第18話 雨の日にて

 夜半すぎ、微かな銃声を聞いて私は目を開けました。

「さて、なんでしょうね」

 私がテントから出るより早く、暗い中でもよく見えると聞いた双眼鏡を手にしたジーナとリナが素早く外に出て、私はその後に外に出ました。

 暗くても夜目が利く私は、即座に人間の集団がこちらに向かってきている事を確認しました。

「人間の集団です。恐らく、盗賊かと……」

 私は追い払う準備をして、身構えました。

「……そうだね。数は三十名ってところか」

 ジーナが機関銃に取り付き、リナがサポート体勢を取りました。

 私は呪文を唱え、こけおどしの殺傷力がない炎の矢を無数に生み出し、集団に向かって放ちました。

 しかし、この程度では怯む様子はなく、一直線に向かってきた集団に向かって、ジーナが射撃をはじめました。

 あまりの騒音にみんな起きたようで、目を擦りながらテントの外に出ると、スコーンが欠伸混じりに私をみました。

「なに、敵がきたの?」

「はい、盗賊です。もうすぐ方がつきますよ」

 私は笑みを浮かべました。

「そっか、じゃあ加勢するよ」

 スコーンは自分の頬を叩き、呪文を唱えはじめました。

「ファイアボール!!」

 スコーンが放った火球は集団のど真ん中で炸裂し、無数の盗賊たちを蹴散らしました。

「私もいきます!!」

 パステルが呪文を唱え炎の矢が夜空に飛び立ち、まだ接近してきている盗賊のほとんどを蹴散らしました。

「さらに、ファイアボール!!」

 重機関銃のサポートをしながら、リナが攻撃魔法を放った。

 無数の火球が夜空をこがし、撤退をはじめた盗賊たちのほとんどを爆風で弾き飛ばしました。

「フン、他愛もない」

 リナが笑みを浮かべました。

「……今、火球を何個だしたの?」

 スコーンが呆然として呟くようにいいました。

「三十個くらい。練習すれば出来るよ!!」

 リナが笑いました。

 通常のファイアボールは火球が一つですが、リナの魔法は三十個……恐ろしく高度な技でした。

「……練習しゅる」

 スコーンが呪文を唱えてファイアボールを放つと、百個近く飛び出した火球が草原を焦がしました。

「あれ、なんか違うな……」

「違う違う、分裂させるんじゃくて、一個一個が本来の力を持った火球だよ。三十回唱えたのと同じ!!」

 リナが笑みを浮かべました。

「そっか……ちょっと研究する。今は無理だね」

 スコーンが難しそうな顔をして、テント内に入った。

「さて、みなさん。敵は去りました。ゆっくり休みましょう」

 私は笑みを浮かべ、みんなをテント内に誘導しました。

 ジーナとリナは夜間番をするといいましたが、私が気が付くからいいと説得して、半ば無理やり中に入ってもらいました。

「さて、そろそろお風呂が恋しいでしょう。作りますので、少し待って下さい」

 私は呪文を唱え、外でガタンという音が聞こえたのを確認しました。

「お風呂を作りました。まだ地下水を溜めて温めていないので、入れるのは先ですが」

 私は笑みを浮かべました。

「よし、やっと風呂だ!!」

 ジーナが笑いました。

「はい、朝を待って下さいね。私は作業を続けますので」

 私は笑みを浮かべ、どこかでみた人間のお風呂を思い出し、石版に呪文を刻み続けました。

 ……創成の魔法。誰にも話しをしていない、真裏ルーン魔法の真骨頂でした。


 みんながテントで寝ている中、私はお風呂作りを続けていました。

 創成の魔法でも出来ない事はあり、人目を遮る柵や脱衣所の中などの細かい作業は自分でやらねばなりません。

 作業のために一時的に脱衣所の屋根を外し、まるでミニチュアを作るような感覚で棚や脱衣カゴを置き、満足して屋根を元に戻すと、お風呂の温度を調整する作業に入りました。「適温が分かりませんね。六十度ではダメでしょうね。三十度?」

