第11話 海へGO!!
翌早朝、まだ薄暗い中で馬屋にやってきたパステルが、町にある漁港で廃棄予定の漁船を買ったといって、ニコニコしました。
「はい、直せばまだ使えます。エレーナと一緒に海で遊びましょう!!」
パステルが笑い、私たちは漁港に移動する事にしました。
潮のニオイが強くなる中、程なく着いた漁港では、すでに仕事は終わったようで、人もまばらで静けさが落ちていました。
波が砕ける音を聞きながらパステルの後に付いていくと、陸に揚げられたかなり年季の入った漁船がおかれていました。
「これです。使い込まれていましたが、エンジンはありませんが格安でしたよ!!」
パステルが笑いました。
「あちこち穴が開いていますね。修復しましょうか」
パステルが探してきたらしい板などの修復材料を一目みて、私は呪文を唱えた。
「……あるべきものをあるべき姿に。時間遡行」
瞬間、修復材料などお構いなしに、ボロボロだった船が時間を逆回しして修復され、あっという間に新造同様の船に仕上がりました。
「え、えっと……?」
パステルが目を見開いてポカンとする中、私は指先を口に当ててシーッといった。
「皆さんには内緒ですよ。特にスコーンやビスコッティが見たら、絶対教えろと大騒ぎ するでしょうから」
私は笑みを浮かべました。
「この材料は別の用途で使いましょう。船に積んでおきますね」
私はよく一人でこれだけ集めたなという、の木材や縄などの資材を船に積み込みました。
「さて、これをどうすればいいですか?」
「え、えっと……はい。港の桟橋を借りていますので、そこに船を移動させないと。あとは船舶登録は済んでいますし、不要になった漁具は全て下ろしてあります。そんなわけで、移動させるだけです」
パステルが頷いた。
「分かりました。まずは、船を海に戻しましょう」
私は船を両腕で抱えて海面に浮かべた。
「桟橋はどこですか、船に乗って下さい」
「わ、分かりました……。ダイナミックな進水だなぁ」
感心しきりのパステルを摘まんで船に乗せ、私は海に入って船の後ろにつきました。
「あっ、舵を取ります。待って下さい」
パステルが船の中央にある小さな構造物に入り、OKのサインを指で出してくると、私はそっと船を後ろから押した。
程なく港の外れにある、何艘か船が係留されている木製の桟橋に着くと、私とパステルの共同作業で、スムーズに係留出来た。
「あとはエンジンです。こればかりは、簡単には手に入らないのですが、頑張ってみます」
パステルが笑った。
「大丈夫ですよ、私が押しますから」
桟橋に乗ると壊れてしまうので、私は海中からパステルに声を掛けました。
「分かりました。あとは、みんなをたたき起こすだけです。行ってきます!!」
パステルがダッシュで港から宿に向かって行きました。
「そういえば、船尾に書かれてある船名がりんどん丸……変わった名前ですね」
私は笑いました。
暇なので、船に積んであった資材から釣り竿を作ったり、布があったのでアップリケを縫ったりしていると、眠そうにしていたみんながやってきて、船を見て目を見開きました。
「なに、新品買ったの!?」
ジーナが目を輝かせました。
「いえ、中古ですが直しました。エンジンがないので、エレーナが押してくれるそうです。この辺りの海図は手に入れています。島でバーベキューをしましょう」
パステルが笑いました。
「直したって……こんな短時間に」
ジーナが不思議そうな顔をしたが、とにかく早くとパステルが船上からせっつき、みんなは船に乗り込んだ。
「では、いきましょう。エレーナ、よろしくお願いします」
パステルが舵輪を握り、私がゆっくり押して船は海原に進み始めました。
朝日が昇って眩しい光りが満ち、気分が良くなってきました。
私は泳ぐスピードを徐々に上げ、押している船が白波を立てて進み始めました。
進行方向はパステルが舵を取っているので、私はただ押すだけです。
「どこにいくのでしょうか。なるべく速い方がいいでしょう」
私はさらに速力を上げ、船の舳先が浮くほどのスピードで船を快調に飛ばしはじめました。
船は大きく進路を変えながら海を進み、やがてこんもりした大きな島が見えてきました。
「エレーナ、速度落として!!」
パステルの声が飛び、私は船が壊れない程度の負荷を掛けながら、急速に船の速度を下げました。
