第21話 雪から雨へ

 その夜半過ぎ、みんなが寝静まった頃になって、アラームのピピピという音が聞こえました。

 誤報もあるし、かえって接近者の警戒を招く恐れがあるので、みんなの睡眠を邪魔しない程度に音量を抑えてありますが、私の耳にはハッキリ聞こえたので、テントの外に出てみました。

 雪降る夜の中、見張りに出ていたララが、双眼鏡を覗きながら笑みを浮かべていました。

 この双眼鏡は、僅かな明かりさえあれば見える高性能なものと聞いていますが、私の目には、白い小さな点のようなようなものが跳ねているようにみえました。

「雪ウサギです。害はないですよ」

「そうですね。可愛いです」

 私は笑みを浮かべた。

 雪ウサギとは、冬の間だけ見かける真っ白なウサギで、その見た目の可愛さからペット用として乱獲されてしまい、今では数が減ってしまったと聞きます。

 恐らく、雪ウサギがアラームのラインを踏んでしまったのでしょう。

「大丈夫ですね。引き続き、見張りをお願いします」

 私がテントに戻ろうとすると、双眼鏡を首から下げたパステルがいました。

「雪ウサギと聞いて駆けつけました。結構耳はいい方で……観察しにきました!!」

 相変わらず元気に、パステルが笑いました。

「なんだ、敵か!?」

 ジーナが慌てた様子で、アサルトライフルを片手にテントから出てきました。

「いえ、雪ウサギです。可愛いですよ」

 ララはジーナに双眼鏡を渡しました。

 その間、パステルはにこやかに雪ウサギの観察を続けているようでした。

「なんだ、ウサギか。寝る……」

 ジーナはしばらく雪ウサギを観察したあと、双眼鏡をララに渡してテントに戻り、薄着だから寒いといいながら、パステルもテントの中に戻りました。

「それでは、あとはお願いしますね」

 私は残ったララに笑みを向けた。

「はい、お任せ下さい」

 ララは笑みを浮かべ、寒い中を歩き始めた。

「さて、私も戻りましょうか。邪魔になってしまうでしょうから」

 私はテントに戻り、耳に注意を傾けながら、軽く目を閉じました。


 この雪で誰も動けないようで、アラームに引っかかったのは雪ウサギだけでした。

 翌朝、起きてみると、テントが埋もれそうな勢いで雪が積もり、車も半ば埋まっていました。

「これは大変ですね」

 私はまず車を積雪から掘り起こす作業に入りました。

 両腕でバサバサ雪を払いのけ、荷台の雪は虹色ボールに任せるとして、運転席周りは丁寧に雪を落としてペダルを踏めるようにして、エンジンをかけて暖機運転をはじめました。

 確か、魔力エンジンといいましたか。魔力さえあれば動くエンジンで、暖機運転は原則不要とされていましたが、極度に寒い環境だとオイルがドロドロになってしまうため、最低十分間の暖機運転が推奨されていました。

