第20話 こんな日もあります
翌朝、どうりで寒いと思ったら、早々と雪の便りが届いていました。
積もるほどではないものの、朝から粉雪が舞う中、私は外のキッチンエリアにも虹色ボールを転がし、少しは温かいようにと準備しました。
今日の料理番はジーナとリナのようで、カバーで囲ってあるとはいえ、寒い中温か鍋をを作っていました。
こんな天候だと魔物の動きは鈍く、盗賊団も滅多に動かないようで、平和な時間が過ぎていました。
「水炊きでいいかな……」
鍋を作りながら、ジーナが呟いた。
「味噌でも入れる?」
リナが笑った。
「まあ、それもいいんだけど……。よし、味噌鍋にしよう」
テント内には魔力で熱が出る便利な携帯コンロが置かれ、下ごしらえをした鍋がグツグツ煮たっていました。
そこに具材をいれて煮込み、程なくいい感じになると、みんな熱々鍋を食べはじめた。
換気のためにテントの窓を開け閉めしながら、私は笑みを浮かべました。
こうして、朝ご飯が終わると、パステルが地図を広げました。
「この天候では無理は出来ませんが、次のホライズシティまで行けたらいきましょう。大体、車で一日もあれば到着でします」
「そうですか。雪なので荷台は寒いです。例のカラーボールを撒きますが、風までは防いでくれません。寒いと思いますが、よろしくお願いします」
私は頷き、みんなで撤収作業をはじめました。
作業の間に私は車のエンジンを掛けて暖機運転をして、荷台に虹色カラーボールを大量に撒きました。
この気温ではフル稼働で、猛烈に熱い空気を吐き出すカラーボールに満足して、私は重たいテントを荷台に乗せ、一式片付いた事を確認すると、私は車を出して街道を走りはじめました。
ここはこの国では北部に当たる地域らしく、もっとも早く冬が訪れる場所でした。
「なかなか寒いですね。運転席にもばら撒きましょう」
私は呪文を唱え、虹色ボールを運転席にもばら撒いきました。
これで少しは心地よくなり、私は車を増速させました。
「少し止まって下さい。ララが寒さの限界です!!」
背後から声が聞こえ、私は路肩に車を寄せて止めました。
「も、申し訳ありません。想像以上に寒かったもので……」
いくらタープの屋根があるとはいえ、吹き込む風はやはり寒かったようで、これが普通の反応でしょう。
「そうですね、なにか対策かあれば……」
一瞬、結界でも張ろうかと思いましたが、そうすると万一なにかが起きた時に対応できません。
「あっ、そうだ。一人で地図を作っているとき、この先にトレーラーショップがありました。そこで簡単なトレーラーを買って牽引すれば……四人用くらいならそう高くはありませんし、この車なら牽引出来るでしょう」
パステルが声を上げました。
「い、いえ、私はお客さんのつもりはありません。そのうち慣れます。このままいかせて下さい」
毛布にくるまったララが、小さく笑みを浮かべました。
「分かりました。では、このまま速度を落として進みます。限界ならいって下さいね」
私は笑みを浮かべ、ゆっくり車を走らせはじめました。
町までの途中に食事処があったので、私は迷わずそこの駐車場に車を止め、温まりがてら休憩する事を勧めました。
みんなが頷き食事処に入っていくと、スコーンだけが厳しい目で私を睨みました。
「……やりますか?」
私は車から降りて、目を細くしました。
「いつかこうなるとは思っていたのです。正義感の強いあなたが、真裏ルーンまで知っている私を放っておくわけがないと。魔法使いとして尊敬していたからこそ、原始魔法も教えたのですが、こちらに出てしまいましたか。無論、やるなら本気ですよ」
「……光りの矢!!」
スコーンから放たれた光の矢を難なく弾き飛ばし、私は呪文を唱えた。
「業火の演舞!!」
私が使える中でもかなり強めの火炎魔法が、スコーンの体を包みました。
「……光の矢!!」
業火に炙られながらも、スコーンは再び光りの矢を放った。
「それしかないのですか?」
私はそれも弾き飛ばし、さらなる火炎魔法を放ち、スコーンが張っていた結界を叩き壊しました。
別に自慢するわけではないのですが、私とてドラゴンの端くれです。それに単身挑んでくるとは、凄まじい気合いですが、ここはドラゴンらしくこれで送る事にしました。
私は大きく息を吸うと、食事処を避けるように最小限に抑えたブレスを吐き……決着はあっけなくつきました。
「別に悪意は感じませんでしたが、一方的にやられるほどの義理はありません」
