第15話 観光に出かけよう
まさか、十年以上という人間の尺では長い期間仮眠してしまい、その間そばにいてくれたジーナとリナ、駆けつけてくれたスコーンとビスコッティがまた集まってくれて、私は幸せな気持ちになりました。
出発準備を終え、さて……という時に、軽快な音を立てて小型のバイクに跨がったパステルが滑り込んできました。
「よかった、間に合いました。この国の道路事情などの情報をかき集めてきました。道案内は任せて下さい!!」
パステルが笑った。
「ありがとうございます。まだ、誰か駆けつけてくれるかもしれません。少し、待ちましょうか」
捨てるのはもったいないという事と、私の車の荷台にはまだ余裕があるということで、パステルのバイクを積み込んでワイヤーで固定し、二時間ほど待つ事にしました。
ビスコッティが背負った大きな無線機で、スコーンが無線で呼びかけていましたが、首を横に振りました。
「他の誰も応答しないよ。もう冒険者やめたのか興味がないのか分からないけど、当面はこれでいこうか、ビスコッティは運転で私が後席パステルが助手席ね。それ、エンジン掛かる?」
スコーンが笑いました。
「うん、鍵がでかすぎて回せなかったから、確認していないんだよね。エレーナ、やってみて」
ジーナが苦笑しました。
「はい、分かりました」
私は掃除してもらっていたようで、埃もないシートに座り、挿しっぱなしのキーを回しました。
しかし、バッテリ切れのようで、セルモータすら回りませんでした。
「……ダメですね。バッテリだと思いますが」
私は小さく息を吐き、車を降りて巨大なボネットを開けました。
だいぶ埃と汚れが溜まっていたが、エンジン本体は大丈夫そうでした。
私がため息を吐くと、ログハウスから国王様が出てきました。
「どうした、故障かね?」
「はい、バッテリがもうダメなようで……」
私が答えると、国王様は笑みを浮かべました。
「うむ、なにか不具合があるだろうと、いつ起きても大丈夫なように、技術者と相談してバッテリーは用意してある。修理要員もログハウス内でずっと待機させている。メンテナンスをしてからの方がいいだろう」
国王様が笑いました。
ログハウスから作業着を着た一団が現れ、車の整備をはじめてくれました。
「ありがとうございます。私はあまり詳しくなくて……」
「それはそうかもしれんと思って、あらかじめ待機させておいたのだ。パーツやオイルもある。全て綺麗にしてもらうから、少し待ってくれ」
国王様がにこやかに笑みを浮かべると、オリーブ色に塗られ、『ロータス土建』と書かれた大型トラックが横付けして止ました。
「おう、故障か。手伝うぜ!!」
運転席の窓ガラスが開けられ、威勢のいい女の子の声が聞こえた。
トラックの荷台からワラワラと作業服姿の女の子たちが降りてきて、国王様の技術者と協力して整備をはじめました。
「あの……、これお礼です」
私は鱗を一枚むしって、作業を監督している様子のロータスさんに渡そうとしました。
「いらねぇよ。いつもここを通り過ぎる度に、ゴツいのが駐まってるなって、仲間といい合っていたんだ。それに触れられただけでも満足だぜ。そいつは国王にやれ!!」
ロータスさんが笑った。
「そ、そうですか。では、国王様に……」
私が鱗を国王様に差し出すと、思い切り笑われてしまった。
「この程度なら問題ないのだが、もう取ってしまったからな。国の資金として預かろう」
国王様は家臣に任せて、私の鱗を受け取りました。
「ご迷惑おかけします。まさか、こんなに助けてもらえる人がいるとは……」
私は頭を掻きました。
「いったであろう。ここは一種の観光名所になっていたと。もはや、国で知らぬものはおらんだろうな」
国王様が笑った時、一台の大型バスが傍らに止まり、中からカメラを持った一団が降りてきた。
「おい、起きてるぞ!!」
「やっとか、毎日きている甲斐があったぜ!!」
