第12話 異国への道のり

 海で遊んだ翌朝早く、パステルが船を売却するために宿から出ていきました。

 この件が終わらないと旅立てないため、目を閉じていただけで寝てはいない私は、馬屋に駐車しておいた車の状態を点検をする事にしました。

 かなりの距離を走りましたが、どういう材質と構造なのか、車を支える履帯に問題はありません。こまめに手入れしないと、すぐに切れてしまうと聞いていたのですが……。

「まあ、無事ならいいでしょう。あとは……」

 積み荷を確認しているうちに、ぽつぽつと雨が降り出してしまいました。

「ついていませんね。船の売却の件もありますし、今日の出発は見送った方がいいかもしれません」

 私は感覚でこの雨は一時的なにわか雨と分かっていましたが、朝からこれだと少し気が滅入ってしまいます。

「おはよう、眠い……」

「おはよ!!」

 しばらくするとジーナとリナがやってきて、荷台の銃架に設置してある機関銃の点検をはじめ、タープの屋根を張りました。

 しばらくすると、パステルが笑顔で戻ってきました。

「船の売却はクランペットに任せました。ここに残るそうです。ちょうど全員が車に乗れます。クランペットは荷台乗車覚悟だったんですけどね」

 パステルが笑いました。

「そうですか。今日はどうしますか。雨が止むのを待って出発するか、出発を取りやめて明日にするか……」

 私の問いに、案内役のパステルが笑みを浮かべました。

「みんな起きたら、すぐに出ましょう。この先の大河を渡る船の便数が少ないので、なるべく駒を進めておきたいです」

「分かりました。では、準備しましょう」

 私は笑みを浮かべた。


 全員が起きて馬屋に集まって二台の車に分乗し、私は自分の車のエンジンをかけました。

 ここからは、二台の車が先行して、その後を私が追いかける形になります。

 一人旅は楽しいですが、同道の仲間が増えるのは、実に喜ばしい事でした。

『ここから西に進みます。大河を渡って隣国のタフィ王国に入ります。車のグローブボックスの中にエレーナさんの身分証が入っています。国境で必要になるので確認して下さい。もちろん、偽造ですけれど』

 無線からビスコッティの笑い声が聞こえました。

 私はダッシュボードの下にあるグローブボックスを開け、小さなカード状の身分証を手に取りました。

 いつの間に撮ったのか、私の顔写真が張られていて、自分では分からない人間暦での生年月日やら年齢やらが書いてあり、凄まじい事に年齢が一万五千七百七十才となっていました……。

「あの、私そんなに老けていないんですけど……」

 思わず笑い、私は身分証をグローブボックスの中に戻しました。

 ちなみに、一万年も生きたドラゴンは古竜と呼ばれ、もはや崇拝の対象にすらなるほどの長生きさんです。私はまだその域に遠く達していません。

 それはともかく、私たち一行は雨の道をひた走り、屋根まで荷物満載で低速走行している長距離バスを追い越し、やたらと飛ばすトラックの後ろについて、延々と進んでいきました。

「雨の日は魔物も少なくていいのですが、スリップが怖いですね。タイヤではなく履帯なので、油断は禁物です」

 私は雨で滑って小刻みにフラフラする車体を抑えつつ、チラッと荷台を振り向くと、タープの下でも吹き込んでくる雨に濡れながら、そんな事など気にしないという感じで、スティック状の簡単な食事をとっていました。

「逞しいというかなんというか……。旅慣れしていますね」

 私は笑みを浮かべ、どうにも安定しないハンドルに注意しながら、先行する二台を追い続けました。


 途中の村や町を慎重に通り抜け時には迂回し、無線で連絡を取り合いながら私たち三台の車列は乱れることなく、平野の道を快調に進んでいました。

 ダッシュボードに乗せてある時計をみると、もうすぐお昼という頃合いでした。

『この調子だと、あと二時間ほどで大河の船着場に到着します。これを逃すと夕方まで船がないので、可能なら急ぎましょう!!』

 無線からパステルの声が聞こえてきた。

「分かりました。まだ大丈夫です」

 これで、先をゆくトラックが、猛スピードで飛ばしている理由が分かりました。

 船に間に合わなければ待ちぼうけ。誰でも嫌な事でしょう。

 私たちはさらに増速し、ついにはトラックすら追い越して、私の車が出せる最高速度に到達しました。

 暴れる車をハンドルで無理やり抑えつつひたすら走っていくと、雨も上がって太陽が顔を出しました。

「雨は止みましたね。こうなると、魔物が……」

 変な事をいうものではありません。

 いきなり道の先をゴブリンたちの群れが塞ぎ……先行する二台が止まることなく、ゴブリンを弾き飛ばしながらつき進んでいったので、私もそれに倣って容赦なく踏み潰して通過しました。