 荷台が顔を見せ始めると、ジーナとリナが重機関銃の手入れをはじめ、ララが剣を鞘から抜いて確かめている様子があり、私はメーターパネルの油温計をジッとみていました。

「さて、どうしましょうか。本当にこの先なにもないので、ひたすら移動になりそうです」

 地図を片手に、パステルが小さく息を吐いた。

「そうですか。それも、また旅ですね」

 私は笑みを浮かべた。

「そうですね、楽しみましょう」

 パステルが笑った。

 しばらくすると荷台の雪も解け落ち、畳んでいたタープの屋根を張って、まだ降り足りないのか、粉雪舞う中を私たちは再び走りはじめました。


 なにもないとはいえ、小さな町や村は点在していました。

 私はまず一番近くの村で車を止め、パステルとララが分厚い防寒着を人数分買ってきて着込みました。

 車載の温度計によれば、マイナス十度近くまで気温が下がっていました。

「これで大丈夫です」

 ララが笑いました。

「こんな厚着だと動きにくいけど、これは必要だね」

 ジーナが笑みを浮かべました。

「では、いきますよ」

 私はアクセルペダルを踏み込み、車を走らせて村を後にしました。

 そのまま街道を進んでいくと、私は気配を感じて車を止めました。

 車体に火花が散り、銃撃だとすぐに分かりました。

「おい、レッドドラゴンだぞ。仕留めろ!!」

「効くのかこれ!!」

 そんな声が聞こえ、銃弾が私に集中しましたが、どうということはありませんでした。

 その間、ジーナが重機関銃を空に向けて撃って威嚇し、悲鳴が聞こえると同時に人の気配が徐々に消えました。

「大丈夫か?」

 ジーナが笑みを浮かべました。

「はい、問題ありません。想定内の事です」

 私は笑いました。

 旅立つ前から、こういう事態は想定していました。

 よく分かりませんが、レッドドラゴン一体を仕留めれば、一生分のお金が稼げるとかなんとか。

 だから、最初から狙われる事は覚悟の上でした。

「そっか、ならいいが。怪我人はいないか?」

 ジーナがみんなに声をかけましたが、特に怪我人はいないようでした。

「よし、いこう。今度は大勢で……とか考えられると、さすがに撃つからな」

 ジーナの声に私はアクセルを強めに踏みました。

 履帯が少し空転してから街道の路面を噛み、車は前進しはじめました。


 ドラゴン狩りの人たちを振り切り、私たちは街道をひた走った。

 南部でも北の方にあるこの辺りはもうとっくに冬のようで、パステルがいうには当面はこのままだろうということだった。

 空からは再び白い物が降りはじめ、私たちは雪道を進んでいった。

 町が狭いせいか、時々ある町では全て進入禁止の赤旗が立てられ、雪原を迂回せざるを得ませんでした。

 小さな村は逆に空間が広いせいか温かく受け入れてくれ、田舎で場所が取れるせいか、大きな研究施設のようなものがある村では、白衣を着た小さな子がもう大人の女の子を引っ張って、なにか研究していたりもしました。

「これがこの国の南部なんですね。平和でいいですね」

 やがて雪も止んで雪原から草原に景色が変わると、戦車をのせた巨大なトレーラが何台も連なり、私たちはその後をゆっくり進みはじめました。

「この先に大きな演習場があります。そこにいくのでしょう」

 パステルが双眼鏡で辺りを見回しながら、小さく呟きました。

 あれだけの大雪が降っていたので覚悟はしていましたが、雪がやめば雨でした。

 まとまった雨が降る中、さぞや寒いだろうと私は荷台に弱くて薄い結界を張りました。

 雨風はしのげますが、飛びでたら消えてしまうほど薄く透明な結界なので、なにかあっても大丈夫でした。

「あれ、急に温かくなりましたね。これはいいです」

 寒さに弱そうなララが笑みを浮かべました。

「なんだ、エレーナ。なにかやった?」

 ジーナが不思議そうに問いかけてきました。

「はい、ごく薄い結界を張ったのです。もっと早くにやるべきでしたが、邪魔になるといけないので使いませんでした。機関銃を撃ったり飛び出したりすれば、簡単に壊れてしまうような単純で薄い結界です。これなら、邪魔しないでしょう」

 私は笑った。

「うん、もっと早く欲しかったな。暑さ寒さには強い方だけど、温かい方がいいに決まってるよ」

 ジーナが笑った。


 時刻は昼頃、珍しく進入可能の青旗を立ててくれた町に入ると、広い駐車場のあるレストランの駐車場に車を入れ、大型車レーンに駐めた。

「みなさんはゆっくり食事してきて下さい。私はやる事があるので……」

 私は笑みを浮かべました。

 みんながレストランに入っていくと、しばらくして黄色い光りをを放つ人間の握り拳だいの物がフワフワ漂ってきました。

「……ケトン体。魂の欠片ですか。想いが遂げられなかった者の魂が砕けて。、どこまでも追いかけてくるもの。ここで始末してきますか」

 私は呪文を唱え、空間ポケットから一抱えある球体を取りだし、それが光るとケトン体はそこに吸収され、青く光りました。

「これでいいでしょう。荷台に積んでおけば、まだ一緒にできますよ」

 私は青く光る球体を荷台に丁寧に積み込み、笑みを浮かべました。

「別に憎んでいたわけではありませんからね。絶対禁忌の蘇生術は使えませんが、これでも辺りは見えるはずです。仲良くして下さいね」

 私はオーブに封印の魔法をかけ、小さく笑みを浮かべました。

 みんなが戻ってくるまで暇なので、私は地元の村で流行っていたダンスを始めました。

「ハ○晴れユカイといいましたか。一人だと虚しいですが、体を動かさないと寒いのでちょうどいいでしょう」

 私は笑い、せっせとダンスをつづづけました。

 すると、オーブが青く光り、在りし日のスコーンとビスコッティの半透明な姿が現れ、一緒にダンスをはじめました。

「あら、知っていたのですね」

 私は大笑いして、せっせと汗をかくほど何度も何度もリピートして、ひたすら踊りました。


 そんなこんなでダンスしていると、食事を終えたみんなが出てきてポカンとした顔をしました。

「なにしてんの?」

 リナがぽけーっとして聞きました。

「寒いので踊りでもと。みなさんも知っていれば、ご一緒に」

「う、うん。窓から見ていてなにやってるんだと思ってたけど、『一人』でなにやってるんだと……」

 ジーナが咥えていた煙草をポットッと落としました。

 ケトン体は意図した相手にしか見えません。当然、触ってもなにも感じません。

『三人』で踊っているのは、私だけです。

「ま、まあ、有名だから知ってるけど、こんな雨の中やらなくても……」

 リナが笑いました。

「では、みなさんやりましょう。こういうのは、大勢でやった方が楽しいです」

 まあ、そんなわけで、目降る中しばらくダンスを続けていると、さすがに目を引いてしまったようで、どんどん人が集まってきて、気が付いたら数十人の単位で人が集まり、楽器の憶えがある人が雨で壊れるかもしれないのにメロディまで流し始めて、さながらお祭り状態になってしまいました。

