第4話
翌日。僕が学校に登校すると栞がすぐに近寄ってきた。
「真! どう? 買えた?」
ウキウキしている様子の栞に、僕は重たい口を開く。
「ごめん、実はまだなんだ」
「はぁ⁉」
瞬時に声色が変わる栞。
信じられないものを見るような視線を向けられて、僕は思わず委縮してしまった。
昨日のバイトを終えた時点で、お金が足りない事が分かり、僕はすぐに連日でバイトに入る事にしていた。もちろんなるべく早く頼まれていた物を買うためにだ。
けれど、栞としては当然もう買っていると思っていたのだろう。
若干だけどこうなる事は予想していたから、今日は学校に来るのが憂鬱だった。
「なんで⁉ 意味わかんない! 昨日バイトしたんじゃないの?」
「したよ。でも昨日の放課後の分だけじゃ足りなくて」
「え~マジかぁ、なくなったらショックなんだけど」
「ホントごめん、でも今日で必要な分は貯まるから、そしたらすぐ注文するよ」
「売り切れてなければでしょ? 気になってストレスたまるなぁ」
「ごめん、何かお詫びもするから」
「……それホント?」
お詫びという言葉に反応したのか、栞の目つきが変わったような気がした。
少し軽率だったかもと後悔する暇もなく、栞がスマホを取り出して、何かを検索し始めてしまう。
「ならさぁ、実はまだ欲しいなぁって思ってた物があるんだけどね、それをお詫びに買ってもらおうかな」
楽しそうに呟きながらスマホを操作している栞。
その姿を見ていると、昨日なっちゃんに言われた言葉が記憶から這い出てきた。
『栞から、財布みたいに思われてる』
薄々は気付いていたその事実。昨日は勢いで否定したけれど、今の状況はどうだろう。
僕はまさしく財布そのものにしか見えないんじゃないだろうか。
満面の笑みを浮かべている栞を見ていると、僕はなんだか泣きたくなってきた。
その時だった――
「真いる?」
――教室に入り口から聞き覚えのある声がした。
栞もスマホから視線を外して顔を上げている。僕も声の方を振り向くと、思った通りの人物が僕たちに近づいてきていた。
「おはよう真」
「なっちゃん? どうして」
「昨日は逃げられたから、教室まで捕まえに来たの」
やってきたのは、滅多に下級生の教室まで来る事がなかったもう一人の幼馴染だった。
僕と栞の間に割って入ってきたなっちゃんを見て、栞は眉間に皺を寄せた。
「ちょっと、奈緒先輩」
「なに栞? 何か用?」
「今私が真と話しをしてたんで、割って入ってこないでくれます?」
「話って、真にたかってただけでしょ? 遠慮する必要もないかと思って」
「はぁ⁉ 変な事言わないでくれません?」
「事実でしょ? 真にバイトまでさせて、今もまた新しい物買わせようとしたんじゃないの?」
「……くっ、だったら何なのよ」
「自分の欲しいものくらい、自分で買いなさいって言ってるのよ。栞はいつまで子供でいるつもりなの?」
「はぁ!!」
怒りと羞恥の影響なのか顔を真っ赤にしている栞。
なっちゃんはそんな栞を気にする事なく、僕の手をつかんで教室から出て行こうとする。
「ちょっと奈緒! いい加減にしてよ!」
「栞、ちゃんと先輩ってつけなさいよ」
「なによ! 真にはなっちゃんって未だに呼ばせてるくせに!」
「栞もいい子にしてたら呼ばせてあげたわよ。少しは自分の行いを反省したら」
栞はそれ以上何かを言う事が出来なかったようで、開いた口からは言葉が出てくる事もなくそのまま閉じられた。
完全勝利を確信したのか、満足そうな顔になるなっちゃんに手を引かれて教室を出る。
二人が言い争っている時、僕は間に入る事が出来なかった。
昔は本当の姉妹のように仲が良くて、いつもくっついていた二人が、どうしてこんな関係になってしまったのだろう。
教室を出る前に見た栞の顔が頭から離れない。
僕が頼まれた物を買えていない事を伝えた時はすごく怒っていたのに、僕たちが出ていく時の栞は、何となくだけど、寂しそうに見えたからだ。
「真、ちょっと真聞いてる?」
「え? あ、あぁ、ごめん。どうしたの?」
「どうしたの? じゃないわよ! やっぱり栞に財布にされてるじゃない! 私が見に来なかったらどうなってたか分かってる?」