 私が悩んでると、煙草を吸いたくなったのか、ジーナがテントから出てきました。

「ん、なんか本格的だね。どうした、悩んでいるみたいだけど……」

「はい、人間の適温が分からないのです。教えて頂けませんか?」

 私が問いかけると、ジーナは頭を掻きました。

「人によって違うだろうけど、四十二度とか四十三度くらいだろうね」

「分かりました、ありがとうございます」

 私は放出魔力を調整して、お湯の温度を下げました。

「そっか、露天風呂か。街道沿いにボコボコ作るとウケるかもね」

 ジーナは笑って煙草を吸うと、そのままテントに入っていきました。

「これでいいでしょう。湯船に屋根もありますし、洗い場もちゃんとあります。みなさんが喜んでくれるといいのですが……」

 私は小さく笑みを浮かべ、保温のためにいつもの虹色ボールをお湯にばら撒きました。「あとは寝ずの番ですね。雨が降らなければいいのですが……」

 私は呟き、湯気の上がる湯船を見つめました。


 滅多な事をいうものではありません。

 翌朝、明け方から曇り空でしたが、日が昇る頃には雨になってしまいました。

 私は再び創成の魔法を使い、テントから湯船まで屋根付きの通路を作り、そこを起きだしたみんなが通って脱衣所に入りました。

「雨になってしまいましたね。湯温が気になります」

 私は湯船に設けた温度計の数字をみながら、細かく魔力を調整して四十三度を保つようにしました。

 一応、かなり大きな湯船にしたのですが、私が入ると凄まじい勢いでお湯が溢れてしまう事が確実なので、みんながでたら、そっと入る事にしていました。

 みんながお風呂で楽しんでいる間に、何台も車が通りかかっては止まって様子を覗っていましたが、私がいるせいかそのまま通り過ぎていきました。

 そのうちみんなが入浴を楽しんだ後、私は試しにお湯に浸かってみました。

「……温い」

 思わず呟き、私は一気に湯温を上げ、ボコボコ沸騰する程度にして、ようやくゆったり浸かる気分になりました。

 これがお風呂かと思い、私は黄色いアヒルの玩具を大量に創りだして、お湯に浮かべました。

「やはり、これは必需品でしょう。もちろん、押すと音がなりますしね」

 私は笑ってゆったり浸かると、温度維持をしていた魔法をやめて、雨に濡れながらテント内に戻り、乾燥の魔法で全身を乾かしました。

「みなさん、どうでした?」

 私は小さく笑いながら、湯上がりのお酒を飲んでいるみんなに声をかけました。

「生き返ったよ。これがないとね!!」

 スコーンが笑いました。

「うん、いいね。湯上がりの一杯がいいんだよ」

 ジーナが笑いました。

「よかった。チマチマ作った甲斐がありました」

 私は笑いました。

「さて、どうしますか? この先にはほとんどなにもありませんが、遊園地と動物園が一緒になった観光施設があるようです。ですが、この雨では楽しめないでしょう。もし寄るのであれば、雨が上がってからの方が利口でしょうね。ここからだと、車で二時間ほどです」

 パステルが地図を開きながらました。

「面白そうですね、いきましょう。あとはこの雨はどのくらい降るか……」

 私は苦笑ました。

 雨の予感は感知できますが、どれくらい降るかまでは予想も出来ません。

 みんながそれぞれの時間を過ごす中、長い髪の毛を炎の火球で温めて乾かしていたスコーンが、ニコニコしながらいつの間にか私が読んでいた石版を手にして読んでいました。

「それは、召喚魔法の術式ですよ。残念ですが、人間の魔力では発動すらしません」

 私は笑みを浮かべました。

「うん、分かってる。でも、知っておいて損はないよ」

 スコーンはなにか思いついたのか、いきなりノートに書き込みをはじめた。

「よし、出来たね。これ、使える?」

 スコーンがノートを見せてくれました。

「おや、カトブレパスですか。よく知っていましたね。眼光で石化させる能力があります」

 私はスコーンのノートを読んで、笑みを浮かべました。

「うーん、残念ですね。この呪文では呼べません。でも、よくここまで解析しましたね。召喚魔法は、人間の間ではとうに廃れたはずなのに……」

「そっか、これじゃダメか。確かに初見だけど、ここまで解析するのはそう難しくなかったよ!!」

 スコーンが笑いました。

「そうですねぇ、召喚魔法は血筋なので呪文が完成しても、元々召喚士の家系でなければなにも起きません。それはそうと、パステルの魔力が非常に高いのです。最初にお会いした時から気が付いていたのですが、上手く魔法を憶えれば、かなり優秀な魔法使いになると思うのですが……」

