第16話 竜騎士団

 夜も更けた頃になって、テントの外で図太いエンジン音が響き、タイヤが軋む音が聞こえました。

 目を閉じていた私は、その時になってはじめて気が付きましたが、スコーンとビスコッティの姿がありませんでした。

「さて……」

 書き置きがあったので読んでみると、『まだ魔法の修行と研究が足りません。もう少し山に籠もって修行してきます』と書かれていました。

「そうですか……」

 私は苦笑を浮かべ、再びまどろみに入りました。

「あれ、車の音……」

 パステルが身を起こし、書き置きを読みました。

「そうですか。恐らく、二度と戻らないでしょう。書き置きがあるだけいいですよ」

 パステルがため息を吐きました。

「離合集散は旅の常と学びました。今回もそれですね」

 私は残念だなと思いつつ、小さく欠伸しました。


 車が私の物だけになってしまったのでパステルが荷台に乗り、車一台での旅がはじまりました。

 パステルの誘導に従って私は入り組んだ街道を走り、ガンダダの滝を目指しました。

 車で約二日。そのうち半分をこなした計算ですが、あのオーガとの戦闘で時間を消費してしまったので、まだ一日半はかかると聞いていました。

「さて、どんな滝なのでしょうか。楽しみです」

 私は笑みを浮かべました。

「おーい、空をなにかが飛んでるぞ!!」

 ジーナの声で、私は空を仰ぎました。

 そこには、細い体に四枚の翼がついた、人間の間ではドラゴンのようでドラゴンではないとされている、ウィンド・ドラゴンさんが飛んでいました。

 ブレスは吐きませんが空を飛ばせたら断トツで速い、これでもドラゴンの一種でした。

「ウィンド・ドラゴンです。気になる物があると、こうやって追尾していくほど好奇心旺盛なんです」

 私は笑いました。

 カカカと喉を鳴らして車を止めると、私は道路に降りました。

 そのウィンド・ドラゴンが地上に降りて一礼すると、私も礼を返した。

「せっかくです。私はここで待っていますので、背中に乗せてもらうといいです」

 私が笑みを浮かべると、そのウィンド・ドラゴンが喉をカカカと鳴らしました。

 すると、近くにいたらしいウィンド・ドラゴンが集まりはじめ、全部で十頭も集まってしまいました。

「乗せてもらえるみたいですよ。ウィンド・ドラゴンは喋れませんが、行動で分かります」

 私は頷きました。

「よし、乗るぞ!!」

 ジーナが率先してウィンド・ドラゴンの背中に乗り、みんなおっかなびっくりという感じで、その背に乗りました。

 一斉にウィンド・ドラゴンさんたちが飛び立ち、私は車を路肩に寄せて戻ってくるのを待ちました。

 一時間ほど経ってみんなが戻ってくると、全員が興奮した様子で語りはじめました。

「どうですか、空の気分は?」

 私は笑いました。

「はい、いいですね。スカッとしました!!」

 パステルが笑った。

「それはよかったです。では、いきましょうか」

 私は笑みを浮かべ、みんなが乗り込むのを待って、車を出しました。

 それにしても、よほど気に入られた様子で、十頭のウィンド・ドラゴンが空に舞い上がり、私たちのあとを飛びながら一頭去り二頭去り……最後は一頭だけになりました。

 その一頭が不意に高度を上げて、空に円を描いてからどこかに飛び去っていきました。

「遊び心も旺盛なんです。これほど大勢のウィンド・ドラゴンが集まるのは、珍しいですよ」

 私は笑いました。

「なんだ、敵かと思って、危うく撃つところだったよ」

 ジーナが笑いました。

「撃ってしまったら、すぐに死んでしまいます。竜鱗がないので弾を防げないのです」

 私は頷きました。

「そっか……。これも速く飛ぶために進化した結果だね」

 リナが小さく呟きました。

「そうですね。速く飛ぶためには、少しでも軽い方がいいですし、どうしても空気抵抗になる竜鱗は捨てなければならない……。だから、地上に降りる事は滅多にないんです。珍しい事だったんですよ」

 私は小さく笑みを浮かべました。

「そっか、楽しかったよ」

「はい、いい経験をしました」

 ジーナとパステルが笑いました。

「そういえば、この国にはウィンド・ドラゴンに乗った竜騎兵団が存在します。世界でも例を見ないのですが、ウィンド・ドラゴンに乗っている騎士たちが偵察などを行っているそうです。通り道に詰め所の一つがありますので、寄っていきますか?」

