おびただしい白骨死体が転がる街中を粛々と進んでいきました。
無論、怒りを覚えましたが、それをどこにぶつけていいか分かりません。
ならば、無理やりでも冷静に。なにが起きても、的確に対応できるようにしなければなりません。
「酷いものですね。今日、ここにきたのは正解だったかもしれません」
街道パトロールが入れないということは、この先は誰も様子をみたり守る人がいないということです。
その代わりになどとおこがましいことは考えていませんが、毒素発生源を特定して破壊しないと、このまま放置です。
それは、私としてはとても許せるものではありません。
町を抜けてさらに進んでいくと、街道はまさに白骨死体の道になっていました。
「想像以上に酷いですね。早くなんとかしないと」
もはや、死者を弔っている場合ではありません。
白骨を踏みながら、私は車をさらに進みました。
目的地だったフィッシャーズマークという漁村に到着すると、魚やなにやらが腐ったような異様な悪臭が漂っていました。
「すさまじい濃度です。これでは、防護服を着ていても数分で意識が混濁して、そのまま倒れて死んでしまうでしょう」
ここにきて、私は想定していた方針を固めました。
みんなを結界から出したらほぼ即死。こうなったら、私一人でやるしかありません。
「……詳細探査」
探査魔法を使うと、村の奥の方で赤い点が表示されました。
「ここですか。姿をみるまで下手な攻撃はできませんね」
私はなるべく車を急いで走らせ、その赤い点に向かっていきました。
土気色の濃霧に包まてハッキリとは見えませんでしたが、そこにはまるで植物の花のような、毒々しい色をしたものがありました。
「恐らく、これですね……」
私は呪文を唱え、最大級の火炎魔法で焼き払いました。
すると、その花はしぼんで小さくなり、茎のような物を残して消滅し、毒の濃度が徐々に下がりはじめました。
「これでしたか。でも、これが元凶ではないでしょう。茎があるということは幹もある。そこを叩かないとダメですね」
私は車を降りて、海面からでも分かる茎を辿って飛びました。
「えっ……」
程なく見えてきたものは、海面に咲く巨大な花でした。
そこから伸びる無数の茎が、どこかへ向かっていました。
「こ、これはシャレになりません」
私は思いきり息を吸い込み、最大級のブレスを吐きました。
しかし、花は全く焦げる事すらなく、そこから伸びた触手のようなものが私の体をしたたかに打ち付け、そのまま海に叩き落とされてしまいました。
「……ダメだ。私だけでは勝てない」
一瞬バハムートを召喚しようと思いましたが、空中に描いたサモンサークル程度では呼び出せません。
仲間呼ぶカカカという音を出してみても、誰もきませんでした。
きっと、この近くにはいなかったのでしょう。
元々、レッドドラゴンは数が少ないので、無理もありません。
「……ダメだ、なにもできない」
魔法より強力なブレスが効かなかった以上、攻撃魔法など使っても魔力の無駄でしょう。
取りあえず、ここにいると危ないと本能が告げていたので、私は離れようとしました。
しかし、触手に足を取られ、一方的に強力な力で叩かれ続け、大事な翼が消し飛び、そのまま海中に叩き落とされてしまいました。
「……泳ぐしかありませんね。情けない」
私は小さく息を吐き、泳いで車に戻っていきました。
岸に上がると、ばら撒いた虹色ボールの効果があったのか、息を吸い込むとちょっとクラクラする程度の濃度まで、毒素が軽減されていました。
これなら大丈夫と車の荷台に張ってあった結界を時、みんなが防護服のまま飛び下りてきました。
「厄介な敵が出現しました。翼を失ってしまったので、こんな場所で申し訳ないのですが、テントを張っていただけますか。痛すぎて、車の運転どころではないので……」
私は小さく息を吐きました。
私の様子をみてただならぬ状況と察してくれたようで、みんなが一斉に動いてテントを張ってくれました。
私はその中に大量の虹色ボールを流し込み全員が入ったところで強固な結界でテントを包みました。
「あ、あの。手当は……」
アメリアがそっと問いかけてきました。
「はい、放っておけば治るのですが、それまでは激痛が走るのです。ちょっと大声を出してしまうかもしれませんが、みなさん申し訳ありません」
私はうつ伏せに寝込み、翼の回復を待つ事にしました。
「一体、なにが……」
パステルが恐る恐るという感じで問いかけてきました。
「はい、海面に巨大な花が咲き、そこからここと同じように茎が無数に伸びていました。尋常ではない敵が現れてしまったようです」
私は小さく息を吐きました。
「ブレスすら効きませんでした。それで、逆にやられてこの様です。怒りというより、情けなくて泣きたいです。しかし、あれを倒す方法を考えないと、あるいは世界がメチャクチャに滅亡してしまうかもしれません。あの茎の数だけここと同じような花が咲いて毒素をまき散らしているとしたら、もう時間はありません」
私は小さく息を吐きました。
しかし、どうすればいいのでしょうか。
私の知識では、どうやっても答えが出ませんでした。
「そうですか……」
パステルがため息を吐きました。
「あの、本体を呼びましょうか。なんとかできるかもしれません」
アルテミスがポソッといいました。
「なんとかできるか、消滅してしまうか……。アルテミスは、戦闘に関する知識を持ち合わせていません。いたずらに呼び出して消滅してしまったら……取り返しのつかないことになってしまいます。しかし、今の私が弱気になってしまっているのは確かです。分子体であるあなたが判断して下さい。的確な判断ができません」
私はため息を吐きました。
「分かりました。本体を呼びます。状況説明のために一度私は消えます。待って下さい」
アルテミスの姿が消え、すぐにすさまじい力を放つ、本当のアルテミスがやってきた。
「なに、やられちゃったの。任せて、そんな花ぶっこ抜いて宇宙に捨ててやるから」
アルテミスが小さく笑みを浮かべ、スッと姿が消えました。
その数秒後、ボロボロになったアルテミスが戻ってきました。
「な、なんてもんが生えちゃったの。あれ、地獄の業火でも燃やせないラグナフラワーっていうやつだよ。普通はこんな地界に生えないよ。どこかで、空間が歪んだとしか思えないけど、あれ神界でも有名なバハムートだって倒せないよ。対処しようがない!!」
アルテミスは小さく息を吐きました。
「バハムートでダメなんていわれたら、私はどうすれば……」
「いっちゃ悪いけど、地界最強のレッドドラゴンでも、神の前では子供同然だよ。地界不干渉の原則があるから、他の神の協力は期待出来ないし、あれ生えたら最後で絶対に枯れないんだよ。神界じゃ雑草扱いだけどこっちじゃ破壊神みたいなものだよね。困ったな、私も打つ手がない……」
アルテミスがため息を吐きました。
「まずいですね。神でダメなら私など出来る事がない……。このまま世界滅亡なんて冗談じゃないですが、無力がこれほど辛いとは」
私は大きくため息を吐きました。
翼が回復する時の痛みなど、どうでもよかったです。
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