第13話 隣国へ
夜半過ぎに雨も上がり、夜明け頃には青空が顔を覗かせました。
「おはよう!!」
真っ先に起きた様子のスコーンがテントから出てきて、いきなり火炎魔法で私を炙りました。
「乾燥!!」
スコーンが笑った。
「なにかと思いました。ありがとうございます」
私は苦笑しました。
「うん、今日は天気だねぇ」
スコーンがのんびり呟き、大きく伸びをした。
「はい、渋滞もなくなったようですし、絶好の旅日よりです」
目の前の道を埋め尽くしていた車も消え、時折車が通り抜けるだけでした。
そのうちみんなも起きだし、私も手伝って雨で濡れた重たいテントをビスコッティの魔法で乾燥させ、広い私の車の荷台に積み込みました。
出発準備が整い、私たちは再び車列を組んで、道を走りはじめました。
『道路が空いているので、この調子なら国境まで三十分も掛かりません。いきましょう』 無線からパステルの声が聞こえました。
昨夜の夜話で、道と道路の違いを学びました。
舗装されていないのが道、このように石畳で舗装されているような立派なものを道路というそうです。
それを踏まえると、ここは舗装された道路になります。
しかも、重要道路の街道という名の幹線というものである事も知りました。
どうりで急ぎで事故の復旧作業が行われるはずです。通行が止まってしまっては、多大な損害になるでしょう。
さて、そのままなにもなく道を走って行くと、パステルが無線でいうにはあと数分でメラキドという、大きな国境の街に到着するそうです。
「いよいよですね。隣国といえば……」
私は地図を見て、西の方角にある国をみました。
「シドレ王国ですか。楽しみですね」
私は笑みを浮かべました。
車列は順調に進み、程なくメラキドの街に到着しました。
いつもの事ながら、街や村が近づいてくると緊張しましたが、門の上に立っている旗は青でした。
「良かった。受け入れてもらえるようですね。いつも通り、これが心配です」
私は小さく笑いました。
私たちの車列はゆっくり街中に入り、しばしの休憩タイムとなりました。
大きな食堂にみんなが入り、私は外でお留守番という定番のパターンで、肉の焼けるいい匂いを嗅いでいました。
「そういえば、このところ肉を食べていませんね」
私は荷台にある大きな防水袋を開け、中に入れておいた干し肉をガリガリ囓りはじめました。
我慢していたわけではないのですが、口寂しくなると気分転換にこういったおやつも必要です。
「さて、隣の国ですか。まずは、王様にご挨拶しないといけないですね」
私は笑みを浮かべました。
「はい、エレーナ。肉です」
ビスコッティが巨大な生肉の塊を持って、私に手渡しました。
「ありがとうございます。こんな豪勢な食事は久々です」
私は肉を丸呑みして、笑みを浮かべました。
「この街で通行証を受け取らないと、国境のゲートで引っかかってしまいます。代表して窓口に行ってきますので、みなさんここで待っていて下さい」
パステルが私たちの身分証を持って、街のどこかに向かっていった。
国境の街だからか、商店や屋台が多く並び、トラックや車の往来も激しいです。
活気のある街は好きですが、ここまでくるとちょっと辛いです。
「早く進みたいですね。国を跨ぐのがこんなに大変とは……」
私からすればどこも同じようなものでしたが、これが陸路で旅する醍醐味でしょう。
極度の人混みは苦手ですが、それでも楽しみは変わりませんでした。
「よし、隠すぞ!!」
「あいよ!!」
私の車の荷台では、ジーナとリナが一番目立つ四連装重機関銃の銃架を隠すため、手作りと分かるカバーを掛けて、なるべく目立たないようにしていました。
「別に武装していてもいいし、この程度ならいいだろうけど、念のためね」
ジーナが笑みを浮かべた。
確かに武器を売っている店もありますし、国を渡るに当たって問題ないでしょうが、なにしろ目立つのは確かなので、これは必要な事でしょう。
待ち時間に改めて準備を済ませようとしたところ、いつの間にか落としてしまったのか、荷台に置いてあったドラゴンスレイヤーとロングソードがなくなっていました。
「昨日は飛ばしましたからね、どこかで落としてしまったのかもしれません」
ロングソードはともかく、ドラゴンスレイヤーは大変価値があるものなのは知っていました。
