第9話 呼び出し


 和泉に拒絶されてから数日。


 冷静になった私は、まずあの女について調べていた。


 本当はすぐにでも和泉をあの女から解放してあげたかったけど、私はあの女について何も知らない。


 これまでに和泉から話がでたこともなかったし、タイプ的にあまり関わらなそうに見えるのに、今は確認するたびいつも和泉の横にはあの女がいる。


 あぁやって和泉を脅して自分の支配下に置いているのだろう。


 可哀そうな和泉を解放してあげるためにも、しっかりと相手の事を調べる事にしたのだ。


 焦る気持ちもあるけれど、元々私のことが好きな和泉のことだ。私が行動を起こせば、すぐにでもあの女の元から私の所へ戻って来てくれるはず。


 だからこそ万全を期して和泉を取り戻すために、あの女の情報は少しでも多い方がいい。


 そのためにこの数日間、私はできるかぎりあの女と和泉を監視していた。


 その結果、あの女についていくつかわかったことがある。


 名前は梓沢志穂。


 後輩のくせに私たちの学年でも知っている人が割といた。主に男子だったけれど……。


 成績は中の上。髪の色、制服の着崩し方を見てわかるように校則を守ろうとするような真面目な人間ではないが、その見た目から男子からの人気が高く、それでいて女子の友達も多いようだ。


