第3話
学年が一つ上のなっちゃんは、仕方のないことだけどいつも先に進んで行ってしまう。
小学校の時、中学校の時も、いつも僕たちを置いて先のステージに上がっていった。それは僕と栞にとってはとても寂しい事だった。
栞が変わっていったのも、なっちゃんが先に中学生になった頃だったと思う。構ってくれるお姉ちゃんのような存在のなっちゃんがいなくなった寂しさも関係あるのかもしれない。
そして、どんどん変わっていく栞となっちゃんは、その辺りから明らかに仲が悪くなっていった。
中学の時はまだ三人で一緒に遊んだりした事もあったけれど、高校生になって、栞に沢山新しい友達ができたあたりから、僕たちが三人で集まる事はなくなった。
むしろ、僕と栞でさえ一緒にいる時間は極端に減ったのだけれど……。
とにかく、変わっていった栞となっちゃんの仲は今では険悪と言っても過言ではなく、なっちゃんは僕が栞に色々と買ってあげている事をよく思っていない。
だからこそ、なっちゃんには今だけは会いたくはなかった。
しどろもどろになりながら、何とか言い訳を考えてみるけれど、なかなかいい言葉が見つからない。
バイトの時間が近づいてきて、焦りが加速していく。有耶無耶にして走って逃げようかと考えていると、肩に手を置かれてビクッ身体が震えてしまった。
気が付けばすぐ近く、目と鼻の先になっちゃんの綺麗な顔があった。
その目は真剣そのものだ。整った顔立ちの人が真剣な顔をすると、物凄い迫力があって心臓に悪い。
きっとこのまま怒られると思った僕は、瞬間的に目を閉じていた。
「真、もう止めよ」
けれど、聞こえてきた声は怒鳴り声なんかじゃなかった。
恐る恐る目を開けてみる。
なっちゃんの顔は相変わらず目の前にあったけれど、怒っていたさっきまでとは違っていた。
眉を寄せて困っているようなその表情。僕のせいでそんな顔をさせてしまっているのかと思うと、胸に針を刺されたような鋭い痛みを感じた。
「今の真は、栞にいいように使われてるだけだよ」
「……そんな事ないよ。欲しいものを買ってあげると、栞はちゃんと感謝してくれるし」
「……栞は確かにいい子だったよ。でもそれはもう昔のことで、栞はもう変わっちゃったんだよ。もう関係を切ったほうが真のためだよ?」
「そんな……たしかに栞は変わったけど」
まだ小さい頃の栞は、今では想像もつかない程人臆病で、人見知りで、恥ずかしがり屋だった。
いつも僕となっちゃんの後ろを付いてきて、僕たちの陰に隠れているような小心者。
それが今ではクラスの中でも目立つ存在になっているのだから、昔と今ではびっくりするほど変わってしまった。
それでも栞は僕の大切な幼馴染で、初恋の人だ。
「そんな事、出来ないよ」
「はぁ……真が栞の事を好きだったのは知ってるけど、もう今の栞はあの頃の栞じゃないんだよ?」
「でも、いつかまた昔みたいに戻れるかも」
「どうやって? ちょっと考えれば無理だって分かると思うよ。聞くけど、最後に一緒に遊んだのはいつ?」
「それは……」
記憶をたどるけれど、なかなか思い出せない。
一緒に遊んだのはそれだけ昔だという事だろうか。
「もっと些細な事を聞こうか? 最後に一緒に登校したり、帰ったりしたのはいつ?」
これも、いつだろう。すぐには思い出せないくらい前だ。
「何か買って以外に喋ることある?」
「……ある、と思うよ」
ぱっとは思い出せなかったけれど、日常的な会話なんて特に覚えてもいないものだと思う。思い出せないのは何もおかしな事じゃないはずだ。
「ないんでしょ?」
「いや、思い出せないだけだよ」
「認めたくない気持ちは分かるけど、私は真のためを思って言ってるの。今の真は、栞から、財布みたいに思われてるんだよ!」
ズキン、と鈍い重い痛み。
胸に刺さっていた針が、太い杭にでも変わった気がした。
僕が、栞の、財布?
「……ごめんなっちゃん! 僕もうバイトに行かないといけないから!」
「あっ⁉ 待ちなさい真!!」
これ以上なっちゃんと話しをしていると、僕の中の何かがおかしくなってしまいそうで、それが怖くて、僕は振り向きもせずに駆け抜けた。
頭の中では、なっちゃんに言われた財布という言葉が繰り返し響いている。
心と頭がぐちゃぐちゃで、もう何かを考える気力もない。
この後バイトに集中出来る事だけが救いだった。
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