「それは私も気が付いていたよ。でも、本人にやる気があるかどうか聞けずにね。ちょっと話してみる」

 スコーンは髪の毛を乾かすための火球を引き連れて、テントの隅で痛んだ寝袋の修繕を行っていたパステルのところにいった。

 そして、すぐに私のところに戻って、パステルが不思議そうな顔をした。

「あの、私が本格的な魔法使いになれるって本当ですか?」

「はい、間違いなく。魔力を数値化してみましょうか」

 私は呪文を唱え、二人並んだ前に透明なガラス状のものを虚空に浮かべ、それぞれの魔力を表示させた。

「これは『力見』という魔法です。体内で生成できる潜在魔力を分かりやすく数字で表示出来る他、適性属性なども表示できます。あくまでも潜在魔力なので、一度に使える量を示す瞬発魔力とは違いますが、それも表示してみましょう。潜在魔力は生来のもので増やせませんが、瞬発魔力は鍛えれば増やせます」

 私は笑みを浮かべました。

「……しゅごい」

 スコーンがガラス状のものに映った自分の輪郭をペタペタ触りながら、目を丸くしました。

「これによると、スコーンの潜在魔力は約十七兆七千万。もう、バケモノクラスです。パステルも約十七兆七千万ですが、さすがにここは魔法使い修行しているだけあって、瞬発魔力はスコーンが約一億で、パステルは二百万ですね。勿体ないです。スコーンは、人間の限界に近いかもしれません。これ以上一気に放出してしまうと、体が壊れてしまいます」

 私は笑みを浮かべました。

「ん、なんか面白そうだな」

 銃の整備をしていたジーナが寄ってきて、リナも興味津々という感じで寄ってきました。

「ちょっとサーチ範囲を広げましょうか」

 四人分同時に測ると、リナは約十六兆九千万。ジーナは約七千万。瞬発魔力は、それぞれ七千万と七百万となりました。

「みなさん鍛えれば、いい魔法使いになれますよ。ジーナはちょっと苦戦しそうですね。ファイアボールで大体五百万くらい使うので」

「そっか、まあ私は銃器専門だからね」

 ジーナが小さく笑いました。

「エレーナはどのくらいあるの?」

 スコーンが当然の質問をしてきました。

「逆方向にしてみましょう」

 私はサーチ範囲を逆にして、自分にしまそた。

 その途端、みんなが吹き出してしまいました。

「な、なに、九十九兆って!?」

 スコーンが声を上げました。

「潜在魔力は生命力とほぼ同等です。頑丈なのが取り柄で……」

 私は笑みを浮かべました。

「むしろ、人間の魔力で億を超える方が怖いです。生命力が高いという事ですが、最強クラスの魔法使いでさえ、せいぜい二千万くらいです。桁外れですね」

 私は笑いました。

「そ、そっか、研究する」

 スコーンが空間ポケットから魔法書を取りだし、なにやら勉強をはじめました。

「あの、私は……」

 パステルが困っていると、スコーンが手を伸ばして引っ張りました。

「一緒に教えるよ。こういうのは得意だから」

 スコーンがパステルに教えながら、自分の勉強をするという、器用な事をはじめた。

 そのうち、パステルの体が魔力光に包まれ、体がふわっと浮きました。

「こりゃ凄いね。もう、魔力が物質干渉してる!!」

 髪の毛を乾かしている事を忘れているようで、焦げ臭いニオイが漂う中、スコーンが楽しそうに笑いました。

 私はそっと火球を消し、スコーンの痛んだ髪の毛を魔法で修復しました。

「そう、それでいいよ。魔法を撃つ感覚はもうあるよね。それを、自在にコントロールするにはコツがあって……」

「コツですか。あまり意識した事がないですね。いつも全力でドカンと……」

 スコーンがパステルに講義を始め、そのうち生臭いと悪評が高いなんの魔法でもない魔力の空打ちをはじめましたが、虹色ボールが最大で空気清浄をして、そのニオイを最小限に食い止めました。