そのままゆっくり進んでいくと島の港に入り、空いている桟橋に船を係留して、みんなが船を降りました。
「エレーナは島を回って反対側の大きな砂浜に回って下さい。私たちはバスで向かいます」
大きな背嚢を背負ったパステルが小さく笑みを浮かべました。
「分かりました。大きな砂浜ですね」
私は笑みを浮かべ、平泳ぎでゆっくり港を出ると、全速力のクロールでドババっとを島の外周を巡るコースで泳ぎはじめました。
しばらくすると砂浜が見えてきたので、私はそこに上がって全身を震って水を飛ばし、揚がった太陽の熱で冷えた体を温める事にしました。
「ここでしょうかね。そこそこ大きな砂浜ですし……」
私は笑みを浮かべ、軽く目を閉じて日光浴を楽しみました。
この島に到着してから数時間。もうお昼という時間になりましたが、みんなはまだきません。
これはもう、場所を間違えたとしか考えられません。
私はみんなを探すために空を飛ぶ事にして、翼を大きく空打ちしてから空に舞い上がりました。
最初からそうすれば良かったのですが、どうしても海水浴がしたかったのです。
「さて、どこでしょうか……」
空から島を眺めていると、さほど離れていない砂浜に、みんなが集まってなにかやっていました。
「やはり違いましたか……」
私は苦笑して、その砂浜に舞い降りました。
「あれ、やっときた!!」
砂浜に張られたテントからスコーンが出てきて、大きく笑いました。
「はい、お待たせしました。違う砂浜にいたようです」
私は苦笑した。
「朝ご飯は食べちゃったよ。もうちょっとで昼ご飯を作るから、一緒に食べよう!!」
スコーンが笑った。
「分かりました。そういえば、何名かいないようですが……」
みんな集まっている中で、数名の姿がありませんでした。
「食材探しに海に潜ってるよ。そのうち帰ってくるよ。日焼けするから隠れる!!」
やたらと元気なスコーンが、またテントに引っ込んでしまいました。
「なるほど……。なにが獲れるでしょうね」
私は笑みを浮かべました。
しばらくして、海から帰ってきたパステル、ジーナ、ナーガが小さな網にたくさんの貝類を詰めて帰ってきました。
「おっ、やっときたな」
ジーナが笑いました。
「はい、帰っちゃったのかと思いました」
パステルが笑みを浮かべました。
「ごめんなさい。では、昼ご飯ですね」
私が笑みを浮かべた時、強烈な殺気を感じて砂浜の先にある海をみました。
すると、海面が小山のように盛り上がり、巨大なイカ……クラーケンが出現しました。
「……おかしいですね。こんな沿岸で遭う魔物ではないのですが」
私は怪訝に思いながら、辺りを探った。
すると、砂浜の端の方で強力な魔力を放つ人を見つけ、砂にサモンサークルを描いてはなにかを召喚している様子でした。
海面が光るなり、二体目のクラーケンが出現し、微かにその人の笑い声が聞こえました。
「……ちょっと、キレちゃったかな。みなさん、あの馬鹿野郎をぶっ殺して下さい。私はクラーケンを片付けます!!」
私の怒声にびっくりした様子のみんなでしたが、すぐにやる事を分かったようで、武器を持って一斉に駆け出していきました。
「さて、私はこうしましょうか……」
私は床に無数のサモンサークルを描き、最高速で呪文を唱えた。
いかなレッドドラゴンとて、クラーケンを倒す事は非常に難しいです。
だったら……増やす。それしかありません。
サモンサークルが光り、同胞のレッドドラゴンが多数現れました。
「なんだ、久しいな」
呼び出したレッドドラゴンのうち、馴染みの一人が声を掛けてきて、ニヤッと笑みを浮かべた。
「みなさん、あのデカブツを焼きイカにしましょう。二体なら、まだ倒せるはずです」
私はニヤッと笑みを浮かべました。
「うむ、やろうか。お前を合わせて三十か。余裕だが、お前もブレスを解禁しろ」
「分かっています。ですが、ちょっと待ちましょう。これを呼び出した馬鹿野郎を倒せば、消える可能性があります。もっとも、かなりヘボな腕なので、送元までは出来ないでしょう。残ってしまう可能性が高いです」
「承知した。術者が倒されるのを待つのだな」
私たちは横一列に隊列を作り、来たるべき時を待った。
砂浜では派手な魔法合戦が展開されていて、なにも指示されないクラーケンはただじっとしているだけだった。