 パステルが地図を見ながら笑いました。

「そうですか……。同族としてなんとなく微妙な気持ちになりますが、これも社会勉強ですね。寄ってみましょう」

 私は笑みを浮かべ、街道をひた走りました。


 その詰め所は街道沿いにフェンスで区切られた、かなり広大なものでした。

「ここです。許可がでるか分かりませんが、ゲートで相談してみましょう」

 パステルが笑みを浮かべました。

「そうですね、お願いします」

 私はフェンスの合間にあるゲートに向かいそこで車を止めると、パステルが飛び下りてゲートの役人と思しき制服姿に声を掛け、車の旗竿を指さしました。

 すぐに制服姿が遮断棒を上げ、パステルが車に乗ったことを確認してから、私はおっかなびっくりという感じで、車を中に進めました。

 誘導に従って進んで行くと、目の前に一台の小型軍用車が飛び込んできたので、私は慌てて急ブレーキをかけ、小型軍用車も急停車しました。

「おりょ!?」

 小型軍用車から降りてきたのは、スコーンでした。

「ここで会うとは……どうしましたか?」

 私は苦笑しました。

「うん、なんか魔法教えて欲しいっていうから、簡単なの教えてみんなのところに戻ろうとしたんだよ。でも、あの車がぶっ壊れちゃって、このボロッコイの借りていこうと思っていたんだけど、その手間がなくなったよ」

 スコーンは笑いました。

「そうですか。私たちはついでに寄ったのですが、ここは竜騎士の詰め所と聞きました。本当ですか?」

「うん、三十人くらいいるよ。お礼にってウィンド・ドラゴンに乗せてもらったけど、気持ちよかったよ!!」

 スコーンが笑みを浮かべました。

「そうですか、ここの皆さんもウィンド・ドラゴンに乗ったんですよ。野生のものが興味を持ったようで」

 私は笑いました。

「そうなんだ。そろそろここの団長が出てくるよ。ドラゴン好きだから!!」

 スコーンが笑って小型軍用車に乗ると、そのまま駐車場に駐めて戻ってきました。

「また合流するよ。あっ、団長がきた!!」

 スコーンの声でそちらをみると、宿舎と思しき建物から、笑みを浮かべた立派な鎧を着た男性が出てきました。

「これはこれは、有名な旅するレッドドラゴンですね。どうしましたか?」

「はい、旅のついでといってはなんですが、少し寄り道をさせて頂きました」

 笑みを浮かべた男性に、私は車を降りて一礼しました。

「そうですか、私はこの基地を統括している団長のロックウェルです。この車は大きすぎるので、練兵場に移動しましょう。誘導に従って下さい」

 私は頷き荷台にスコーンが乗った事を確認してから、車に乗り込んで誘導に従って広大な未舗装の広場のような場所に車を乗り入れました。

 ちょうど時間なのでしょうか。広場には鎧姿が大勢いて、格闘戦の訓練をしているようでした。

「ふーん、いっちょ揉んでやるかな」

 ジーナが不適な笑みを浮かべ、指をボキボキ鳴らした。

「あ、あの、穏便に……」

「たまには体を動かさないとね!!」

 なぜか闘争本能を刺激されたようで、ジーナが車から飛び下りて、適当に空いている人を見つけて組み手をはじめてしまいました。

「……どうしましょう」

 私は心底困ってしまい、とりあえず車のエンジンを切りました。

 しばらくそのままでいると、団長さんがやってきて笑みを浮かべた。

「お暇でしょうか。一つお手合わせを……」

 団長さんはニッコリ笑みを浮かべ、他の鎧姿の人が連れてきたウィンド・ドラゴンをみました。

 手綱や鞍などが付いて人によく懐いているので、ここで卵から孵って育てられたものとすぐ分かりましたが、なにを手合わせしようというのでしょうか。

「あの、なにを……」

「竜騎士の任務のほとんどは、敵地の監視や偵察で攻撃は二の次ですが、訓練を怠ってはいけません。一つ、勝負しませんか?」

 団長が笑った。

「し、勝負とは?」

「ここの団員は私も入れて三十人です。同時に飛び立たって、あなたは私たちの飛行訓練を見て、評価をして頂きたい」

 団長は笑いました。

「評価ですか……やってみます」

 私は小さく頷いた

「その前に、昔からの夢だった、レッドドラゴンに乗りたいというものを叶えさせて頂けますか? なに、昔は裸のドラゴンに乗って、空を飛んだものです」

 団長は笑いました。

「構いませんが、危ないかもしれません。気をつけてくださいね」

 団長の問いに私は頷いてから身を伏せると、慣れた様子で背中によじ登って、大きなランスを構えて見せました。

「うむ、これは広くていい。こちらの準備は大丈夫です」

「分かりました。落ちないで下さいね」

 私は翼を三回空打ちしてから、そっと空に舞い上がりました

 団長は片腕で私の首に腕を回して体を固定し、片腕のランスを前方に突き出したり、色々試しているようでした。

「本当に乗り慣れていますね。少し、飛ばしてみますか」

 私は少し楽しくなり、心持ち速度を上げて水平飛行してからシザーエッジという戦闘機動をしてからバレルロールで方向を急激に変え、さらに上空で大きくループしてそのまま着地しました。

「……しまった、アクロバットしてしまった」

 私はハッとして気が付き、背中に注意を向けると、ニヤッと笑みを浮かべた団長がランスを掲げました。

「ほら、いった通り。この程度、どうって事はありません。さすがにパワーが桁違いですね。大回りになりがちなのは重量があるので当然ですが、一気に加速する事が出来るので、卵を一個分けて頂けませんか」