「ほらできた。この感覚を覚えてね!!」

「はい、分かりました!!」

 スコーンとパステルが同時に笑い、土砂降りの雨がテントに降り注ぐ音が響きました。

 テントの入り口にはタープが張ってあり、横方向の対処として防水加工された布を張り、地面にはスノコを置いてあるので、濡れる心配はありませんでした。

 なんとなく外の空気が吸いたくなって外に出ると、雨の勢いが凄まじく、これは今日は動かない方が得策かなと思いました。

 そこに置いてある野外調理セットをみましたが、私が使うにはあまりに小さく、そもそも料理など作れません。

 しばらくそのままでいると、車の音が聞こえてすぐ近くで止まりました。

 扉が開いて閉まる音が聞こえ、防水布を開けて入ってきたのは、一緒に砂漠を越えたセリカさんとカレンさんでした。

「久しぶりだな。この雨の中で巨大なテントを張って休み、見覚えのある車があったからすぐに分かった。少し邪魔してもいいか?」

 セリカさんが笑みを浮かべました。

「はい、どうぞ。みんなも喜ぶでしょう」

 私は笑みを浮かべ、二人をテントに招き入れました。

 私もテントに入ると、セリカさんとカレンさんが、さっそくみんなと和やかに話しをはじめていました。

「しかし、この国に越境してから、また出会うとは思わなかったよ。ちょっと寄り道したくなってな」

 セリカさんが笑いました。

「それはなによりです。お風呂もありますが、入っていきますか?」

 私は笑みを浮かべました。

「なるほど、それで脇に小屋と池があったのだな。せっかくだ、お湯をもらっていこうか」

 セリカさんが笑い、カレンさんが笑みを浮かべました。

「待って下さい、湯温を調整しますので……」

 私はすっかり冷めてしまったであろうお風呂の温度を確認するべく、雨の中に出て湯船に近づき、湯温を計って加熱をはじめた。

「四十三度にしましょう。雨のせいで、大分気温が低いので」

 私は適温に達すると、いつもの虹色ボールを大量にお湯に浮かべました。

 今になって気が付いた事ですが、こうすれば自動的に湯温を一定に保ってくれます。

 湯船から上がる湯気をみたのか、セリカさんとカレンさん、そしてみんながまたお風呂に入りにやってきました。

 雨が凄いので、体を洗ったみんなは早々に湯船の屋根の下に入り、私は追加オプションでサモンサークルを虚空に描き、お風呂に大量の黄色いアヒルの玩具を召喚してドバドバ降らせました。

「このくらいのお遊びはいいでしょう。ちなみに、押すと鳴きます」

 私は笑いました。

 しばらく経って、私は気配を感じて振り向きました。

 そこには、マンドラゴラという魔法薬の原料になる植物がありましたが、あまりに巨大でした。

 根っこを器用に動かして、ズシンズシンと音を立てながらこちらに接近してきたので、これは迎撃しないといけません。

 私は呪文を唱え、火炎魔法を放ちました。

「これで、どうか……」

 火炎が巨大マンドラゴラを包みましたが、天候が雨なので濡れているようで、あまり効果はありませんでした。

「爆発系で粉々にすると、こちらに破片が飛んでくる可能性がありますね……」

 私はやや考え、風の魔法で切り刻む事を考えました。

「風よ!!」

 私が叫ぶと、呪文を間違えたようで、真空の刃が飛ぶはずが暴風が吹き荒れ、お風呂を囲っている柵が吹き飛び、お化けマンドラゴラが仰向けに倒れて動けなくなりました。

「……まずい。急いで柵を直さないと」

 私は倒れた柵の杭を大急ぎで撃ち直し、後は魔法で不可視の結界を張って、その場を凌ぎました。

「こ、これでいいですね……」

 恥ずかしながらパニック状態になっていた私は、さらに虹ボールを大量に湯船に放り投げ、ついでに空間ポケットに手を突っ込んで温泉成分が入った入浴剤を盛大にぶちまけてしまいました。

「はぁ、あんなものがいるとは……」

 私は小さく息を吐きました。


 昼食を済ませた後、セリカさんとカレンさんは挨拶をしてテントを出ていき、車の音が遠ざかっていきました。

 それにしても、この雨は止みません。今日は、このままここでしょうか。

「まあ、これも旅ですね。焦ることはありません」

 私は小さく呟き、笑みを浮かべたのでした。

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