第17話 滝のある景色

 竜騎士の詰め所の練兵場を貸してもらい、私たちはテントを張って一夜を明かしました。

 早朝、早起きしたスコーンが、昨日残ったビーフシチューを温めはじめたようで、いい匂いがテントの中に入ってきました。

 私もみんなを起こさないように、なるべく静かに外に出ると、スコーンが鼻歌交じりに鍋の中をお玉でかき混ぜていました。

「あっ、起きたの?」

 スコーンが笑みを向けてきました。

「はい、元々寝ないので、ここで夜の番をしていました」

 私は小声で笑った。

「そっか、大変だね。私は食べるけどエレーナも食べる?」

 スコーンが笑ってみせた。

「そうですね。少しだけ……」

 私は笑いました。

「じゃあ、こっちの紙皿に……おぎょ!?」

 ビーフシチューをお皿に取り分けようとしたスコーンを、タープを突き破ってゴツい手が掴み、そのまま上空に消えました。

 私は慌ててボロボロのタープの下から出ると、スコーンを片手に飛んでいくグリーンドラゴンの姿がみえました。

「……アイツ」

 前もいいましたが、レッドドラゴンとグリーンドラゴンは仲が悪いです。

 まして、スコーンをさらわれたとなれば、私も怒り心頭になりました。

 すぐに翼を空打ちしてから飛び上がると、最高速度で飛び去っていったグリーンドラゴンを追いかけました。

 程なくその後ろ姿を見つけると、私はスコーンを傷つけない程度の攻撃魔法で牽制しながら近寄り、振り向きざまに放たれたグリーンドラゴンのブレスを防御結界で防ぎ、おいくと同時に尻尾を掴んで思い切り振り回しました。