私は小さく息を吐き、他のみんなが出てくる前に、後片付けを済ませました。
みんなが食事処から出てくると、私は少々荒い運転で車を街道に出しました。
そのまま街道を進んでいくと、非常無線に連絡が入りました。
『大雪のため、カラカス峠は間もなく閉鎖です。通行車両は急いで下さい』
その繰り返しで、私はパステルをみました。
「待って下さい。カラカス峠が閉鎖となると、南部へ通じる道はかなりの大回りになってしまいます。急ぎましょう。あと二十分くらいです」
パステルが難しい顔でいった。
「そうですか。寒いと思いますが、急ぎましょう」
私はアクセルペダルを踏み込み、車の速度を上げた。
程なく先行車に追いついて、それがどこかでみたようなピンクの車で、背部にも『トロキのお弁当屋さん』と書かれていました。
「驚きました。ここまで商売の範囲が広いとは……」
私は小さく笑い、その車の後に続いていきました。
道路はいつしか山道に変わり、路面にはハッキリと雪が積もりはじめました。
トロキの車は速度を落とし、ゆっくり山道を登りはじめ、金属製の履帯のこちらも滑ってフラフラするので、ジリジリと登っていくと、閉鎖の遮断棒を閉める準備をしていた係員の脇を通り過ぎ、下り道を慎重に降りていきました。
山を越えると、トロキの車が路肩に寄せて止まったため、私もその後ろに止めました。「また出会うとは思いませんでした」
車から降りてやってきたトロキがニッコリ笑いました。
「はい、私もびっくりです。ここでもお弁当の移動販売をやっているのですか?」
「いえ、国境を越えてまではやりません。この先のお金持ちさんに呼ばれて、一ヶ月に何回かこの国にくるんです。たまたま、今日がその日なんです」
トロキが笑った。
「そうですか、なるほど。それにしても、冷えますね」
「はい、今年は冬が早いようです。あっ、そうだ。食材は常に多めに積んでいますので、温かいスープでも作ります」
トロキは自分の車に戻り、窓を開けて調理をはじめたようでした。パステルとリナが車から飛び下りて、完成したスープをみんなに配りはじめました。
「あなたはこちらです」
大きな寸胴を軽々持って、私にもスープを持ってきてくれました。
その寸胴を持ってスープを飲むと、シンプルな味付けで冷え切った体が温まりました。
「ありがとうございます」
私は空になった寸胴を返し、笑みを浮かべました。
「はい、この程度なら……。では、先を急ぎますので」
トロキが笑みを浮かべ、粉雪舞う中で自分の車に乗って走り去っていきました。
「ララ、どうですか?」
私は心配して声を書けると、スープが効いたのか、小さく笑みを返してきました。
「さて、いきましょうか。ジッとしていたら、また寒くなってしまいます」
私は車を動かして再び街道を走っていくと、雪が本降りになって視界が悪くなってきました。
「……こういう時に限って、なにか起きるんですよね」
私は慎重に車を動かし、今や雪原の中を進む道路をひたすら走っていきました。
不意に魔力変動を感じ、私は呪文を唱えました。
「リフレクト!!」
これは、攻撃魔法をそのままお返しする魔法です。
飛んできた大きな氷柱を魔法の膜が弾き返し、そのまま沈黙しました。
「どこに潜んでいたのやら。師匠と呼んでいた事から考えて弟子だったのでしょう。一緒じゃなかったところから疑問に思っていたのですが、どこかで連絡を取っていたのでしょうね。そんなに恨まれるような事はしていないはずですが」
私は小さく息を吐いて、車のアクセルを少し踏み込みました。
大雪に変わった街道を進むうちに、大きな街が見えてきました。
雪に邪魔されて門の旗が見づらいですが、微かに赤と黄色の旗が上がっているのがみえ、程なく同じ色の信号弾が上がりました。
「えっと、非常事態ですね。いきましょう」
私は車の速度を上げて、開けっぱなしの門扉から町の中に飛び込みました。
そこでは盗賊たちが大暴れしていて、そこらから火の手が上がっていました。
「詳細探査……」
私は冷静に町のをサーチしました。
この魔法は『なにかあるな……』どころではなく、人や動物の素性まで分かってしまう便利なもので、目の前に開いたガラス状の板に表示された赤い点を追いました。
「盗賊の数は三十人ほどですか。住人の生き残りは百名ほど……間に合うかわかりませんが……」
もはや、町中に散っている盗賊たちを、ちまちま追い回している余裕はありません。
私は呪文を唱えて炎の矢を生むと、詳細探査の表示に従って目標をイメージして、一気に放ちました。