なぜ待つかというと、召喚魔法が発動中に術者が倒れたら確実に暴走する事があるということもありますが、いたずらに呼び出されたクラーケンに対する同情心があったからです。恥ずかしながら、キレ気味の頭でしたがこの程度の自制心は残っていました。
「……手こずっているようですね。時間がありません。あちらのお手伝いをしますか」
私はまだ戦っているみんなを見ながら、一発の赤い光球を上げた。
即時に撤退したみんなの姿をみて、私は素早く呪文を唱えました。
「……プロミネンス!!」
問題の馬鹿野郎を超高温の光りの幕が覆い、数瞬後には骨も残らず消滅していました。
しかし、それでもクラーケンは消えず、二体が取っ組み合いの大喧嘩を始めました。
「……このまま共食いを狙います。ですが、万一の備えを」
私は目をそっと細めました。
「承知した。いずれにせよ、このままなら弱っているだろう。倒すのは容易いかもしれん」
私たちレッドドラゴン部隊は、そのまま待機を決め込みました。
そっと赤い光球を上げみんなに危険を知らせると、全員がテントに飛び込んで防御結界の青白い光りで包まれました。
クラーケンの戦いを見ていると片方が明らかに弱っていき、残ったもう一体がそれを食べはじめました。
「今がチャンス!!」
私が羽ばたくと、三十人が同時に飛び立ち、砂浜近くで暴れているクラーケンの上空に到達しました。
そこで、全員一斉のブレス攻撃で食事中で気が散っているクラーケンに、猛烈な熱量が襲い掛かりました。
香ばしい焼きイカの匂いが漂い、かなりのダメージを与えたようですが、まだ動けるクラーケンは、たくさんある足で私たちをはたき落とす積もりか、バタバタと暴れはじめました。
「……ここは魔法ですね」
私は息を大きく吸い込み、一気に呪文を唱えた。
「プロミネンス並びにアイスランス並びにサンダーボルト並びにグラビティ!!」
同時に魔法の嵐が吹き荒れ、一瞬海底が露出するほどの破壊力で、クラーケンは粉々に散りました。
「ふぅ、隙があって油断していたからこそ出来た事ですね。海の魔物は、まず倒せないというのが定説なので」
私は小さく息を吐き、召喚魔法できてくれた同胞を元の場所に送りました。
漏れがないように、私はしばらく海上を飛んで異常がない事を確認してから、砂浜に戻って着地しました。
「みなさん、終わりましたよ」
私が声を掛けると、テントの防御結界が解かれ、中からみんなが出てきた。
「なに、今の。凄まじい魔力を感じたけど……」
スコーンが興味深そうに問いかけてきました。
「実は得意なんです。複数魔法の同時使用。もの凄い魔力をまき散らすので、こういう広い場所でないと使えませんが……」
私は笑みを浮かべました。
「ど、同時使用ってどうやって!?」
スコーンの目が丸くなりました。
「そのままです。複数魔法の呪文を、矢継ぎ早に叩き込むだけ。ほんの刹那発動タイミングをずらせば、相互干渉の問題はありません」
私は笑みを浮かべました。
「そ、それは分かったけど……。いいや、練習してみよう!!」
スコーンは海に向かって攻撃魔法の練習をはじめ、ビスコッティが指揮を執って、他のみんなは昼ご飯の準備を進めていきました。
「全く、とんだ災難です」
私は苦笑した。
さて、砂浜での遊びも終わり、夕方近くなって私たちは島から町に戻る事にしました。
行きと同じで帰りも私がみんなを乗せた船を押し、夜がくる前にとなるべく急いで海原を泳いでいきました。
遊び疲れたのか、起きているのは舵を取るパステルだけで、みんな甲板でウトウトしていました。
「それにしても、ビスコッティが作った七十五階建ての砂のお城は傑作でしたね。どうやったのやら。使わなかった船の修復材料で小屋まで作ってしまって、怒られないでしょうか……」
私は小さく笑みを浮かべました。
私が押す船は夕暮れ前に港に到着し、みんなが降りたあとパステルが笑みを浮かべました。
「この船は売却しますね。旅に持っていけないので。船をチャーター出来れば良かったのですが、どの漁師さんも忙しくて、そんな暇がないと断られてしまったんです。あとはお任せ下さい」
パステルが笑い、私は頷いて宿に向かって歩いていきました。
「海で泳いだおかげで、陸路の汚れも落ちました。さて、明日はどこを目指しましょうか」
私は星が光りはじめた空を仰ぎ、小さく笑ったのでした。
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