どうやら、なっちゃんもだいぶ怒っているらしい。
顔がくっつきそうになるまで詰め寄られて怒られ、僕は必死に後ずさった。
「いや、あれは別にそういうのじゃなくて、栞が今お金がないって言うから」
「だからさぁ、それが財布にされてるって事なんだよ。あんな場面見たらもうダメだ。真はいい子すぎるから、私が付いてないと心配で気が気じゃないよ。栞には反省してもらわないと」
「え? は、反省って、なんで栞が?」
「それはもちろん真を財布にしてたからでしょ? 当たり前じゃない」
「いやいや、でも栞は強制したわけじゃないんだよ? 毎回引き受けてるのは僕だし」
「充分強制してたって! 真が優しすぎるのも問題だけどね。これはもう決定事項だから真にも協力してもらうわ。もし協力してくれないって言うなら、そうね……真、アンタ栞のために必要だったお金はいつもバイトで賄ってたの?」
「それは、まぁだいたいはそうだけど」
「だいたいってことは、親にも借りた事あるわね?」
「ぅっ……それは」
「図星か……協力してくれないなら、親にバラすわよ」
「えぇえ!! それは止めてよ!」
なっちゃんに見破られた通り、僕はこれまで何度か親からお金を借りた事がある。
栞が今すぐ買ってと話をまったく聞いてくれなかった時の事だ、バイトをしても間に合わない分は、参考書が必要だと嘘をついて親からお金を借りた。
勉強のためならとお金を出してくれた両親。それが本当はまったく勉強には関係のないものに使われていたと分かったら、きっと怒られるどころじゃすまない気がする。
最悪栞との関係まで口を出されてしまうかもしれない事を考えると、親に言われるのだけは避けたかった。
「親に言われたくなかったら、これから栞とは一切口を利かないで、それくらいしないと栞も自分が何をしてるのか分からないでしょ」
「でもそんな事したら……」
「いい真、私だってね本当はこんな事言いたくないの。栞の事だって小さい頃から知ってるんだからね。でも真が可哀そうだから、真がこれ以上財布にされないように、心を鬼にして言ってるのよ。このままだと栞のためにも良くないしね。で、どうするの?」
「ぅぅ……わ、わかったよ。なっちゃんの言う通りのするよ。だから親には言わないで!」
僕がそう懇願すると、なっちゃんは嬉しそうに頷いた。
「おっけ~。じゃあ約束よ。これからは栞とは一切口を利かない事。真からは絶対に話しかけないし、近づかない。栞から話しかけられても徹底して無視すること」
「無視しても栞が諦めてくれなかったら?」
「そしたら距離をとればいいのよ。栞から離れて、私の所に逃げて来なさい」
「ぅぅ、大丈夫かなぁ」
「大丈夫よ。私もできる限り真の事見に行ってあげるから。上手くいけば、栞もちゃんと反省してくれて、また昔みたいに戻れるかもしれないんだから、頑張りなさい」
「……わかった。でも、もちろん期限みたいなのはあるんだよね? どれくらいの間やるの?」
「それはもちろん栞が反省するまでね。だからどれくらいやるかは栞次第ってこと。中途半端だと栞も反省しないだろうし、早く辞めたいなら徹底して無視しないさい」
「ぅぅ、わかった。やってみる」
親にばらすと言われてしまえば頷くしかない。
少し脅しに思えなくもない際どい事を言われたけれど、なっちゃんは僕を心配してくれてるからこそ、こんな事を言うのだと思えば邪険には出来なかった。
それになにより、もしかしたら反省した栞が昔みたいに戻ってくれるかもしれない。
今みたいにお金が必要な時だけじゃなく、何もなくてもいつも傍にいてくれたあの頃のように、また栞と一緒に過ごせるかもしれない。
そうと考えると、僕は期待してしまう心を抑えられなかった。
新しく出来た今の友達より、僕を優先してくれる栞。
昔のように仲良くお喋りする栞となっちゃん。
楽しかったあの頃を取り戻したいと思った僕は、なっちゃんの言いつけを守り、栞を無視することにした。
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