それをなくしてしまった事は、少し寂しかったのと同時に、そこかの野心家に拾われてドラゴンの誰かを傷つけてしまったらと考えると、かなり心配でした。
「どうしたものでしょうか。探しに戻るにしても、見当もつきませんし……」
などと思っていると、空の彼方に小さな陰が現れ、瞬く間に近づいてくると、それは私の手の中にスポッと収まりました。
「あっ、ドラゴンスレイヤー……」
それは、どこかになくしたドラゴンスレイヤーでした。
そういえば、鑑定してもらった時に聞きました。
ドラゴンスレイヤーに主と認められれば、どこにあってもその元に戻ってくると。
「……そうですか。私を主と認めてくれているんですね」
私はそっと笑みを浮かべ。ドラゴンスレイヤーを荷台にのせ、黒虹の剣と一緒にロープで括ると、どこかで落とさないようにカバーを掛けました。
「これで大丈夫でしょう。無事に隣国に入れればいいのですが……」
私は笑みを浮かべました。
それから一時間ほどでパステルが戻り、私たちそれぞれに通行証を手渡してくれた。
「さすがに、エレーナには驚かれましたよ。でも、身分証があるのだからとゴリ押ししました」
パステルが笑いました。
「お手数お掛けしました。これで大丈夫ですか?」
「はい、用が済んだのでいきましょうか」
パステルが笑みを浮かべ、私たちは街を後にしました。
街から国境のゲートまでは、数十分程度で着きました。
なにか手続きがあるようで、四つあるゲート全てが開放され、車が止まっては先に進んでいました。
『間もなく入国審査です。身分証をみせれば大丈夫なのですが、エレーナが気がかりです。私が間に入りますので、ゲートを抜けたら停車します』
ビスコッティの声が、無線から聞こえてきました。
「よろしくお願いします。多分、驚かせてしまうでしょうから」
私は苦笑しました。
程なく私たちの車列はゲートに到達し、先行する二台は問題なく通過しましたが、やはり私で引っかかりました。
「身分証と通行証は確認しましたが、レッドドラゴンが車で旅しているというのは初めてで、どうしていいか分からないので、上に問い合わせています。しばらくお待ちください」
ゲートの役人と思しき制服を着た人が、困ったように無線でやり取りしていました。
「ダメならいいですよ。無理なさらず」
私は笑みを浮かべました。
そこに、先行する車の二号車からビスコッティが降りてきて、にこやかに役人になにかを手渡しました。
どうやら手帳のようなものだったようで、役人がそれを広げると一つ頷いきました。
「失礼しました、問題ありません。どうぞ」
よく分かりませんが通行許可が出たようで、私はゆっくり車を進めて車列の後方について止まりました。
ビスコッティが私のそばにきて、小さく笑いました。
「王都に挨拶に行ったとき、たまたま国王様の近くにいた私にこれを手渡されました。エレーナの物です。これは王族の身分証なんですよ。万一に備えて、そっと持っていたのです。落とすといけないので、私が保管しておきますね」
ビスコッティが車に戻り、私たち三台はゆっくり進みはじめました。
『これで、お隣のシドレ王国に入国しました。どこに向かいますか?』
無線からパステルの声が聞こえました。
「まずは、この国の国王様にご挨拶が先でしょうね。王都までどれくらい掛かりますか?」
『はい、結構遠いので車でも二日は掛かると思います。でも、それが一番でしょう』
パステルの声が聞こえ、私は一つ頷きました。
「事前に連絡した方がいいのでは?」
『先ほどの役人がすでに連絡したそうです。私たちは、このまま進むだけで大丈夫です』
「分かりました」
私は一つ息を吐き、やや緊張しながら車を進めました。
路面が整った道路を走るうちに、時刻は夜に近づいてきました。
私たちがいたアルス王国と同様で、草地が広がるノンビリした光景に心を奪われつつ、そろそろ今日の寝床を確保しなければなりません。
荷台をみると、国境を跨ぐときに被せておいた重機関銃のカバーを外して、いつでも使えるようにした様子のジーナとリナが、油断なく辺りを双眼鏡で見張っていました。
私は無線のマイクを取り、パステルに話しかけました。
「パステル、テントを張るならそろそろ場所を考えないといけません。どうしますか?」