 耐えられなくなったのか、握っていたスコーンを私が空中で確保して、私は体が内部から腐っていく攻撃魔法を放ちました。

 いくら竜鱗で覆われているとはいえ、基本的にグリーンドラゴンより高い魔力を持つレッドドラゴンの一撃では、間違いなく効いたはずです。

 案の定、グリーンドラゴンは悲鳴を上げながら地上に落ち、そのまま動かなくなりました。

「さて、こっち!!」

 私は手の中にあるスコーンを見ると、よほど強い力で握られたのか、体の形が変形していましたが、息はあるようでホッとしました。

 私はかぎ爪で自分の指を切って出血させ、血の滴をスコーンの口に落としました。

 すると、傷はみるみるうちに塞がり、穏やかな息で眠りにつきました。

 レッドドラゴンの血液は、あらゆる傷や病に効く万能薬と珍重され、人間社会では高価で取引されているとか。ちょっと、嫌な気持ちになります。

「……あっ、あれ?」

 スコーンが目を開け、私を見ました。

「災難でしたね。もう大丈夫です。このまま抱えていくので、ゆっくりしていて下さい」

 私は笑みを浮かべ、スコーンを抱えてテントがある竜騎士の詰め所に戻りました。


 テントに戻るとスコーンを地面に下ろして、沸騰しているビーフシチューの鍋をみた。

「あっ、焦げちゃう!!」

 体感の時間にして三十分も経っていないでしょう。

 スコーンは慌てた様子でコンロの火を止め、鍋の中のビーフシチューをかき混ぜて様子をみました。

「うん、ギリギリ大丈夫だった。ありがとう!!」

 スコーンはお玉で鍋の中身をボウル状の使い捨て耐熱容器に注ぎ、スプーンを手に美味しそうに食べはじめました。

 スコーンが食べ終わった頃になって、まずジーナが起き出すと、パンを切る専用包丁でパンを切り始め、スコーンをみました。

「……食ったな?」

「うん、食った!!」

 ジーナの問いにスコーンが答え……それだけで、ジーナはパンを切り続け、スコーンはテーブルに人数分のビーフシチューを置いていった。

 程なくみんなが起き始め、テーブルを囲んで朝ご飯がはじまりました。

 私はというと、竜騎士のみなさんが気を遣ってくれて、ウィンド・ドラゴン用の一抱えはある肉の塊を提供してくれたので、ありがたく頂戴して一口で食べました。

 朝ごはんが終わると、団長が挨拶にきてこれから訓練ということで、早々に立ち去っていきました。

「さて、私たちはどうしましょうか。ガンダダの滝に向かいますか?」

 私が問いかけると、パステルが頷いた。

「あと少しです。一気に駆け抜けましょう!!」

 パステルが笑った。

「分かりました。お礼においていきましょう」

 私は自分の鱗を三枚置いて、車に乗ってエンジンを掛けました。

 その間、みんなはテントなどを片付け、車の荷台に積み込むと体をベルトで固定した。

「では、いきますよ」

 私はクラクションを一回鳴らし、ゲートから出て街道に出ました。

 そのまま寄り道はしないつもりで、私は街道をひた走りました。


 昼前になって、道端に『ガンダダの滝』という表示が出はじめ、パステルの誘導で枝道に逸れると、お腹に響くような音と激しい水の音が聞こえてきました。

「駐車場がありますが、有料のようです。バス扱いになると思うので千四百クローネですね」

 パステルが笑いました。

「えっと、お金は……」

「あっ、私が出しておく」

 ジーナが財布を取り出し、入り口の係員に料金を支払ってくれました。

 パステルのいうとおり、バスと書かれたレーンに誘導され、私は苦手な車庫入れを必死にこなし、ようやく車を駐める事ができました。

「よし、いこう」

 スコーンが笑い、私たちは滝に向かっていきました。

 滝の展望台に着くと、その荘厳で壮大な眺めに、私は唖然としてしまいました。

「こ、こんな場所が……。空からでは分からなかったです」

 しばらく眺めていると、スコーンが指を指しました。

「あっ、なんかアトラクションがある。いこう!!」

 スコーンの声で、私たちは滝の上流に移動しました。

 そこには『ガンダダ名物、滝下り』と書かれた小屋があり、川に突き出た桟橋から、球状の結界に包まれた人たちが次々と川に流され、滝から下に落ちていました。

「こ、これやる!!」

 もう絶対逃がさないという感じの眼光を放ちながら、スコーンが声を上げました。

「うん、面白そうだ」

 ジーナが笑みを浮かべました。

 結局全員が頷き、私たちは小屋に向かった。

「こりゃたまげたね。全員乗れるが、超特大サイズだな。三千クローネになるが、いいか?」

 小屋のおじさんが笑った。

「はい、構いません。お金は……あっ」

 お金は車の貴重品ボックスに入れっぱなしだった事を思い出し、私は慌ててしまいました。

「いいよ、私が出す!!」

 スコーンが笑って財布からお金を取り出し、オジサンに支払いました。

「じゃあ、ここにきてくれ」

 桟橋には大きな魔法陣が描かれていて、私たちはその中に入りました。

 おじさんが呪文を唱えると、私たちを巨大な球状の結界が覆い、それが押されて川に流されました。

 かなりの急流でしたが、結界内は安定してはいましたが、波に揺られてなかなかスリリングでした。

 そして、結界の玉が滝から落ちるとグルグルと回りはじめ、ここは危ないせいか私たちは滝を横に見ながらスムーズに降下していき……滝壺でボヨーンと跳ね、さらにボヨンボヨンして、下流でキャッチされてからは、ちょっと酔って気持ち悪くなってしまいました。

「これ楽しい。もう一回やろう!!」

 回収所で回収されるや否や、スコーンが私にくっついた。

「ま、またやるのですか。今度は、吐いてしまう自信がありますよ!?」

 私は慌てて止めましたが、結局難解もボヨンボヨンするはめになり、私は……何回目かに真面目に胃液を吐いてしまいました。

 滝下りも終わりの時間を迎え、夜闇が迫ってきた頃、改めて展望台に行くと、ライトで照らされた滝が、幻想的な光景をみせていました。

「いい場所ですね。さすが、名所といわれるだけの事はあります」

 私は滝をみながら、しばらく頭の中を真っ白にしました。

「さて、どうしますか?」

 パステルが笑みを浮かべました。

「そうですね。まずは今日の寝床を確保しましょう。テントを張るのに、ここの駐車場というわけにはいかないでしょうから」

 私は笑みを浮かべました。

「そうですね、まずは出発しましょう。街道を西に進みます。特になにもないですが、テントを張るスペースはあるでしょう」

 私は頷き車に戻ると、みんなを乗せて駐車場を出ました。


 夜闇の中、ヘッドライトを頼りに街道を進んでいくと、私はテントを張るにはちょうどいい大木の脇に車を止め、空に打ち上げた明かりの光球を頼りに、みんなでテントを張ると、中にいつもの虹色ボールを山ほど転がしました。

 夜間モードで淡い光りを放つそれは、どうやらスコーンのお気に入りらしく、飛び込んでゴロゴロして、たまたま入ってきたパステルが躓いて盛大に転んでボールが跳ね上がり、リナとジーナが一つずつ抱えて、お互いに投げ合いをはじめました。

「少し冷えてきましたので、虹色ボール設定温度を上げています。もし暑いようでしたら、窓を開けて調整して下さい」

 仮眠を取っている間に季節は秋。

 夜になると、やや冷え込むようになっていました。

「これで快適だよ!!」

 スコーンが笑った。

 みんな特に問題ないようで、転んだパステルがそのまま寝てしまい、リナとジーナはお酒を飲みはじめ、スコーンはノートを取り出してなにやら書きはじめました。

「みなさん、楽しんでいるようで安心しました。あっ、スコーンにだけ特別に教えたい魔法があります。きて下さい」

「特別な魔法ってなに!?」

 スコーンがノートを片手に、私に近づいてきました。

「これです。使わないで下さいね」

 私は空間ポケットから、わざと赤く塗った小さな石版を取り出しました。

「これは知っているものの義務だと思ってのことです。真裏ルーンを突き詰めると、こうなります。いわゆる、原始魔法と呼ばれるものです」

 私は赤い石版をスコーンに差し出し、小さく頷きました。

 スコーンの顔が真剣なものになり、首を横に振りました。

「この言語はなにかな。読めないよ」

「ルーン文字が定義される前の言語で、特に名前はありません。単に、魔法文字という記述だけは残っています。二つしか呪文がありませんが、意味は簡単です『破壊』と『再生』それだけしかないので、ここから使いやすいように、様々な魔法が作られていったのです。それ故に『神の言語』とさえ呼ばれています。これを知っているものは、人間ではまずいないでしょう。読めなくていいんです。読めてしまったら、その瞬間に発動してしまいます。私も読めません」

 私は小さく頷きました。

「そっか、これは怖いね。教えてくれてありがとう」

 スコーンが笑みを浮かべました。

「ここから古代魔法が生まれ、今使われている現代魔法が作られたのです。さらに進歩するかもしれませんね。研究者は大勢いるでしょうから」

「私も魔法研究が好きだよ。もうちょっとで、なにか出来そうなんだけど、難しくて」

 スコーンが笑いました。

「私も研究していますが、確かに難しいです。ルーン文字、裏ルーン文字はもちろん、最初の真裏ルーンでも、結局は現代魔法ですからね。なかなか次世代の魔法は難しいです」

 私は笑いました。

 こうして、夜は更けていったのでした。

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