いきなりできたカメラの砲列に、私はどうしていいか分からず、ただ立ち尽くしていました。
しばらくして、バスがクラクションを一回鳴らすと、観光集団はあっという間にバスに戻り、そのままどこかに走り去っていきました。
「な、なんですか、今の……」
「ああ、観光会社が組んだツアーだな。寝ている間はテントの中まで覗いて、寝姿を写真に撮っていたぞ。やめろといったんだがな」
国王様が苦笑しました。
別に寝姿を撮られてもどうとは思いませんが、ちょっとだけ恥ずかしかったです。
さて、車の整備は順調に進んでいるようでしたが、それなりに時間が掛かるようで、お昼近くになると、手空きのロータス土建の皆さんが携帯コンロと土鍋を取りだし、なにか料理を作りはじめました。
「おう、私たちといったら鍋だからな。今日は味噌鍋だ。美味いから食っていけ!!」
ロータスさんが笑いました。
「そうですか。では、頂きましょう」
私は笑みを浮かべた。
ロータスさんたちの作る鍋は、確かに美味しかったです。
鍋という料理は初めてでしたが、味噌という知らない調味料が使われたスープと野菜たちがなんともいえない味を作り、絶妙な味に仕上がっていました。
その場にいる全員が舌鼓を打ち、車の修理や点検も完了したということで、私は運転席に座って、キーを回しました。
轟音を立てて始動したエンジンは快調に回りはじめ、私はそのまま暖機運転をする事にしました。
「十二年ぶりですからね。操作方法は憶えていますが、大丈夫でしょうか」
私は苦笑しました。
「これ、毎日整備していたら大丈夫だよ!!」
荷台に上ったジーナが、四連装重機関銃を指さして笑いました。
「そうですか、心強いです」
私は笑みを浮かべました。
「私もこっちの方に乗る。デカい車体なのに四人しか乗れないし、狭くて大変なんだもん。それに、こっちの方がすぐに攻撃魔法でボカスカ出来るでしょ?」
スコーンが笑って、まだ余裕がある荷台によじ上りました。
「今からでは中途半端な時間ですが、出発しましょうか。また観光客がきてしまうと、恥ずかしいので」
私は苦笑しました。
「うむ、好きに旅されよ。このログハウスはこのまま残しておく。困ったら戻ってきなさい。管理は大臣に任せて、私はそろそろ王都に帰らねばな」
運転席の脇まできて、国王様が笑みを浮かべました。
「はい、ありがとうございました。送りましょうか?」
「それには及ばん。迎えの車がくるまで、ゆっくり過ごす事としよう。すでに、無線で連絡済みだ」
国王様は笑み浮かべた。
なお、ロータス土建の皆さんはとっくに撤収してどこかにいってしまったので、まともにお礼も出来ませんでした。
「では、いきます」
「うむ、いい旅を」
私がクラクションを鳴らして先導車に合図を送ると、ゆっくり進みはじめた。
こちらもゆっくり車を動かし問題がない事を確認すると、低速で通り過ぎていった大型トラックの後に続いて走りはじめた。
「自覚はなかったですが十二年ぶりですか。顔を切る風が心地いいです」
私は鼻歌交じりにハンドルを握り、荷物満載なのか、あまりにも遅いトラックが先導車が追い抜いたので、私も車を操って追い抜いた。
速度が上がるにつれて風も強くなり、チラッと荷台をみると好きなものを使えという感じで設置してあるベルトで、三人とも体を固定して落ちないように工夫していました。
『先導車です。周辺探査魔法装置で、こちらに向かってくる無数の反応を検知しました。戦闘準備!!』
無線から声が聞こえ、私は急ブレーキを掛けて車を停車させ、運転席から降りて待ち構えました。
すると、草原の向かうから武器を振りかざしたオーガの群れが現れました。
オーガは大鬼ともいわれ、人間より背が高い破壊衝動の塊のような種族で、出遭ってしまったら戦うしかありません。
ゴブリン、オーク、オーガと誰からも嫌われる三種族ですが、その中で一番厄介なのがこれです。