『はい、この先に夜までに到着できる町や村はありません。この辺りで野営しましょう』 二台の車が草原に入り込み、私もくっついて車を草原にいれました。
「よっと……」
私は運転席から降りて、荷台に積んであった巨大テントを持ち上げ、みんなで協力して設営しました。
「これでいいでしょう。少し寒いですね……」
私はお馴染み虹色ボールをテント内にたくさん転がし、適温になるように調整しました。
「このボール便利だよね!!」
スコーンが喜んで呪文を唱え、無差別に光球を転がし、道路にはみ出てしまった分は、私がかき寄せて草原に戻しました。
「これなら、夜は幻想的な景色になるでしょう。いいですね」
私は笑って空間ポケットを開いて酒瓶を出すと、少しだけお酒を飲んで笑みを浮かべました。
「では、晩ご飯を作りましょう。コンロを出して……」
パステルが準備をはじめようとした時、『トロキのお弁当屋さん』と車体に書かれたピンクの車が止まりました。
「晩ご飯いかがですか。注文いただければ、可能な限り対応しますよ」
運転席から降りてきた女の子が、ニコッと笑みを浮かべました。
「あ、あの、これから料理を。キャンプの楽しみが……」
パステルが目に涙を浮かべました。
「そ、そこまで嫌ですか!?」
私は思わずパステルをペチッと潰さないように気を付けながら、そっと頭を撫で撫でしました。
「はい、道具と食材があれば、料理のお手伝いとアドバイスもしますよ。なにがありますか?」
いきなりやってきた女の子が、泣きそうだったパステルと一緒に車や空間ポケットにしまっておいた様子の食材を取りだし、なにやら打ち合わせをしながらこちらの調理器具で料理をはじめました。
食事のいい匂いが漂ってきた頃、いきなり私の隣の空間が大きく歪んで、いつぞやのマルシルさんと大勢の人たちが出てきました。
「この前はありがとうございました。私たちコモンエルフには特技があって、一度会った人の後を追跡して、こうして移動する事が出来るのです。本来は敵対する相手を暗殺するためのものですが、無論そんなつもりはありません。里の者がエレーナさんを一目見たいと騒ぎまして、ご迷惑と知りつつこうして訪問させて頂きました。旅は順調ですか?」
マルシルさんが笑みを浮かべました。
「は、はい、皆さん初めまして……」
私はびっくりしてしまいましたが、とりあえず一礼しました。
ざわつく皆さんがいっせいに頭を下げ、私はどうしていいか分かりませんでした。
「みなさん、突然申し訳ありません。以前、まだ一人で行動していたエレーヌさんのお世話になったマルシルと申します。お騒がせして申し訳ありません」
マルシルさんは、笑顔でみんなに挨拶した。
「……コモンエルフ」
パステルが調理の手を止めて、ポカンとしていました。
「エルフなんて珍しいね!!」
スコーンがマルシルに握手を求め、マルシルさんは笑顔でそれに応えました。
「邪魔かと思いますが、今日はここで一夜を明かしたいと思います。皆がそうでないと納得しないのです。よろしくお願いします」
マルシルさんが笑みを浮かべ、ここにきた大勢の皆さんが手早くいくつもテントを張りいはじめました。
「では、料理などはこちらで……」
「あっ、こちらはもうパステルさんに任せて大丈夫なので、そちらの料理も作りますよ。エルフ料理も得意なんです」
トロキさんが笑みを浮かべ、空間ポケットから色々食材を取りだし、マルシルさん一行がどよめきました。
「あ、あの、こんな貴重な食材をどこから……」
マルシルさんが額に汗を浮かべました。
「お弁当屋さんを甘くみてはいけません。お客様は人間だけとは限らないのです。たまに見かける旅行くエルフの皆さんや、ドワーフのみなさんにも美味しい料理を提供するのが生き甲斐なので、独自の仕入れルートを開拓したのです」
トロキさんが笑いました。
「そ、そうですか、では料理をお願いします」
マルシルさんがワナワナ震えながらいうと、トロキさんは調理器具を取り出して凄まじい速度で料理をはじめました。
「驚きましたが、今日はご馳走ですね。こういう出会いも大事です」
私は笑みを浮かべたのでした。
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