「こ、これは、もうやめるとはいえませんね。どんどん人が増えています……」

 私は冷や汗が出てきました。

 ……しまった、調子に乗りすぎた。

 思ったが最後、結局凄まじい人数が集まり、私たちは動けなくなってしまいました。

「これ、エレーナのせいですからね。つ、疲れた……」

 パステルが文句をいいましたが、こうなってはどうにもなりません。

「わ、私だってこうなるなんて想定外でしたよ。この町の人たちは、ノリがよすぎです!!」

 さしものドラゴンパワーをもっても体力の限界を感じ始めた時、徐々に辺りが暗くなってきて、狂乱の宴は終わりを告げました。

「はぁ……ダメです。疲れすぎです」

 ケトン体から出てきたスコーンとビスコッティが引っ込み、私はその場にひっくり返りました。

「な、なんでこんな……」

 隣でびしょ濡れパステルが、私の体を蹴飛ばしました。

「はい、ごめんなさい。取りあえず、乾かしましょう。風邪を引いてしまいます」

 みんな車に乗り込むと、虹色ボールにある乾燥モードを作動させました。

 これで、荷台に再度張った結界の中の温度が上がり、みんなの濡れた体や服が乾いていくはずです。

「しかし、降りますね。しかもこの時間、あまり進んでいませんね」

 まあ、これも旅だと思い、私は駐車場から車を出しました。


 パステルがいうには、もう少し都会になるまで順調に進んでも、まだ一日はかかるとの事。

 夜闇に沈んだ街道は、たまに対向車線をトラックや長距離バスが通り過ぎていくだけで、特になにもありませんでした。

 雨は止む気配がなく徹夜覚悟で車を走らせていましたが、パステルがストップをかけました。

「この先のキドニーシティは度々盗賊に襲われているため、防備が厚く神経質です。無駄な騒ぎになる前に、テントを張りましょう。

 パステルの声に従い私は車を路肩の草地に入れて、お馴染みテントの準備をはじめました。

 もう慣れたもので、明かりの光球一つでテントが出来上がり、いつも通り調理場も作っると、みんなはテントの中で着替えをはじめました。

 いくら虹色ボールで乾燥させたとはいえ、生乾きだったのでしょう。

 タオルで体を拭いて服を着替えると、みんなホッとしたような表情になりました。

 今日は調理場にジーナとリナが立ち、残りのみんなは談笑していました。

 その中で、私は空間ポケットを開き、秘蔵の魔法書を取り出しました。

 全てが真裏ルーンで書かれたその魔法書を読んでいると、私は一つの魔法を思いつきました。

「……うん、いけますね。でも、これはシャレにならないです」

 私は呪文を石版に彫り込み、そっと空間ポケットに戻し、魔法書もしまいました。

「そういえば、食材あったっけ?」

 ジーナがテントの出入り口から顔を覗かせて、ポカンとした顔で問いかけてきました。

「えっ、ないですか!?」

 パステルが慌てた様子で空間ポケットを開き、中に手を突っ込みました。

「……ベーコンと豆の缶詰しかない。迂闊でした」

 パステルがテントに床に缶を積み上げ、小さくため息を吐いた。

「ベ-コンと豆があれば上出来だよ。あとは、ソテーにでもするから」

 ジーナが笑みを浮かべ、豆の缶とベーコンを抱えて調理場に行きました。

「どこかで調達しないといけませんね。ですが、キドニーシティは期待出来ません。とても排他的で、私が偵察に出かけた時も変な目でみられましたからね。早々に迂回する事をお勧めします」

 パステルが頷きました。

「分かりました。迂回路を考えましょう。近寄らない方が良さそうなので……」

 私が笑みを浮かべると、パステルは地図を広げました。

「この赤い線を引いた街道を通りましょう。二日くらい損しますが、このまま進むより遙かに安全です」

「分かりました。案内をお願いします」

 私は笑みを浮かべ、小さく呪文を唱えました。

 一瞬光りが走り、雨音が小さくなりました。

「結界を張りました。そろそろ、テントも傷み出す頃なので」

 私は笑みを浮かべました。

「そうですね。ありがとうございます」

 パステルが笑いました。

 私は先ほど作った魔法を使うために、長い呪文を唱えました。

「もう一つ、念のために結界魔法をはりました。危険な町が近くにあると分かれば、念のための防御です。テントの外には出られませんが、この時間ならご飯を食べて寝るだけでしょう」

「そうですね、もう夜半過ぎです。このままご飯を食べて寝てしまいましょう」

 パステルが呟いた時、ドカンと銃声のようものが聞こえ、バイクが通過していくよう異音が聞こえました。

「やはり、夜回りに見つかってしまったようですね。特に敵意はないとみてか、そのまま通り過ぎていったようです」

 パステルが笑みを浮かべました。

「そうですね。敵意もなにもありません。少なくとも、こちらには……」

 私は苦笑したのでした。

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