 団長は笑って背中から降り、先ほどのウィンド・ドラゴンの背に跨がりました。

 サイレンが鳴り、広場にいた全員がいっせいに……馬だったら厩舎というのでしょうか、そこに駆け込んで自分のウィンド・ドラゴンに鞍と手綱をつけ、一気に飛びだして上空に舞っていった。

「私もいく!!」

「私も!!」

 スコーンとリナが魔法で空に舞い上がっていき、遅れてパステルも飛んでいきました。

「私はこれでいく!!」

 組み手が終わって暇になってしまったようで、ジーナが私の背中によじ登って、背中にへばりつきました。

「……あの、危ないですよ」

 私は小さく息を吐き、試しに少し飛んでみました。

 それなりにアクロバットな感じで飛んでみましたが、ジーナは余裕の顔で上手く竜鱗を掴み、大丈夫そうでした。

「分かりました。では、いきましょう」

 私は感覚で一気に高度を上げ、あちこちで巴戦が繰り広げられている場所に到着しました。

 先に飛び立ったスコーンとリナが並び、やや不安定な飛び方のパステルがフラフラ浮かび、その隣にジーナを乗せた私が並びました。

「さて、戦闘評価でしたね。みなさん、よく分かっています。ですが、実はウィンド・ドラゴンは飛行速度が速い代わりに小回りが苦手なんです。私の方がまだ小回りが利き、なおかつパワーがあるので、この状況ならいい戦いが出来そうですね」

 私は笑い、よりよく見るために訓練している皆さんに近寄っていった。

 すると、なにを思ったか、一人の騎士がランスを捨て、私の方に突っ込んできた。

「……なるほど、飛行対決ですか」

 私は笑みを浮かべ、一気に全開速度に入った。

 そのウィンド・ドラゴンを引き離し、相手が増速してきたところで、両翼を開いて急ブレーキをかけ、追い抜いていったそのウィンド・ドラゴンのあとを全速で追いかけ回しました。

 こちらを引き離そうと苦労している様子の相手は様々な機動を試みて暴れましたが、私はパワーで押し切ってガッツリ背後に付いたままひたすら追いかけ回していると、背後に気配を感じて右に急旋回して避けました。

 その空間を相手のランスが通り抜け、そのままひっくり返って背面飛行入って軽く体を捻りながら上昇してバレルロール一発で通常飛行にはいると、二人の竜騎士が唖然とした表情でこちらをみていた。

「グッドラック」

 私は呟き呪文を唱え、こけおどしで殺傷力がない炎の矢のようなものを放ち、その二人を『撃墜』しました。

 ふとみると、スコーンやリナも団員をからかって遊び、ちょっと飛び慣れていない様子のパステルは、四人を引き連れてひたすら逃げ回っていました。

 こうして、どれくらいたったか。再び広場に降りると、私の前に並んだ団員さんたちがいっせいに敬礼し、私は深々と頭を下げた。

「どうですか、我が団の戦闘能力は?」

 にこやかに団長が問いかけてきました。

「はい、よく訓練していると感じました。ただ、ウィンド・ドラゴンの特性をもっと研究するべきだと思います。速度に乗ると速いのですが、機動戦には弱いです。基本的には、戦闘はしない方が思います」

 私は笑みを浮かべた。

「なるほど、用兵は間違えていないようですね。元々、高速で敵地を探るのが主任務ですから」

 団長は頷いた。

「それがいいと思います……あれ、そういえばジーナがいませんね。どこで……あっ、落とした!?」

 私は思わず頭を抱えました。

「ん、どうしたの?」

 スコーンが私に問いかけてきました。

「はい、実はジーナを背中に乗せていたのです。上手く乗れていたので、私も油断してしまいました。無茶な飛び方をしたので、どこかに落としてしまったかもしれません……」

 私は涙が出てきました。

「分かった、探してくる。リナ、いこう。パステルは魔力の限界だから、ちょっと待っててて!!」

 スコーンとリナが飛び立ち、パステルが私の背中によじ登った。

「大丈夫ですよ。冒険者は頑丈さが命です。泣かないで!!」

「はい、でも……」

 私は大きくため息を吐きました。

「乗った方が悪いのです。問題ありません!!」

 パステルが優しく私の背中を撫でてくれました。

 しばらくすると、気絶しているようで、頭と手足がだらんとしているジーナを二人で抱きかかえたスコーンとリナが戻ってきました。

「森で見つけたよ。気絶してるだけみたいだね」

 スコーンが笑みを浮かべました。

「……そうですか。申し訳ないことをしてしまいました」

 私は地面に寝かされたジーナに手をかざし、回復魔法を掛けました。

「よし、今日はここに泊めてさせてもらおうか。この様子じゃ、エレーナが運転したら危ないし!!」

 スコーンが笑ったとき、空にはもう夕闇が迫っていたのでした。

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