第4話


 学校でも家でも僕は麗香の付属物。


 皆に囲まれていても、それは麗香への通り道的な扱いで僕自信を見てくれる人は誰もいない。


 友達も親も話題にしてくるのは皆麗香の事だけ、まるで自分は麗香のために存在しているような気がして悲しくなる。


 そんな中でもただ一人だけ僕を見てくれる人がいる。


 それは麗香だ。


 麗香はいつも僕を見てくれている。


 僕が一人でいれば寄り添ってくれるし、困っている事があれば助けてくれる。分からない事も教えてくれて、麗香は常に僕の傍にいようとしてくれる。


 けれど、麗香のその行動が僕を酷く惨めにする。


 僕には出来ない事をいとも簡単にやってしまう麗香。


 僕が先に始めたのに後から僕よりもいい成績を軽々と残す麗香。


 意識しなければいいなんて言われるかもしれないけれどそれは無理だ。


 麗香の方から近づいてきて、頼んでもいないのに僕の問題を全て解決していく。


 その姿はまさに完璧で、僕は自分が存在している意味が分からなくなる。


 学校では自分から誰かに話しかける事なんてなくなった。どう頑張っても結局は麗香の話題になるからだ。


 好きだったテニス部も最近はあまり行かなくなった。麗香が入ってからは部活もクラスにいる時と変わらなくなったからだ。


 家でも学校でも、麗香、麗香、麗香とその名前ばかりが付きまとってくる。


 本人もずっと僕に付いてきて、自分の被害妄想だという事は分かっているけれど、僕には何もできないという惨めさを味わわせてくるためにいるのかと錯覚してしまう。


 どこに行っても麗香のおかげで自分が惨めな存在だと思わされる。


 けれど、そんな僕にも心安らぐ場所が一つだけあった。


 放課後になった瞬間に教室を飛び出した僕はその唯一の場所に向かっていた。


 学校の最寄り駅から家とは反対方向の電車に乗り、住宅街から離れて都市部の主要駅で降りれば目的地はすぐそこだ。


 大きなビルに入っている学習塾。


 ここが唯一の心安らぐ場所であり、僕がこの世で一番好きな所だ。


 高校生にもなれば塾に通う事くらい珍しくもないと思うけれど、クラスメイトには塾通いをしている人はあまりいない。


 わざわざ勉強しによく行くなと言われた事もあるけれど、僕にとってここは最高の場所だ。


 よくて平均と元々僕の学力は高くない。二年になって勉強のレベルもあがり、成績も下がってきた時、何気なく親から言われた塾という提案に僕は躊躇なく飛びついた。


 自分でもこのままじゃいけないと思っている。もっと勉強したい! と言えば親も渋ることはなかった。


 評判がいいからとわざと離れた所にある塾を選んだ甲斐もあり、ここには麗香はもちろん、クラスメイトも一人もいない。


 誰からも麗香の話をされる事もなく、自分で麗香と自分を比較して落ち込む事もない。


 塾だから成績順に名前を張り出されてりもするけれど、そこには麗香の名前もない。僕はいつも成績は下の方だったけれど、麗香の名前がないだけでも新鮮な気持ちで勉強をする事が出来た。


 一週間にたった二日だけの塾。


 それが僕にとっての何よりの楽しみだった。


 だからだろうか、自分では意識していなかったけれど周りからは僕はよほど楽しそうに見えていたらしい。




「いつも楽しそうですね」


そんな風に声をかけられたのは休憩室で休んでいた時だった。


 その声色からは普通の世間話なんて感じはまったくしなかった。


 とげとげしい空気を隠そうともせず、なんなら少し馬鹿にしたような意図すら見え隠れしている。


 僕に声をかけてきたのはほっそりとした小柄な女の子だった。休憩室には他に人がいないから間違えようがない。


 こちらを見ている目は不機嫌そうに細められていて、瞳の奥には我の強そうな意志を感じる。


 肩まで伸びたセミロングの髪は茶色に染められていて、その髪色は塾では他にいないこともあり印象的で覚えていた。


 たしか同年代。塾の成績優秀者として、いつも名前が張り出されている女の子だったはずだ。


 塾に知り合いなんていないし、もちろん今目の前にいる女の子とも一度も会話をした事はない。


 それでもこうして敵意のような物を向けられているからには、何か気に入らない事をしてしまったのだろう。


 お気に入りの場所を失いたくなかった僕は穏便に済ませたかった。


 手っ取り早くすぐ謝ろうと思ったけれど、何が原因かも分からないままでは下手に謝る事もできない。僕はとりあえず彼女の言葉を待ってみる事にした。

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