「本当は殲滅させたいくらい憎たらしいのですが、今は急ぎなのでそちらを優先しましょう」

 なぜ、ゴブリンが憎いのか……。

 それは、私たちの卵は人間の単位で十年に一つしか産めません。

 それを何回割られたか分かりません。ただでさえ、数に限りがあるのにです。

 それはもう、頭にくるどころの騒ぎではありません。

「さて、集中しましょう。雨上がりが、もっともスリップしやすいらしいので……」

 私は気持ちを切り替え、ひたすら車を走らせました。


 かなり飛ばしたおかげで、私たちは渡し船の昼便に間に合いました。

 船着きばで料金を払い大きな船に車を載せると、前にやった通りの手順でみんなは上の甲板に上がり、私は車に残りました。

 この船には食堂もあるらしいので、みなさん空腹を満たす事でしょう。

 ようやく落ち着いたところで、私は一息ついてそっと目を閉じました。

 やがて船が動き出し、約三十分の船旅がはじまりました。

「船もいいですね。人間社会では、飛行機といったでしょうか。空を飛ぶ機械もあるそうですが、まだやっと飛べる程度と聞きます。空の旅も楽しいので、早くしっかりした飛行機が出来るといいですね」

 私は笑みを浮かべた。

 船はゆっくり進み、異国への道へと進んでいきました。


 船が対岸に着き車を船から降ろすと、今度は土砂降りの大雨になりました。

「どうも、今日は雨に祟られますね」

 私は苦笑して、無線でゆっくりいこうと提案し、誰も異論を挟みませんでした。

『このペースなら、国境まではあと一時間くらいです。ゆっくりいきましょう』

 無線からパステルの声が聞こえた。

「分かりました。気を付けていきましょう」

 私は応答し荷台をみると、ジーナとリナは防水ポンチョを身につけて、静かに眠っていました。

「大した神経ですね。私も見習いましょう」

 小さく笑みを浮かべ、私は前方をみた。

 先行する二台がタイヤで弾く路面の水をモロに浴びながら、私は鼻歌交じりにハンドルを握っていました。

 しばらく進むと先行する二台が止まり、無線からパステルの声が聞こえてきた。

『事故渋滞です。バスとトラックがぶつかったようで。今は事故処理中のようなので、このまま待ちましょう』

「分かりました。乗っている人たちが無事だといいのですが……」

 私は心配になりましたが、もう対処中ということなので、手助けしようとしたら逆に迷惑かもしれません。

 私は黙って雨に濡れながら待ち、二台を見ると二人は手持ち武器のアサルトライフルの手入れをしていました。

 妙に人間の武器に詳しいのは、この車を作ってくれた職人さんから散々聞かされていたからでした。

「どこかの兵士みたいです。これを面白いといったら、多分失礼ですね」

 私は笑みを浮かべ、ただ時間が過ぎるのを待ちました。


 三時間くらい経った頃でした。

 対向車線をサイレンを鳴らした白い車が多く通るなと思っていたら、遙か前方で大爆発が起きました。

「な、なんでしょう!?」

 私はなにもしていません。はい、なにもしません!!

 ……失礼しました。結構臆病なので、こういうのはちょと苦手です。

『非常無線を聞いていましたが、これはダメですね。トラックに積まれていた大量の魔法薬が爆発してしまったようです。人的被害は怪我人程度でトラックもバスも無人だったようですが、こうなると開通がいつになるか分かりません。気長に待ちましょう』

 パステルの苦笑の声が聞こえた。

「そうですか。この雨の中大変でしょうね」

 私は応答し荷台をみると、二人は機関銃をいつでも撃てるように、厳しい目付きで待機していた。

「あ、あの……。はい、いいです」

 あまりの迫力に、私はなにもいえませんでした。

 まあ、結局……。私たちの最大の敵は、雨の中暇なことでした。

 私は雨は気になりませんが、荷台の二人はずぶ濡れでしょうし、風邪を引いてしまわないか心配でした。


 ようやく事故処理が終わったようで、車の大渋滞が動きはじめたのは、もうとっくに夜になってからでした。

 パステルが無線でいうには、隣国に向かうにはこの道しかないということで、これでも急ピッチで処理したそうです。

 車をゆっくり走らせながら荷台を見ると、二人はなにかゴーグルのようなものを目に付け、アサルトライフルを片手に辺りを注意深く見回していました。

「……冒険者って、みんなこんなの?」

 私は思わず呟いてしまいました。

 私があまり得意としない戦場の雰囲気を醸し出す二人は置いておくとして、車は一向に進まず、ついには先の二台が路肩の草地に入ってしまった。

『このままではらちが明きません。ここでテントを張りましょう。国境を越えるのは、明日にしました』

「分かりました」

 無線のパステルの声に応え、私も車を草地に止めた。

 夜闇の中、みんなで私も入れる巨大なテントを張る作業を行い、なぜか勝手に見張りについてしまったようで、ジーナとリナがアサルトライフルで武装してテントの外に立った。

「……もう、いうことはありません」

 私は二人を捕まえて強引にテントに放り込み、代わりに入り口に陣取った。

「全く、こういう役目は私です。伊達に頑丈に出来ていません」

 私は笑いそのままうずくまって、夜明けを待ったのでした。

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