「さて……」
私は呪文を唱え、迫りくるオーガの群れに爆発系の魔法を炸裂させて吹き飛ばし、機関銃が凄まじい音を立ってて発射され、スコーンがド派手な攻撃魔法を放ち、先導車から降りてきたビスコッティが、氷の攻撃魔法で凍結させて砕きました。
何度も連続して魔法を撃ちまくり、その数は目に見えて減っていきましたが、残り数十体というところで魔力切れでも起こしたか、ビスコッティがポケットの薬瓶を手に取り、蓋を開けると一気に飲み干ました。
「とりあえず、魔力回復薬を飲みましたが、効果が出るまで十分以上かかります。みなさん、お願いします!!」
ここでビスコッティが戦線離脱して先導車の陰に隠れ、代わりにパステルが飛びでていって、巨大な火球をオーガの群れに叩き込みました。
「私はこれ一発しか使えません。残ったらお願いします!!」
パステルが薬瓶の栓を開けて飲み、先導車の陰に隠れた。
残ったオーガは十体、もう隊列を組むことはやめ、バラバラになって接近してきました。「……散ってしまいましたね。皆さん、各個撃破で!!」
私は呪文を唱え、まずは一体を狙って炎の矢を放った。
その一体が倒れ、スコーンが攻撃魔法で一体を倒し、ジーナが重機関銃で一体を倒した。
残りは七体。これだけ減って散りながらも、さらに接近をやめようとしないオーガに、ここが面倒なところだと思いながら、私とスコーンで合わせて攻撃魔法で撃破していると、たまたまタイミングが合ってしまって、私とスコーンが使った攻撃魔法が相互干渉を起こし、目の前で爆発が起きてしまいました。
私は耐えたがスコーンは吹き飛び、私は結界のベッドで地面に強打する事は避けた。
「ジーナとリナ、あとは頼みます!!」
私は黒焦げでぐったりしているスコーンを抱き上げ、左手の指先を右手のかぎ爪で少し切って、流れ出てきた血をスコーンの口に数滴垂らしました。
反射的に飲み込んでくれたようで、服の焦げ痕以外は急速に回復し、ぐったりしたままのスコーンを、まだ先導車の陰に隠れて回復を待っていたビスコッティに預けました。
「私の血を飲ませたので、怪我の回復は万全です。気が付いたら、着替えさせてあげてください」
私は笑みを浮かべ、再び戦線に復帰しました。
残り一体を重機関銃で追いかけていたジーナに加勢して、私は得意としている炎の矢の呪文を唱えました。
これは、目標物を定めて放つと、そこに向かって自動的に飛んでいくもので、単体にしか使えませんが、この状況では便利なものでした。
「ファイア・アロー!!」
私が放った炎の矢は素早く逃げるオーガの残り一体を執拗に追尾し、程なく命中して爆発を起こしました。
それで倒れたオーガをみて、私は小さく息を吐きました。
「さて、みなさん。先に進みましょう。オーガの死体を目的にして、野獣などがくると思いますので」
私が声を掛けると、パステルとビスコッティが先導車に乗り込み、私たちも車に乗り込みました。
「みなさんお疲れ様でした。スコーン、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。魔力干渉なんて久々だよ!!」
着替えを終えたスコーンが、笑顔で手を挙げた。
「ならば、大丈夫ですね。いきましょう」
先導車が走り出し、私はそれに続いて走っていきました。
半端な時間に出発した私たちは、またも街道際で夜を迎えることになりました。
夜間走行も可能ですが、危険であるとパステルが判断したので、私たちはそれに従って巨大なテントを張る作業に入りました。
十二年間の間に痛んだ箇所を魔法で直し、床に銀マットを敷いて湿気や断熱の対策をしてから寝袋を並べておいてもまだ余裕がある中は、私がばら撒いた虹色のボールの効果で快適な室温に保たれました。
室外では新たに購入したらしい大きなタープの下で、屋外コンロや折りたたみ式の椅子やテーブルが置かれ、地面には大型ランタンが設置されていました。