 つまりはただ外見がいいだけで、なんの取り柄もない女。


 交友関係は広いようだけど、それに反して誰とも付き合っていないらしく色恋沙汰の噂はまったくない。


 それもあの女が情報を制御しているからだろう。


 和泉を脅していることからそんなことまるわかりだ。


 きっと男もとっかえひっかえで連れまわしているに違いない。


 最低な人柄ということはすぐにわかった。一刻も早く和泉を解放しなくてはいけない。


 そう考えていた時、私は思いもよらず鍵となる重要な情報を得ることができた。


 実は梓沢は和泉と小学校からの知り合いだそうで、二人はお互いに避けるようにしており、仲良く話をするような間柄ではなかったそうだ。


 どうして私がこんな事まで知れたのかというと、それだけ最近の二人が目立っていたからだ。


 最近の二人の関係の急な変化のせいで、後輩の教室の近くを歩いているだけで二人の話題はそこかしこから聞こえてきた。


 なんでも梓沢は小学生の頃、自分に優しくしてくれた和泉のことを捨てたのだそうだ。


 それからお互い関わることはなかったのに、急に仲直りでもしたのではと、その話はそこで終わっていた。


 けれどそんなはずはない。一時期は仲良くしていたのに、周りから噂されたことであっさりと和泉を切り捨てたあの女だ。


 そんなことをする女が今、和泉を大切にしようとしているわけがない。


 一度は和泉を捨てたというのが何よりの証拠になる。


 この事実をたたきつければ、あの女も和泉の友達なんて建前を言うわけには行かなくなり、本心を知った和泉はすぐに私のもとに戻って来るだろう。



 その日の昼休み、私は梓沢を生徒会室に呼び出した。


 生徒会室で梓沢を待っていると、何故か姫野がやってきた。


 あの日から姫野とはほとんど話をしていない。


「湊、先に来てたんだ、お弁当、食べる?」

「姫野、今から生徒会室で他の生徒の相談に乗らないといけないの。悪いけど今日は他のところに行ってくれない」

「そ、そうなんだ。ごめん。あと、この前も本当にごめんね。私は本当にからかうつもりは…」

「別にいいよ、あれが姫野の本心なんでしょ。それよりここ使うって言ったよね? 早く出て行ってくれない」

「っ……わかった。ごめんね」


 姫野は顔を伏せて生徒会室から出て行った。


 前までは本当に友達だと思っていたのに、所詮姫野も人を揶揄うような最低のヤツだった。


 いつもは私に合わせる振りをしていて、心の中では私を馬鹿にしていたに違いない。じゃなきゃあんなふうに私を揶揄ってくるはずもないのだから。


 もう姫野なんて私には必要ない。


 和泉だけだ。


 和泉だけが私を本当に必要をしてくれる。私には和泉だけがいればそれでいい。

私は和泉を何が何でも取り返す覚悟を決めた。



「失礼します。呼び出しとか、何のようですか? 生徒会長」


 少し待っていると梓沢がやってきた。


 なんともふてぶてしい態度だった。呼び出されたことが面倒だと隠そうともしてい梓沢に、私は自分のイライラを抑えるのがやっただった。


「呼び出された理由もわからないの?」

「……髪の色ですか? それともスカート丈ですか?」

「あなたは本当にバカなのね。和泉のことに決まってるでしょう」

「……和泉がなんです?」


 和泉の名前を出した途端、梓沢の目つきが鋭くなる。


 敵意に満ちたその視線に負けず、私もありったけの嫌悪感を込めて睨み返した。


「もう和泉に付きまとうのは止めて、あなたが和泉を騙すか脅していることはわかっているの」

「は? 何言ってるんですか?」


 梓沢は少し動揺しているようだった。


 まぁいきなり真実を言い当てられたのだから、あんな反応になるのは当然だろう。私は勝ち誇ったように話を進めた。


「和泉はね、私のことが好きなんだよ」

「和泉が先輩のことを、好き?」

「そう、これは別に私だけがそう思っているわけじゃなく、他の人もそう言ってる疑いようもない事実なの。その和泉が私のことを拒絶するなんて、普通に考えてあり得ない。貴女が和泉に何かしていると考えるのは自然なことでしょう。何か弱みでも握って和泉に言う事を聞かせているのなら、私は貴女を許さない」


 黙って私の言葉を聞いていた梓沢は俯いて固まった。


 友達だなどという嘘を早々に見破られて動揺しているのだろう。


「図星で何も言えないようね。早く和泉を解放しなさい。さもないと――」

「和泉が先輩のことが好きって本気でそう思ってるの?」


 勝ち誇っていた私の言葉を遮るように梓沢が口を開いた。


 ゆっくりと上げた梓沢は、何故か私を憐れむような視線を向けて来る。


「どういう意味? もしかして私をバカにしてるの?」


 私の問いかけを聞いた梓沢が笑い出す、かと思えば一瞬で真顔に戻った。


 その変りようは少し不気味で、私には頭がおかしい奴だとしか思えなかった。


 相変わらず少し憐れむような、それでいて馬鹿にするような眼が気に食わなかった。


「そのままの意味です。私は和泉を騙してるわけでも、脅してるわけでもない。和泉が自分の意思で会長から離れたんですよ」


 嘲るようなこの言葉に、私はもう限界だった。


「そんなわけない! 和泉は私のことが好きなの! あり得ない。貴女は和泉の友達ぶってるだけの最低の人間なんでしょ? 証拠もあるのよ。昔の話しはもうひろまってるんだから、だから貴女が和泉の隣にいる資格なんてない! 和泉が望んで貴女の元にいるはずがない! 早く和泉から離れて!」


 姫野に向かって怒鳴った時異常の声が出た。それだけ私の怒りが込められていた。


 それでも、姫野はあれで呆然としていたのに、今私の目の前にいる女は余裕の表情を崩さない。


「嫌ですね。私と和泉が仲良くすることを会長に止める権利なんてないはずです。ましてこれは和泉本人の意思なんですから」

「そんな訳ない! こっちには証拠もあるって言ったでしょ! 小さな頃に和泉を捨てた女に和泉が自分からついていくわけないじゃない!」

「人の過去をかってに調べたなんて会長って結構最低な人ですね。けど、私には会長こそ和泉の隣にいる資格はないと思いますよ」


 はっきりとそう言い切った梓沢は、今まで以上にキツイ視線を向けてきた。


 私は何も悪くないのに、どうしてそんな事を言われなければならないのだろう。


 理不尽な態度と先輩の言う事を聞こうともしない梓沢の生意気な態度に、怒りが限界まできた私はもう言葉もでなかった。


「それじゃあ失礼します。和泉がお昼待っててくれてるんで」


 得意げな表情の梓沢は、勝ち誇ったように生徒会室から出て行った。


 これ見よがしに和泉と昼食を食べることを嫌味のように伝えてきたあの女は、私の想像通り相当性格悪いらしい。


「……あんな女と和泉が好きで一緒にいるわけない。早く助けてあげないと」


 今日は最後の警告のつもりだった。


 それでも梓沢が私の言う事を聞かないというのならもう遠慮もしない。


 私が、あの女から和泉を救い出すんだ。

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