こうする事で、どんなに上手に逃げても、炎の矢は目標を容赦なく追いかけ回すようになります。
そこかしこで小爆発が起こり、盗賊の数はあっという間にゼロになりました。
「これでいいでしょう。私たちは目立ちますので、町の人たちが動き出す前に逃げましょう!!」
私はアクセルを踏み、バラバラになった家の残骸などを蹴散らし、急いで反対側の門から町を出て街道に抜けました。
途中、山越えで時間をロスした分移動時間が掛かってしまい、まだ街道を走っているうちにだんだん周囲が暗くなってきました。
「いけません、このままどこかに泊まらないとダメです」
車のヘッドライトをつけ、私はアクセルを踏みました。
「この先しばらくは、なにもありません。まだ南部に入ったばかりなので、ド田舎なんです。今日もまた、テントを張って夜を迎えましょう」
パステルの声が聞こえ、私は頷いて車を雪原に入れました。
スコップは一本しかないですし、大雪が降る中で雪かきしている場合ではありません。 リナが弱い炎の魔法で広範囲の雪を溶かし、そこにテントを立てて調理場を作り……気がつけば、すっかり夜になっていました。
「寒いですね。温まりましょう」
私はテントの中に虹色ボールを無数にばら撒き、室温を一気に上げました。
断熱効果抜群の素材で作られているこのテントは、あっという間に適温になり、まずはみんなで飛び込みました。
竜鱗のお陰で寒さや暑さに強いとはいえ、私とて温かい方がいいに決まっています。
「はぁ、生き返ります」
寒さにあまり強くない様子のララが、ホッとしたように呟きました。
「この程度でへたばっていたら、冒険者はできません!!」
パステルが笑いました。
「しかし、このテントいいな。私も欲しいぞ」
拳銃の手入れをしていたジーナが、テントの布地を押しながら笑みを浮かべた。
「なにしろ、拘った一点物ですから。荷物や迷宮探索で手にい入れたものを鑑定するために、かなり広く作ったのですが、レッドドラゴンが入るとは思いませんでした」
パステルが笑いました。
「さて、晩ご飯どうしようか?」
リナが笑みを浮かべました。
私はテントから顔を出し、調理場にも虹色ボールを転がして少しは快適に作業が出来るようにしました。
「そうですねぇ……寒いのでシチューにしましょう。どなたか手伝って下さい」
パステルが動きました。
「はい、料理には心得があります。私が手伝います」
ララが笑いました。
こうして二人が調理場に行き、私たちは待ったりとした時間を過ごしました。
テント内は適温でしたが、息が詰まるので時々換気しないといけません。
窓を開くと外は大雪のままで、テントが埋まるのではないかと心配して、私は簡単な結界魔法を使いました。
しばらくして、二人が魔力コンロをテント内に置き、運んできた料理はすき焼きでした。「あれ、シチューじゃないの?」
リナが笑いました。
「計画変更です。ネギが大量に余ってしまって」
パステルが笑い、ララが笑みを浮かべました。
「そりゃいい、私の好物だよ」
ジーナが笑いました。
こうして、みんなは鍋を囲み、私はジーナからもらった軍用レーションを囓りました。
「これ、肉が豊富で美味しいですね」
私は笑みを浮かべました。
「……それ、マズいって評判のヤツだぞ。大量に余ってたからあげたんだけど、まさか美味いというとは」
ジーナが苦笑しました。
こうして、すっかりテント泊に慣れた私たちは、和やかに食事を済ませました。
食事を済ませて少しお酒を飲み、私は外の様子をみるためにテントの外に出ました。
真っ暗でなにもありませんが、雪の降り方は少し落ち着いてきました。
車に積んであるスコップでテント周りを少し雪かきして、私はテント周りにアラームの仕掛けを張り巡らせました。
これは、一定の範囲内になにかが近づくと反応して音が鳴る魔法で、今までは使っていませんでしたが、雪で足音があまり聞こえない環境なので、念のために仕掛けておくことにしたのです。
ジーナとララが巡回するといっていましたが、その補助に使いました。
「これでいいですね。テントに戻りましょう」
私は満足して、テントの出入り口にある洗い場で体に積もった雪を落としてから中に入ると、入れ替わりに防寒装備のジーナが外に出ていきました。
「さて、落ち着いた夜だといいですね。今日は疲れました」
私は小さく息を吐いて、軽く目を閉じたのでした。
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