さらに、調理スペースには吊り下げ式のカンテラが設置され、パステルが料理をはじめていました。
「待っていてくださいね。とっておきのお酒をドボドボ……」
どうやら、煮込み料理を作っているようで、いい香りが漂っていました。
「こら、また私のお酒を!!」
テント脇で虹色の光球でスコーンとキャッチボールをしていたビスコッティが、パステルをビシバシ引っぱたきはじめました。
「仲がいいですね。いいことです」
私はその微笑ましい? 様子を眺めながら、手に持っていたお酒の瓶を傾けました。
「私はこの安物でいいです。程よく飲みやすくて、全く癖がないですからね。しかも、何本もまとめ買いが出来る。いいことです」
私は笑みを浮かべました。
食事が終わってテント内の魔力灯が点けられ、色々語らいをはじめた皆さんより先にテントに入り、空間ポケットから石版を取り出して、色々考えながら新しい呪文を考えては彫り込んでいきました。
「やはり、真裏ルーンの攻撃魔法は神経を使いますね。失敗は許されません」
私が真面目に石版に呪文を彫り込んでいると、スコーンがテントに入ってきました。
「あっ、魔法研究してる!!」
「はい、そろそろ研究しないといけません。真裏ルーンなので、真似したらダメですよ」
私は笑みを浮かべ、再び真面目に石版と向きあいました。
「えっと……ここにトラップをかけて中断出来るようにして……」
トラップとは罠ではなく、そこでいったん区切っても平気な場所の事です。
真裏ルーンは呪文が長いので、息継ぎや取りやめのために、このトラップを設けるのは重要でした。
その様子を笑顔でみていたスコーンでしたが、徐々に顔を真剣なものにしていきました。「……ちょっと勉強しただけなんだけど、これって攻撃魔法じゃない?」
「待って下さい……えっと。はい、いいですよ。その通りで、攻撃魔法です」
私は頷いた。
「ダメ、絶対ダメ。やめて!!」
「必要なんです。この裏は回復魔法です。開発しているのは、逆位相のための攻撃魔法なんです。これを転じないと回復魔法にならないのは、ルーン文字と同じです。真裏ルーンの回復魔法は絶対に作っておくべきなのですが、難解でやっとここまで理解できたというわけです」
私は笑みを浮かべました。
すると、スコーンが笑みを浮かべました。
「そうだね。先に攻撃魔法を作らないと、それに見合った回復魔法は作れない。ビスコッティには内緒だけど、実はそれなりに使える回復魔法が一個だけあるんだよ。魔力消費が激しいし、呪文が長いから使う事はないだろうけど、これこそが本当の私の切り札なんだ!!」
スコーンが笑いました。
「そういうものです。切り札は、最後まで取っておくものですからね。ちなみに、私が作っている魔法は、ある意味で絶対禁忌の魔法なんです。それは、通常の怪我はもちろん、命を落とすような重傷でも癒やせる魔法なんです。これ、見方を変えると死者蘇生スレスレの魔法です。でも、絶対に必要になる予感がして、慌てて作っているんですよ。これでも速い方です。通常は最初の一文字すら、何ヶ月も悩んで決めますからね」
私は笑みを浮かべました。
「そっか、その魔法自体は肯定も否定もしないけど、エレーナが必要だと思うなら作るしかないね。私もなんか作ろうかな。今やビスコッティの方が上達しちゃったから、ここらで締めておかないと……」
スコーンはノートを開き、サラサラと呪文を書きはじめました。
「裏ルーンだけで作れますか。これも危険ですよ」
「もちろん出来るよ。ビスコッティが氷の結界魔法が得意だから、私は炎の防御結界を作るかな。っていうか、もう頭の中では出来てるけど!!」
スコーンが笑いました。
「早く完成させましょう。もったいないので」
私は笑ったのでした。
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